
(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)
今世紀になって地球上に発生したコロナウイルスで、2003年に猛威を振るったSARS(重症急性呼吸器症候群)に対して、WHO(世界保健機関)が「終息宣言」を出した同年7月5日、私は香港にいた。
SARSの感染拡大が著しかった台湾、中国、香港と感染ルートをたどりながら取材をしていて、現地で「終息宣言」に出くわした。その直前の香港の市中を歩いても、地元の人々はマスクこそしていたが、SARSウイルスがどこに潜んでいるのか、ほんとうに存在するのか、疑わしいほどに警戒感なく生活していた。昨年の11月に新型コロナウイルス(COVID-19)の新規感染者数が1桁にまで落ちたときの東京は、あの当時の香港と同じように見えた。
SARSは、事情は不明だが、いつの間にかウイルスが市中から消えてしまった。
だから「終息」の宣言だった。日本の国立感染症研究所でも「終息宣言」と訳して公表している。
「終息」と「収束」
ところが、ここ2年も続くいわゆるコロナ禍については、日本政府が目指すところとして同じ発音でも「収束」という言葉を使っている。菅義偉前首相が緊急事態宣言の発出などの記者会見の度に、そう発言した言葉を首相官邸のホームページで確認すると「収束」と表記があった。
ウイルスが消えてなくなるのが「終息」ならば、「収束」とはどういうことを指すのか。
私が話を聞いた専門家の政府関係者によると、ある程度、重症化も抑えられ、医療体制が逼迫することもなく、病院へいけば診療科があって、一般の人が普通に受診できて治療が施されるようになった状態のことをいうそうだ。「With コロナ」であったとしても、いわば既存の病気と同じようになればいい。
全国の新規感染者数が昨秋から減り続け、東京都でも11月には1桁の日も出てきたとき私は、少なくとも日本国内では「終息」するのではないか、とすら思っていた。その11月の末に登場してきたのが、変異株「オミクロン株」だった。
南アフリカらWHOに最初に報告されたのが11月24日。そのわずか2日後の26日には、WHOがVOC(懸念すべき変異株)に指定。世界各国に急速に警戒感が広まると、日本でも30日から全世界を対象に外国人の入国を禁止した。その措置は現在も続く。
にもかかわらず、抜け穴のように日米地位協定によって検疫が免除された沖縄の米軍海兵隊基地や岩国基地から、市中に感染が広まると*、政府は今月9日から、沖縄、山口、広島の3県にまん延防止等重点措置を適用。感染は全国に広まり、先週は東京都で連日、1000人単位で新規感染者が急増している。オミクロン株による「第6波」に突入したといえる。
* 【参照】米軍基地からオミクロン、これが同盟国のすることか
(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68352)
感染力は強いが潜伏期間は短いオミクロン株
オミクロン株は、重症化のリスクは低いが、それまでより感染力が強いとされる。これまで以上の感染の急拡大も頷ける。
そこで浮上したのが、社会機能の維持だ。感染者の急増に伴い、濃厚接触者も急増する。濃厚接触者は従来14日間の待機期間が必要とされ、感染者1人に4〜5人の濃厚接触者がいるとされる。全国の新規感染者は先週末の14日から16日まで連日2万人を超え、濃厚接触者は1日に8〜10万人も増えたことになる。このままでは、濃厚接触者の拡大による待機、欠勤で働く人手が不足する。それが医療従事者から公共交通や物流、介護、保育などのエッセンシャルワーカーにも広がれば、社会機能が維持できなくなる。すでに沖縄では医療従事者の欠勤が1000人規模に達し、救急医療も制限されるといった影響が出た。
そこで政府は、オミクロン株の濃厚接触者の待機期間を14日から10日に短縮した。国立感染症研究所によるとオミクロン株は発症までの潜伏期間が平均3日程度とされ、それまでの5日程度よりも短い。それが理由だ。「エッセンシャルワーカー」として自治体が指定する職種については、待機6日目のPCR検査で陰性ならば待機を解除する。専門家の中には10日からさらに短縮すべきとの声もある。
「パンデミック」から「エンデミック」への動き
さらにここへきて取り沙汰されているのが、オミクロン株を感染症法に基づく2種相当から、季節性のインフルエンザと同じ5種に引き下げるべきとする議論だ。2種には結核やSARSが含まれる。感染力が強くても重症化しない、病原性が低く、それほど怖い病気ではないのであれば、それで2種であるのはおかしい、という理屈だ。
今月11日には、日本維新の会の代表で大阪市の松井一郎市長が、オミクロン株は季節性インフルエンザより重症化率が低いとして言及し、東京都の小池百合子知事も13日に、2種から5種に下げることを検討すべき意向を示した。
これに対して岸田文雄首相は13日、記者団に「感染が急拡大している状況の中で分類の問題を変更することは現実的ではない」と述べている。
5種となれば、保険適用の医療費の自己負担が発生するが、それは既存の病気と同じ扱いとなる。濃厚接触者の待機も必要ない。すなわち、それこそ「収束」を意味する。
ここへきて、オミクロン株がコロナ禍の「収束」へ向けた奇妙なバイアスを実社会の中に呼び起こしている。
欧州でも新型コロナウイルスを「パンデミック」(世界的大流行)から、「エンデミック」(地域的流行)に引き下げる検討がはじまっている。インフルエンザのように特定の地域で普段から繰り返し発生する状態を示すものだ。
コロナとの闘い、第6波が最後のヤマ場になるか
アフリカではすでにオミクロン株の新規感染者が減少に転じ、米国や英国でも急増した1日あたりの新規感染者数が1カ月ほどで減少に転じている。急速に拡大するために、感染の余地も急速になくなる。
日本でも従来の新型コロナウイルスがオミクロン株に置き換わって、感染の急拡大が1カ月で減少傾向に転じ、そこで病原性の高い変異株が現れずに、2種から5種に引き下げられるのだとしたら――。それこそコロナ禍を脱した「収束」が現実のものとなる。いまのところ、感染者数の割に重症者が少ない。無症状の感染者も少なくない。
ただし、WHOの幹部は11日の記者会見で、こう述べたことも付け加えておく。
「不確実なことが多くある。エンデミックと呼べる段階には入っていない」
もっと危険な変異株の誕生の可能性もあれば、予断は許されない。
それでも「第6波」がコロナ禍の最後のヤマ場となることも、ひとつの可能性としてあるはずだ。新型コロナがただの「かぜ」になる日も近いかも知れない。
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