シックス・センス』(99)、『スプリット』(16)など数々のヒット作を生みだしてきたスリラー映画の鬼才、M.ナイト・シャマラン。昨年公開され話題を呼んだ最新作『オールド』が、特典満載の4K ULTRA HD+Blu-rayとBlu-ray+DVDで発売中だ。独創的なアイデアと絶妙な語り口、凝りに凝った映像を駆使し、独自のワールドを展開してきたシャマラン。謎めいたビーチを舞台にした今作も、観る者を容赦なく不条理の世界に引き込んでゆく。

【写真を見る】ビーチを覆う恐怖の“正体”とは…?『オールド』のパッケージ特典から深層に迫る

幼い姉弟のマドックスとトレントを連れ、豪華な海のリゾート施設を訪れたガイとプリスカ夫妻。一家は支配人の好意によって、数組の家族やカップルたちと自然保護区にあるプライベートビーチに招待された。岩壁で隔絶された隠れ家ビーチで静かな時間を満喫していた彼らは、突然体が老い始めていることに気がつく。パニックに陥った彼らには、ある共通点があることが明かされる。

老化のスピードは、数十分で約1年。大人たちは徐々に衰えていく一方、変化の早い子どもたちは幼い思考を持ったまま思春期、そして青年期へと成長する。日常が崩壊し、想像を絶する事態が巻き起こる様はシャマランの十八番。携帯の電波は繫がらず脱出不能となった状況下、疑心暗鬼に陥り傷つけ合う人々を写しだすシーンからは、人間の本質を描く際のシャマランの演出が容赦ないことをあらためて思い知らされる。

シャマランが脚本と製作も兼任した本作は、フランスのグラフィック・ノベル「Sandcastle」を映像化した作品。ただし、ラストを含め独自の設定や展開が強く、原作にインスピレーションを得たオリジナルと見てよいだろう。そんな本作をどのように構想し組み立てていったのか。映像特典では、その舞台裏がたっぷりと明かされている。

■ストーリーの補完に役立つシャマランのセンスが詰まった未公開シーン

収録されたコンテンツは10シーンにおよぶ未公開シーンと、4種のメイキングドキュメンタリー集で、どちらも映画を補完する資料として興味深い。未公開シーン集に収められているのは、施設の特徴について説明する「スパのオプション」や、ガイが息子の水着のサイズが合っていないことに気づく「トレントの水着」など、後の展開の伏線となる描写をはじめ、ガイとプリスカの関係をさりげなく描いた「ガイとプリスカのひと時」、美容や健康に気を配る女性が鏡に映った老いた自分にショックを受ける「鏡よ 鏡」、かつてこの場所を訪れていた男がビーチに関する考察をノートに記す「コールドオープン」といった補足的なエピソードもある。

一部、合成前のグリーンバックが映った映像もあるものの、どれも音声や効果音までついた完成形。レイアウトからカメラワークまで、シャマランらしさが存分に味わえる。削除の理由について言及はないが、映像を重視するシャマランだけに、説明的に感じられるカットは極力省きたかったのではないだろうか。

ほかにもビーチバレーに加わりたいのに幼いため相手にされないマドックスが寂しそうに試合を見つめる「マドックスは蚊帳の外」、施設スタッフの誕生日をみんなで祝う「誕生日会」といったややシニカルなシーンも興味深い。ブラックユーモアが利いた好エピソードだが、作品がかなりシリアスなので過度な毒気は省こうと考えたのかも。これら未公開シーンは、本編に組み込まれていてもなんの違和感もない完成度の高いシーンばかりだが、シャマランには過剰な説明と思えたのだろう。どこまでも妥協をしない、物語に対するストイックな姿勢がうかがえる。

そんなシャマラン演出の神髄が味わえるのが、4種のメイキングドキュメンタリー集だ。シャマランを中心にスタッフ、キャストのコメントや制作風景をカテゴリー別にまとめた、いわば「シャマラン式 映画術」である。

■不穏なビーチのロケーション

シャマランは、『翼のない天使』(98)の頃から自身の住むフィラルフィアを拠点に撮影を行ってきた。しかし海に囲まれたリゾートを舞台にした今作は拠点を離れ、カリブ海に位置するドミニカ共和国エル・バジェのビーチで撮影が行われた。

美しいロケーションを不穏な空気が漂う牢獄へと変えているのが、ビーチと外の世界を隔てた赤茶けた岩壁。撮影にあたり、海辺から30メートルの位置に高さ7メートル、長さ270メートルの岩壁を実際に造ってしまうこだわりは、いかにもシャマランらしい。撮影をしたのは2020年の秋。新型コロナウイルス感染症ハリケーンの影響で撮影が中断してしまったとしても、保険が下りないという状況のなかでのスタート。そして、あいにくハリケーンによって岩壁が壊れ、位置を変えての作り直しも強いられた。そんなギリギリの舞台裏もメイキングで克明に紹介されている。

■華麗な映像テクニック

カメラワークや多彩なポジションからの撮影など、凝った画づくりで知られるシャマラン。メイキングのなかでは、黒澤明監督からの影響を『羅生門』(50)や『乱』(85)を例に語っている。ビーチでのロケーションで多用しているのが移動撮影で、様々な角度からビーチや動きまわる人々を捉えることで、個性の弱い砂浜という舞台から多彩な表情を切り取ったということだ。

ほかにも、作品のポイントである過ぎゆく時間の流れを表現するための撮影法などについてメイキング映像を交えて紹介。シャマラン作品に欠かせないファクターである“恐怖”について、それ自体を目的としたホラー映画との違いに言及するなど、自らのスタイルやスタンスに関する解説も聞き応えたっぷりだ。

■家族という普遍的テーマ

シャマランのフィルモグラフィを見ると、どれも“家族”がテーマのなかの重要なポジションを占めていることがわかるだろう。平凡な一家が、唐突な“老い”を突きつけられる『オールド』も本質的なテーマは家族である。

そもそも本作は、シャマランが娘たちから原作本をプレゼントされたのが発端だったそう。メイキング内では、子どもたちの成長の早さに対する自身の驚きや、老いていく両親の姿をモチーフにふくらませていったと語る。さらに、過去に手掛けた作品に登場した子どものキャラクターも娘たちの成長に合わせて作っていたという新事実も明かしており、インタビューを見ながら、あらためてシャマラン作品を見返したくなってくる。

先述したように、本作では家族と離れドミニカで撮影を決行したシャマランだったが、第2班監督を、なんと次女のイシャナ・シャマランが務めており、長女で歌手のサレカ・シャマランは劇中に楽曲を提供しているのだ。これまでとは違った意味で家族を身近に感じた現場だったようで、撮影の終盤にはドミニカに家族が集結した姿もメイキングに収録されている。

従来のBlu-ray+DVDのパッケージに加え、4K ULTRA HD+Blu-rayでも発売となった本作。フルHDの約4倍の解像度を誇る4K ULTRA HDでは、砂粒まで鮮明に再現された高画質に加え、時に神経を逆撫でする波の音など音響効果も体感的に味わえる。いずれのバージョンにも特典映像が多数収録されており、2度、3度と繰り返し観ても発見の多いシャマラン作品を楽しむにはぴったりのパッケージだ。ぜひともこの機会にお好きなバージョンを手に入れて、シャマラン・ワールドに浸ってみてほしい。

文/神武団四郎

シャマラン・ワールドの真髄が味わえる『オールド』、その魅力を深堀り!/[c] 2021 Universal Studios. All Rights Reserved.