
帝国主義を否定、それを振りかざす中国
中華人民共和国(中国)の憲法前文には、「帝国主義」という言葉が4回も現れる。
それをもって、中国は帝国主義の支配を受けたが、それを覆し、打ち勝って社会主義国家を建設したストーリーを描いている。
そして、「帝国主義、覇権主義および植民地主義に反対することを堅持し、世界諸国人民との団結を強化し、抑圧された民族および発展途上国が民族の独立を勝ち取り、守り、民族経済を発展させる正義の闘争を支持して、世界平和を確保し、人類の進歩を促進するために努力する」(下線は筆者)と謳っている。
しかし、帝国主義を否定したその中国が、19世紀以降の半植民地化の屈辱的な歴史を顧みず、いまや逆に帝国主義を振りかざし、覇権主義・植民地主義に突き進んでいる。
何とした不条理・背信か、また何と愚かな行為であろうか――。
国際政治学の泰斗、ハンス・J・モーゲンソーは、その古典的名著『国際政治(上)』(岩波文庫)の第5章「権力闘争-帝国主義」のなかで、帝国主義を「現状の打破、すなわち二国ないしそれ以上の国家間の力関係の逆転を目的とする政策である」と定義している。
この定義の通り、いま中国は、超大国である米国との力関係の逆転を目指し、「軍事強国」を標榜するその力を背景に周辺国の領土・主権を侵害しつつ、米国を西太平洋から駆逐し、同国に代わって世界的覇権を獲得しようと試みている。
経済的には、巨大経済圏構想「一帯一路」の下に「債務の罠」を仕かけ、南太平洋そして東南アジアからアフリカにかけて「抑圧された民族および発展途上国」の植民地化を画策している。
さらに、統一戦線工作や孔子学院、そしてサイバー攻撃による認知領域作戦などを通じて、人の心を征服し制御する、いわゆる情報・文化思想的手段によって影響力を拡げるとともに、軍事的征服や経済的浸透のための下地を作ろうとしている。
ジョー・バイデン米大統領は、これを政治体制・イデオロギーの視点から「民主主義と専制主義」の戦いと位置付けている。
しかし、国際政治・対外政策の視点からすれば、「現状維持政策と帝国主義政策」の衝突と言うことができるであろう。
帝国主義政策は、現状維持政策と対照をなすものであり、現状を打破する攻撃的で、かつとどまるところを知らない強力な企図に突き動かされており、それがもたらす既存の秩序に対する破壊、侵略、膨張を阻止するには、いわゆる「封じ込め政策」を基本とし、現状維持勢力の力を結集して対抗する以外に有効な方策はないのである。
中国が振りかざす帝国主義の実態
軍事的手段
●「強軍思想」と「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略
中国の習近平共産党総書記(国家主席)は2017年10月の第19回党大会の政治報告で、「世界一流の軍隊」を目指す「強軍思想」を提起し、党規約にも「習近平の強軍思想」が明記され、人民解放軍の指導思想となった。
その背景には、「人類運命共同体」のスローガンに見え隠れするように、グローバルな覇権拡大につながる国家目標の「中華民族の偉大なる復興」という「中国の夢」の実現がある。
中国の経済成長は、ここ数年ですでにピークアウトしたと見られている。
しかし中国は、過去30年以上にわたり、透明性を欠いたまま、経済成長率を超える高い水準で継続的に国防費を増加させている。
その目標は、「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略に見られるように、世界最強の米軍を睨み、同軍を西太平洋から駆逐して東アジア・東南アジアに地域覇権を確立し、軍事力を背景とした「一帯一路」によって勢力圏・影響圏を西方に伸長してグローバルな覇権を確立することにある。
そのため、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化し、インド洋以西への戦力投射を可能とする、より遠方での作戦遂行能力の構築や東南アジア(カンボジア、バングラデシュなど)、南アジア(パキスタン、スリランカなど)、中東(UAEなど)、アフリカ(ジブチ、ケニア、赤道ギニアなど)等での海外基地の獲得を強引に進めている。
国防と軍隊の建設の時期的目標について、中国は、第19回党大会の習総書記の報告や2019年に公表された国防白書において、
①2020年までに機械化を基本的に実現し、情報化を大きく進展させ、戦略能力を大きく向上させる
②2035年までに国防と軍隊の近代化を基本的に実現する
③21世紀中葉(2049年は中華人民共和国建国100周年)までに中国軍を世界一流の軍隊に全面的に築き上げるよう努める、としている。
また、2020年10月に開催された中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(五中全会)では、2027年に建軍100年の奮闘目標の実現を確保するとした。
これは、前述の第1段階の目標をおおむね達成し、2035年を達成期限とする第2段階の目標までの中間目標として新たに設定された可能性がある。
●「戦争に見えない戦争」の進行
中国は、すでに「戦争に見えない戦争」を仕かけている。
サラミスライス戦術やキャベツ戦術といわれるもので、西側では、グレーゾーン事態やハイブリッド戦と呼んでいる。
中国は、平時から「情報化戦争」の一環としていわゆる「政治戦」を重視している。
サイバー空間などを利用しつつ、「世論戦」、「心理戦」および「法律戦」の「三戦」の軍事闘争に、政治、外交、経済、文化、法律など他の分野の闘争と密接に呼応させ、中国の影響・浸透工作を着々と進めている。
