韓国南西部・光州で11日、建設中のマンション高層部の外壁が崩れ落ちて1人が死亡、5人が行方不明となる事故が起きた。行方不明者は今なお捜索中だ。光州では昨年6月、再開発のため解体工事中のビルが倒壊し、市内バスが下敷きになって乗客9人が死亡する事故も起きた。

韓国ではこうした深刻な事故が繰り返し起きており、「安全不感症」は韓国国民自身が深く懸念している問題だ。

一方、北朝鮮でも2014年5月、平壌の平川(ピョンチョン)区域で大規模なマンション崩壊事故が起きた。その背景や現場の出来事などについて、脱北者のク・デミョン氏が証言を行っている。ク氏は北朝鮮で国家安全保衛部(秘密警察、現在の国家保衛省)に勤務した後、建設関連の会社で代表を務めたという。

東亜日報のチュ・ソンハ記者が自身のYouTubeチャンネルで公開した対談でク氏は、北朝鮮でマンション建設が流行るきっかけとなったのは、1990年代の大飢饉「苦難の行軍」だったと話した。北朝鮮において住宅は国家の所有物であり、売り買いは禁じられている。しかし「苦難の行軍」の時代、深刻な飢えに直面した人々はやむなく住まいを売り、食べ物に変えた。

そこから、住宅を売り買いする行為が徐々に広まったという。ちなみに、売り買いされるのは不動産の方ではなく、「入舎証」と呼ばれる居住する権利だ。

そして金正恩政権末期の2010年代、なし崩し的な市場経済化で金儲けに開眼していた北朝鮮の人々は、いちばん儲かるビジネスであるマンション建設に乗り出した。そこで主人公となったのは、様々な商売で資本を蓄えた個人投資家だった。

そして、利益を最大化しようとする投資家たちの商魂が暴走した結果、安価で粗悪な資材が多用されるようになり、できたばかりの23階建てマンションが崩壊するという悲惨な事故が発生するに至ったということだ。死者は約500名と言われる。

ちなみにこの事故に際しては、金正恩氏の命令を受け、発生数日後に建設工事を担当した人民保安部(警察庁に相当)のトップらが現場で遺族に頭を下げて謝罪し、その様子がメディアで公開されたのだが、その時点ですでに、現場はきれいに片付いていた。「遺体の収容は行われたのか。瓦礫はどこに持っていかれたのか」とのチュ氏の問いに、ク氏は次のように答えた。

北朝鮮には、瓦礫など廃棄物の処分場が公に定められていない。現場の担当者やトラックの運転手が、山の中の窪みなどに捨てるだけだ」

果たして犠牲者たちの遺体は、どのように扱われたのだろうか。

平壌のタワーマンション地区、黎明通りの建設現場を現地指導した金正恩氏(2017年1月26日付労働新聞より)