ロシア軍約10万人がウクライナ国境付近に集結し、NATO(北大西洋条約機構)がウクライナ支援を表明するなど、ロシア軍によるウクライナ侵攻の危機が報じられている。

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 しかし、本当に戦争が起こりうるのか、ロシアとウクライナ・NATO双方の開戦動機と国力、戦力比較から見て、その可能性を冷静に分析する必要がある。

緊張が高まった根本的原因:
NATOの東方拡大否定は約束されたのか?

 1989年末の米ソ・マルタサミットでは、冷戦の終結が謳われ、その前後にNATOは「軍事同盟」から「国際同盟のための政治的枠組み」に変更したとされた。

 すなわち、ソ連(後にロシア)を敵とはみなさない新たな「ヨーロッパ全体の安全保障機構への発展を目指す試みへと繋がっていった」(金子譲「NATO東方拡大―第一次拡大から第二次拡大へ―」『防衛研究所紀要』 第6巻第1号(2003年9月)55~69頁)。

 その後ロシアは、NATO側が、1990年ドイツ再統一に際し、NATOの東方拡大はしないと約束したがその後約束を破ったと主張している。

 ウラジーミル・プーチン大統領は直近では、2021年12月23日の年末恒例の大記者会見で、NATOはソ連崩壊後、5回にわたって新規加盟国を増やし、「臆面もなく我々をだました」「そんなこと(拡大)はしないでくれ、そんなことはしないと約束したではないかと、我々は言った。ところがそんなことがどこに書いてあるのか、どこにもないではないか、それでおしまいと言うのだ」と述べた。

 これに対しアントニー・ブリンケン米国務長官は2022年1月7日、ワシントンでの記者会見で「NATOが新規加盟国を受け入れないと約束したことはない」と明言した。

 双方の主張は真っ向から対立している。どちらが真実かについては、最近解除された公文書により以下の発言が明らかになっているが、いまだに論争になっている。

 1989年11月9日、ベルリンを東西に分けていた壁が崩壊、ドイツ再統一の可能性が真実味を持って語られ始めた。同時にそのドイツとNATOとの関係をどうするかが大きな問題として浮上した。

 最初に発言したのは、西ドイツのハンス・ディートリヒ・ゲンシャー外相だった。

 1990年1月31日、バイエルン州トゥッツイングで演説した際、東欧の変革とドイツ再統一がソ連の安全保障利益を損なうことがあってはならず、「NATOは東への領域拡大を排除すべきだ。すなわちソ連国境に近づくようにすべきではない」と述べた。

 続いてジェームズ・ベーカー米国務長官が1990年2月9日、ミハイル・ゴルバチョフ・ソ連党書記長と会談した際、統一ドイツがNATOの加盟国としてとどまれるなら、「NATOの今の軍事的、法的範囲が東方に1インチたりとも広げないと保証することが重要だと思っている」と述べた。

 米国もドイツもほかの主要西側諸国もドイツ再統一に対するソ連の同意を得るために、ソ連の安全保障に配慮することを示す必要があり、ベーカー、コール、ゲンシャーのほか、当時、ジョージ・H・W・ブッシュ米大統領を含めソ連首脳と接触した米欧首脳はこぞって基本的にベーカーらの発言を支持したことが分かっている。

 ゴルバチョフに対するそうした働きかけの成果が1990年10月3日の再統一となって結実した。

 公文書を研究した米国やドイツの研究者もNATOの東方拡大の約束はあったとの研究結果を発表している。

 しかし、ベーカー国務長官が1インチたりとも「東方(eastward)」に拡大しないと言った時の東方とは東ドイツ部分のことで、東欧諸国を念頭に入れていたわけではないという米国の研究者の反論もある。

(独統一の際、NATO東方不拡大の約束はあったのか:https://news.yahoo.co.jp/articles/fd8419415de12d4b2a9fd356d376f5e4104d5831)。

 以上の経緯から見れば、ベーカー発言の解釈が争点となっているが、統一ドイツをNATO加盟国として留まらせるためにはNATOを東方拡大させないことを約束することが必要とされている。

 すなわち、統一ドイツのNATO加盟を目的とし、そのためには、統一ドイツ国境からさらに東方にはNATOを拡大しないと約束することが必要という趣旨だったと解釈すべきであろう。

 統一ドイツの部分だけを対象とした発言と解釈すると、交渉条件を提示したベーカー発言の狙いと合致しない。

 何よりも、NATOの東方拡大否定というロシアにとり有利な、逆に言えば最も不利益を被るはずのドイツの研究者も政治家も、ベーカー発言がNATOの東方拡大否定の約束であるとの解釈を否定していないことが、発言の真意を伝えている。