それらを下地として、尖閣諸島を焦点とする日本の南西地方、台湾、そして周辺国と係争中の南沙諸島7岩礁の埋め立て・軍事基地化に見られるように、第1列島線以内の東シナ海から台湾海峡そして南シナ海において、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づき、力を背景とした一方的かつ高圧的な現状変更を試みるとともに、軍事活動を拡大・活発化させている。
インドとの国境紛争、すなわち国境変更の拡張主義的行動も見逃すわけにはいかない。
習近平総書記は、2020年10月に、海軍陸戦隊(海兵隊に相当)を視察し、現在推進中の第14次5か年計画(2021~25年)による「国防・軍隊の現代化の加速」を訴え、「戦争への備えに全身全霊を注ぐ」よう部隊に求めた。
同5か年計画では、「2027年までの強軍の実現」を主要目標に掲げており、台湾の武力統一などを念頭に置き、今後約5年間で着上陸侵攻の実戦力の強化が図られる。
習近平国家主席は、2018年3月の憲法改正によって2期目が終わる2023年以降も続投できるようになった。
2022年秋の中国共産党大会で、2028年3月までの3期目を目指すと見られ、それまでに台湾統一の大業を成し遂げ歴史に名を刻みたいとの考えを強めるのは間違いなかろう。
米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官は2021年3月、上院軍事委員会の公聴会で、今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性があると証言した。
さらに、米インド太平洋軍の次期司令官に指名されたジョン・アキリーノ太平洋艦隊司令官(海軍大将)は2021年3月、上院軍事委員会の自身の承認に関する公聴会で、台湾有事の時期について「大方の予想よりずっと近い」と警告した。
つまり、これからの5~10年が、日本にとっても台湾をはじめとする第1列島線国にとっても重大な危機の局面を迎えることになる。
特に、中国人民解放軍創設100周年の節目を迎える2027年前後は危険域に入ると考えておかなければならない。
万一、台湾を中心とする第1列島線が中国の支配下に陥ったならば、地政学的な激震が走り、太平洋地域の勢力バランスは決定的に中国有利へと傾く。
米国は東アジアからの撤退を余儀なくされ、日本の防衛も極めて困難な状況に陥ることは必定で、中国の軍事的帝国主義が世界に向けて一挙に加速することになろう。
経済的手段
●経済大国とその影響力のグローバルな拡大
中国は、2010年に日本を抜き、GDP(国内総生産)世界第2位の経済大国となった。
かつては発展途上国として先進国に大きく後れをとっていた中国だが、1978年に鄧小平氏が主導した「改革・開放」路線をきっかけとして社会主義市場経済へと大きく舵を切った。
それ以来、貿易の自由化と直接投資の受け入れを通じて世界経済との一体化が進み、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟を経て、そのペースは一段と加速された。
新型コロナウイルス感染拡大前の2019年の世界全体の名目GDPは87兆7346億ドルと推計され、国別では米国が世界全体の24.4%を占め、次いで中国が16.3%、日本が5.8%の順であった。
清王朝が最盛期を迎えていた1820年頃、中国のGDPは世界の33%を占めていたと推定されている。
中国の長い歴史から見れば「本来の位置」に戻りつつあるともいえ、専門家の中には2040年から50年頃までに米国を抜き、世界第1位になると予想する人がいる。
一方、中国は永遠に2番手のままで終わるとの見方もあり、今後米国と中国の経済力の関係がどのような趨勢をたどるのか予断を許さない状況が続くことになる。
中国は、「貿易強国」にとどまらず、高度成長を背景とするGDP規模の拡大に国内の消費拡大なども加わり、「世界の工場」としてだけでなく、「世界の市場」としての存在感も増している。
このように、中国の経済的影響力がグローバルに拡大・浸透すると、経済的に他国を支配し維持する上で、軍事力ほど目立たず、間接的ではあるがより有効な方法として計り知れない力を発揮する。
例えば、ASEAN(東南アジア諸国連合)の一部に見られるように、一国の経済生活がほとんど中国との輸出入に依存する場合、国内政策にせよ対外政策にせよ中国の反発を招くようないかなる政策も追求できなくなり、いわゆる「経済帝国主義の罠」「植民地主義の罠」に嵌ることになるのだ。
●経済の武器化
中国は、「世界の工場」「世界の市場」の地位を利用して経済を武器に変えている。
2010年9月7日、尖閣諸島沖で操業していた中国の漁船に対し日本の海上保安庁の巡視船が退去するように要求したところ、漁船が巡視船に体当たりする事件が生起した。
海上保安庁は、漁船の船長を公務執行妨害の疑いで逮捕し、検察に引き渡した。検察は被疑者を起訴する方針を固め、9月19日に2度目の勾留延長を行った。
これに対して中国政府は反発を強め、中国の温家宝首相(当時)は日本側が中国漁船の船長を釈放しなければ、一段の措置を取ると牽制し、結局、日本へのレアアース輸出を禁止した。
当時、中国はレアアース供給をほぼ独占しており、2009年には世界のレアアースの97%を供給していた。中国は、日本に圧力をかける手段としてそのレアアースを使ったのである。
また、中国は、2010年には年間のレアアース輸出枠を前年に比べて4割も削減する方針を打ち出し、世界的な価格高騰を招いた。
2020年4月、オーストラリア政府が新型コロナウイルスの発生源に関する独立調査を呼びかけたことなどを受け、中国との関係が悪化した。
中国は、豪州産牛肉の輸入を制限し、豪州産大麦への追加関税や豪州産ワインに200%の関税を課したほか、豪州への留学を検討している中国人学生に対し、新型コロナの発生で中国人を含むアジア人を差別する動きが見られるとして慎重に判断するよう促した。
新型コロナ感染を巡る人種差別と暴力を理由に豪州への渡航自粛も勧告した。
