
中国共産党の、中国共産党による、中国共産党のための北京五輪
2月4日の北京冬季五輪開幕まで3週間を切る中、北京で新型コロナウイルスの変種株「オミクロン株」の市中感染者が確認され、感染拡大への警戒が高まっている。
1月14日に、入国者を除き106人のコロナ感染者を確認。このうち北京に隣接する天津市や河南省安陽市で、オミクロン株の市中感染が拡大している。
北京冬季五輪組織委員会は17日、「競技観戦は限られた者だけに限られる」と発表した。
在北京米特派員の一人G氏は、筆者にはこんな皮肉っぽいメールを送ってきた。
「五輪を観戦できるのは、習近平国家主席をはじめとする共産幹部、それに招待に応じたロシアのウラジーミル・プーチン大統領ら外国賓客*1だけということだ」
「まさに中国共産党の、中国共産党による、中国共産党のための北京オリンピック(Beijing Olympics of Chinese Communist Party=CCP, by CCP, and for CCP)だ」
*1=北京五輪の開・閉会式に参加する外国賓客はプーチン氏のほか、ポーランド大統領、パキスタン、モンゴル、ギリシャ各首相。閣僚はモルディブの外相のみ。
(https://en.wikipedia.org/wiki/2022_Winter_Olympics_opening_ceremony#Host_nation_dignitaries)
米国はじめ冬季五輪で金メダルを独占しそうな欧米勢は、新疆ウイグル自治区での中国政府によるジェノサイドに抗議する外交ボイコット。
さらには感染力の強いオミクロン株が容赦なく中国に襲いかかっている。
1年前、五輪会場を視察した習近平氏は誇らしげにこう述べていた。
「中国の先端技術は世界レベルに達した。中国共産党の指導力と挙国一致体制で(北京五輪という)歴史的な偉業を成し遂げられる」
果たしてそうなるかどうか、「Wish You luck」(武運長久)としか言いようがない。
そんな中、習近平氏が大喜びする朗報が飛び込んできた。
全米プロバスケットボール協会(NBA)のゴールデン・ウォーリアーズ(サンフランシスコ)の出資者で共同オーナー(Part Owner)が、自分が管理・運営するポッドキャストで爆弾発言したのだ。
「私は新疆ウイグル自治区のジェノサイド(民族大量虐殺)など全く関心がない」
(https://www.nytimes.com/2022/01/18/sports/basketball/warriors-chamath-palihapitiya-uyghurs-nba.html)
1月18日には泣く子も黙る国際人権団体の「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のセミナーで、人権問題活動家やアスリート団体代表から北京五輪に参加する選手に「五輪中、人権問題で発言するのはやめよ」といった警告が発せられた。
理由は「中国当局に起訴されるかもしれない」というものだが、習近平氏にしてみれば思う壺であるに違いない。
何やら北京五輪を「中国には人権抑圧など存在しない」というプロパガンダの場にしようとする習近平氏の狙い通りの流れになってきたようなのだ。
逆に、中国の人権問題追及を政権の最重要アジェンダに掲げ、一時は「北京五輪粉砕」までもくろんだ(?)ジョー・バイデン大統領は、NBAから飛び出した「ジェノサイド否定論」に面食らっている。
熱烈なバイデン支持者がなぜ、今?
この「裏切り者」は、ウォーリアーズの共同オーナーのスリランカ系カナダ人(米国籍も取得)のチャマス・パリハピチャ氏(45)。
「フェイスブック」などを経て、新事業への資本投資を行うベンチャー・キャピタル・ファンドを立ち上げ、億万長者にのし上がった。
2010年、ウォーリアーズの買収に参加、現在は少数株主として取締役会議のメンバーである。
政治には強い関心を持っており、2020年大統領選挙の際にはバイデン氏に6桁の政治資金を出したほか、民主党のチャック・シューマー上院院内総務(ニューヨーク州選出)には75万ドルの軍資金を渡している。
ウォーリアーズの熱狂的なファンであるカリフォルニア州選出のナンシー・ペロシ下院議長とは昵懇の間柄で、選挙の時には物心両面から支援している。
ご本人はカリフォルニア州知事のポストを狙っているともいわれる。
さらにパリハピッチャ氏は、人権外交の旗振り役、アントニー・ブリンケン国務長官が就任する前には自らが経営するベンチャー・キャピタル・ファンドで雇っていた。
まさにウイグル・ジェノサイドについては耳にタコができるほど詳しい億万長者なのだ。
習近平は残虐な独裁者ではない!