 そのようにみると、今回のNATO東方拡大問題については、プーチン発言の主張に分があると言えよう。

バイデン政権成立でウクライナ紛争再燃

 もともと2014年のウクライナでの政変に端を発した東部ウクライナでのロシアによるハイブリッド紛争であるが、ミンスク合意以来小規模な戦闘はあったものの、小康状態になっていた。

 しかし、ペトロ・ポロシェンコ前大統領の下、2019年2月の憲法改正により、将来的なNATO加盟を目指す方針を確定させた。

 これがロシアの警戒を生み、ウクライナのNATO加盟をめぐる紛争を再燃させることになった。

 2019年5月に誕生したウォロディミル・ゼレンスキー政権は、ポロシェンコ前政権の親欧州路線を継続しつつ、ロシアとの対話の用意があると表明し、同年12月にはおよそ3年半ぶりとなるノルマンディ・フォーマット首脳会合が実現、2020年7月22日には停戦合意が実現し、その後の数か月にわたり停戦違反は大幅に減少した。

 しかしジョー・バイデン政権成立後の2021年4月前半および10月後半以降、ウクライナ国境付近におけるロシア軍のさらなる増強が確認され懸念が高まるなど、ウクライナ情勢は不安定な状況が続いている(外務省ホームページ『ウクライナ基礎データ』)。

 最初に挑発的姿勢を示したのはバイデン大統領だった。

 バイデン政権成立から間もない2021年3月、バイデン大統領はプーチン大統領を「人殺し」だと思うとインタビューで答え、プーチン大統領を激怒させた。

 さらに同年4月8日、米国のCNNは、ウクライナ東部国境地帯でロシアが軍事プレゼンスを強化する中、米国は数週間内に黒海に軍艦を派遣することを検討していると、米国防当局者が明らかにしたことを報じている。

 同当局者はまた、ロシア海軍の活動やクリミア半島での兵員の動きを監視するため、米海軍は黒海上空で引き続き偵察飛行を行う方針だと説明。4月7日には米爆撃機2機がエーゲ海上空で任務を遂行した。

 米国はロシア軍の集結を攻撃準備とは見なしていないものの、当局者は「何か変化があれば、我々は即座に対応する」と説明。現時点の分析では、ロシアが実施しているのは訓練と演習であり、将来の行動に向け軍の命令が出ていることを示す情報はないと語った。

 ウクライナとロシアの間の緊張の高まりを受け、バイデン政権や国際社会からは懸念の声が出ているとされ、バイデン大統領とブリンケン国務長官、ロイド・オースティン国防長官、マーク・ミリー統合参謀本部議長、ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)はいずれも、(2021年3月以降の)ここ数週間の間にウクライナ側と協議したと報じられている。

 他方、ドイツ政府によると、アンゲラ・メルケル首相(当時)は同日、プーチン大統領と電話で協議し、緊張緩和のために軍を引き揚げるよう要請。

 ロシア大統領府の発表によると、プーチン氏はウクライナ側が「挑発的な行動」に出たと非難したという。

https://www.cnn.co.jp/usa/35169091.html

 ロシアも黒海に艦隊を増強している。同年4月17日には2隻の揚陸艦がボスポラス海峡を通過して黒海に入ったほか、小型の艦艇15隻も黒海に移動した。

 ウクライナ東部では同国政府軍と親ロシア派との衝突が激化した。ロシア軍はウクライナ国境付近で部隊を増強しているが、一時的な防衛訓練だと主張している(『ロイター』2021年4月17日)。

 2021年6月4日、ロシア国防省のアレクサンドル・フォーミン次官はロシアのRTテレビからの取材に、世界では新たな冷戦が開始され、敵国の教義上の定義もすでに行われているという見解を表している。

 同次官は、「第一に今世界では新たな国際秩序が形作られようとしている。新たな冷戦へと諸国を引き込もうとする傾向がある。諸国を『これは自分の側』『これは他所』と分けていくのだが、この『他所』の国は一義的に教義の書類で敵国として判別される」と述べた。

 同次官は、同時に、パワーバランスを根底から変える、根本的に新たな種類の武器が出現し、軍事対立は宇宙、サイバー空間などますます新たな分野に浸透していき、これによって戦争を行う際の原則とメソッドはすべて変わってしまうと指摘している。

 これより前、中国国防部は日米仏が九州・霧島演習場で行った共同訓練について、冷戦時代のメンタリティーの現れだとの見解を表している。

https://jp.sputniknews.com/20210604/8437253.html

 2021年6月、ロシアの日本語ニュースサイト『スプートニク』は、同年6月16日にスイスのジュネーブで開かれた露米首脳会談は穏やかな雰囲気のものとなったが、ロシアと欧米諸国との関係に「新冷戦」が始まろうとしている兆候はよりはっきりとしたものになってきていると、以下のように報じている。

