切り札・ワクチン接種義務化実現せず

 就任1年目のバイデン米政権が新型コロナウイルス対応で二進も三進もいかない。

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 その元凶が米連邦最高裁の判事の間の対立だとなれば、「建国の祖」たちも苦笑いしているに違いない。

 ジョージ・ワシントン初代大統領らが描いた「三権分立」の理想が見事に機能してコロナウイルス対策を阻んでいるからである。

 連邦最高裁は、1月13日、変異株「オミクロン株」の拡大が止まらない中、ジョー・バイデン大統領が「切り札」としていた民間企業へのワクチン接種義務化を差し止めてしまった。

 その理由は「行政府の権限を超える措置」だから、という判断だ。

 最高裁は保守派6人、リベラル派3人の「保守王国」。

 民主党は、ホワイトハウス、上下両院を取ったものの、肝心要の最高裁は、ドナルド・トランプ氏にかすめ取られてしまった。

 トランプ氏が在任中、空席となった3ポストに保守派3人を強引に押し込んだことがここにきて効いている。

 バイデン氏も今回のワクチン接種義務化をめぐる最高裁の出方は、当初から薄々分かっていた。

 そこで、バイデン氏は高機能マスク(防護力の強い「N95」を奨励)の無料配布、簡易検査キット5億超の追加調達などの対策を打ち出した。「Bプラン」だ。

 だが「米国民の3分の1がマスクを着けない」「ワクチン接種を終えた人は62.8%」という現状では、これもさして効果があるとは思えない。

 最高裁の保守派の面々が強気な判断をした背景には、とにかく「お上」の言うことに無条件で従うことを嫌う米国の国民感情がある。

 連邦政府の決めたことに地方自治体が「はい分かりました」と受け入れることを嫌う土壌があるのだ。

 さらに、いまだに2020年大統領選挙ではドナルド・トランプ氏が勝ったと信じている共和党支持者たちは46%もいる。

 トランプ氏はステートメントを出す時には、「ドナルド・トランプ第45代大統領」と記している。今も「大統領」だと自負している。あの選挙は「バイデンに盗まれた」と信じて疑わない。

 急激な物価の上昇と後手に回るコロナ対応に、バイデン氏の支持率は41%にまで落ち込んでいる。オミクロン感染阻止は、支持率回復のカギだ。

 そのコロナ対応の一環として、従業員100人以上の企業にワクチン接種を義務付けた。義務化は違反企業に対し約1万4000ドル(約160万円)の制裁金を科す厳しい内容だった。

 それを最高裁は退けたのだ。

 最高裁が停止命令を出さなければ、約8400万人の労働者への接種が実現していたのにである。

 バイデン氏にしてみれば、パンデミックから抜け出せないのは、マスク着用を嫌い、ワクチン接種を拒むトランプ共和党の州知事たちであり、そして今や、最高裁までがこれに加担しているのだ、ということになる。

最高裁は「9匹のサソリを入れた瓶」

 たとえバイデン民主党トランプ共和党とが激しく対立しているとはいえ、「米国憲法の守護神」たる最高裁までその対立に巻き込まれ、政争の具になっているのだ。

 いったい最高裁では何が起こっているのか。

最高裁の内幕」を公共放送、NPRのベテラン司法記者、ニナ・トテンバーグ氏が1月13日、同放送の番組で明かしている。

「今の最高裁は、法律論争の場ではなく、9人の判事が保守とリベラルに分かれて怒鳴り合い、殴り合いをしているようなものだ」

最高裁の判事間の対立は1940年代に激しかったが、今はそれ以来最悪の状況にある。まさに瓶の中に9匹のサソリを入れたような状況だ」

「昨年秋以降、新型コロナウイルス最高裁にも押し寄せてきた」

リベラル派のソニア・ソトマイヨール判事(67)がマスクを着け始めた。糖尿の持病があり、コロナ感染を警戒していた」

「ソトマイヨール氏は法廷の判事席では隣りに座っている保守派ニール・ゴーサッチ判事(54)にマスク着用を促した。感染を恐れたからだ」

「ところがゴーサッチ氏はこれを拒否。ソトマイヨール氏は法廷以外の判事同士の会議にも出席しなくなり、マイクロフォン参加に切り替えてしまった」

「それにしても判事が審理に不参加、マイクロフォン参加とは前代未聞だった」

https://www.npr.org/2022/01/18/1073881777/divisions-at-the-u-s-supreme-court-are-playing-out-in-differences-among-the-just

