慰安婦問題テーマとしたドキュメンタリー映画『主戦場』をめぐり、出演者5人が、監督と配給会社を相手取り、映画の上映差し止めと計1300万円の損害賠償を求めた裁判。その判決が1月27日に東京地裁であり、柴田義明裁判長は請求を棄却した。(ライター・碓氷連太郎)

●出演者5人が提訴していた

問題となったのは、日系アメリカ人のミキ・デザキさんが、上智大学大学院の卒業制作のプロジェクトでつくったドキュメンタリー映画だ。

慰安婦問題テーマとして、ジャーナリスト櫻井よしこさんや米国弁護士ケント・ギルバードさん、歴史学者の吉見義明さんや元朝日新聞記者の植村隆さんなど、約30人の「左右両派の論客」が意見を戦わせる内容だった。

劇場でも公開されて、直後からSNSなどで大いに話題になったが、出演者のケント・ギルバートさん、トニー・マラーノさん、藤岡信勝さん、藤木俊一さん、山本優美子さんの5人が2019年6月、配給会社を提訴した。次のように主張していた。

・デザキさんは卒業制作、修士卒業のためのプロジェクトとしてドキュメンタリー映画を制作しようとしていると説明していて、「商業映画になるとは思っていなかった」。

・デザキさん側が用意した承諾書に「撮影・収録した映像・写真・音声を、撮影時の文脈から離れて不当に使用することがないことに同意する」とあるのに内容が偏向している。

・映画冒頭で「歴史修正主義者」「否定論者」「ナショナリスト」「極右」「性差別主義者」などとしていることは、原告らの著作者人格権を侵害している。

●東京地裁は原告の請求を退けた

東京地裁の判決は、原告側がデザキさんの用意した承諾書、もしくは合意書にサインしていることなどを根拠に「いずれも理由がない」として、請求を退けた。

・製作した映画が原告らに対する取材の時点から一般に、場合によっては商用として公開されることがあることを秘していたということはできず、デザキさんが原告ら主張の欺罔行為(相手に虚偽のことを信じさせ、錯誤させること)をおこなったとは認められない。

・デザキさんが原告らに対して取材を申し込み、また、書面への署名押印を求めるにあたって、原告らが主張する欺罔行為によって彼らを欺罔したとは認めるに足りず、各許諾をするにあたって原告らに錯誤があったとも認めるに足りない。

・本件表現において 原告らについて「歴史修正主義者」等と紹介、言及する部分は、原告らの呼称として用いられているのであり、原告らに対するデザキさんの意見ないし論評であると理解する。デザキさんは映画において、客観的な史料などもなくむやみに歴史的事実を否定する者とは表現しておらず、原告らがその立場の前提とする点の一部は前提とし、また、原告らの説明内容について根拠となる史料が存在することを示すなどしている。

・一般的な視聴者は「歴史修正主義者」等と呼称された原告らについて、歴史の定説などを再検討し新たな解釈を提示しようとしている者というような意味で理解することを超えて、客観的な史料が全くないにも関わらず、自分の思想や価値観に基づく認識を強行に主張している者といった意味まで含めて否定的に評価するとは限らない。このことに照らせば、本件各表現の在り方や、本件映画において本件各映像の一部のみが用いられていることなど原告らが指摘する点を考慮しても、本件映画の表現は原告らの社会的評価を低下させるものとは認められない。

・デザキさんが本件各映像を利用して本件映画を製作、上映することにより、原告らの名誉権(声望)を侵害したとは認められない。

つまり、撮影にあたって、デザキさんが用意した承諾書と合意書にサインした原告側は、商業映画となる可能性を認識しており、デザキさんが意図を隠して騙して「グロテスクプロパガンダ映画」を製作したわけではないと認めたのだ。

●デザキさん「この裁判が表現の自由シンボルとなった」

なお、デザキさんが用意した承諾書には「製作者またはその指定する者が、日本国内外において永久的に本映画を配給・上映または展示・公共に送信し、または、本映画の複製物(ビデオDVDなど)を販売・貸与すること」について同意を求める記述がある。

藤岡信勝さんと藤木俊一さんとは合意書を交わしているが、こちらには「デザキさんが製作する歴史問題の国際化に関するドキュメンタリー映画」について「デザキさんやその関係者が原告側を撮影、収録した映像、写真、音声および、その際に原告側が提供した情報や素材の全部、または一部を本映画にて自由に編集して利用することに合意する」「原告側がデザキさんに伝えた内容は個人の見解であり、第三者の同意を得る必要、または第三者に支払いを行う必要がないことを確認する」とある。

判決後の記者会見で、デザキさんは次のように時折、安堵の表情を浮かべながら述べた。

裁判官が双方の意見を聞いたうえで、本日の判決に至ったのは、とても大事なことだと思っています。裁判の目的は、この映画の評価を毀損し、上映を止めるためのものだと明らかになったと思います。

この裁判の勝利は、日本における表現の自由の勝利ととらえることができると思います。負けていたら社会に対する影響、とくに論争的なテーマの映画作品を作りたい人に悪い影響を与えてしまう。この裁判が表現の自由シンボルとなったことについて、とてもうれしく思います。

裁判に負けてしまうと、原告は慰安婦自体をフェイク、嘘の話と言ったはずです。そういうことがあってはいけないということで、裁判に対して非常に重みを感じながら今日に至りました」

会見に同席した代理人の岩井信弁護士は「丁寧に事実認定をして、判断していただいたと思っている。控訴されたとしても、高裁も同じ立場で判断していただけると確信している」と語った。

●原告側は控訴する意向を示している

デザキさんとともに訴えられていた配給会社「東風」の木下繁貴代表は会見で、2019年に提訴されてから一審判決までの約2年半、裁判を支援してきた人たちに感謝の意を表した。

そのうえで、原告関係者が作成した「映画『主戦場』被害者を支える会」というホームページのアドレスが「punish-shusenjo.com」であることから、裁判の目的が映画への抗議と「私たちをこらしめること(punishment)」であり、その主張が棄却されたはうれしいと喜びを口にした。

『主戦場』は、これまで全国60館以上で上映されてきたものの、2019年10月神奈川県川崎市での「KAWASAKIしんゆり映画祭」以降は小規模な公開にとどまり、2022年1月時点ではネット配信もされていない。

木下代表は「これから『主戦場』を見たいと考えている方は、安心して上映会をおこなってほしいと思います」と語った。一方の原告側は控訴する意向を示している。『主戦場』を再び映画館で見られる日は、そう遠くないかもしれない。しかし、まだ争いは続きそうだ。

「表現の自由のシンボルに」映画「主戦場」訴訟、勝訴した監督が安堵