 2021年6月14日、英国海軍の駆逐艦「ディフェンダー」とオランダ海軍のフリゲート「エファーツェン」が「航行の自由を保証」するため、6月28日から始まるNATOによる大規模な多国籍訓練「シーブリーズ」に参加するため、黒海に侵入した。

 6月23日の正午前に、駆逐艦はフィオレント岬沖でロシアの国境を侵犯した。ロシア側が、駆逐艦に対し、ロシア水域を離れ、進路変更するよう求めた後、武器の使用を警告したが、駆逐艦がこれに従わなかった。

 そのため、ロシア国境警備隊の巡視船が警告射撃を行い、その9分後、ロシア海軍のスホイ(Su–24)戦闘爆撃機が警告爆撃を行い、駆逐艦の進路上に、OFAB250爆弾を投下し、その後、駆逐艦はロシアの領海から離れた。

 ロシアの国境侵犯に対し、ロシア軍が警告爆撃を行うほどの強い行動を起こしたのは初めてであり、このことは駆逐艦の侵犯事件そのものと同じくらい、ロシア、英国、米国で大きな反響を呼んでいる。

https://jp.sputniknews.com/20210701/8503462.html

 なお同時期、ロシア軍東部軍管区のプレスサービスは、極東ロシア軍が2021年6月23日から、日本海水域とサハリン、クリル諸島で1万人の兵士らが参加するロシア軍の大規模演習を開始したことを発表している。

 同発表によれば、「サハリン(樺太)およびイトゥルップ(択捉)、クナシル(国後)の諸島、また日本海水域で東部軍管区兵団の艦隊と師団、太平洋艦隊の部隊による相互演習がスタートした。

 発表では、「極東でモデル化された当初の設定では、2つの仮想国家連合の間での抗争が基本となっている。部隊の実戦的演習では、海上および戦術的陸戦部隊の上陸が予定されている」と述べている。

 全体として演習には1万人超の軍関係者らが参加する。東部軍管区島嶼地帯での演習は5昼夜にわたり2段階で実施されるとしている。

 このようにウクライナ正面の緊張は、東部軍管区の極東ロシア軍の日本周辺、樺太、北方領土での活動にも連動しており、対日米牽制活動は極東正面でも行われている。

 他方でロシアは、EU、特に仏独との経済を主とする関係修復を模索しているが、ポーランドなどの強硬派の反対により合意できなかった。

 EUは6月24日、首脳会議を開き、ドイツとフランスが、ロシアとの関係改善に向けて、対話が必要だとしてプーチン大統領を招いてEUとロシアの首脳会談を開くことを提案した。

 しかし、ロシアを警戒するバルト3国やポーランドなどが反対し、合意には至らなかった。

 これについてロシア大統領府報道官は25日「遺憾だ」とした。ただ、ペスコフ報道官は「プーチン大統領は欧州連合(EU)との間で仕事の上での関係を構築することに関心を持ち続けている」とも述べ、ロシアとしては、ドイツとフランスによる提案を前向きにとらえ、関係修復に向けた道筋を探る考えを強調した。

 プーチン大統領は、2021年6月、米国のバイデン大統領と首脳会談を行い、対話の枠組みをつくることで合意したが、ヨーロッパとの関係についても6月22日、ドイツ紙に「ロシアはヨーロッパとの包括的なパートナーシップを回復したい」とする考えを示している。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210627/k10013106161000.html

 その後も、ロシア軍が隣国ウクライナとの国境周辺に約10万人にものぼる大規模な部隊を展開させているとして緊張が続いた。

 黒海でも緊張が高まった。2021年12月10日のロシア連邦保安庁の発表によれば、「ウクライナ海軍所属の軍艦「ドンバス」(艦番号A500)がロシア南部アゾフ海のケルチ海峡に接近した。

 ロシア側が引き返すよう警告したものの、「ドンバス」は長時間にわたってケルチ海峡に向かって航行し、その後方向を転換した。

 ロシア側の照会には反応していない」とされている。

https://jp.sputniknews.com/20211210/9708551.html

 このような緊迫した情勢の中、2021年12月30日、バイデン米大統領とロシアのプーチン大統領は電話会談を行い、緊迫するウクライナ情勢を協議した。

 バイデン氏は、ロシアがウクライナに侵攻した場合、同盟・友好国と共に「断固として対応する」と制裁発動を警告。プーチン氏は「前例のない制裁を科せば、関係は完全に決裂する」と応酬した。

 ホワイトハウスなどが会談内容を明らかにした。米ロ首脳の会談は、オンライン形式で行われた12月7日以来。1カ月で2度目となる異例の会談は約50分間にわたり行われた。