これらの中国の報復措置に対し、スコット・モリソン豪首相(当時)は「豪州は開かれた貿易国だが、どこかに強制されて自分たちの価値観を売り払うことはしない」「脅しには屈しない」と述べて対抗する姿勢を堅持した。
中国の税関当局は2021年2月、台湾産パイナップルの輸入を3月初めから禁止すると発表した。
パイナップルは台湾が中国に輸出する主要農産物の一つで、9割以上が中国向けである。
禁輸の理由として、害虫を複数回確認したことを挙げたが、台湾の果物農家の貴重な収入源であるパイナップルを狙い撃ちし、中国が敵視する台湾の民進党・蔡英文政権に揺さぶりをかけたものと見られている。
実例を挙げれば、枚挙にいとまがないが、中国は、相手国との間に問題や摩擦、紛争などが発生すると、「世界の工場」「世界の市場」の地位を利用し、それに伴う経済の依存関係を地政学的・政治的な武器に変え、それを使って相手国の最も痛いところや弱点を突いて自国の意思に従わせることを常套手段としているのだ。
●巨大経済圏構想「一帯一路」による「債務の罠」と植民地化
かねて危惧されていた通り、「一帯一路」によって巧妙に仕組まれた「債務の罠」が、現実のものとして随所で顕在化している。
その典型例が、港湾・空港建設やビジネス拠点開発のため、中国から受けた過剰な債務により危機が深刻化しているスリランカである。
特に、同国のハンバントータ港は、中国への債務返済ができず、中国国営企業に99年間にわたる港湾の貸し出しを強いられた。
残った債務についても、債務再編や交易条件の緩和などを中国に求める事態となっている。
スリランカ与党議員のウィジェヤダサ・ラージャパクシェ氏は2022年1月、習近平国家主席に宛てた6ページの書簡で、次のように記している。
「スリランカに対するあなた方の友情は、本物でも誠意あるものでもないことは明らかで、罪のない人々の生活を犠牲にして自らが世界の大国になるという野心を実現するため、単にわれわれとの関係を利用しただけだ」
グローバルな覇権拡大のためにスリランカを「債務の罠」に陥れたとして、中国を厳しく非難した。
国家指導者の英断で、からくも最悪の事態を免れたマレーシア(マレー半島高速鉄道計画)のような国もあるが、すでに「債務の罠」に嵌ったスリランカ、パキスタン(グワダル港・中パ経済回廊整備)のほか、対中債務リスクが高まっている国は、モルディブ、ジブチ、エチオピア、ラオス、モンゴル、タジキスタン、キルギス、そしてモンテネグロなど「一帯一路」の沿線国が挙げられている。
中でも経済・社会基盤が脆弱なアフリカは、欧米の空白を突いて進出した中国の重商主義の草刈り場となっている。
「現代の植民地」「中国第2の大陸(China’s Second Continent)」に陥る危険性が高まっている。
中国の重商主義による搾取性は、かつての欧州諸国による植民地時代より、さらに悪質であるとの指摘がなされている。
中国は、ジブチやケニア、モザンビークなどでの港湾開発に力を入れ、「PPC(Ports-Park-City)モデル」と呼ばれる「港湾-工業団地/経済特区-中国人街」を一体開発する、一種の中国植民地(Chinese Colony)化を開発モデルとしている。
そして、中国は、その企図を覆い隠すように、先に民間人が進出し、その後に国連PKO として軍隊を派遣し、武器輸出(アルジェリア、タンザニア、ナイジェリア、スーダンなど)や部隊間の交流などを行う「先民後軍(first civilian, later military)」戦略を基本とし、海外軍事拠点の確保を念頭に、摩擦や刺激を避ける方法で軍事的プレゼンスを着々と強化している。
「世界の工場」として生産拡大を続けてきた中国は、さらに生産能力を高めるために原材料と資源エネルギーの安定供給の確保が欠かせない。
他方、過剰な生産能力から生まれる製品を売りつけ、過剰な資本と建設能力を大規模なインフラ事業に投じることができる海外市場を必要とする中国は、アフリカを「一帯一路」という巨大な経済圏構想の中に巻き込んだのである。
そのため、中国は、原材料取得と資源採掘の現場から港湾へのアクセスを確保するため、鉄道・道路、労働者用住居、電力などのインフラ開発には大挙して中国人を送り込み、必要な機械設備などを中国からアフリカへ輸出の形で持ち込み、自国主導で大規模プロジェクトを推し進めている。
その結果、アフリカには大きな現地雇用や産業基盤が創出されず、インフラ整備から得られる収益のほとんどはアフリカに還元されない一方、債務は増加の一途をたどっている。
そのため、ザンビア、アンゴラ、ナミビア、ウガンダなどのアフリカ諸国では不信や不満が大きく膨らんでいる。
まさにアフリカに製品を売りつけ、アフリカの資源を奪い、国富を増大させる「重商主義」と「債務の罠」の構造そのものであり、それらをもってアフリカの中国植民地化を加速させているのである。
●経済と軍事の結合
中国は2017年に、軍事(軍事産業)と経済社会(民間産業)を結びつけることで軍事力の強化と国家の振興を同時に目指す「軍民融合」を国家戦略として採用した。
そして、習近平国家主席が代表を務める中央軍民融合発展委員会を新設し、同戦略を全面的に推進しつつ、軍事利用が可能な先端技術の開発・獲得に積極的に取り組んでいる。
同戦略は、2015年に公布された中国のハイテク国家戦略「中国製造2025(Made in China 2025)」が、「建国 100 年を迎える 2049年までに、世界の製造業の発展を率いる製造強国へと中国を発展させ、中華民族の偉大な復興という『チャイナ・ドリーム(China Dream)』実現に向けた土台を固める」としていることと、目標と方向が完全に一致している。
