宇宙空間では体にほとんど重力がかからないため、体を支えようとする筋肉があまり使われなくなり、筋力が衰えてしまう。
その為、宇宙飛行士たちは、宇宙船の中で体を鍛えていても、地球に戻った後にリハビリを行わなければならず、宇宙旅行が身近になる未来に向けて解決しなければならない医学的課題の1つだ。
そこで考えられているのが、リスの冬眠テクニックを利用する方法だ。
『Science』(2022年1月27日付)に掲載された研究によれば、リスは腸内細菌の働きで血液の尿素に含まれる窒素を再利用し、何も食べなくても筋肉を数か月間維持できるのだそうだ。
重力がほとんどない宇宙に行くと、筋力が必要ないことから、人間の筋肉はどんどん衰えてしまう。これを防ぐために、宇宙飛行士たちは宇宙船の中で、日々ハードな運動で体を鍛えている。
遠い宇宙を目指す場合は、さらなる運動が必要となるが、宇宙船のスペースは限られている為、持ち込めるトレーニング機器が制限される可能性もある。
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冬眠しても筋肉が減らないリスの体の秘密
そこでモントリオール大学(カナダ)の研究グループはリスに着目した。
冬の間、眠り続けて体を動かさないリスだが、不思議なことに彼らの筋肉は減らないのだ。
その理由を探ってみたところ、リスは腸内細菌の働きで血液の尿素に含まれる「窒素」を再利用し、これで「組織タンパク質(筋肉)」を作っていることが明らかになった。このプロセスを「尿素窒素サルベージ」という。
この研究では、北米では一般的な「ジュウサンセンジリス」に特殊な”ラベル”付きの尿素を注射して、それが体内をどう流れるのか観察された。
尿素は血液に乗って腸に入ると、そこにいる腸内細菌によってとある「代謝産物」に分解される。すると代謝産物は腸から移動して、リスの組織タンパク質(筋肉)にたどり着く。
リスの腸から尿素を分解する腸内細菌を除去してしまうと、その代謝産物は筋肉に現れなくなる。つまり、尿素窒素サルベージには腸内細菌が重要であるということだ。
また尿素窒素サルベージは冬眠の後期ほど活発に行われている。ここから、絶食が長期間続くほど、このプロセスの重要性が増すことがうかがえるという。
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リスの冬眠テクニックを人間に応用する研究
研究グループのマシュー・リーガン教授らは現在、尿素に含まれる「窒素」を再利用して筋肉を維持できる「尿素窒素サルベージ」を応用した宇宙飛行士の筋肉減少予防法を、カナダ宇宙庁の助成を受けながら研究している。
宇宙飛行でどの筋肉タンパク質が減少するのかわかっているので、尿素窒素サルベージで強化されるタンパク質と比較することができます。
両者に共通するタンパク質があれば、この方法を応用して宇宙での筋肉の健康を守れるかもしれません
ただし、リスの冬眠テクニックは理論的には人間にも応用可能だと考えられるが、実用化はまだまだ先であるとのこと。
リスが長い進化によって獲得した能力を、安全かつ効果的に人間に応用するのはそう簡単なことではないのかもしれない。
それでもそれは荒唐無稽な話ではない。リーガン教授によれば、人間が少量の尿素窒素をリサイクルできると実証した研究があるのだという。必要な装置はすでに揃っており、あとは最適化するだけでいいのだそうだ。
この方法がうまくいけば、宇宙飛行士だけでなく、寝たきりで筋力が衰えてしまっている人たちにも明るい知らせとなるだろう。
References:Nitrogen recycling
via gut symbionts increases in ground squirrels over the hibernation season / Deep Space Travelers May Imitate Hibernating Squirrels - The Debrief / written by hiroching / edited by parumo
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