 ウクライナ国境付近にロシア軍が集結する緊迫した情勢に関し、バイデン氏は会談でプーチン氏に緊張緩和を要求。米国はこれまでもロシア側に部隊撤収などを求めてきた。

 米政府高官によれば、バイデン氏はウクライナ侵攻には「経済的損失」を与えるほか、NATOの軍備増強やウクライナへのさらなる軍事支援で応じると伝えた。

 米側は2014年のロシアによるクリミア半島併合の際の規模を大幅に上回る制裁の準備を進めている。

 一方、プーチン氏は欧米諸国による大規模な制裁が発動されれば「ロシアと欧米の関係に深刻な打撃を与える」と警告で応じた。

 ただし、ロシアのウシャコフ大統領補佐官(外交担当)は会談に関し「オープンで内容に富み、具体的だったので、おおむね満足している」と評価している。

(『JIJI.COM』2021年12月31日)

 しかし米側は、ロシア側とは異なり会談後の成り行きについて楽観視はしていない。

 会談後にホワイトハウスのジェン・サキ報道官が発表した声明によると、バイデン大統領は緊張緩和を重ねて呼びかけたうえで、ロシアがウクライナに侵攻すれば同盟国と連携して断固とした対抗措置をとると明確に伝えたとされている。

 これに対してロシア大統領府は、プーチン大統領が全面的に反論し、大規模な制裁をロシアに科すのは重大な誤りで、双方の関係を完全に壊しかねないと警告したと報じられた。

(『NHK NEWS WEB』2021年12月31日)

 2022年1月26日、ブリンケン国務長官は、ウクライナ情勢をめぐってロシア側が出していた、NATOをこれ以上東方拡大しないと法的に保証せよとの要求に対し、書面で回答したと明らかにした。

 (米国政府は)これに応じない考えなどを盛り込んだという。文書は公開されていない。

 ブリンケン氏は、ウクライナが主権と、NATOなどの安全保障同盟への参加を選択する権利をもつなどとする、米国の「基本原則」を明確に示したと述べた。

 また、ロシアに譲歩はしなかったが、「ロシアがその進路を選択する場合のため、真剣な外交的道筋」を提案したと説明した。

 一方で、アメリカはウクライナの防衛強化にも「等しく、焦点を置いて」行動していると警告した。

(『BBC NEWS JAPAN』2022年1月27日)

 以上の経緯をみると、トランプ政権時代には小康状態だった米ロ関係が、バイデン政権になりバイデン政権側の主導により、ロシアへの挑発が行われ緊張が高まったものと判断される。

 バイデン政権が、米軍のアフガン撤退後、新たな戦争の挑発に出た可能性は否定できない。

ロシア・ウクライナ戦争はあるのか?

 このようなバイデン政権の挑発的姿勢が現在の緊張関係の主な要因とすれば、ロシアとウクライナ間の全面戦争に至る可能性は低いであろう。

 プーチン大統領は、2021年12月23日、恒例の年次記者会見で、ウクライナや西側諸国との衝突を避けたいとの意向を示した一方、安全保障に関するロシア側の要求に対する西側諸国からの対応が「直ちに」必要だと述べた。

 プーチン大統領は「これは、われわれの(志向する)選択ではなく、望むものでない」と指摘。

 今月(12月)、米国に示した安全保障提案について、おおむね前向きな反応を得たとして、来年(2022年)初めにスイスのジュネーブで協議が始まるとの見通しを示した。

 しかし、バイデン政権高官が匿名を条件に明らかにしたところによると、米国は公の場での交渉は予定しておらず、「(2022年1月の)協議で実質的な対応を行うことになる。明らかにわれわれが決して同意できない提案もある。それをロシア側もある程度認識していると思う。何が可能かを探ることができるかもしれない分野もあると思う」と述べた。

 プーチン大統領は「われわれはNATOがこれ以上東方に進出すべきではないと直接提起した。ボールはあちら側のコートにあり、何かしらの形でわれわれに答えるべきだ」と語った。

 また、ウクライナ東部地域でのウクライナ軍と親ロシア派武装勢力の紛争について、ウクライナが停戦のための2015年のミンスク合意を守っておらず、分離独立派との対話も拒否していると批判した(『ロイター』2021年12月23日)。

 その後、米国のサリバン駐ロシア大使は12月28日、ウクライナ問題を巡りロシアは戦争を望んでいないと言っているが、ウクライナとの国境に軍を集結させており、米国との交渉で「テーブルに銃」を置いているようなものだと指摘した。