そのパリハピチャ氏がなぜ、習近平氏が泣いて喜ぶようなことを言い出したのか。
その前に同氏は具体的には何と言っていたのか、正確に記すと以下のようになる。
一、新疆ウイグル自治区で行われているという中国政府の人権弾圧問題だが、限られた情報や資料に基づいて言われている。あくまでも推測の域を出ていない。そうでないかもしれない。
二、中国はジェノサイドなどやっていないかもしれない。(司会者が習近平政権を「残虐な独裁政権」と言っているのに対し)習近平氏が「残虐な独裁政権」か、どうか、私には分からない。
三、あなた(司会者を指す)はこの問題に関心があるようだし、敬意を表するが、ほかの人たちが皆、この問題に関心があるわけではない。これが「醜い現実」だと言いたい。
四、少なくともこの問題で米国は中国に説教する立場にはない。
香港、チベット民主化支持する声も
NBAの関係者の中には、プロ野球のMLB(大リーグ)などに比べると、政治論議の好きな御仁が目立つ。
中国の人権問題を厳しく批判した例では、2019年に香港民主化運動を支持したヒューストン・ロケッツのジェネラル・マネージャー、ダリル・モーリー氏。
2021年10月にはボストン・セルティックスのセンター、エネス・カーター選手のチベット反政府運動支持がある。
モーリ―氏の発言に激怒した中国は、ロケッツの試合中継を一切禁じる措置に出た。一時はNBAの中国内での試合中継を全面禁止すると言い出したが、ロケッツ側が謝罪したため、大事には至らなかった。
何しろNBAが中国での試合中継で稼ぐカネは年間5億ドル(約570億円)。全収益の5.9%だ。
ちなみにNBAの1年間の収益額は84億ドル(約9580億円)。
チーム別でみると、ウォーリアーズは4億7400万ドルでトップ、2位はロサンゼルス・レイカーズとニューヨーク・ニックスの4億ドルだ。
ダラス・マベリックスMGも中国擁護発言
逆に中国に好意的な発言が出てくるのは、やはりカネ絡みと見られるのは避けられない。
2020年10月には、ダラス・マベリックスのオーナー、マーク・キューバン氏(62)が「人権抑圧反対だが」と前置きしながら次のようにコメント。「人権」支持一辺倒の米メディアから袋叩きにあったことがある。
「人権抑圧をやっているのは中国だけではない。トルコもそうだし、アフリカのいくつかの国も人権抑圧をやっている」
キューバン氏はロシアから米国に移住したユダヤ人移民の子、パリハピチャ氏もスリランカからの移民の子。
両親はともに仕事が見つからず、子供たちはアルバイトをしながら大学まで出たという点では共通している。
新参者やマイノリティに対する世間からの偏見や差別を経験したに違いない。
「米国には中国に人権問題で説教する立場にはない」という発言の背景をみる思いがする。
頼みの綱はオミクロンしかない
この爆弾発言にウォーリアーズのスポークスパーソンはただちにコメントを発表。
「これはあくまでもパリハピチャ氏の個人的見解であって、ウォーリアーズの人権問題に対する基本姿勢は変わっていない」
「同氏はわが組織の日常管理・運営には関与していない」
米主要紙のスポーツ担当コラムニストP氏は筆者にこう指摘する。
「中国を目の敵にする今の米国にとって、『人権』は錦の御旗になっている」
「国力は弱まったとはいえ米国人が今なお世界のリーダーだという自信を持っているのは、これまで人権抑圧の独裁国家と戦い、勝利してきたという自負心があるからだ」
「五輪を『武器なき戦場』という者もいる。米国は目下、分裂・分断状況にある。だが五輪ともなれば、一致団結せねばならない。『人権』はその意味では米国人共通の理念、重要な『武器』になってしまっている」
「しかしそれも一皮むけば米社会自体、どす黒い人種差別・弾圧社会だ。パリハピチャ氏やキューバン氏らが言っている通り、『米国は中国に説教する資格などない』というのは、ある程度の教育を受けている米国人なら全く理解できない話ではない」
「今、習近平氏の抱く『北京五輪』の夢を打ち砕くのは天変地異、つまりオミクロンしかいないんじゃないか」
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