ヴィジュアル版 素晴らしき、きのこの世界:人と菌類の共生と環境、そして未来
ヴィジュアル版 素晴らしき、きのこの世界:人と菌類の共生と環境、そして未来』(原書房)著者:ポール・スタメッツ

きのこは食生活、環境問題、医薬品開発にまで関わりをもつ。菌類学、料理家、生態学、医学、心理学など第一線の専門家がきのこ美しい写真とともにわかりやすく紹介した書籍『素晴らしき、きのこの世界』より、まえがきを公開します。

植物? 動物? 得体の知れない物体

キノコは謎めいた生物だ。
目の覚めるような色と形でどこからともなく現れたと思ったら、あっという間にいなくなってしまう。その驚くべき出現と不可解な消失により、何千年ものあいだキノコは禁断の果実のように見なされてきた。キノコがもっている知恵を垣間見ることができるのは、シャーマン、魔女、祭司、博識な薬草医といったごく一部の専門家に限られていた。
それはなぜか?
強力な効果があるが、得体の知れない物体を恐れるのは自然なことだ。キノコには害になるものもあれば、薬になるものもある。多くは食用だが、稀に食べた人をスピリチュアルな旅へといざなうものもある。
キノコの研究が難しいのは、突然現れては突然地下へと戻っていくその性質のせいである。私たちは動物や植物との付き合いのほうが長く、大抵の場合、どの種が有益でどの種が有害であるかを知っている。だが、キノコはそうではない。キノコは私たちの目に映る風景にそっと入り込み、その後すぐに消えていく。ほどなくして記憶が薄れ、私たちは自分が見たものを思い出せなくなる。
キノコとは、肉眼で確認するのが困難な菌糸体ネットワーク――私たちが地面につけた足跡の下に存在する菌糸組織――の子実体のことである。棒や丸太を動かしてみよう。縮れたクモの巣のような無数の細胞群が四方八方に広がっているのがわかるだろう。それが菌糸体、すなわちあらゆる風景に溶け込んでいる菌類細胞のネットワークだ。菌糸体は食物網の基盤であり、すべての生命を結びつけている。だが、あらゆる有機体のなかで世界最大の質量を誇り、数千エーカーの広さになるこの広大な地下ネットワークは、ありふれた風景のなかに身を隠し、周囲の状況を静かに察知しながら、生命を維持するための土壌づくりに専念しているのだ。

