(北村 淳:軍事社会学者)

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 中国を軍事的仮想敵筆頭に据えたアメリカは、極東方面に展開可能な自らの海洋戦力が弱体化してしまったため、中国に対抗するためには各軍種ごとの大幅な戦略転換とそれに伴う組織再編並びに装備調達が急務となっている。

 しかしながら、戦略転換はともかく新戦略の遂行に必要な装備、とりわけ艦艇や航空機や宇宙兵器、それに長射程ミサイルなどの開発や製造には時間がかかる。

 そこでアメリカは再び十二分な対中戦闘能力を手にするまでの期間、同盟国や友好国を掻き集めて対中牽制網を構築して時間稼ぎをしようとしている。

 そのためにアメリカは、かねてより存在しているアメリカイギリスカナダオーストラリアニュージーランドによる英語圏軍事情報網である「ファイアイズ(Five Eyes)」、日本の提唱がきっかけとなり誕生した日本・アメリカオーストラリアインドによる「クアッド(Quad)」、それに昨年(2021年)に発足したアメリカオーストラリアイギリスによる軍事同盟「AUKUS」などを対中軍事牽制の手駒として動員しようとしている。

日本を「防波堤」に仕立て上げたいアメリカ

 しかし、中国との軍事的対決を煽るアメリカに対して、ファイアイズではニュージーランドカナダの腰が引けている。またクアッドではインドが軍事同盟化には反対の姿勢を明確にしている。したがってアメリカとともに対中牽制網を構成するのはイギリスオーストラリア、日本ということになる。

 ただし、香港やシンガポールというかつての軍事拠点を失ったイギリスは、南シナ海や東シナ海といった中国との対決戦域に強力な海洋戦力を派遣できる状況にはない。そのため、とりあえずアメリカが対中軍事牽制の防波堤として投入可能なのは日本とオーストラリアだけである。

 アメリカにとって幸いなことに、オーストラリアのモリソン首相は反中勢力の支持を獲得するために、中国の軍事的脅威を強調してきている。しかしながらオーストラリアの軍事力は中国海洋戦力に対抗するには弱体すぎる。そのため、モリソン政権下においては、アメリカへの軍事的従属を加速度的に強化している。

 言うまでもなく、日本は軍事的にはアメリカの言いなりになるとアメリカ側は考えている。だがその一方で、日本の政権与党内には新中派勢力が決して少なくないこともアメリカ政府・軍内部では認識している。そのため、いくら日本の反中ならびに嫌中勢力が台湾への軍事的支援をも含む対中軍事牽制網に加わる姿勢を示していても、日本にさらに圧力をかけて中国海洋戦力への防波堤へと仕立て上げる必要性を痛感していることもまた事実である。

 その必要性からアメリカ側は日本に向けて、中国による台湾侵攻の可能性をはじめとする中国の軍事的脅威を盛んに喧伝し、対中警戒心を高めさせようと努力を重ねている。それとともに、オーストラリアと日本の間の軍事的な結びつきも促進させて、AUKUS英語圏軍事同盟としても日本を尖兵として用いることができるよう画策しているのである。

実態を隠す「日豪円滑化協定」という略称

 そのような動きの成果の1つが、本年1月6日に日本政府とオーストラリア政府の間で締結された「日本国自衛隊オーストラリア国防軍との間における相互のアクセス及び協力の円滑化に関する日本国オーストラリアとの間の協定(Agreement between Japan and Australia concerning the facilitation of reciprocal access and cooperation between the Self-Defense Forces of Japan and the Australian Defence Force)」である。

 この協定の持つ意義や問題点については稿を改めたいが、日豪の間に公的な軍事関連協定が誕生したことを、米軍側は高く評価している。なぜならば、この協定によって自衛隊オーストラリア軍、それに米軍は、日本、グアムオーストラリアなどでの合同軍事訓練をより自由に実施することが可能になったからである。当然のことながら合同軍事訓練を取り仕切ることになるのはアメリカ軍であり、アメリカやAUKUSにとって、自衛隊を有用な軍隊へと導いていくことがより一層容易になり、弾みがつくことになるのだ。

 アメリカ側では、日豪双方の軍隊がお互いの国を訪問するために締結されたこの協定を「日豪RAA(Reciprocal Access Agreement:相互アクセス協定)」と呼んでいる。ところが日本外交当局は「日豪円滑化協定」という名称を用いている。この名称は、日豪間の軍事に関する協定であることなど想像もつかないようにしているとしか思えない。

 このように、日本政府は防衛・軍事に関する事象を相変わらず国民の目からそらせようとする姑息な動きを見せており、国民が主体とならねばとても実施できない民主主義国家における防衛の基本原則からは、いまだに大きく逸脱しているのである。

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首相官邸で「日豪円滑化協定」のオンライン署名式に臨む岸田文雄首相とオーストラリアのスコット・モリソン首相(2022年1月6日、写真:代表撮影/ロイター/アフロ)