(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 バイデン政権の北朝鮮非核化の試みは空疎となり、オバマ政権時代の「戦略的忍耐」へと戻ってしまった──ワシントンではこんな批判がバイデン政権に対して保守、リベラルの両翼から浴びせられるようになった。

 これらの批判は同時に、米朝関係が現在の状態で続くと北朝鮮が完全な核兵器保有国になりかねない、という警告も発している。もしそうなれば日本の国家安全保障には核の脅威が直接突きつけられることとなる。

折衝や交渉にまったく手をつけず

 2022年に入って北朝鮮ミサイル発射は4回に及び、日本への脅威を劇的に高めることとなった。ただし北朝鮮の最近のミサイルはみな短距離あるいは中距離であって、米国への直接の脅威にはならない。そのためトランプ前政権も北朝鮮の短・中距離ミサイル発射に対しては従来の国連による禁止令と制裁の存在を指摘して警告するだけで、正面からの糾弾にはいたらなかった。

 バイデン政権は、北朝鮮ミサイル発射に対してトランプ前政権よりもさらに距離をおく消極姿勢のままだった。しかもバイデン政権の動向を見ている限りでは、北朝鮮政府との交渉にもまったく手をつけていない。

 1月中旬、バイデン政権は、2022年初頭からの北朝鮮による極超音速ミサイルと称する新型ミサイルの発射などに対して、初めて北朝鮮高官6人らに対する直接的な制裁措置を発表した。しかしバイデン政権は、トランプ前政権が「CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)」という政策標語を真正面に掲げて北朝鮮に圧力をかけたのに対して、ずっと柔軟に見える「現実的アプローチ」をとると言明してきた。しかしその結果は、この1年、米朝両国政府間の折衝や交渉がまったくないままに終わっている。

ボルトン氏、北の核武装が実現してしまうと警告

 こういう状況下の北朝鮮問題について、トランプ前政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務め、北朝鮮との交渉にも関与したジョン・ボルトン氏が1月14日、「1945」という安全保障専門誌にバイデン政権の政策を批判する論考を発表した。

北朝鮮はなぜ静かなのか」と題する同論考は、トランプ前政権が停止を求めた核兵器開発実験や長距離弾道ミサイルの実験発射を北朝鮮は2017年以来敢行していないので、金正恩政権の軍事動向は静かにもみえるが、米国への核とミサイルの軍事脅威の増強は決して止まったわけではない、と警告していた。

 ボルトン氏はそのうえで以下のような骨子を述べていた。

バイデン政権には、北朝鮮の完全な非核化を断固として実現させるという強い意思が欠けており、現在の対北政策はオバマ政権時代の「戦略的忍耐」と同様になってきた。しかし、北朝鮮が自らの意思で核兵器を全廃する見通しがないことは明確であり、米国は北朝鮮に非核化を余儀なくさせる圧力をかけねばならない。

・米国が北朝鮮核保有国化をあくまで防ぎたいというのならば、秘密工作による政権転覆、正面からの軍事作戦など、強制的な手段を除外することはできない。米国の議会も世論もその種の強硬策を支援する傾向は顕著には見られないが、このまま北朝鮮が実際の核兵器保有国になるのを座視するのか、という議論は必要である。

 ボルトン氏は年来、共和党保守系の国際戦略学者で、トランプ政権内部でも、北朝鮮の完全非核化の達成には米側の軍事オプション(選択肢)を除外することはできないと主張してきた。同氏は、バイデン政権がこうした究極の選択肢の議論に背を向けて消極的な姿勢に終始していることを問題視し、このままだと北の核武装が実現してしまうと警告したわけだ。

手詰まりの苦境に追い込まれている米国

 一方、民主党系の大手紙「ワシントン・ポスト」の外交問題コラムニスト、ジョシュ・ロギン氏も、1月14日付の同紙に掲載された「我々は北朝鮮を新しい年には無視できない」と題するコラムで、バイデン政権の北朝鮮政策を手厳しく批判した。

 ロギン氏自身はリベラル傾向が強い外交問題専門家だが、バイデン政権の北朝鮮問題への認識については、「努力の成果が望めない最も忌避する課題とみなしている」として、「過去1年間の北朝鮮無視は危険だ」と警告していた。

 ロギン氏もボルトン氏と同様に、現在のバイデン政権の対北政策はオバマ政権時代の「戦略的忍耐」と同じになったと断じていた。北朝鮮に対して圧力や懐柔など積極的に働きかけて非核の道へと追い込むのではなく、ただ我慢強く北朝鮮の動きを見据える慎重かつ消極的な姿勢が今のバイデン政権の態度だというのだ。

 ロギン氏は同コラムで以下の骨子を述べていた。

バイデン政権の外交担当の高官たちは、北朝鮮との折衝を最も忌避したい課題とみなしているようだ。だがこの態度を続けることはできない。北朝鮮の核やミサイルの開発の前進は、東アジアでの米国とその同盟諸国の安全保障を深刻に侵害していくからだ。

北朝鮮の最近のミサイル発射などに対して、バイデン政権は国連の決議案などを使って非難している。しかしこうした対応は皮相的であり、根幹からの解決案をまったく示していない。バイデン政権の対応はオバマ時代の「戦略的忍耐」に等しい。

金正恩政権はごく最近、北朝鮮国内の新型コロナウイルス感染への対策として米国製などのワクチンの導入を求める微妙な意思表示をしてきた。米国はこの求めを利用して北朝鮮政府に接触し、非核化問題の交渉につなげることも試みるべきだ。

 コロナウイルスワクチンを利用して北朝鮮の核問題への取り組みにつなげるというロギン氏の提案は、実際にはかなり苦しい議論として響く。だが米国側にとって北の非核化問題は、それほど手詰まりの苦境に追い込まれているという例証だともいえよう。

 いずれにしてもアフガニスタンに始まり、ロシア、中国と後手後手に回りがちのバイデン大統領の外交面での動きは、北朝鮮についても苦しい状況のようである。

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