中国は、最先端の軍民両用(デュアル・ユース)の技術を他国に先駆けて取得・利用することを重視していることから、非軍事分野での技術開発であっても、軍事分野に活用することは当然と考えられ、中国の経済・技術力、製造業が強まれば強まるほど、同時に軍事力も強化されるという仕組みを作っている。
そのため、国有企業と民間企業の相互補完的な関係づくりに取り組みつつ、米国の産軍複合体を目指していると見られている。
しかし、共産党一党独裁体制下での軍民融合は、軍事力の強化がすべてに優先する「軍国主義」化に拍車をかける危険性がある。
中国が開発・獲得を目指す先端技術には、将来の戦闘様相を一変させる技術、いわゆるゲーム・チェンジャー技術が含まれる。
また、2019年7月に公表された国防白書「新時代における中国の国防」においては、世界の軍事動向について「インテリジェント化(智能化)戦争が初めて姿を現している」としており、中国軍による人工知能(AI)の活用などに関する取組は今後一段と強化されよう。
ここ数年、毛沢東の真の継承者を自認し、毛沢東流政治路線への回帰を目指している習近平国家主席は、国有企業の規模・シェアの拡大と民間企業の縮小・後退を意味する「国進民退」を一段と強めている。
また、政府の官僚を「政務事務代表」としてアリババやAI監視カメラメーカーのハイクビジョン(海康威視)などの重点民営企業に駐在させ、政府官僚による民間企業の直接支配を進めている。
それは同時に、外国企業に対する技術移転の強制やサイバー空間での知的財産・機密情報の窃盗などが多発する恐れがあることを意味している。
さらに、中国に進出した外国企業や研究者、あるいは外国の企業や大学、研究機関などに派遣されている中国人を通じて、気付かないうちに、人民解放軍によるドローンやAIなどの民間の最先端技術や専門知識の取得を手助けし新たなリスクを生み出すことも懸念され、その危険性について厳重な注意と警戒が必要である。
情報・文化思想的手段
中国は、伝統的な中華思想、すなわち不平等な上下関係の華夷秩序と、中国共産党の指導の下に、マルクス・レーニン主義による帝国主義的世界支配のアプローチを巧みに結合させた考えを、「人類運命共同体」という聞えの良いスローガンに込め、それをグローバルなコンセンサスに変えるよう行動している。
そのために、統一戦線工作や孔子学院、サイバー戦の一環でもある認知領域作戦などを通じて「戦争に見えない戦争」を仕かけている。
それは、すでに始まっており、そのターゲットは米国や日本、台湾などを焦点に、中国の政策に反対すると見る民主主義・現状維持勢力に対し広く向けられている。
統一戦線工作を遂行する中心的組織が中国共産党中央統一戦線工作部(中央統戦部)である。
その主な任務は、中国共産党のグローバルな覇権確立の野望を果たすため、
①中国共産党の政治運営への国際社会の支持を取り付けること
②海外での影響力を強化すること
③重要な情報を収集することとされている。
その上で、統一戦線工作は、外国政府の決定や社会の考え方、信念、行動に影響を与える巧妙な浸透工作を行い、例えば政府・政界、メディア報道、財界、大学などの学術研究機関等を対象として、共産党への異論を抑制し、融和的な環境と脆弱な防衛体制を作ることを狙いとしている。
孔子学院は、中国政府が世界各国の大学などと提携してその地に設立する、中国語および中国文化に関する教育機関である。
中国語と中国文化の教育を通じて、世界各国との相互理解と友好関係を促進し、継続的な世界平和と相互発展に貢献するというのが表向きの目的である。
しかし、その実態は、「中国共産党のスパイ・プロパガンダ(政治宣伝)機関」であり、安全保障や学問の自由に対する脅威とみなされている。
同盟国の米国や欧州、オーストラリアなどでは、情報公開を促す懸念の声が高まるとともに、閉鎖を求める動きが広がっている。
認知領域作戦(Cognitive Domain Operation)は、自然および物質領域(陸、海、空、電磁波など)から、人間の心(精神)の領域にまで入り込んだ作戦である。
その目標は、相手(敵)の認知的思考や意思形成、意思決定をコントロールして「精神的優位性」を達成することを狙ったものである。
その要領は、紙媒体や放送、テレビそしてSNSなどなどを通じて「改竄映像」「虚偽映像」「映像抑止」の手法を用いて目的を達成しようとするものである。
SNSでは、フェイスブックやツイッター、LNEなどをツールとして使った研究がなされていると伝えられている。
2019年9月6日付のChina Brief紙(本拠地はワシントンD.C.)は、中国は情報化戦争・情報作戦において、「認知領域作戦」という新しい概念を開発しているとし、中国空軍の戦略爆撃機の写真背景に、台湾の山脈を合成した画像を例示した。
その意味するところは、合成画像によって、台湾人に脅威の切迫や四面楚歌の感情を植え付け、抵抗意思を喪失させることを狙っているとの警告と見ることができよう。
日本に拠点を置く統一戦線の組織は、日中友好協会、日本国際貿易促進協会、日中文化交流協会、日中経済協会、日中友好議員連盟、日中協会、日中友好会館など、少なくとも7つの組織があるとみられている。
教育組織としては、孔子学院が知られており、日本では15か所の存在が確認されている。
また、中国文化紹介や日中文化交流を謳う中国文化センターやカルチャークラブも存在する。
日本にいる中国人留学生の多くは、統戦部の表組織である「中国海外教育学者発展基金会」から奨学金を受け、その見返り(代償)として、在日本中国留学生協会を通じた中国大使館の指示に従い、水面下で世論操作などの政治活動を行っているとみられている。
このように、表向き「日中交流」を旗印にしている組織やほとんどの中国人留学生は、中国共産党あるいは中国政府を代弁して広報・工作活動を行う代理人であり、党・政府のために、日本国民の中国に対する態度や日本の政策、指導層に影響を与えることを狙った政治活動に従事している。
