2016年6月30日Kizuna AIキズナアイ)が誕生、2022年に6年目の節目を迎えたいま、バーチャルYouTuber(VTuber)は転換の時期を迎えているといえよう。

 “バーチャルYouTuber四天王”を中心として盛り上がっていった2017年~2018年を通過し、2019年からはにじさんじホロライブの2社に所属するVTuber・ライバーらがYouTube上などでの生配信をメインコンテンツとして活動。コロナ禍に陥った2020年からはネット需要が加速したこととあわせ、大きなファンダムを確立するまでに至った。

 その文化の形成時間は短いながらも、圧倒的な熱量でネットカルチャーの一端を担ってきたVTuberシーンは、これまでインターネットカルチャーのイメージに張り付いていたアングラ/サブカルといったムードを剥ぎ取り、メインストリームへと進出した。「短期的な流行の1ページだろう」という既存の認識もひっくり返し、やがて「バーチャルタレント」という言葉が重みを持ち始めた。

 100名以上のVTuber・ライバー(=バーチャルタレント)を擁するにじさんじは、VTuberのメジャー化/タレント化を推し進める急先鋒と言える存在だ。今回はそのなかでも、自由奔放な振る舞いで場のムードをあやつり、フっと見せる自然体な笑顔や優しさでファンを虜にしてきた笹木咲(ささきさく)について書き進めたい。

【動画】笹木咲の歌うカバー曲「笹木は嫌われている。」

 笹木咲は2018年7月6日に「にじさんじゲーマーズ」から闇夜乃モルル本間ひまわりと共に2期生としてデビューした。

 イントネーションに関西~近畿方面の訛りがあり、現在でも一人称は「うち」、語尾に「やよ」をつけて話すクセが特徴。同期である本間ひまわりと仲の良い椎名唯華らが関西生まれということもあり、彼女ら3人がもたらす明るいバイブスはデビュー当初から際立っていた。

 ピンクのショートカットパンダのパーカー、学生服というキュートかつラフな姿でありつつ、配信中にはリスナーやコラボ相手を自由気ままにイジり、煽り、関西人らしいお笑いのイロハを知ったトーク力で会話を進める、にじさんじ随一の盛り上げ役/ムードメーカーとしての顔がある。

 その実、雑談配信ではそういった攻撃的な表情は影を潜め、朗らかとした性格と柔らかな口調、表情豊かに声色がコロコロと変わっていく様を見せてくれるなど、多くのリスナーを虜にするキュートさがある。ゲーム対決でみせる負けん気の強さ、自由奔放な振る舞い、それ以外のところでみせる自然体な姿、これらのギャップこそが彼女の魅力だ。

 好きなゲームに挙がるのは、『スーパーマリオブラザーズ』『ポケットモンスター』『スプラトゥーン』『大乱闘スマッシュブラザーズ』などの任天堂系列のゲーム作品。配信でのプレイ頻度も高く、関連作品などを含めてかなり多くの作品に触れており、にじさんじ内大会で任天堂系列のゲーム作品を扱うとなると、優勝候補に彼女の名前が真っ先にあがるほどだ。

 また、アクションゲームへの適正が非常に高く、初見のゲームでも難なくこなすことが多い。だがテンポ良くプレイしていくなかで、運悪くトラップに引っかかってしまったり、連続してミスしてしまった時には「なんでやぁーー!」「やめろやー!」と叫ぶこともしばしば。

 椎名唯華が「豪運」と言われるのとは対照的に、笹木咲は「不運」「不憫」と笑いのネタになることもあり、それは配信中に留まらない。配信外のプライベートでも不運に見舞われているようで、雑談配信では大声で愚痴ることもあるほどだ。

 意外なところでいうと、家族の影響で野球へ愛着があり、デビューしてすぐの頃から『実況パワフルプロ野球』シリーズをプレイしていることが挙げられる。野球の基本的なルールは理解しつつ、サクセスモードでの育成プレイを楽しんでおり、2021年には大型大会となった「にじさんじ甲子園2021夏」にも監督として出場。

