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カフェカンパニー代表取締役社長、楠本修二郎氏、ロイヤルホールディングス代表取締役会長、菊地唯夫氏は早稲田大学政治経済学部の同窓生で旧知の仲だ。

そして、お互いに大学卒業後、楠本氏はリクルートコスモス、菊地氏は日本債券信用銀行からドイツ証券というまったく異質の道を歩みながら、今、「外食産業」という同じ業界に従事している。過去の延長線上に未来はないという考えのもと、これから先の「食」に向けて二人の議論は過熱していく。

執筆:河西泰、撮影:片桐圭

三段階組織変革プロセスを日本化する

楠本:日本には、「食」の多様性がもともとあるのだから、その強みを再強化すれば必ず成功できる。テクノロジーに背を向けないで、みんなで向き合いましょう、という風土を作れれば、日本が世界にイニシアチブを取ることができると確信しています。

 面白いのが、世界中の食関連のテックベンチャーをつぶさに調べても、「おいしい」というテーマはほとんどないんです。「体にいい、エビデンス、代替、バイオ、業務効率化、経営見える化」……これらが中心で「おいしい」ということに注力するテックは本当にない。

 でも、「それはそうだな」とも思っています。テックを得意とする方々は「おいしい研究家」ではないですから。日本には「おいしい」を探求している人たちがたくさんいます。これはチャンスです。「おいしいイノベーション」を起こすことができますから。

菊地:「おいしいイノベーション」というのは、すごくいいフレーズだと思いました。先ほども少し触れましたが(第一回)、日本では過去の成功体験が負債になっている現状があります。早く、新しい未来への投資を始めなければいけないのに、どうしても切り捨てられない。

楠本:「失われた30年」というけれど、バブル崩壊後の日本は、一致団結して動くためのビジョンが無かったのではとも感じています。

菊地:社会心理学の父とも言われる、クルトレヴィンが提唱した「三段階組織変革プロセス」というものがあります。変革を実現するためには3つの段階、「解凍」「混乱」「再結晶」が必要だ、というものなのですが、これが日本においては過去の成功体験が大きすぎて十分な「解凍」ができず、「再結晶」できないということが多かった。それは、「混乱」が怖かったからではないかと考えます。今の姿は「再結晶」ではなく、元に戻った、ということなんですね。

 会社でもよく話しますが、「混乱」を承知できちんと「解凍」して、そして新たな「再結晶」をすることが大切なんです。

――なるほど、わかりやすいです。

なぜ「混乱」を覚悟した戦略を取るのか

菊地:もうひとつポイントがあって、「再結晶」するためには、化学物質で言う触媒(しょくばい)が必要なんです。

楠本なるほど。外部のDNAを取り入れるというのも、触媒として考えると分かりやすいですね。 

菊地:まさにそうです。新たに外部の人と組むこともそうですし、ロイヤルホールディングスでいうと今回の双日と組むということだったりするわけです(※2021年2月、ロイヤルホールディングス総合商社の双日と資本業務提携を発表)。

楠本:「再結晶」するために「混乱」を覚悟したうえで「解凍」の道を選んだということなんですね。

菊地:このコロナ禍で「解凍」が無理やり起こっているとも言えます。繰り返しになりますが、これはチャンスでもあるという考えが根底にあるんです。

楠本:日本がきちんと「解凍」できなかったという指摘について、もう少し付け加えておくと、対照的なのはアメリカリーマン・ショック後です。

 いきなり、「金融」を象徴するウォールストリートから、「ライフスタイル」や「クラフト」を象徴するブルックリンへ、ニューヨークの中心のイメージがガラッと変化しました。

 日本人にとってリーマン・ショックは、金融の飽和、ダークサイドが出たものとして捉えていますが、どっこいニューヨークは変化のチャンスだった。そしてその変わり方が素早い。

 直後から「メイド・イン・ニューヨーク」のようなキャンペーンが起きて、もともと治安が悪い、危ない地域と言われたブルックリンクラフトマンシップがある場所として周知されました。さらに、ニューヨークの反対側、西海岸からはGAFAが出てきた。

菊地:日本とは対照的でしたよね。

楠本:先ほどの菊地さんの話で、まさに「混乱」があったからこそ、その後のスピード感もすごかった。「やっぱりこっちか」と気づいてから、どう変われるのか、というのがポイントだったわけですね。

 菊地さんは、どういう外部とのかかわりが「触媒」になるとお考えですか。

菊地:一番はやはり異質性だと思います。自分たちとはまったく違う人たちが入ることによって変化の「加速度」が違ってくるように感じています。

 外食産業では、結果を残している好例がすでにいくつかあります。たとえば回転寿司の「スシロー」さん(株式会社あきんどスシロー)や「コメダ珈琲」さんは、地方の企業でありファンドと組むことで急成長しました。

 ロイヤルの場合は、新しいDNAを取り込むとき「一緒に面白い絵を描けるのは誰だろう?」という視点をとても意識しています。

なぜ「双日」と組んだのか、決断の背景

──混乱を含め、決断が非常に重要になってくると思うのですが、そこに恐怖心はなかったですか?