また、中国は認知領域作戦という新たな概念を開発し、日本人の認知的思考や意思形成、意思決定をコントロールしようとしている。
したがって、中国・中国人との交流交際や中国発の情報に接するに当たっては、常にその認識と警戒心を持って臨むことを銘肝すべきである。
「封じ込め政策」強化で中国を阻止せよ
以上、中国が帝国主義を振りかざし、覇権主義・植民地主義に突き進んでいることを述べた。
そのため、日本および周辺地域を取り巻く安全保障環境は急速に悪化し、極めて緊迫した情勢になっており、より現実的かつ具体的な対処・抑止の体制を強化することが喫緊の課題である。
それを踏まえ、岸田文雄政権は、2022年内を目標に「国家安全保障戦略」を見直し、それを指針に「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」の見直し、そして経済安全保障戦略の策定やサイバーセキュリティ戦略の強化などを行おうとしている。
そこで、「国家安全保障戦略」を中心に、わが国の中国に対する対処・抑止力の強化に向けた必要な施策について、以下述べることとする。
Ⅰ 脅威認識―中国が最大の脅威対象国―
「国家安全保障戦略(NSS)」は、脅威認識に始まる。
現在のNSSは、第Ⅲ2項「アジア太平洋地域における安全保障環境と課題 」で、「北朝鮮の軍事力の増強と挑発行為」と「中国の急速な台頭と様々な領域への積極的進出」を挙げ、この順番に並列的に記述している。
確かに北朝鮮の核ミサイルの開発に加え、最近の北方領土(欧州)におけるロシアの軍事力増強や日本周辺海域における活動の活発化などは、決して無視できない脅威である。
しかし、中国による尖閣諸島奪取の不断の挑戦、わが国の「重要影響事態」「存立危機事態」の認定につながる台湾の武力統一、さらに東シナ海・南シナ海の「中国の海」化による日本の海上権益やシーレーンの妨害などの攻撃的行動は、まさに差し迫った死活的脅威である。
さらに、同盟国である米国との力関係を逆転して世界的覇権を獲得しようとする帝国主義的野望は、自由、民主主義、人権、法の支配の普遍的価値を共有する現状維持勢力の力を結集して断固阻止しなければならない。
つまり、わが国にとっては、中国が最も重大な安全保障上の脅威である。
そのことをNSSに明示し、中国の脅威に対する対処・抑止のための体制強化をNSSの最大の目標とし、広く国民の理解と協力を得て、そこに国家の諸資源を可能な限り集中し、各種施策を総合一体的に推進しなければならない。
そうすることによって、特に欧州(NATO)との対立を深めているロシアは別として、北朝鮮の核ミサイル開発の脅威に対する防衛体制も確保できることになる。
なお、この際、国民の理解と協力を得るには、積極的な情報公開と広報、そして広範な国民教育・啓蒙が不可欠であり、その点にも十分に配慮した施策が必要である。
Ⅱ 日米同盟を基軸とした「封じ込め政策」の強化
経済のグローバル化は、戦争を起こしにくくするはずだとの方程式は、中国とロシアによって根底から覆されつつある。
むしろ、中国の「世界の工場」「世界の市場」の武器化やロシアの資源エネルギー戦略は、米国と同盟国、そして民主主義国全般に対してパワーバランス上の非対称的な影響を及ぼしている。
それらは経済のグローバル化を逆手に取り、安全保障問題の解決策に逆行した動きを強めている。
では、中国の帝国主義による覇権的拡大や植民地化の動きに対し、外交による平和的解決は可能であろうか。
外交の目的は、相手国との利害関係を調整し、平和の維持、すなわち両国関係に戦争や紛争がなく、平穏な状態を維持するとともに、国益を最大限に追求することにある。
前掲のモーゲンソーは、外交が利用できる方法には
①「説得」
②「妥協」
③「武力の威嚇」の3つがあると述べている。
その上で、武力の威嚇のみに依存する外交は理性的、平和的と称することはできないが、「説得と妥協(外交的取引やギブ・アンド・テイク)にすべてをかける外交はいかなるものも、これまた理性的といわれるに値しない」(括弧は筆者)とし、軍事力による裏付けのない外交は、その目的を追求できないと指摘している。
軍事力を軽視し、経済力(ODAなど)のみに依存する日本の独自外交では、中国の帝国主義に正面から太刀打ちできる筈もなく、それとて、宥和政策を採ることは一段とリスクが増大するという悪循環に陥る危険を伴う。
我々は、1938年9月に英国のネヴィル・チェンバレン首相など4か国首脳が参加した「ミュンヘン会談」で、ズデーテン地方のナチス・ドイツへの割譲を決定した融和政策が同国の東欧侵略を容認し、第2次世界大戦へ拡大する道を開いたことを忘れてはならない。
つまるところ、中国の現存する秩序に対する破壊、侵略、あるいは膨張を伴う帝国主義を阻止するには、少なくとも「封じ込め政策」によって対抗するしかない。
そして、明確な阻止の壁あるいはラインを築き、「ここまでは良し。これ以上はだめだ」と伝え、その線を越えて進むことは事実上戦争を招くことになるのだと警告し、帝国主義的野望を断念させるのである。
そのための外交の役割は、日米同盟を基軸とし、「自由で開かれたインド太平洋」の旗印を高々と掲げ、日米豪印の「クアッド(Quad」や米英豪の「オーカス(AUKUS)」のネットワークに、台湾、フィリピン、ベトナムなどの第1列島線国やフランス、カナダなどを糾合して「封じ込め政策」を強化することである。
将来的には、インド太平洋版「NATO」への拡大を視野に入れて同盟戦略のさらなる充実を目指すべきであろう。
Ⅲ 南西地域・台湾有事に備えた「日米台連携メカニズム」の構築
「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」において、日米両政府は「平時から緊急事態までのいかなる状況においても日本の平和及び安全を確保するため、また、アジア太平洋地域及びこれを越えた地域が安定し、平和で繁栄したものとなるよう」(下線筆者)安全保障及び防衛協力を行うとしている。