 「パワプロアプリ」の愛称で知られるスマートフォン版の『実況パワフルプロ野球』もプレイしており、パワプロアプリ公式とのタイアップ企画であったキャラクターコンペ大会には審査員として登場、椎名・夜見とともにパワプロアプリでキャラクターとして実装されたりと、その縁は非常に深いものになっている。

 このほかにも、公式タイアップ案件・にじさんじ公式番組/イベントに出演することが多く、「公式イベントに数多く出演するにじさんじのタレントといえば?」と聞かれたら彼女を思い浮かべる方も多いのではないだろうか。

 そんな彼女のバーチャルタレントとしての歩みは少し複雑だ。ファンはご存知のように、笹木咲はデビュー後の数か月しか経っていない2018年11月15日にじさんじを卒業し、翌年1月16日に復帰を果たす。いまでは笑い話にあがることが多いが、当時のゴタゴタとしたムードを知る人からすれば、今でも忘れられないトピックだ。

 にじさんじではSEEDs1期生2期生がつぎつぎとデビューしていたが、当時のVTuberシーンの行き先が不透明だったのは間違いなく、そんな折に彼女の引退が発表されたのだ。当時はどこか先行き不安なムードが漂っていた。

 笹木は当時「実際にじさんじに加入してみると、権利の関係が厳しくてやりたいゲームをできる環境ではなかった」と、引退の理由について話している。

 引退後ににじさんじ運営サイドから再び連絡があり「配信面での事情が変わり、私の好きなゲームの配信が可能になった」と知り、「復帰してみてはどうか?」という提案が持ち掛けられた。彼女自身、かなり悩んだ結果として、2か月での復帰へと踏み切ったのだ。

 そもそも、「ゲーム実況」自体が権利侵害になりかねないジャンルなのは間違いない。2010年代の途中までは明らかに「グレーゾーン」であり、日本ではニコニコ動画などでの生配信主が、海外ではTwitchで配信するストリーマーが多くいたが、いずれも権利元から黙認されて活動する状況が長く続いていた。

 叶の記事でも言及したが、2018年の4月~6月というと「ゲーム実況配信」がVTuberやバーチャルタレントのなかで盛り上がっていくかどうか、というタイミングでもあり、VTuber・バーチャルタレント以外のゲーム配信者が強い影響力を持っていた。それに加えて権利関係についてもグレーゾーンが多いとなると、想像以上に難しい時期だったことが想像できる。

 笹木の復帰後、ゲーム配信における権利関係についてはいちから社(現:ANYCOLOR社)が丁寧かつクリーンに手続きを進めるようになっていく。配信内でその手順・内容について触れたライバーによれば、運営スタッフと所属タレントの間でスプレッドシートを共有し、配信でプレイしたいゲームタイトルのピックアップやメーカーへの問い合わせ、その配信許可の有無が共有されているとのこと。

 一連の流れから約1年後、にじさんじ任天堂やセガの関連ゲームに関する包括的許諾契約を次々に締結し、多くのゲーム会社が新作ゲームのPR配信を提案するようになっていく。

 この潮流はにじさんじだけの話ではなく、同じバーチャルタレント事務所であるホロライブを運営するカバー社も同様の契約を締結し、配信者(ストリーマー)を集めてビジネス展開を試みる会社がつぎつぎと登場した。

 こうした流れをうけ、ゲーム会社・制作サイドもガイドラインをしっかりと提示するなど、「ゲーム実況配信」に立ち込めていた霧がどんどんとクリアになっていった。くようにシーンが動いていった。

 いまでは公式が管轄するなかでカジュアル大会や大型イベントがさまざまな形で開催されるなど、「ゲーム×ストリーマー(配信者)」が手を組んでゲームの魅力を伝えようというチャレンジが非常に増えているともいえる。