菊地:怖いという感情はありませんでした。何もしないリスクのほうが圧倒的に大きい。少子高齢化の問題に対しても何十年も前から言われていたのに日本は対応してこなかった。なぜかというと、時間がありすぎたからなんですね。時間がありすぎて、手を打たなかったというのが本音だと思うんです。

 ところがコロナ禍によって、その時間が奪われました。「今、生きるため」に考えなければならない問題が、山積みになって目の前に放り出された感覚なんです。だから加速度的に問題を解決していかなくてはならない。

 時間というテーマが最優先されているのが「今」なんです。

楠本日本人は農耕民族という点も影響しているのかもしれませんね。一面では、変わらない、変えない「様(さま)」というのが美徳でもある。

 狩猟社会の側からすれば、「今、変わらないとね」というのが当たり前でもあるんでしょうね。生活する場所そのものを常に変えていくというのが、当たり前にあるわけですから。

 実は僕は、その「日本人だからこそ」大丈夫だと思っている面があります。日本人は危機に直面すると強い国民である、と。これまで日本人は「危機」を知らされてこなかった歴史がありますが、いざそれを感じたときには、ものすごい力を発揮した。

 明治維新や戦後の復興を見れば明らかです。今回のコロナ禍においても、SF映画さながら「街に人がない」姿を見て、危機を感じたはずだと思っています。

──こういう状況下で、変わるためのプロセスとしては、意思決定が非常になると思うんですが。

菊地:その視点もありますが、こうも考えられます。ひとつ、ロイヤルホールディングスが、双日と資本業務提携するときの話に触れておきますね。

 あのときは、特にスタッフへの説明に時間をかけました。Zoomを使って毎回25人ずつで20回、計500人のスタッフに話をしました。決定までは完全に水面下で行っていたので、決定後は、その狙いについてかなり細かく説明しよう、と思ったわけです。

 なぜ双日と手を組むのか? 双日を相手に選んだことで何を期待しているのか? というところから、優先株って何? なぜこの比率での提携なのか? といった質問にも細かく答えたつもりです。

 スタッフの中には、商社に乗っ取られるんじゃないか? これから大変なことが起こるんじゃないか? という不安もあったと思うんです。しかし、フィードバックを見る限り、こうした説明会でかなりの安心が得られた。

 つまり、変化することに対して「決定」が重要ではありますが、それ以上にきちんと説明できるか、がポイントになるのではないでしょうか。

楠本:もう少し突っ込んで聞いてもいいですか? 双日と組んだ決定打というのはどこにあったんでしょう? 

菊地: この案件については、2020年の5月ごろから動き始めていました。ロイヤルホールディングスの事業というのは、外食、コントラクト(施設内の食堂)、機内食ホテルとあって、コントラクトというのは、高速道路や空港がメインなんですが、これを聞いてご想像いただけるようにコロナ禍ですべて大打撃を受けたわけです。

楠本:確かにそうですね。

菊地:その打撃は半端なものではなかったんです。2020年5月に中間決算の予想を発表しましたが、その時点で約150億円の損失見込みでした。実際、その通りになるんですが、半期で150億円ということは、コロナ禍の状況が変わらなければ、単純計算で、年間で300億円の損失になります。

 500億円の自己資本のうちの300億円です。それで、この頃からいろんな人の話を聞きました。たぶん30社以上の会社と議論しました。

楠本:どういった会社が相手の候補になっていたんですか?

菊地:最初の段階で話をしたのはファンドでした。先にお話ししました外食産業での成功事例もあります。ファンドと組めば、コスト削減などの面では進むんだろうなという感触はあったんです。

 ただロイヤルホールディングスの場合は、すべての事業が被害を受けている状況で、これからは、成長戦略を新しく作れるパートナーが必要だろうという想いがありました。

 それで、事業会社さんとも話をしたいなと思っていたところで、双日さんから声がかかった。しばらく話をしていくなかで、お互いをパートナーとして、新しいものを作っていきましょうという感触を得たというのが、決め手でしたね。

──たとえば海外進出とか、具体的な戦略ということでの一致ではなかったんですね?

菊地:それもありました。われわれロイヤルホールディングスは、おいしいものをつくるのは得意なんです。お客様に来てもらう、来てもらったら良いサービスをお届けして、良い商品を食べていただくことには自信を持っている。ただ、それを届けるということが、すごく苦手な会社だった。

 これまでは、人が動くことで成り立っていたんですが、人が動けないならモノを動かすしかないわけで、モノを動かすんだったら、商社と組むのがベストかなというのもありました。

楠本なるほど。業界全体で言うと、人とブランドと知恵のようなところを流動化させて、もしかすると一度カオスのような状況になるかもしれないけど、再編成し、新しいチームをつくっていくことは課題ですよね。

 それには、もっと「変態」していくことがポイントかなと思うんです。「変態」というのはメタボリズム(新陳代謝)です。

 成功している時代というのは、今ある筋肉をいかに増強するかという方向なので新陳代謝が起きづらい。そのあたりを、どうかき混ぜていけるかというのも僕たちの役割かなとも思いますね。

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菊地唯夫氏。早稲田大学政治経済学部、MBA(ESSEC経済商科大学院大学:仏)。 株式会社日本債券信用銀行、ドイツ証券を経て、現在ロイヤルホールディングス株式会社代表取締役会長。