 ロシアのラブロフ外相はこれに先立ち、国内ラジオで戦争は望んでいないと語った。

 サリバン大使は、外交が事態打開の唯一の手段との見解を改めて示し、米ロ外交当局者による電話会議ないし対面会合が開催されることに期待を示した。

 一方で、ロシアがウクライナに侵攻した場合の対ロ経済制裁は西側の対応の一つに過ぎないとし、輸出規制や欧州防衛体制の強化、ロシアからドイツに天然ガスを送る新パイプライン「ノルドストリーム2」の運営を米国が阻止するといった措置も想定されるとした(『ロイター』2021年12月28日)。

 2022年1月に入りロシアは、兵力を増員する一方でフランスに和平交渉への働きかけも行っている。

 ウクライナ国防省は1月20日までに、ロシアによる同国への攻撃に動員される可能性がある国境線周辺での兵力の増強がほぼ完了し、侵攻がいつでも起き得る可能性があるとの最新の情報分析を明らかにした。

 CNNにもこの分析結果が独占的に提供された。集結したロシア地上軍の規模は12万7000人以上。兵士らは10万6000人余で、これに海空両軍の要員が加わる。

 ロシアはEUとNATOの分裂や弱体化を試みていると理解し、欧州大陸での安全保障を確保するため米国の対応能力をそぐことも狙っていると指摘したと報じられている(『CNN.co.jp』2022年1月20日)。

 しかし米国もその他のNATO加盟国も本気でウクライナに派兵してロシアと直接交戦する意志があるとはみられない。

 2022年1月19日、バイデン大統領は「(ロシアが)小規模な侵攻をした際に欧米は難しい対応を迫られる」と記者会見で発言し、現状でロシアが影響力を行使できるウクライナ領でのロシア軍の進駐を容認する可能性を示唆した。

 これはバイデン大統領の本音が漏れたと見るべきだろう。

 また、1月21日にドイツ海軍トップのシェーンバッハ総監がニューデリーで開催されたシンクタンクの会合でロシアのウクライナ侵攻を「馬鹿げている」と発言し、その後激しい批判にさらされて立場を更迭される事態が発生した。

 やはりこちらも独軍の本音が吐露されたと見なすべきだ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/6a9543ba150e2bb46555ec5cc9953f313addbec8

 兵力を増強する一方でプーチン大統領は、このような米独の発言を受けたためか、それ以降和平仲介のための関係国への働きかけを精力的に行っている。

 フランスのマクロン大統領と2022年1月28日、電話会談し、ウクライナ情勢を巡り協議した。

 仏大統領府の高官によると、プーチン大統領はウクライナを巡る関係悪化を望んでおらず、西側諸国との対話を継続したいという考えを示した。

 高官によると、プーチン大統領はマクロン大統領に対し「対話を続けたい」とし、ウクライナ東部紛争の解決に向け、フランス、ドイツ、ロシア、ウクライナ4カ国が2015年にまとめたミンスク和平合意の履行に向けて進展する必要があると語った。

 ロシア大統領府によると、プーチン大統領はさらに、米国とNATOがロシアの安全保障に関する主要な要求に対処しなかったとしつつも、対話を続ける用意があると伝えた。

 仏政府高官も、プーチン大統領が米国とNATOはロシアの安全保障を確約する必要があると繰り返し述べたと明らかにした。

 マクロン大統領はこれに対し、近隣諸国の主権を尊重する必要があると明確にしたという(『ロイター』2022年1月29日)。

 米国とNATOがロシアに書面回答して以来、初めてプーチン大統領の公の場での発言が伝えられた。

『BBC NEWS JAPAN』2022年2月2日付は、「プーチン大統領が2月1日、緊張が続くウクライナ情勢について、アメリカがロシアをウクライナで戦争に引きずり込もうとしていると非難し、ロシアに追加制裁を加える口実として対立を利用するのがアメリカの狙いだと述べた。また、NATOの欧州における活動に対するロシア側の懸念を、アメリカが無視しているとした」と報じている。

 他方ウクライナのゼレンスキー大統領は2月1日、ロシアがウクライナへ侵攻すれば、「ウクライナとロシアの戦争ではなく、欧州での、本格的な戦争になり得る」と警告した。ウクライナを訪れたボリス・ジョンソン英首相との会談で述べている(『毎日新聞』2022年2月2日)。

 また同大統領は同2月1日、今後3年間で軍の兵力を10万人増員するよう命じた。最高会議が法案を協議する。

 ゼレンスキー氏は、ロシア軍侵攻の可能性を巡り緊張が高まっていることを念頭に、増員はウクライナの防衛能力強化のために必要だと強調。「もうすぐ戦争が起きるからではない」と述べた(『毎日新聞』2022年2月3日)。

