米統合参謀本部議長や国防長官が1月28日の記者会見で、ロシア軍が「10万人以上の陸海空やサイバー戦部隊を、ウクライナとの国境付近に集結させている」「侵攻する能力をすでに整えた」と発表した。

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 また、米国防長官は、約8500人の米軍部隊に対し、欧州への派遣に備えるよう命じたことを明らかにしたが、現段階では、まだ決定されていない。

 ロシア軍が、直ちに侵攻する態勢にあるかどうかは不明だ。

 しかし、攻撃を受ける可能性があるウクライナおよび影響を受けるNATO(北大西洋条約機構)加盟各国は、極めて緊迫した状況にある。

 ウクライナから遠く離れた極東正面では、北朝鮮(以後、北)が、今年になって頻繁にミサイルを発射している。1月だけで7回目(昨年4回6発)の発射だ。

 北のミサイル発射は、ミサイル性能の向上、国威の発揚、米国を交渉に引きずり出すという狙いがある。

 このほかに、「ロシアの意図を受けて、米軍を極東方面に押し留めておく狙い」「半島有事のトリガーになる可能性」もあると考えられる。

 そのことから、ウクライナロシアとの緊迫した情勢と北のミサイル発射などとの関連を考察したい。

1.ウクライナ国境沿いにロシア軍増強

 ロイターニュース(1月27日)のウクライナ国境に展開するロシア軍部隊の図を参考にすると、国境付近に展開している部隊は、もともとウクライナ国境付近に駐屯する部隊と、ウクライナから遠く離れた場所から、ウクライナ国境付近に移動し、集結している部隊から構成されている。

ウクライナ国境に展開するロシア軍部隊

 ウクライナから離れて駐屯していた部隊がその地を離れ、ウクライナ国境付近に移動して集結していること、ベラルーシにも部隊が到着していることは、通常の演習や大演習でも実施しないことだ。

 現段階では、ロシアが侵攻する意図が100%ではないものの、侵攻か留まるかの決定はまだ、五分五分程度とみられる。

 とはいえ、ロシアウクライナの間では、極めて高い緊張状態にあるといえる。

 今後、ロシア軍が演習・訓練を終了し、弾薬や燃料など兵站の準備が完了すれば、侵攻確率が70~90%まで高まるであろう。

 さらに、集結中の部隊が、集結地からウクライナに近い地域に攻撃展開を開始し、中央方面軍・南部方面軍・東部方面軍の一部がモスクワよりも西方に移動を開始すれば、ほぼ100%の確率で侵攻すると見てよいだろう。

 ロシア軍の集結部隊の動向に目が離せない状況になっている。

2.北朝鮮が続けざまにミサイル発射

 北は、昨年(2021)4回計6発のミサイルを発射した。

 昨年末から、ウクライナ情勢が緊迫しつつある状況において、北は、1月5日から30日までに、7回計11発発射している。

 極超音速ミサイルを2発、イスカンデル版短距離ミサイルを4発、ATACMS版短距離ミサイルを2発、新型の長距離巡航ミサイルを2発、中距離弾道ミサイル(火星12号?)以上を1発発射した。

 11発の内6発は、過去に何度も発射したミサイルであり、新たな実験ではない。部隊の練度向上や命中精度を高めるための実験であったかもしれない。

 これまで何度も発射しているミサイルを今、11発の発射弾数の半数以上の6発も発射する必要があるのか。

 また、1月30日の発射を除けばすべて短距離ミサイルであるので、米国本土やハワイグアムに届くものではない。

 したがって、今すぐに、米国を交渉に引きずり出したいという狙いがあるとは考えられない。

 北は、2021年末頃から、次のように過激な発言を繰り返している。

●2021年12月1日:国防などの分野で進歩を続けるために、来年には「大変巨大な闘争」に備えなければならない。

●司令官就任10年目の12月30日:「国家防衛の柱である人民軍の強化に最優先で力を注ぐべきだ、

12月31日まで5日間開かれた党中央委員会総会:近代戦に相応した威力ある戦闘技術機材の開発、生産を力強く進めるべきだ。

●2022年1月20日に政治局会議:米国の敵対的政策と軍事的脅威はもはや容認できない危険なレベルに達している。米国帝国主義との長期的な対立に備え、実際的な行動をとる。中断されたすべての活動の再開を検討するよう指示した。