美味で珍味で毒で薬

何千年にもわたって、私たち人間は食物に関する膨大な知識を蓄えてきた。飢餓は新種の食物を探すためのいいモチベーションになった。私たちの祖先は、一部のキノコが栄養価が高いだけでなく、味もいいことをすぐに理解した。キノコタンパク質ビタミンを供給し、免疫システムの強化に役立つ。それらは、人類の生存においてきわめて重要だった。
年配者のなかには、自分の両親や祖父母と一緒に森で楽しくキノコ狩りをした思い出をもっている人が少なくない。彼らはキノコを苦労して見つけた経験があり、そのキノコが食用かどうかを見極める難しさや、毒キノコを見誤る危険性を理解している。
また、自然で採れたキノコを使った料理のおいしさや満足感を覚えている。こうしたことはみな、世代を超えて家族を結びつける有意義な記憶になりうる。そして多くの場合、キノコが採れる場所は家族の秘密とされ、自分の子や孫にだけ伝えられる。
キノコの体験」とは、まさにこうした一連の出来事のことであり、人間に根づいて成長していく。それは、時のなかを伸びていく菌糸のようであり、私たちの祖先と私たち、さらには私たちの子孫をつなぐ架け橋となる。
キノコの使い道を学ぶ人が非常に魅力的に感じるのは、キノコがもつさまざまなメリットだろう。実用的な物質であり、人間の生存を助ける力をもち、文化という織物の綾にもなるキノコは、土着の文化に浸透しているひとつのテーマである。
キノコに関する祖先の知識のなかには歴史に消えていったものがあるが、菌類の臨床研究が行われるようになったことで、多くの知識が科学的に検証されつつある。
アオカビ(ペニシリウム、Penicillium)から生成されたペニシリンは、抗生物質時代の始まりを告げ、何百万もの人々の命を救ってきた。内生菌のタキソマイセス・アンドレアナエ(Taxomyces andreanae)は、特定種のがん治療に効果があるタキソール(taxol)を合成することがわかった。私自身、エブリコ(Fomitopsis officinalis)の抽出物が天然痘を含むウイルス群に効果があることを発見した。
菌類はしばしば抗菌性があり、免疫系を強化し、ウイルス性疾患を予防または治療することができる。菌類には多種多様な効果があるが、人間の健康を改善することに関して言えば、私たちは菌類の世界がもつ無限の可能性を発見しはじめたばかりである。
食用キノコの多くはおいしく、健康にいい。だが、大部分のキノコは毒こそないものの、味はよくない。ある文化では食べられないと考えられているキノコが、別の文化では珍味とされる場合もある。
毒キノコのベニテングダケ(Amanita muscaria)は、ハエトリキノコと呼ばれている。網戸が発明されるずっと前の時代のヨーロッパの人々は、ベニテングタケを細かく刻んで酸味のある乳の容器の中に入れ、窓辺に置いて虫除けにした。
ベニテングタケは食べてはいけないキノコなのか、と思うかもしれない。アジアをはじめとする地域の採集者は、ベニテングタケを沸騰したお湯に入れてよく洗うと、水溶性の毒素が除去され、悪影響なく食べられることを発見した。バイキングの伝説に登場する狂戦士は、戦いの前にベニテングタケを食べて、殺人鬼のような狂乱状態になったそうだ。それは、このキノコに制御不能な反復運動を誘発し、痛みを無視できる効果があったためである。
シベリアシャーマンベニテングタケを食べていた。彼らは雪の上におしっこをすると、トナカイがその雪を食べに集まってくることに気づいた。それを知ったシベリアの人々は、もうろうとしたトナカイを投げ縄で簡単に捕まえることができた。たった1種類のキノコが、ハエを殺し、トナカイを集め、人間を凶暴化させ、適切な処置が施されていれば食料にもなることは驚くべきことである。
古代ヨーロッパから北アメリカにいたるまで、文化が進化するうえでの重要な出来事は、「マジックマッシュルーム」、とりわけシロシビンという成分を含むキノコの発見だった。それらは人類の歴史を通じてさまざまな場面で使用されてきたが、アメリカヨーロッパにおける最近の臨床研究では、シロシン(シロシビン生成キノコ)の投与が、外傷患者と死を恐れる末期患者をいかに救い、さらには犯罪的傾向の減少とどのような関係があるのかを示している。
マジックマッシュルームは、ヨーロッパメキシコで数千年ものあいだ食べられてきた。シロシビン生成キノコの蜂蜜漬けは、現在でもメキシコで行われている。1516年のバイエルンビール純粋令ビールの原料を大麦・ホップ・水・酵母に限定する、ドイツの法律)以前、キノコビールの原料として使われていた。こうした幻覚作用のある醸造酒は、地元の自然崇拝の一環だった。一部の植物考古学者は、マジックマッシュルームのミード――マジックマッシュルームを加えた発酵蜂蜜ベースの醸造酒――は、古代のヨーロッパやメソアメリカ(中部アメリカの古代都市文明圏)の儀式と関係があると考えている。

