埼玉県白岡市にある田畑が広がるのどか住宅街1月18日、1人の少年が凄惨な死を遂げた。死因は、頭に強い衝撃を受けたとみられる急性硬膜下血腫。顔や身体には複数の痣があり、あばらや腕は骨折していた。県警は何者かが少年を暴行したとして傷害致死容疑で捜査をしている。 

 死亡した少年は加藤颯太くん(15)。加藤家は、地元でも有名な8人きょうだいの大家族だった。

「15日の午前4時50分ごろ、自宅リビングの布団の上で意識がもうろうとしている颯太くんを母親が発見、119番通報した。その後、病院に搬送されたが18日に死亡が確認されました。母親は、颯太くんが1月15日の数日前に『ケガをして帰宅した』と説明しているが、先月も足をひきずって歩く颯太くんの姿が近隣で目撃されており、県警は事件との関連を捜査している」(社会部記者)

仲良く自宅周辺で遊ぶ大家族に何が…?

 一家が白岡市に引っ越してきたのは約5年前。子どもたちは毎日元気に自宅周辺を遊びまわり、長男の颯太くんは面倒見のよい兄だったという。

「母親は今風の綺麗で、おだやかなお母さん。たくさんの子どもたちをカルガモみたいに引き連れて、近所の自販機でよくジュースを買っていました。颯太くんの上には高校生くらいの年齢のお姉さんがいる。

 下には次男や女の子が続き、一番下はまだ幼児かな。颯太くんはすれ違うと必ず頭をさげてくれる感じのいい子でしたが、今年になってから見かけなくなっていました。心配している矢先の不幸だった」(近隣住民)

 また、颯太くんは母親と長年連れ添った内縁の夫であるA氏とも同居していたという。

Aさんとはてっきり結婚していると思っていました。大柄で、年齢は50歳前後くらい。昔は運転手をしていたようです。ただ、最近は家にいることも多く、何をしていたかはわかりませんが、稼ぎもあったのでしょう。ピカピカのごついハイエースに乗っていました。

 Aさん子どもたちで一緒に車でラーメン屋に来ていたのを見たことがありますが、子どもたちにも父親らしく接していました」(別の近隣住民)

颯太くんは学校にほとんど行っていなかった

 微笑ましい大家族に見えた一家だが、近隣との仲は疎遠だった。颯太くんは学校にはほとんど行かず、親しい友人もいなかったという。

「引っ越してきた小学校5年生の頃に1ヶ月程学校にきて、それからはずっと不登校でした。息子がいうには『颯太くんちはママに赤ちゃんができたから、面倒を見ないといけないんだ』って。虫歯もたくさんあって、歯医者にも行けていなかったようなので、よほど大変な時期だったのかもしれません。

 運動会修学旅行も参加せず、小学校の卒業アルバムも写真すらなく名前だけ。子ども会に勧誘しても『うちは子どもが多いから』と断られてしまった。中学になっても不登校が続きました。颯太くんだけでなく、きょうだいも皆学校に来ていない。どうも学校に不信感があったみたいで…」(颯太くんの同級生の保護者)

 颯太くんの地元中学は、全校生徒100人程度。

 複数の保護者や卒業生が「イジメもなく、不良生徒もいなかった」と証言する。

「無理に学校に行かなくてもいい」という声も強かった

「これまでにも『子どもを学校に通わせないのはおかしいのでは?』とある親御さんが先生に声をあげたこともあります。ですが、今は『無理に学校に行かなくてもいい』という声も強く、自主性を重んじる時代。先生も『無理強いはできない』と嘆いていました」(同前)

 事件後、県警は自宅周囲の防犯カメラデータを押収。近隣では一家と周囲にトラブルがなかったか聞き込みをするとともに、現場でも入念に鑑識作業が行われていた。

「颯太くんというより、近隣住民と一家との間ではトラブルが多々ありました。学校にいかないで、夜中の2時くらいまで子どもたちが騒いでいたから、近所の住民が通報し、警察も何度か来ていました。金銭面でもだいぶ苦労していたようで、駐車場代が1年近く未納で、地主さんが悩んでいた。もう少し地域や学校が一家と交流がとれていたら、颯太くんの異変に気づけたのかもしれない。残念で仕方がありません」(地元住民)

 15歳の少年の非業の死。事件の早期解決が望まれる。

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《埼玉・白岡15歳少年暴行死》「小さい魚をきょうだい皆でわけて食べている」 8人きょうだい“ヤングケアラー”だった少年の「凄惨な日常」と「思い出のピース写真」 へ続く

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

事件現場周辺は騒然とした様子だった ©文藝春秋 撮影:上田康太郎