 このようにプーチン大統領は、NATOの東方拡大をしないとの法的保障を拒否した上記のブリンケン国務長官の回答を受けて、米国がロシアをウクライナとの戦争に引きずり込もうとしていると非難し、フランスに和平仲介の働きかける一方で、兵力の増強も行っている。

 プーチン大統領は、NATOの東方拡大否定の法的保証という要求をしつつも、フランスにミンスク合意の履行を直接呼びかけるとともに、仏独ロとウクライナによるミンスク合意の枠組みでの対話再開も要望している。

 プーチン大統領は2月1日、西側諸国がロシアをウクライナを巡る戦争へ誘導するためのシナリオを意図的に作り、ウクライナのNATO加盟の可能性を含め、ロシアの安全保障上の懸念を無視しているとの批判を展開した。

 ウクライナがNATOに加盟し、ロシアが2014年に併合したクリミアの奪還を試みると想定した場合、「ロシアはNATOと戦争を始めるのか」と問いかけ、誰もこのシナリオを考慮に入れていないと主張している。

 ロシアはウクライナとの国境沿いに10万人を超す軍部隊を集結させており、ウクライナ侵攻の可能性について西側諸国は懸念を強めている。

 ロシアは侵攻の可能性を否定しているが、安全保障上の要求が受け入れられなければ、何らかの軍事行動を取る可能性があると警告している(『ロイター』2022年2月2日)。

 ウクライナのゼレンスキー大統領も、新たに10万人の増員を議会に要求しているが、3年間のうちにとられる措置であり、「もうすぐ戦争が起こるからではない」と戦争が際迫っていることを否定している。

 このように現状では、ロシアもウクライナも兵力対峙状況の中で増強に努めてはいるものの、戦争を回避する姿勢は共通している。またEUも戦争を望んではいない。

 プーチン大統領は2日1日、ハンガリーのオルバーン・ヴィクトル首相を招き会談した。オルバーン首相は「重要なのは平和であり、EUはいつでも話し合いをする用意がある」と答えている。

 また同会談では、ロシアのハンガリーへの天然ガス供給拡大などで合意した。また同日、プーチン大統領は、イタリアのマリオ・ドラギ首相とも電話協議し、露大統領府は「ロシア産ガスのさらなる供給に向けた用意がある」と強調した。

 ウクライナ情勢を巡り米欧との対立が深まるなかで、ロシアは天然ガス供給などによる依存関係をてこに、欧州の切り崩しを図っているとみられる(『毎日新聞』2022年2月2日)。

 そのような中、米国はNATOへの兵力増派を決定した。

 米国防総省報道官は2月2日の記者会見で、ロシアによるウクライナ侵攻に備え、米軍を欧州に増派することを明らかにした。

 米本土から数日中に約2000人の米兵がNATO加盟国のポーランドとドイツに派遣され、ドイツの駐留米軍から約1000人が、同じ加盟国のルーマニアに再配備される。

 ロシアが国境周辺に大規模部隊を展開し、ウクライナ情勢が緊迫する中、米軍部隊が公式に東欧に増派されるのは初めて。

 バイデン米大統領は米軍のウクライナへの派遣は否定している。

https://mainichi.jp/articles/20220203/k00/00m/030/001000c

 他方ロシアは、一部の軍事演習を終え駐屯地に戻すという、即応態勢を緩める措置をとった。

 ロシア軍が2月1日までに一部の部隊での軍事演習を終えたと発表した。ロシア軍の南部軍管区はロシア南部で実弾演習などを含む軍事演習を終えた6000人以上の軍人が通常の駐屯地に戻ったと発表した。

 西部軍管区は1月にロシア西部のボロネジ州などウクライナ東部国境に近い訓練場で3000人が参加した射撃などの演習を終了したと発表した。

 また、ロシア黒海艦隊は黒海で実施した防空演習などが終了し、基地に帰還したと発表した。

 演習には黒海艦隊のフリゲート艦や哨戒艦など20隻以上が参加し、南部軍管区と合同で演習を実施した。ロシア海軍はこのほか、1~2月にかけてバルト海などでも軍事演習を実施している。

 米国などはロシアがウクライナ国境付近に10万人超の軍を配置していると主張、ロシアがウクライナに軍事侵攻する可能性が高まっていると指摘している。

 一方、ロシアは侵攻の可能性について繰り返し否定している。ラブロフ外相は1月21日の米ロ外相会談後の会見で、ウクライナ再侵攻の可能性について「ロシアがウクライナ国民の脅威となったことはない」と否定した。

 なお、ロシアとベラルーシは2月10~20日にかけてベラルーシ国内で大規模な合同軍事演習を予定している。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR01DEH0R00C22A2000000/