1月24日労働新聞:党の決定に従い「2022年の決死戦に全人民が立ち上がった」

 軍事力を強化すべき、米国の敵対的政策などは、許容できないなどの指示を出し、人民もこれに決死戦で応えるという、ミサイル発射を「段階的にやるぞ」、さらに「強い決意でやるぞ」という意志を示しているようだ。

3.北のミサイル発射、ロシアの見方

 ロシアと北には、もともと太いパイプがある。

 1961年には、ソ朝友好協力相互援助条約を締結、ソ連邦の崩壊後の2000年には、露朝友好善隣協力に改めた。

 2000年には、ウラジーミル・プーチン大統領が訪朝し、2019年には、金正恩委員長がウラジオストクを訪問し、ブーチン大統領と会談を行った。

 歴史的に長い付き合いであり、どちらかというとロシアが北を助けるという状況が現在も続いている。

 具体的には、旧ソ連から供与された「MiG-29戦闘機は、北軍が保有する中では、最新型である。

 また、最新発射実験を行っている防空兵器の「S-300/400」やイスカンデル版ミサイルはロシアの技術そのものであり、ロシアの測地衛星「GLONAS」支援も受けているのだ。

 北の「火星14・15号」やムスダンミサイルの移動発射台(TEL)も、旧ソ連の「SS-20」やロシアの「SS-25」とほぼ同じであり、供与されているのだろう。

 今年になって、イスカンデル版を4発も発射しているのは、ロシアの意向に応えているというシグナルと見ても、不思議ではない。

 今年になってミサイルが弾着している方向や位置を見ると、ロシアのウラジオストクにかなり近い。日本のEEZを避けるためであろうが、ウラジオストクに近すぎる。

北朝鮮のミサイル発射 左:1月5日、中:1月11日、右:1月30日

 ロシアは、この発射に関して、遺憾の意を全く現わすことなく、静観しているのである。

「航行制限海域」も設定されていないので、ロシアの船舶の航行に影響を及ぼすはずであるが、ロシアは、これらの射撃を沈黙して受け入れている。

 長年の露朝関係を見ると、北がロシアから一方的に支援を得ている状況だ。北は、兵器の供与という恩を受けている。

 北は、できればロシアからの恩に一つでも報いたい、今後も支援してほしいと考えていても不思議ではない。稀に、ロシアも北に望むことがあるだろう。

 北が、ロシアからの要望に応えられるとしたら、ミサイルを発射するなどで朝鮮半島を緊張化させ、太平洋米軍を極東方面に引き付けておくことだけだ。

 北としては、この時期のこの動きが、ロシアへの最大の協力ということになる。

4.ロシアの侵攻を期待している北朝鮮

 北は、半島有事において、米軍の主力がこの方面に向けられないこと、またウクライナ危機において、太平洋米軍の一部が欧州正面に転用されることを願っている。

 極東方面に米軍がいなければ、半島有事において介入する米軍戦力が少なくなり、韓国への南侵を成功させることが可能だ。

 米軍が韓国や日本に配置されている限り、南侵して韓国を占領することは難しい。

 これまで北は、米軍を朝鮮半島や日本から撤退させるために、「休戦協定を平和協定に変えよう」「戦争終結を宣言しよう」などと要求していた。

 しかし、ウクライナロシアが侵攻して戦争ということになれば、北としては願ってもないこととなる。

 ウクライナでの戦争が拡大すれば、米軍戦力の多くが、欧州正面に転用される可能性がある。

 そうなれば、北としては朝鮮戦争終結以来、南進の最大のチャンスが訪れるかもしれないのだ。

ウクライナの危機と太平洋米軍転用のイメージ

 ロシアの恩に報いるために、ある程度の緊張状態の創造は当然でもある。