そのうえで、日米両政府は、「自衛隊及び米軍による整合のとれた運用を円滑かつ実効的に行うことを確保するため、引き続き、共同計画を策定し及び更新する」と明記している。
日米両政府にとって最大かつ喫緊の課題は、同時に生起する可能性が高いとみられる南西地域有事と台湾有事に備えることであり、そのために「日米台連携メカニズム」を構築し、速やかに共同作戦計画の策定に着手しなければならない。
習近平党総書記(国家主席)は、2021年7月1日の中国共産党創立100年の式典で、米国との対決姿勢を顕わにしつつ「台湾統一は党の歴史的任務」であると演説した。
3期目(2023~2028年)を目指すと見られる自らの在任間に、台湾統一を成し遂げる構えのようである。
そのように、日米台3か国には、多くの時間は残されておらず、現状の「非政府間の実務関係」から大きく踏み込んだ本格的な安全保障・防衛協力の体制作りが急務であることは論を待たない。
日本では、安倍政権によって平和安全法制が整備され、「重要影響事態」と「存立危機事態」について規定され、その事態が認定されれば、台湾有事をカバーすることができると解釈されている。
しかし、そのような法的裏付けがあっても、日米台3か国による平時からの協議、政策面及び運用面の調整、そして共同演習・訓練などが行わなければ、有事における有効な機能発揮を期待することはできない。
つまるところ、日米安保条約と台湾関係法を連結・一体化して「日米台連携メカニズム」を構築し、日米台3か国間の政治・軍事の協議の場を設け、「日米台防衛協力のための指針(ガイドライン)」を作り、それに基づいて共同計画策定メカニズムを構成し、共同演習・訓練を実施する仕組みが不可欠である。
それを成し遂げるため、いま、わが国は重大な政治決断が求められている。
Ⅳ 「全政府対応型アプローチ」の確立
中国は、すでに「戦争に見えない戦争」を仕かけている。その闘争は、軍事力を背景に、政治、外交、経済、文化・思想、法律など広範な分野に及んでいる。
このような進行中の「戦争に見えない戦争」に実効性をもって対処するには、防衛省・自衛隊だけの努力では不可能であり、外務省、経済産業省、総務省、文部科学省、国土交通省(海上保安庁)、国家公安委員会(警察庁)など、国家の諸機能を総合一体的に発揮する「全政府対応型アプローチ」を取らなければならない。
NSSは、「国家安全保障に関する基本方針として、海洋、宇宙、サイバー、政府開発援助(ODA)、エネルギー等国家安全保障に関連する分野の政策に指針を与えるものである。
政府は、本戦略に基づき、国家安全保障会議(NSC)の司令塔機能の下、政治の強力なリーダーシップにより、政府全体として、国家安全保障政策を 一層戦略的かつ体系的なものとして実施していく」と定めている。
その具体化のためには、NSSに基づき、国防戦略(「防衛計画の大綱」)、外交・同盟戦略、経済安全保障戦略(技術・資源エネルギーなど)、ナショナル・サイバーセキュリティ戦略、国民保護戦略、情報・心理戦略などを、安全保障の立場から平時、グレーゾーン事態そして有事を包含して一貫的・体系的に整備しなければならない。
特に、中国は、軍事、経済および情報・文化思想を重要な武器として駆使しており、国防戦略(「防衛計画の大綱」)の充実強化並びに経済安全保障戦略と情報・心理戦略の新規策定が強く望まれる。
なお、従来のサイバーセキュリティ戦略や経済関係の諸戦略は、いわゆる個別に作られた平時戦略の嫌いがあり、安全保障の観点から体系的な見直し・強化が求められる。
Ⅴ 基本政策の見直し
わが国は、現行憲法のもと、「非核三原則」と「専守防衛」を基本としているが、危機の時代を迎え、その見直しは避けて通れない課題である。
■非核3原則
ジョー・バイデン米政権は、現在策定中の新核戦略指針「核態勢の見直し(NPR)」において、核兵器の役割を縮小し、その役割を、米国を攻撃した相手に報復する時だけ使う「単一目的(sole purpose)」と敵の核攻撃への反撃に限定する「先制不使用(no first use)」政策について検討した。
これらの案に対し、日本や韓国などの同盟国は、核攻撃を受けない限り、核を使わないという「先制不使用」の方針に特に懸念を表明した。
米国が核兵器使用を制限する宣言をすれば、米国の核兵器報復を恐れて米国の同盟国をうかつに脅かすことのできなかった核保有国を、効果的に抑制することが難しくなるという理由からだ。
そのため、「核先制不使用」の方針は外された模様であるが、今回の措置で米国が提供する「核の傘」が大きく弱まる可能性があるという懸念が広がっている。
他方、米国防省は2021年11月に公表した「中国の軍事力に関する年次報告書」で、中国の核戦力は今後急速に強化され、核弾頭数が2027年までに700発、30年までに1000発に達する恐れがあると警告した。
米国は、1987年に調印したソ連(ロシア)との中距離核戦力(INF)全廃条約に基づき、射程が500キロから5500キロまでの範囲の核弾頭および通常弾頭を搭載した地上発射型の弾道ミサイルと巡航ミサイルを廃棄した。
そのため、現在、米中間では中距離(戦域)核戦力に大きなギャップが生じており、米国の「核の傘」の信憑性低下を突いて、中国が中距離(戦域)核戦力を使用する蓋然性が高まっている。
あるいは、核威嚇を使いながら通常戦力による軍事侵攻の可能性が高まる恐れがあると懸念されている。
これらの核戦略上の問題を克服するには、少なくとも非核3原則のうち「持ち込ませず」を破棄し、米国の作戦運用上の要求および日本の核抑止力強化の必要性に伴う核戦力の日本への持ち込みを認めなければならない。
■専守防衛と敵基地攻撃能力
