(数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)

JBpressですべての写真や図表を見る

 ロシアは2月中旬までにウクライナに侵攻するとの分析が出てきました。以前から言われているように泥濘地が凍結している時期は侵攻しやすいことに加え、連日ウクライナ上空を飛行しているNATOの偵察機や衛星画像から、ロシア軍の物資集積状況を分析した結果でしょう。

 ここまでの状況になり、やっとメディアも危機を報じるようになってきましたが、日本からは関心の薄い地域であるため、基本的なことが理解されているとは言えません。

 そこで以下では、ウクライナを取り巻く軍事的な状況を解説し、ロシアが侵攻を開始した場合の理解を助ける基礎的な情報を提供したいと思います。

ウクライナ侵攻の地政学

地政学」と小見出しを付けましたが、ウクライナの置かれた地理的な状況を見てみましょうということです。下の地図のように、ウクライナは「ロシアおよび親ロシア勢力」(赤く塗った部分)に取り囲まれています。

 ウクライナは、東、北東でロシアと直接接しています。また2014年からは、ウクライナ東部がロシアの支援を受ける親ロ派に、クリミアロシアに、それぞれ占領されているため、こちらからも侵攻を受ける可能性があります。

 また、北西部はベラルーシと接していますが、事実上の独裁を続けるルカシェンコ政権が2020年の反政府デモ鎮圧をロシアに頼ったことからロシアとの接近を強め、現在ベラルーシ領内にもウクライナ侵攻用と見られるロシア軍が展開しています。

 南西の一部は、モルドバと接していますが、その国境の大半は「沿ドニエストル共和国」を名乗るロシアの傀儡勢力が事実上の施政権を持っており、以前よりロシア軍が駐留しています。

 沿ドニエストルは、ウクライナモルドバに挟まれた形であるため、今回のロシア軍の展開でも多数の兵力が入っている可能性はなさそうですが、空路およびドニエストル川経由で増強されている可能性はあります。

 元々、沿ドニエストルに展開していたロシア軍の規模が小さいことから、こちらからウクライナ領内に地上戦力が侵攻する可能性は低いと思われます。ただし、砲撃が行われたり、秘密裏に運び込まれたミサイルによって、首都キエフなどを背後から攻撃する可能性は考えられます。

 ウクライナの南側は黒海およびアゾフ海です。クリミアロシアに奪われている影響もあり、ウクライナにとっては海も脅威です。

 結果として、ウクライナにとって安全と言えるのは、西から南西側に接するNATO諸国(ポーランドスロバキアハンガリールーマニア)だけであり、ほぼ全方位(地図の赤い部分)からロシアの攻撃を受ける可能性があるという状態です。

ウクライナとロシアの海空戦力比較

 報道されているロシア軍集結情報の多くは、戦車などの地上戦力です。上に書いたとおり、ロシアウクライナは陸続きであり、地上戦力が重要なことは当たり前なのですが、ここではまず海空戦力を見ておきます。ウクライナロシア間の海空戦力差はきわめて大きく、戦闘が発生した場合の状況が簡単に読めるからです。

ウクライナの海上戦力

 まず、海上戦力ですが、ウクライナ海軍は存在していないに等しい状況です。理由は簡単です。2014年のクリミア危機の際、ウクライナ海軍最大の基地だったセヴァストポリが陸上から制圧され、司令部もロシア側兵力に包囲されたため、総司令官だったデニス・ベレゾフスキーをはじめ多くの将兵が戦わずに投降し、艦艇が軒並みロシア側に接収されてしまったからです。

 現在、戦力と呼べる艦艇は、クリミア危機の際に地中海に出ていたため接収を逃れたフリゲート「ヘーチマン・サハイダーチヌイ」ただ1隻であり、他は哨戒艇や小規模なミサイル艇、上陸用艦艇です。

 クリミア危機後、ウクライナ海軍は再建に努めていましたが、どうしても陸上戦力が優先されるため、上記のような状態に留まっています。また、フリゲートクラスを就役させていたとしても、その戦力差は埋めがたく、焼け石に水となった可能性が大です。

 多数の巡洋艦駆逐艦、それに通常動力型潜水艦を要するロシア黒海艦隊と戦闘になれば、ろくに被害を与えることなく沈められることは間違いありません。むしろ港に係留したまま、攻撃されたとしても戦闘は行わず、陸戦のために乗員を上陸させておく方が得策なくらいです。ロシアジョージアに侵攻した南オセチア紛争時には、小規模な水上戦闘としてアブハジア沖海戦が生起した他、ポティにおいて哨戒艇が港で破壊されています。ロシアによる侵攻が発生すれば、同様の経過をたどるものと予想されます。