 結局、バイデン政権が東部ウクライナの紛争に乗じて、ロシアを挑発している可能性が高い。そうであれば、ロシアが挑発に乗らず、ウクライナが直接の戦闘激化と犠牲を払うことを躊躇する限り、大規模な戦争に発展する恐れは少ないと言える。

 また仮に紛争が拡大しても、代理戦争型の局地戦に留まり、東部ウクライナにおけるウクライナ軍とロシアの支援を受けた親ロ派武装民兵あるいは偽装したロシア軍特殊部隊とのハイブリッド戦争が激化することになるとみられる。

本格的な戦争に発展した場合の推移見通し

 可能性は少ないがロシアとウクライナ間の本格的な戦争に発展した場合にその推移はどうなるであろうか?

 日本外務省の基礎データによれば、ウクライナは2021年時点で面積約60万平方キロ、人口4159万人、GDPは1555億ドルに上っている。ウクライナは旧ソ連圏内ではロシアに次ぐ大国である。

 内政面では、2019年3月の大統領選挙で現職のポロシェンコ候補と新人のゼレンスキー候補が残り、同4月の決選投票でゼレンスキー候補が7割以上の得票率で勝利し、同5月に大統領に就任した。

 同7月の繰り上げ最高会議選挙でゼレンスキー大統領率いる国民奉仕者党が単独過半数の議席を獲得し、同8月にホンチャルク新内閣が組閣された。

 各分野の成果を急ぐべき等の声を受け、2020年3月、ホンチャルク首相が辞表を提出し最高会議において解任、シュミハリ副首相を新たに首相とする新内閣が発足している。

 ゼレンスキー大統領は親ロでも反ロでもない中道派であり、俳優出身の素人で汚職腐敗まみれの在来政治家にはない清新さを期待され、民意を得たとみられている。

 しかしその手腕は未知数であり、外交的には東部情勢の悪化を受け、ロシアとの対決姿勢をとらざるを得ない立場になっている。ただし、ポロシェンコ前大統領のような純然たる反ロ派ではない。

 また国防面では、東部情勢悪化以降、一時的動員を定期的に実施しつつ、徴兵制を復活させるなど、国防力の強化を推進。前述したように、ポロシェンコ前大統領の下、2019年2月の憲法改正により、将来的なNATO加盟を目指す方針を確定させた。

 ウクライナ国防省が優先的に取り組んでいる課題は、

(1)東部地域における武装勢力等への対応

(2)ウクライナ軍のNATO軍標準化に向けた軍改革

 であり、NATO加盟国およびパートナー国などの各種支援(装備品の供与、教育・訓練支援、戦傷者に対する医療支援、軍改革に係る助言など)を受け、軍のNATO軍標準化に向け着実に取り組んでいる。

 同時に、国内における多国籍軍参加による総合演習の計画及び海外演習への積極的な参加を通じ、パートナー国との防衛協力の進展を図っているとされている。

 ウクライナ軍の兵力は2018年度の『ミリタリー・バランス』によれば、地上兵力14万5000人、戦車832両、砲兵1737門、空軍は4万5000人、戦闘可能な戦闘機は125機、海軍は6000人、フリゲート1隻、警備艇10隻、海軍歩兵1000人に留まる。

 ただし、予備役は90万人に達する。また、防御的兵器の対戦車ミサイル、対空ミサイルなどの装備はNATOの支援を受け増強近代化されている。

 対するロシアは、外務省の基礎データによれば、2021年時点の面積1740万平方キロ、人口1億4680万人、GDP1兆2807億ドルの大国である。

 国土面積は世界一だが、人口は世界で9位、GDPは韓国に次いで世界で11番目であり、石油、天然ガス、石炭などの資源国ではあるがITはじめ先端分野の工業生産力、産業競争力は軍需産業・航空宇宙など一部を除き強くはない。

 軍事的には、現役約90万人(準軍事組織「国境軍,国内軍他」約55万人を除く)、地上軍: 兵員約22.5万人(空挺部隊4.5万人を含む)、戦車2780両、砲兵4328門、海軍: 兵員約15万人,潜水艦62隻,主要水上艦艇34隻、哨戒艇、機雷艇、両用艦艇等190機、航空・宇宙軍:兵員約16.5万人、戦闘機等1176機、戦略部隊:兵員約8万人(戦略ロケット部隊5万人を含む)、ICBM313基、戦略原潜13隻、戦略爆撃機76機、特殊部隊:兵員約0.1万人、指揮支援要員:兵員約18万人、予備役約200万人を保有している。