わが国の「専守防衛」は、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものであり、我が国の防衛の基本的な方針である。
(参議院議員小西洋之君提出安倍内閣における「専守防衛」の定義に関する質問に対する答弁書)
また、歴代政府の統一見解は、「専守防衛」は軍事用語の「戦略守勢」と同義語のように言われるが、そのような積極的な意味を持つものではないと説明している。
しかし、米陸軍の『OFFENSE AND DEFENSE(攻撃と防御)』など、列国の軍事マニュアルには、防御のみによって戦闘の結果を決めることはできないと指摘し、攻撃や反撃(逆襲)の必要性を説いている。
また、わが国の専守防衛政策のように、時期的に見て、「相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使」するのでは遅すぎるのであって、中国軍の行動を、その準備段階から妨害する必要がある。
同時に、わが国にとって死活的な脅威である弾道・巡航ミサイルなどの長距離火力、兵站施設や軍事基地などの継戦能力、そして侵攻作戦を指揮統制するためのC4ISRなど、中国軍の作戦・戦力の重心を、マルチドメインの各種手段を駆使して攻撃・無効化することも必要である。
これらは世界の軍事常識である。
軍事常識を無視し、それから大幅に逸脱した非現実的な専守防衛政策では日本の防衛が成り立たないのは至極当然である。
以上のような意味を持つのは、必要によって敵基地や策源地を攻撃することも含んだ戦略守勢の概念である。
中国の軍事侵攻が現実に差し迫っている危機に臨んでは、世界の軍事常識から大きくかけ離れた専守防衛政策から脱却し、わが国の防衛に積極的かつ実効的な価値や意義を与える戦略守勢へと政策を転換し、併せて敵基地攻撃能力を持たなければならない。
日米ガイドラインによると、日本に対する武力攻撃が発生した場合、自衛隊は、防勢作戦を主体的に実施し、米軍は、自衛隊を支援しおよび補完するため、打撃力の使用を伴う作戦(攻勢作戦)を実施することができる、と定められている。
つまり、専守防衛政策における攻撃能力については、米軍に依存する役割分担を基本としているが、それはあくまで「打撃力の使用を伴う作戦を実施することができる」のであって、実施の可否は米国・米軍の判断に委ねられているのである。(以上、下線は筆者)
2021年8月の米軍のアフガニスタンからの撤退は、米国の軍事的コミットメントの強さや信頼性に対して国際社会の疑念が深まったことは否定できない。
首都カブール陥落後、台湾では「米国は有事の際に台湾防衛に動くのか」との警戒感を引き起こしたように、インド太平洋地域の当事国の間では期待外れの感は否めず、落胆・不安は解消されていない。
台湾に対する「曖昧戦略」の見直しの必要性も指摘されているが、具体的な動きは見られない。
これらを踏まえれば、米軍の打撃力の使用を伴う作戦(攻勢作戦)実施の確約が得られていない現状において、わが国が専守防衛政策を抜本的に見直すことができない場合でも、その政策を最低限担保するには、独自の攻撃力を保持しておくことが必要不可欠である。
なお、米軍は、軍事アセットや軍事基地・施設などへの攻撃は別として、中国の核反撃を誘発するような縦深にわたる戦略的敵基地攻撃には極めて慎重である。
そのため、日米共同作戦を行う場合、自衛隊による敵基地攻撃は、米軍の作戦運用と緊密に調整する必要があり、その実施の可否や情報の共有、役割分担などについては、日米共同作戦調整所における二国軍間調整に委ねられることになろう。
Ⅵ 「防衛計画の大綱」の見直し―米国防戦略との融合―
わが国には、外交政策および防衛政策を中心とした国家安全保障の基本方針を示す「国家安全保障戦略」があり、それを踏まえて策定された「防衛計画の大綱(防衛大綱)」がある。
防衛大綱では、「今後のわが国の防衛の基本方針、防衛力の役割、自衛隊の具体的な体制の目標水準など」(令和3年版『防衛白書』)が示されている。
防衛大綱は、米国の「国防戦略」に相当する位置付けにあると理解されているが、国防戦略を受けた軍事戦略に相当する日本の戦略は公表されていない。
産経新聞(2018.2.1付)によると、防衛省は、想定される有事シナリオに陸海空3自衛隊が一体的に対処するための運用指針となる「統合防衛戦略」を正式文書として策定し、国家安全保障戦略、防衛大綱と合わせ安保戦略3文書を確立し、機密事項を除いた概要のみを公表する見通しだと伝えている。
わが国の防衛は、「自らの防衛力と日米安全保障体制があいまって、隙のない防衛態勢を構築することにより、わが国の平和と安全を確保」(令和3年版『防衛白書』)するとしている。
そのため、日米ガイドラインが策定され、それに基づき日米両軍の共同作戦による共同対応を基本としており、わが国の防衛大綱と中国の覇権的拡大の野望を睨み、「インド太平洋重視」の姿勢転換、すなわち「対中対決」を明確にしている米国の国防戦略とを擦り合わせ、双方の整合性・融合性を図ることは重要な課題である。
他方、防衛大綱は、国家安全保障戦略と中期防衛力整備計画を繋ぐ位置に置かれている。
中期防衛力整備計画は、文字通り、防衛力を整備する計画であり、防衛装備品の「買い物計画」とも言われている。
そのため、それを律する立場の防衛大綱は、国防の方針や自衛隊運用の戦略指針を示すというよりも、防衛力整備に偏重した内容になっているとの指摘がある。
そこで、改めて、防衛大綱が米国の国防戦略との擦り合わせがなされているか、また、その下位の統合防衛戦略に戦略指針を与える内容になっているかを検証し、真に国防戦略に相応しい体裁と内容を具備するよう見直しを行わなければならない。
Ⅶ 軍事の歴史的変革に乗り遅れないための防衛費の倍増―「クロスドメイン作戦」実現のための新装備と自衛隊の組織規模の飛躍的拡充―