 このような戦力差でも、潜水艦が存在していれば、ロシア海軍に警戒を強いることで行動を抑制することができたはずですが、唯一の潜水艦であった「ザポリージャ」も、クリミア危機の際にロシアに接収されています。

 黒海は潜水艦が活動しやすい海であるため、圧倒的なロシア黒海艦隊に抵抗するためには、潜水艦が有効です。そのため黒海沿岸のルーマニアブルガリア、それにトルコ潜水艦に力を入れています。今回の危機に際し、ウクライナドイツに艦艇の供与を打診したようです(ドイツが高い技術を持つ通常動力型潜水艦を要望していた模様です。ただし、ドイツが供与を決めたのはヘルメット5000個のみ)。筆者は、退役した自衛隊潜水艦ウクライナに供与する小説を書いていましたが、それが現実となっていれば、たとえ1隻でもロシアの侵攻に際してかなりの影響を与えたでしょう。

ウクライナの航空戦力

 続いては空を見て行きましょう。航空戦力はウクライナ空軍が相応の戦力を保持しています。

 戦闘機は、F-15と同じ第4世代戦闘機であるSu-27Mig-29地対空ミサイルも、パトリオット並のS-300に加え、旧東側各国で使用されている9K37ブークを装備しています。人員規模は4万5000程で、装備・規模ともに航空自衛隊と同等レベルと言ってよいでしょう。

 しかしながら、航空戦力でもロシア軍とはやはり圧倒的な戦力差があります。

 ロシアの航空戦力の集結情報は少ないのですが、日本周辺にも飛来した実績のある極東域の飛行隊が既に展開しているようです。加えて、航空戦力を見る上で重要なことは、現代の航空戦力は航続距離が伸び、モスクワ近郊の戦闘機部隊でも、前線に展開することなく、ウクライナに対して作戦行動が可能だということです。これらの航空戦力は、即応力を高めるための急速練成訓練を行っている模様です。

 そして、航空戦力に関しては、規模の差以上に“戦力の特質”が大きく影響してきます。一般的な陸海空の各戦力の特徴を、ゲームのキャラクター的に表現すると次のようなイメージになります。

 陸:攻撃力50、防御力90、機動力20
 海:攻撃力60、防御力40、機動力60
 空:攻撃力70、防御力10、機動力80

 機動力と攻撃力は高いものの防御力が低く、攻撃に対しては脆弱なのが航空戦力だということです。そのため航空戦力での戦闘では、先に攻撃し、相手の戦力発揮基盤である航空基地を叩いてしまうことで優勢となります。

 ここで問題になるのは、ロシアによるウクライナ侵攻では、偽旗(にせはた)作戦(紛争や軍事行動のきっかけを相手や第三者になすりつけること)が警戒されているように、ウクライナが先に攻撃すれば、ロシアに侵攻の口実を与えてしまうことです。つまり、ウクライナからは先に攻撃できず、結果的に先制攻撃を受けざるを得ないということになります。

 ロシアが侵攻を始める場合、湾岸戦争の開戦当初のように、レーダーサイトや航空基地が第1目標となります。ウクライナ側は航空機による攻撃を受けるだけでなく、イスカンデルなどの弾道ミサイルで攻撃を受けることで、戦力差が拡大することになるでしょう。ウクライナ空軍は“目”であるレーダーを失うことで、上空に侵入する敵の存在を把握できなくなります。また滑走路を損傷することで、戦闘機が離陸できなくなる可能性が高いものと思われます。

 また、前項で述べたように、ウクライナがほぼ包囲されているという事実も影響します。全方位を警戒しなければならないため、侵入してきたロシア機を要撃することが非常に困難なのです。弾道ミサイルの迎撃でも同じことが言えます。

 結果として、ウクライナ上空では、侵攻の初期段階にロシアがほぼ絶対的な航空優勢を獲得するでしょう。その後にウクライナが行えることは、攻撃を逃れた地対空ミサイルロシア機の行動を妨害するだけになります。

 以上のことから言えるのは、ロシア軍によるウクライナ侵攻では、ウクライナ側の抵抗手段は地上戦しかないということです。

地上戦の行方を左右する鍵は?

 では、その地上戦での鍵はどこにあるでしょうか?