 だが、米軍を極東に拘束したとしても、太平洋米軍の主力が欧州正面に転用されるのを願うだろう。

 北は、ウクライナ情勢の緊迫を期待している。

5.ウクライナ情勢は北朝鮮のチャンス

 米軍は、冷戦時代には2つの大きな戦争に対応できると言われてきた。2正面作戦が可能であったのだ。

 現在は、どうであろうか。

 米軍はアフガニスタンから撤退し、主敵となる中国の脅威に備えようとしている。つまり、1正面作戦は可能だが、2正面作戦は難しいと考えているのであろう。

 ウクライナ情勢が緊迫することは、米軍にとっては非常に困ることだ。中国、北、欧州の3正面を想定しなければならなくなるからだ。

 2正面作戦、3正面作戦は、戦力が分散することになり、作戦としては、最もまずい作戦となる。

 戦争に勝利するためには、多正面の戦力を最小限にして、主敵に戦力を集中することが求められる。戦争の常道である。

 では、ウクライナ情勢緊迫化がさらに高まった状態で、半島とその周辺に緊張状態をつくり、北が米国に交渉を求めれば、米国はどのような外交交渉に出てくるのか。

 米国は、北の核ミサイル発射問題について、今の段階で戦力を半島やその周辺に集中することはできるだけ避けたいと考えるだろう。

 米国が今、北と交渉することになれば、北に妥協して、交渉を成立させる可能性がある。

 核ミサイルの凍結という名目で、北が保有する核やミサイルを認めて、ドナルド・トランプ大統領が認めてしまうかもしれないと考えられていた「核施設の一部放棄と戦争終結宣言を行う」「平和協定を締結する」ことになりかねない。

6.ウクライナ侵攻が促す北朝鮮の南侵

 ウクライナ情勢の緊迫が高まれば、北は米国との交渉を有利に進めることができる。

 もし、ロシアによる侵攻が開始されるようなことになれば、北は平和協定の締結など、交渉を有利に進めることに努力するであろう。

 ロシアによる侵攻が進展し、万が一首都キエフが陥落するようなことになれば、北は南侵を決意するかもしれない。

 朝鮮半島統一の機会としては、朝鮮戦争後の最大のチャンスが訪れるからだ。

 北は、これまで核ミサイルを整備してきた。命中精度が良く、軌道を変更できる短距離弾道ミサイルや大型多連装砲も整備ができた。

 韓国に奇襲侵攻し、米韓軍の航空戦力を一時的に制圧してしまえば、勝利できる可能性はある。

 北軍の中で、「今、攻撃を仕かけなければ、もう二度とチャンスが訪れることはないかもしれない。だから今攻撃すべきだ」という声が高まるであろう。

 現在の北によるミサイル発射は、南侵のための最終チェックも兼ねている可能性も十分にある。

7.北朝鮮の動向に注視すべき日本

 北は軍を動かして、南侵の準備をするかもしれない。

 南侵の可能性が高まるのであれば、日本としては、韓国に滞在している日本人が自主的に韓国を去る準備を行わなければならない。

 突発的に南侵が行われれば、邦人救出をしなければならないだろう。

 政府は、日本企業や日本人が、自主的に韓国から撤退するか、もしくは自主避難するために、北軍の特異な動向があれば、すぐに国民に知らせてほしい。

 現在、北に関する防衛省自衛隊の発表は、ミサイルの発射がほとんどだ。

 これからは、日本人の命を守るため、半島有事への対応のため、例えば、軍の一部が軍事境界線に移動していること、軍の通信活動が活発になっていることなど、北軍の動向を国民に知らせるべきだ。

 加えて、半島の緊迫状況に基づいて、日本人の避難勧告も早めに出す必要があろう。

 ただし、日本の情報機関の能力が判明するような詳細な情報の提供までは必要がない。

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