最後になるが、わが国は、中国の「情報化戦争」「インテリジェント化(智能化)戦争」に対する実効的な抑止や対処を可能とするため、現在の防衛大綱において「多次元統合防衛力」構想の下、領域横断(クロス・ドメイン)作戦(CDO)を採用している。
CDOは、従来の陸・海・空に加え、宇宙・サイバー・電磁波を含む全ての領域における能力を有機的に融合し、その相乗効果により全体としての能力を増幅させようとするものである。
宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域における能力は、従来の陸・海・空の能力を基盤とし、軍全体の作戦遂行能力を著しく向上させるものであることから、日本をはじめ、同盟国の米国(マルチ・ドメイン作戦、MDO)など各国が注力している分野である。
そのため、この方向は、新たに策定される防衛大綱でも踏襲されるものとみられる。
CDOの特徴は、従来の軍事力の活動領域は、主として陸上、海上、航空であったが、宇宙空間での活動が飛躍的に拡大し、さらにサイバー空間や電磁波空間といった新たな活動領域が加わり、軍事活動の領域・空間が3つから6つへと一挙に倍増し、多領域・多空間に拡大したことである。
また、従来の3領域は、相手(敵)の能力の向上に合わせて益々その能力を強化する必要があり、同時に、新たな3領域は、従来の3領域をスクラップ・アンド・ビルドする小手先の取組では作れるものではなく、必要な組織や装備などの能力を新たに構築するため、増員・増設しなければならないものである。
宇宙領域については、宇宙領域の専門部隊(宇宙作戦群(仮称))を創設するとともに、平時から有事までのあらゆる段階において、宇宙空間の状況を常時継続的に監視する体制(Space Situational Awareness、SSA)の構築、そして宇宙領域を活用した情報収集・通信・測位などの能力の取得強化を通じて、宇宙利用の優位を確保することが必要である。
その際、国内の関係機関や米軍などとの協力連携のシステム構築や宇宙領域の専門要員の教育による人材育成なども必要である。
サイバー領域については、陸海空共同のサイバー防衛隊(自衛隊サイバー防衛隊(仮称))を創設し、自衛隊の指揮通信ネットワークへのサイバー攻撃を未然に防止するための常時継続的な監視能力や、攻撃を受けた際の被害の極限、被害復旧などの必要な措置を迅速に行う能力が必要である。
有事においては、わが国への攻撃に際して用いられる相手方によるサイバー空間の利用を妨げるなど、サイバー防衛能力の抜本的強化が必要である。
この際、ナショナル・サイバーセキュリティに関する政府全体の取組に寄与するシステム構築とサイバー防衛の専門的知識・技能を持つ人材育成と大幅増強が必要である。
電磁波領域については、各自衛隊の装備等の特性により、基本的に陸海空自衛隊毎に新たな組織・装備を整備する必要があるが、まず、平時から、わが国に対する侵攻を企図する相手方のレーダーや通信など、電磁波に関する情報収集・分析能力を強化することが必要である。
同時に、自衛隊の情報通信能力を強化し、陸海空自衛隊および米軍との情報共有体制を構築し、相手からの電磁波領域における妨害などに際して、その効果を局限するとともに、相手方のレーダーや通信などを無力化する能力が必要である。
このような電磁波領域における各種活動を円滑に行うため、電磁波の利用を適切に管理・調整する組織が必要である。
以上、新たな3領域における作戦能力を取得・強化するために必要な組織・能力について概要を説明した。
これらに加え、中国の軍事力の増強・近代化に対応するため、従来3領域についても、機動・展開能力、島嶼等守備能力、領空・領海防衛能力、スタンドオフ防衛・攻撃能力、総合ミサイル防衛(IAMD)能力などの強化は避けて通れない。
さらに、これらの作戦能力を支え、発揮させるための弾薬・燃料の確保、海上輸送路の確保、重要インフラの防護、そして実効性ある国民保護施策など、防衛作戦の持続性・強靭性を確保することも重要な課題である。
米国が、宇宙コマンドとサイバー軍を新たに創設し、各軍種の電子戦(電磁波戦)能力の改善強化に注力しているように、今般のCDO(MDO)といった作戦戦略上の新たな動きは、世界の軍事フィールドにおける歴史的変革の幕開けを告げるものである。
この変革に乗り遅れることは、権力闘争を常態とする国際社会において埋没を意味すると言っても過言ではなく、政治的リアリズムの中で国家の存立と安全を確保するには、政治家そして国民の意識改革と大規模な投資が不可欠である。
『防衛白書』(令和3年版)によると、クアッド(Quad)の2020年度国防費(防衛費)の対DGP比は、日本:0.9%、米国:3.29%、オ-ストラリア:2.16%、インド:2.9%である。
オーカス(AUKUS)の英国は1.89%(2021年度2.29%に急増)で、NATOは国防費を2%以上に増やすことを共通目標としている。
このように比較して見れば、わが国の防衛努力が、同盟国や友好国と比較して極度に不足している実態が明らかである。
日本は、中国の脅威に直接曝されており、これへの対処力を強化して抑止に注力しなければならない。
また、日本は、中国を睨んだクアッド(Quad)などの多国間安全保障ネットワークの中で、とりわけ地域中心的なリーダーシップの発揮を期待されている。
日本としては、中国の帝国主義的野望を阻止するにあたり、CDOの実効性を担保して中国に対抗できる防衛力を整備することは不可欠の要件である。
そのため、少なくとも防衛費を倍増してNATO並みを確保し、自衛隊の新たな装備と組織規模の飛躍的拡充を図らなければならない。
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