ミツバチとキノコとバイオセキュリティ

蜂蜜とミツバチキノコは密接な関係にある。どういうことか説明しよう。本書と映画『素晴らしき、きのこの世界』は、映像作家のルイ・シュワルツバーグと私の10年以上にわたるコラボレーションの成果である。数年前、ルイはコウモリチョウミツバチなどの花粉媒介者(植物の花粉を運んで受粉を助ける動物)についての映画『花粉がつなぐ地球のいのち』(Wings of Life)を完成させた。ミツバチが奮闘する様子を見た彼は、あらゆる花粉媒介者のなかで最も偉大な生物が大量に死ぬのを知って悲しんだ。彼は私に痛切な問いを投げかけた。「ポールミツバチを助けるために君ができることはあるかい?」
ルイは菌類や昆虫に対する私のそれまでの取り組みを知っていたのだが、彼の質問は私が自分の庭で目撃した奇妙な出来事思い出させた。
1984年、私はふたつのミツバチの巣箱を持っていた。7月のある朝、キノコ畑に水をやりに行った私は、木片の表面に20匹ほどのミツバチが群がっているのに気づいた。近づいてみると、ミツバチは木片のあいだから顔を出していた菌糸体の白い糸からしみ出る小さな滴をすすっていた。40日間、夜明けから夕暮れまで、ミツバチの大群が巣箱からキノコ畑までの数百フィートの距離をひっきりなしに移動した。ミツバチは木片――彼らの体と比較すれば木製の巨大な柱のようなものだった――を動かし、その下のより多くの汁を出す菌糸体を露わにすることまでして、毎日菌糸体の汁を「搾り取って」いたのである。
ルイとの会話から数年後、このミツバチの記憶が白昼夢のなかで蘇ってきた。その日の朝から、私は自分の庭のミツバチという点と、アメリカ国防総省の「バイオディフェンス計画」に携わる自分の仕事という点を結びつけて考えるようになっていた。このポスト9.11計画は、いくつかの他孔菌類の抽出物が、天然痘やインフルエンザといった潜在的に兵器化可能なウイルスの効果を弱体化させることに非常に有効であるという発見につながった。私は同じ抽出物が、ミツバチのコロニー崩壊の主要因となっているバロアダニ(ミツバチヘギイタダニ)がもたらすウイルスにも効果があるのではないかと思った
白昼夢から覚めた私は、自分が何をすべきかを理解していた。ミツバチに対して多孔菌類の抽出物の実験を行い、消耗性ウイルスの予防に効果があるかどうかを確かめることだった。
4年後、ワシントン州立大学とアメリカ農務省の協力を得た私たちの研究チームは、森林地帯に存在する多孔菌類の抽出物がミツバチを殺すウイルスを減らすことを発見した。ミツバチが抽出物を摂取すると、ウイルス量が数千分の1に減少して、ミツバチの寿命が延びるのである。
この画期的な方法は、ミツバチが蜂群崩壊症候群を克服するのを助け、世界中の食料のバイオセキュリティを強化することに役立つ可能性がある。芸術家と科学者の思いがけないコラボレーションから、このような歴史的なブレイクスルーが生まれたのだ。
キノコは肉体にとっては栄養であり、精神にとっては薬である。映画『素晴らしき、きのこの世界』と本書は、壮大なワンダランドへの入り口である。本書では、深刻な環境問題への解決策として菌糸体の研究が行われていることや、西洋薬理学の現実的な代替手段としてキノコが注目されていることを取り上げ、さらに、菌類がもつ実証済みの驚くべき意識変容効果について解説する。
地下に生息するキノコの世界へようこそ。私たちはみな、つながっているのだ!

[書き手]ポール・スタメッツPaul Stamets)
1955年生まれ。アメリカの菌類学者。菌類に関して、生活環境から医薬への用途や生産まで、学界および産業界における第一人者と言われている。米国科学振興協会(AAAS)の発明大使賞(2014~2015年)、北米菌類学会(NAMA)の全米菌類学者賞(2014年)、米国菌学会(MSA)からゴードンティナ・ワッソン賞(2015年)など数多くの賞を受賞。

【書誌情報】

ヴィジュアル版 素晴らしき、きのこの世界:人と菌類の共生と環境、そして未来

著者:ポール・スタメッツ
翻訳:杉田 真,武部 紫
出版社:原書房
装丁:単行本(237ページ)
発売日:2021-12-25
ISBN-10:4562059850
ISBN-13:978-4562059850
ヴィジュアル版 素晴らしき、きのこの世界:人と菌類の共生と環境、そして未来 / ポール・スタメッツ
植物? 動物? 奥深く多様な「きのこの世界」