 これは10年ほど前の日本のネットシーンではほとんど見られなかった状況であり、ともすれば、ゲーム会社からの一喝で「関連ゲームの実況の全面的禁止」を言い渡される可能性もあったなか、クリーン&ホワイト化が進んだ結果だとも言えるだろう。

 さて、「やりたいゲームができないなら辞める」といって実際に辞めてみせた笹木の判断は、「ゲームのためならば何でもしてみせる」というバイタリティの高さとも読み解ける。

 何より、いまいちど戻ってきた彼女が復帰後に見せたのは、よりエッジで、よりパワフルで、よりエモーショナルに振る舞う姿だった。そこから彼女は周りの同僚を巻き込みながら、「負けん気の強さ×奔放な振る舞い×自然体の可愛さ」のギャップで多くのリスナーを虜にしていくことになる。

 そんな折、にじさんじが「ゲーム実況バラエティ番組」と称して公式番組「ヤシロ&ササキのレバガチャダイパン」をスタート。笹木咲は社築とともにメインMCに起用され、彼女自身が試される場所にもなった。なぜならそれまでの「にじさんじ公式番組」といえば、元一期生のJK組らが務めることが多く、ファンにとっても意外な配役に期待と不安が混ざっていたからだ。

 「ヤシロ&ササキのレバガチャダイパン」では得意な任天堂ゲームだけではなく、それまで一切プレイしたことのないゲームにもトライし、上手くいかなければ汚い言葉で怒りを露わにし、ナイスプレーをすればはしゃいで喜んでみせる。3Dボディの繊細な動きを活かして自由にエモーショナルを爆発させ、心配される視線をも吹き飛ばす快活な彼女がいた。

 MCの組み合わせにしても、淡々と冷静にゲーム解説やツッコミ役ができる社築、トガったり柔らかかったりと感情豊かに振る舞う笹木咲、この2人のキャラクターはピタリとハマり、いまではにじさんじ随一の人気を誇る番組へと成長した。

 この番組を通じて、彼女が得たものは非常に大きいように見える。2018年にデビューした元1期生から2021年にデビューした「エデン組」に至るまで、約3年に跨ってにじさんじで活動しているライバーは107人いるなかで、笹木は元ゲーマーズ組ということもあり年長側になる立場だ。

 公式番組に加えてライブイベント・にじさんじ内大会・コラボ配信など、その時々の目玉企画に多く参加し、それが故ににじさんじに所属する大半のライバーと会話してきており、柔らかな笑顔や笑い声と毒舌を発揮して、コラボ相手とともに配信やライブをもりあげる姿がある。

 自身では「アタシは人見知りコミュ障なんや」と自虐することもあるが、数々の経験と活躍をしてきた彼女は「話しかけやすい」「フレンドリー」「面白くて信頼できる」というイメージを育ててきたとも言えるのではないだろうか。

 自堕落で自由気ままな振る舞いでほかのライバーにもちょっかいをかけたり、強く煽ることも多い彼女だが、そんな振る舞いが許されるのも、彼女への強い信頼や愛されやすさの現れだと言えるだろう。

 彼女の持つゲームへの強い愛情がもたらした2度の決断が、バタフライエフェクトととなって後年のにじさんじANYCOLOR社に強い影響を与えてきた、というと過言かもしれないが、「やりたいゲームがやれないなら辞める」というスピリットパッションを持った彼女が、いまではにじさんじの公式番組で顔役を務め、笑顔と毒舌のギャップで元気に盛り上げている彼女の後ろ姿をみて、何かしらの影響を受ける同僚らが増えているのも事実だ。

 復帰直後にはカンザキイオリの「命に嫌われている。」をベースにした歌動画「笹木は嫌われている。」をアップし、存分に皮肉ってみせた彼女だが、2022年を迎えたいまは「笹木は愛されている。」と形容したくなるほど、充実した日々を送っているように見える。(草野虹)

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