「55処」は、金正恩総書記が避難する時の秘密地下通路と、最高司令部の戦時用地下作戦坑道を維持管理する護衛司令部直属の部署である。「坑道管理処」とも呼ばれており、金正恩の職務室がある中央党と金日成金正日の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿、最高司令部の坑道作戦指揮所がある平壌市龍城区域ジャモ山をつなぐ地下通路の維持管理を担当している。

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 2020年9月頃、55処のパク所長が公開処刑される事件が発生した。坑道管理の問題という理由だったが、裏にはナンバー2の権力者がいた。何があったのだろうか。

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◎「北朝鮮25時」(https://jbpress.ismedia.jp/search?fulltext=%E9%83%AD+%E6%96%87%E5%AE%8C%EF%BC%9A)

(郭 文完:大韓フィルム映画製作社代表)

 55処が管理する地下通路は平壌地下鉄に沿っている。1973年に開通した平壌地下鉄路線は単純で、千里馬線と革新線の2つの路線があるだけだ。

 千里馬線は、復興駅、栄光駅、烽火駅、勝利駅、統一駅、凱旋駅、戦友駅、紅星駅を結ぶ路線で、革新線は楽園駅、光明駅、三興駅、戦勝駅、革新駅、建設駅、黄金谷駅、建国駅、光復駅を結んでいる。最近は千里馬線を延長した万景台線もあるようだ。

 千里馬線の勝利駅と革新線の光明駅は特徴的だ。勝利駅は2つある出入口のうち片方しか使用しない。金正恩氏の職務室がある中央党3階庁舍とつながっており、一般人の立ち入りが禁止されているからだ。もう一つの革新線の光明駅には列車が停車しない。金日成金正日の遺体が安置された錦繍山太陽宮殿が上にあることが理由である。

 55処が管理する地下通路は、平壌地下鉄の路線の下にある。平壌市民は地下鉄の30~50メートル下に、秘密地下通路があることを知らない。55処を除く護衛司令部に勤務する人々にも知られていない秘密である。

地下通路の終点

 地下通路の管理区域は、革新線の終点である楽園駅から40km以上離れたジャモ山までつながっている。金正恩氏の職務室と、ジャモ山にある有事の際の最高司令部の戦時作戦指揮坑道をつないでいるのだ。

 地下通路の坑道は、中型のタンク2台がすれ違うことができる程度の大きさで、平壌地下鉄が開通した1973年から存在している。平壌地下鉄を建設した時、その下に地下トンネルを建設したのだ。これまでに、数十回に及ぶ防水・補修工事や近代化工事が実施されている。

 これまで、秘密地下トンネルを車で通ることができるのは「1号」対象と呼ばれる金日成金正日金正恩だけだった。ところが、最近「2号」対象が現れたのだ。趙甬元(チョ・ヨンウォン)氏である。

 趙甬元氏は、政治局の常務委員兼組織指導部第1副部長を務めた朝鮮労働党中央委員会組織秘書だ。1957年、江原道通川郡(カンウォンド・トンチョン)の平凡な教育者家庭に生まれた趙甬元氏は、金日成総合大学物理学科を卒業後、教員になったが、理工系出身者の優遇政策によって中央党組織指導部の責任部員に抜擢された。

 口数が少なく、冷静で自己管理が徹底していた趙甬元氏は、労働党組織指導部の責任部員として、30年以上、北朝鮮権力の核心である組織指導部で経歴を積んだ実務者だ。

 その後、2019年に組織指導部第1副部長に就任し、2021年の労働党第8回大会で政治局常務委員兼労働党組織秘書になった。名実ともに北朝鮮のナンバー2である。

地下通路で足止めを食った理由

 2019年10月頃、金正恩氏は米国による対北朝鮮敵視政策に対する強硬メッセージを最高司令部秘密地下坑道で出すことを決め、党幹部とヘリコプターで白頭山に向かった。白頭山を馬で登り、自らの意志を世界に示す意図だった。

 金正恩氏は、組織指導部第1副部長の趙甬元氏に電話をかけ、「今すぐ最高司令部秘密地下坑道があるジャモ山に来るように」と指示を出した。趙甬元氏を同行者にも加えようと考えたのだ。

 その時、趙甬元氏は労働党組織指導部にいた。ジャモ山まで少なくとも1時間以上かかる場所だが、退勤時間だったことから、趙甬元氏は少なくとも1時間30分以上かかると金正恩氏に報告した。

 すると、金正恩氏は「それなら55処地下坑道を通って来い」と言った。金正恩氏と同行していた権力者は驚いた。「1号」対象以外は誰も車で通ったことがないからだ。金正恩氏は、趙甬元氏への信頼度を示したのだろう。

 趙甬元氏は金正恩氏の職務室がある労働党の建物に行き、55処が管理する地下坑道に近づいた。しかし、地下トンネルを守っていた55処の軍人たちは、連絡を受けていなかったので趙庸元氏の車を待機させ、電話で55処の所長に報告した。パク所長が関連省庁を通じて調べる間、趙庸元氏は20分以上も地下トンネルの入口で待機した。

 金正恩氏が警護責任者に55処への特別通行指示を出すべきだったが、警護責任者も55処に連絡するよう指示が出ていなかったので連絡していなかった。その後、許可を得た趙庸元氏は20分後、秘密地下坑道を通過した。趙庸元氏は待機時間20分と通過時間30分、合わせて50分かけてジャモ山の地下坑道に到着した。

 趙庸元から時間がかかった事情を聞いた金正恩氏は55処のパク所長に電話をかけ、「今後、趙庸元党組織指導部第1副部長はいつでも55処地下坑道を通過できる2号に登録しろ」と指示したという。こうして55処には出入対象「2号」が登録されることになったのだ。

趙庸元氏得を待たせた「不敬罪」

 一方、趙庸元氏は自身を待たせた55処のパク所長に恨みを抱いた。そして、趙庸元氏は1年後の2020年、金正恩氏に「55処が管理している秘密地下トンネルを通過したが、管理が正常に行われていないようだ」として検閲を提案した。

 趙庸元氏の建議と金正恩氏の指示で、55処に対する護衛司令部保衛部の検閲が入り、パク所長は公開処刑となった。北朝鮮の「隠れた権力者」、趙庸元氏得を20分も待たせた「不敬罪」による懲罰だったのだ。

 自分のやり方で報復を果たした趙庸元氏は、まさに北朝鮮権力のナンバー2といえるだろう。

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