長引くコロナ禍で、趣味や旅行、家族や友人との外食などを「今は我慢の時期」と自粛する期間も長期化しています。いわば、自分の興味や「これがやりたい」という動機を抑制し続けている状況下において、「自粛が当たり前になってしまったからか、『これがやりたい』という気持ち自体が起きなくなった」「物欲や食欲が、コロナ前より明らかに少なくなった」など、さまざまな「欲求」を感じづらくなったという人も少なからずいるようで、ネット上では共感の声が上がる一方、「“コロナうつ”の前兆では?」と指摘する声もあります。

「◯◯がしたい」といった欲求を抑え込み続けることは、メンタル面に何らかの影響を及ぼし得るのでしょうか。精神科専門医の田中伸一郎さんに聞きました。

「自分の欲求がどんなものだったか忘れる」状態に

Q.そもそも、「(人間の)欲求」とはどのようなものでしょうか。

田中さん「教科書的な解説をすると、欲求には『生理的欲求』『安全の欲求』『社会的欲求』『承認欲求』『自己実現欲求』という5段階(マズローの5段階欲求)があり、順に、身体的なものから精神的なものへと進んでいきます。具体的には、人間が生き物として生きるために『生理的欲求』『安全の欲求』があり、そこからより人間らしく生きるために、所属や愛などの『社会的欲求』があり、その上に『承認欲求』『自己実現欲求』があるのです。一般に、前段階をクリアすることが次に移るための条件になり、クリアするごとに精神的に満たされていきます」

Q.「興味があること」「好きなこと」「やりたいこと」を我慢したり、そうした欲求を抑え込んだりする状態が続くことで、やがて欲求そのものが起きなくなることは実際に起こり得るのですか。

田中さん「誰でも、好きなことや興味があること、やりたいことをできている状態はハッピーですよね。それができないとなると欲求不満に陥り、その状態が長期間続くと、交感神経系が優位となり、『自分の欲求がどんなものだったか忘れる(それどころではなくなる)』という状態になることがあると思います。というのも通常、欲求が満たされるときには副交感神経系が優位になり、リラックスが得られることが必須だからです。なお、欲求不満に陥るとメンタル不調が生じますが、いきなりうつ病を発症することはありません」

Q.欲求の抑制と「うつ病」の関わりについて、さらに詳しく教えてください。

田中さん「刺激が減って欲求がなくなってきたとしても、常にうつ病を発症するわけではないということです。ただし、うつ病の症状の中に睡眠障害、食欲減退があり、これらは先述の『生理的欲求』の減少とみることができますし、興味・関心の喪失という症状も、うつ病に特異的にみられるので注意が必要です。

ちなみに、欲求が起きない状態と似た状態として、『学習性無力感』がありますが、欲求が起きない状態と学習性無力感は、それぞれ刺激が足りなかったり、努力が報われなかったりするという心理的要因があって抑うつ的になるもので、うつ病とは別の病態と考えられています。しかし、個人の資質によってはうつ病を発症することはあるでしょう。この辺りのことは、専門医でも判断が難しいところです」

Q.「『これをやりたい』という欲求がなくなった(減った)」と自覚したとき、どうすればよいのでしょうか。

田中さん「たとえ、『これをやりたい』という欲求がなくなったと自覚しても、焦る必要はありません。ひとまず、睡眠や食欲が減退していないかをチェックして、それらが安定していれば、じっと待つのもありです。もちろん、同じ思いをしている友人や家族と、『以前なら◯◯していたのに、最近、やりたいことないよね』などと話していると、ふと『じゃあ、◯◯しようか』と、何かアイデアが浮かんでくることもあるかもしれません。それがアイデアだけで終わっても、“気持ちを動かす”ことが実際の行動を起こすきっかけになります。やはり対話が大事ですね」

Q.コロナ禍において、旅行や趣味、外食などを「我慢しなければ」と自粛し続ける日々の中で、「これがやりたい」という気持ちが起きにくくなった自分に戸惑いを感じる人もいるようです。

田中さん「誰でも、『これをやりたい』と思うことがいつも同じとは限りません。年齢、社会的・経済的状況、友人、家族などに影響され、それらは変化するでしょう。コロナ禍はもしかしたら、自分の欲求を見つめ直し、やりたいことを変化させるチャンスかもしれません。行きたかった観光地をオンラインで楽しむ方法を検索してみたり、最近のベストセラー本を読んでみたり、ラジオを聞いてみたりして、新たな刺激を求めてみましょう」

オトナンサー編集部

コロナ禍で「欲求」を感じにくく…