(その後ジョン・ロバーツ首席判事(最高裁長官)が全判事にマスクの着用とワクチン接種を再度お願いした結果、今では全員が従ったという)

 ソトマイヨール氏はニューヨーク州ブロンクス出身のプエルトリコ系。9歳の時に父親が他界、女手一つで育てられた。

 奨学金を得て、イエール大学に進み、プリンストン法科大学院で法務博士号を取得。

 ジョージ・W・H・ブッシュ第41代大統領(父)に連邦ニューヨーク南部地区地裁判事に任命された後は、ビル・クリントン第42代大統領に巡回控訴裁判事、そしてバラク・オバマ第44代大統領最高裁判事に、女性判事としては3番目、ラティーノ系判事としては初めて任命された。

 女性の人権、出産・中絶の選択権、LBGTQ(性的マイノリティ)などでは法曹界でも一二を争う剣客だ。

 一方のゴーサッチ氏は、コロラド州出身。コロンビア大学を経てハーバード法科大学院、英オックスフォード大学ユニバーシティ・カレッジで博士号を取得。ハーバード法科大学院ではオバマ氏と同級生だった。

 司法次官補や巡回控訴裁判事を歴任、米国憲法の司法条文主義を貫いてきた。

 信教の自由、同性婚否定などでは黒人のクラレンス・トーマス判事(73)と超保守派の双璧だ。上院での人事承認では、共和党が単純過半数で審議、採決するという規則を改正して辛うじて承認された。

 つまり、リベラル派マイノリティの「出世頭」と共和党保守派の「貴公子」が最高裁の場で、コロナ禍をめぐって激突したわけである。

 筆者はかってある憲法学者からこんな話を聞いたことがある。

最高裁判事は、任命した大統領の政治理念や憲法観を体現し、大統領が去った後もそれを踏襲し、国民に説く任務がある」

 つまり、最高裁判事とは、歴代大統領の政治理念を代弁しているのだ。ということは最高裁自体が政治の場になるのは、むしろ当然なのかもしれない。

ソトマイヨール判事:
「最高裁はなぜここまで政治化したのか」

 最高裁2021年10月、テキサス州がとった人工中絶手術を禁ずる措置を司法省が差し止めたことで賛否を問われ、同省の差し止めを退けた。

 保守派がリベラル派の主張を一蹴したのだ。

 審理では、くだんのソトマイヨール氏が保守派判事たちの発言を遮ってこう主張した。

1973年の『ロウ対ウェイド判決』*1以降、同判決に異議を申し立て最高裁判事は4人のみ。あなた方はこの4人組の仲間になるおつもりか。この最高裁はそこまで堕落してしまったのか」

*1=最高裁1973年、妊娠を継続するか、人工中絶するかは、憲法修正第14条が保障する女性の権利だ、と判断したとした歴史的な判決。

 最高裁は、2022年1月20日トランプ支持派市民が米議会を襲撃した2021年1月6日の事件に関するトランプ氏の情報(メモや交信記録など)開示を命ずる判決を下した。

 トランプ氏は大統領特権を盾に開示拒否をしていたが、大統領を辞めた人物に大統領権限がないことは自明の理。

 保守派でも重大判決の際には厳格な憲法解釈を貫いてきているロバーツ氏が「常識」を示したと言える。

 それでも判決に至る審理ではトランプ氏に任命されたブレット・カバノー判事(56)は最後まで開示には反対していた。トランプ氏に操を立てたのだろうか。

 トランプ氏にしてみれば脱税容疑だろうと、職権乱用罪だろうと、最終的には自分が任命した判事が守ってくれるといった読みがあったのかもしれない。

 最高裁判事は終身制。したがって現在の保守、リベラルは、現職判事が死なない限り続く。

 現在最高齢は、リベラル派のスチーブン・ブライヤー判事(83)、次いで保守派のクレランス・トーマス判事(73)、サミュエル・アリート判事(71)。

 トランプ氏が任命した保守派3人は40代、50代ばかり。最高裁の「保守天下」はここ当分続きそうだ。

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2020年2月4日、ドナルド・トランプ大統領の一般教書演説を前に談笑する最高裁判事(左から4人目がニール・ゴーサッチ氏、一番左がジョン・ロバーツ氏、次がエレナ・ケイガン氏、一番右がブレット・カバノー氏)