 集結中のロシア軍地上戦力は、10万人規模と見られています。対するウクライナの兵力は、正規兵だけで17万程のようですが、自主的に抵抗する構えの民間人が多く、また、一般の手にも相当量の小火器があるため、都市でのゲリラ戦が実施される場合の兵力数は、かなりの数に及ぶ可能性もあります。しかしながら、装備に関してはロシアが圧倒的です。その上、上で述べたようにほぼ全方位から包囲されていますし、海上からも攻撃を受けるでしょう。さらに上空はロシアに支配されます。

 欧米の専門家は、親ロシア勢力支配地域の一部拡大から、海岸線のある南部を押さえ沿ドニエストルまでの連絡線を確保するプラン、ドニエプル川東岸までを支配するプラン、キエフを含む全土を占領するプランなど、ロシアは意思さえ固めればいずれの作戦も実行可能だと分析しています。

 プーチンの意思次第とも言われていますが、忘れてはいけない要素があります。それは、プーチンでもあらゆる攻撃手段を取りうるわけではないということです。

 プーチンは、「ロシア人とウクライナ人は一つの民族だ」と述べ、ウクライナ侵攻が他国の侵略ではなく、「共通の国籍」を保持するための行動だと位置づけています。ロシアは、シリアで毒ガスを自ら使用したり、あるいはシリア政府が使用することを認めていた可能性がありますが、同じ民族であるウクライナに対しては毒ガスは使用できないと思われます。太平洋戦争での東京大空襲のように、無辜の市民を大量虐殺するようなことも困難でしょう。侵攻の大義が失われてしまうからです。

 同様に、発電所などのインフラ破壊によって市民を困窮させるような作戦も制限される可能性があります。現在が冬であることもあり、電気や暖房用の燃料や水などの供給が途絶えれば、それだけでも死者がでる可能性はあります。また、そこに至るまでの困窮の状況が、イラクアフガン以上に情報として世界を駆け巡るでしょう。現在でも、制裁に消極的なドイツに対して非難が集まっているくらいです。インフラ破壊は、ロシアに対する制裁を強化する可能性が高くなります。

 ロシアが侵攻を開始すれば、都市以外の野戦では、装備などあらゆる点で優勢なロシアが、ウクライナ軍を圧倒することは間違いありません。しかし、無差別殺傷やインフラ破壊による現代の兵糧攻めを行わないまま都市の制圧を目指せば、ロシア軍は、血みどろのゲリラ戦を戦わなければならなくなる可能性があります。ウクライナには4000万もの人口があるのです。アフガニスタンの人口はウクライナを若干下回るくらいでした。ロシア軍は、アフガニスタン紛争に臨んだソ連軍よりも悲惨な戦闘を体験する可能性があります。心理的に恐怖させ、抵抗を止めさせない限り、10万の兵力では抑えられません。そのため筆者は、ウクライナが地上戦を互角に戦う、もしくはロシアを撃退するための鍵は、ウクライナ人の抵抗の意思にあると思っています。

 逆にプーチンとしては、恫喝によってウクライナが心理的に疲弊し、抵抗の意思を弱めることを期待していると思われます。ウクライナ大統領が、国内向けに安心するよう訴えているのは、この心理戦に対する抵抗です。

 ロシアは、ウクライナ軍を組織的に壊滅させることはできるでしょう。その段階で、あるいはもっと早い段階で、ウクライナが抵抗の意思を放棄すれば、プーチンロシアは勝利できます。しかし、その段階になってもウクライナが抵抗の意思を示し続ければ、プーチンは歴史に悪名を残すことになります。西側の制裁でロシア経済が傾き、ロシア兵死傷者がアフガニスタン紛争を上回る事態にでもなれば、プーチンは政権を追われることになるでしょう。

 ロシアが侵攻の構えを強め、2月中旬頃までに侵攻を開始する恐れがあると報じられていますが、現在までの動きは、戦争の可能性をあおり、心理的に恐怖させることで、ウクライナ人に抵抗を止めさせる、ロシアによる心理作戦だと見ることができます。

 現時点で戦端が開かれた場合の展開を占うことは困難ですが、どのような展開になるかも含め、鍵はウクライナ人の抵抗の意思にあります。

新型コロナに起因する不確定要素

 最後に、不確定要素に触れておきます。

 新型コロナの感染が続いていますが、これは厳冬期であることを含め、前線に展開するロシアウクライナ双方にとって戦闘力を低下させる不確定要素です。

 双方とも、軍はワクチン接種を強制していると思いますが、基本的に、両国ともワクチン摂取率は高くありません。未接種の者もいるでしょう。また、ウクライナファイザーやモデルナ製のmRNAワクチンの接種を行っていますが、ロシアが使っているワクチンは効果が低いと言われるスプートニクVです。

 この点を考えても、前線でコロナが流行してしまう可能性があります。ただし、読むことはできないため、あくまでも不確定要素です。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ウクライナ侵攻はあるのか? そのとき中国はどう動くのか?

[関連記事]

ウクライナ危機にNATOは集団的自衛権を発動できるか

ロシアのウクライナ侵攻はあり得ない、これだけの理由

ウクライナ軍の軍事演習の様子(資料写真、2018年11月21日、写真:ロイター/アフロ)