(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

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 新型コロナウイルスの「オミクロン変異株」の感染が広がっている。1月18日の検査陽性者数は約3万2000人と、コロナの流行が始まって最大になった。しかし重症者は20人、死者は10人。致死率は0.03%である。

 こういう状況をみて、感染症法上で最上位の分類になっているコロナの分類を季節性インフルエンザと同じ5類に変更すべきだという提案が、初めて自治体から出てきた。大阪市の松井市長や東京都の小池知事が政府に感染症法の見直しを求めたのだ。

突然消えた新型インフルエンザ

 新型コロナは、感染症法で「新型インフルエンザ感染症」に分類されている。これは1類感染症エボラ出血熱ペストなど)とほぼ同じ分類だ。全数検査で陽性者は無症状でも隔離され、原則入院だが治療費は無料である。

 エボラ出血熱の致死率は50~90%、ペストは30~60%という「死の病」である。致死率1%以下のコロナを1類扱いのままにしていることが、健康被害のほとんどない日本で混乱が続く原因である。

 それも2020年春にコロナの感染が始まったときはしょうがなかったが、日本のコロナ死亡率は、2年間の累計で約1万8000人。インフルは平年には1万人ぐらい死亡するので、それとほぼ同じである。オミクロン株はインフルより軽症で「ただの風邪」に近い。

 これは2009年に流行した新型インフル(H1N1)に似ている。このときもWHOがパンデミックと認定し、日本でも一斉休校などの措置がとられたが、新型インフルは、次の図のように冬(50週以降)になると消えてしまった。

 国立感染症研究所の記録では、死者は199人だった。2012年に新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)ができたが、そのころには新型インフルは影も形もなかった。これはなぜだろうか?

無症状の人を検査しなかった

 それが消えた原因は、感染症研究所の資料でも「よくわからない」と書いているが、そのヒントは、2009年にはまだ特措法がなかったことにある。当時は新型インフルも季節性インフルと同じく開業医が検査したので、症状の出ない人は検査しなかった。患者数も医療機関のサンプル検査で推定した。

 感染研の記録によると、流行のピーク時には病院には患者が殺到して大変だったようだが、ほとんどの患者が軽症だったので入院は少なかった。2010年になると患者が激減したので、患者数を数えなくなった。それが消えた原因ではないか。

 コロナは2020年2月に指定感染症に分類され、全数検査が原則になった。最初はPCR検査機器が不足して問題になったが、そのうち輸入され、民間でも検査できるようになった。今では毎日10万~20万人が検査を受ける。これが2009年と今の最大の違いである。

 もし2009年に特措法があったら、保健所を通して「発熱外来」に行かなければならないので、保健所が混雑してパニックが起こっただろう。濃厚接触者は全数検査なので、症状のない陽性者が大量に出たかもしれない。当時は無症状の人を検査しなかったことが、結果的に不必要な入院や隔離を防いだのだ。

 これには「コロナは無症状の人も検査したから感染の拡大が予防できたのだ」という反論があるだろう。それはエボラのような死の病なら正しい。症状が出るまで待っていたら、半数の人が死んでしまうからだ。特措法ができたときは、エボラ並みの危険な感染症を想定していたが、コロナは日本では死の病ではなかった。

5類に格下げして「感染者数」の速報をやめるとき

 もちろんこれは結果論だが、2020年の夏にはわかっていた。安倍元首相は8月に辞任するとき、コロナを指定感染症(2類相当)にした分類を見直すと表明したが、菅前首相は逆にコロナを新型インフル感染症(1類相当)に格上げしてしまった。

 今年初めの読売新聞のインタビューで、安倍氏は「薬やワクチンで重症化を防げるなら、新型コロナを季節性インフルエンザと同じ5類として扱う手はあります」と述べた。これが松井市長や小池知事の発言の元になったと思われる。

 しかし岸田首相は動かない。彼は「感染が急拡大している中で(コロナの)位置付けを変更することは現実的ではない」というが、これは逆である。感染が拡大している今こそ分類を変更しないと、無症状の陽性者で病院がパンクしてしまう。

 この背景には、1類扱いを変えたくない厚労省の抵抗もある。医療法では行政に医療従事者を配置転換する権限がなく、患者の受け入れも指示できない。日本医師会の政治力が強く、行政の介入を許さないからだ。これを変えるには医療法を改正して行政の介入権限を明記する必要があるが、岸田首相は法改正の先送りを決めてしまった。

 今は保健所の全数検査で感染を監視できるが、5類になるとサンプル検査になって保健所を通さないので、厚労省の権限がなくなり、情報も入ってこなくなる。このため厚労省は、医療機関に命令する梃子として、保健所による患者と補助金の配分を使っているのだ。また特措法で、緊急事態宣言など行動制限ができる点も大きい。

 しかしコロナの陽性者数が急増しているため、厚労省も保健所を通さずに医療機関にコロナ治療を認める方向に運用を改めている。これは実質的な5類格下げだが、法的に決まっていないので、行政の裁量が大きく不透明だ。

 5類扱いになると医療費が3割負担になるという反対論もあるが、これは筋違いである。必要なら医療費は公費負担にする新分類をつくってもいい。今のように保健所の裁量で過剰医療が放置されている状態を改めるべきだ。

 社会不安の元凶は、風邪に近いオミクロンの「感染者数」を毎日速報して騒ぐマスコミである。もうインフルのように患者数のサンプル検査結果を毎週発表する程度でいいのだ。コロナを新型インフル感染症から「普通のインフル」に格下げする必要がある。

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