 ロシアはウクライナに対し、人口で4.5倍、GDPで8.2倍、総兵力で6.2倍、戦車で3.3倍、砲兵で2.5倍、戦闘機で9.4倍、海軍艦艇ではロシアは圧倒的優位にある。このような戦力格差をみると、特に空軍力と海軍力ではロシアの攻撃的戦力が勝っている。

 地形的には東部ウクライナは平坦で戦車戦力などの攻撃には有利であり、ベラルーシ、黒海、東部ウクライナの3~4個正面から、求心的に攻勢をかけることもできる。

 地形上の進出目標線はドニエプル河のライン、戦略目標としてはキエフが焦点となるであろう。

 作戦期間としては2月から3月に攻勢を開始するとして秋までの約半年間に及ぶであろう。それまでにドニエプル河の線まで進出し占領確保して、その後有利な態勢で和平交渉に移行するというのが、ロシアにとり望ましい戦況推移であろう。

 現在ウクライナ正面に展開中のロシア軍兵力は約12万2000人と見積もられているが、予備役動員や他正面からの増強は当初の段階では可能であろう。

 特に、航空戦力は優勢で質的にも圧倒的に勝っている。ただしNATOからの対空ミサイル、レーダなどの装備の支援があれば、長期的に優勢を維持できるかは不透明である。

 また地上戦力の格差は、兵力、装備面で3倍前後の優位に過ぎない。予備役は2.2倍に過ぎず、ウクライナは今後3年で10万人の兵力増強を予定している。

 このため、全般的な地上の攻勢戦力は不足し、戦車戦力は対戦車ミサイル、支援する航空戦力は対空ミサイルにより漸減するとみられ、地上での攻勢作戦の迅速な進展は望めないであろう。

 その上ロシアは、広大な領土を守る必要があり、他の正面から軽々に長期にわたり兵力、特に地上軍を転用することはできない。

 また、予備役の動員能力もウクライナに対し優位とは言えない。このため、ウクライナ正面への攻勢戦力の長期持続には限界がある。

 ポーランド、バルト3国のNATO加盟国と直接地上国境を接している西部軍管区の他正面、米国と対峙している北部軍管区、日米と対峙している東部軍管区では、いずれも大規模な兵力抽出が困難とみられる。

 増援できるのは中央軍管区の2個軍(即応約4.5万人、動員後約31.5万人)が主となろう。

 海軍と戦略ロケット軍の主力も対米抑止のため即応態勢を強化しなければならない。その意味で、対米核戦争のリスクを絶えず意識してロシアは対ウクライナ戦争を行わねばならない。

 軍事的にみれば、ロシア軍はウクライナに侵攻しドニエプル河以東を一時的に占領できるかもしれない。

 しかし、ウクライナ側が本格的に国家総動員態勢に入り、それに対しNATOが対空・他戦車ミサイル、通信情報機器、夜間暗視装置、弾薬などを本格的に地上から送り込めば、ウクライナ側の反攻作戦が始まり、占領地でのゲリラ戦など長期の泥沼の戦いに陥る可能性は高い。

 そうなれば、プーチン大統領自らの地位が危うくなるおそれがある。

 プーチン氏が大統領に選ばれた最大の要因はチェチェン紛争を鎮圧した実績にあった。その手腕に対する不信感が高まれば、すでに国内にくすぶっている反プーチン勢力が拡大し、権力の座から追われる可能性が高まる。

 外交的にも、プーチン大統領の基本戦略は、米中の西太平洋からインド洋での覇権対立に対し、局外者の立場に立ち漁夫の利を占めることとみられる。

 しかしウクライナとの泥沼の戦いに陥れば、その隙をついて中国の影響力が、ロシアの影響圏と見ている旧ソ連圏中央アジア諸国に浸透することになる。

 また、中国がロシアに代り紛争の局外者の立場となり、欧米、ロシア双方に対しても相対的に有利な立場に立つことになる。

 その結果、中露関係でも中国がより優勢な立場に立ち、ロシアは外交的、経済的にも対中依存をさらに強めることになるであろう。

 いずれもプーチン大統領の望むところとはみられない。仮に戦争に踏み切っても勝算はなく、自らの地位を脅かす結果になりかねないことは、プーチン大統領にも予見できるはずである。

 実際にプーチン大統領は中国の影響力拡大を封じる行動に出ている。

 ロシアは、今年に入り、1月にはインドがロシアの協力のもとに開発した極超音速兵器のプラモスを米国の同盟国であるフィリピンに輸出することに合意した。このような合意はロシアの同意なしには考えられない。

 またカザフスタンでの燃料価格値上げに対する抗議活動に端を発し2022年1月2日に発生した暴動に対し、姿を消した国家安全保障会議議長のヌルスルタン・ナザルバエフ前大統領に替わり、カシムジョマルト・トカエフ氏が「外部からの侵略」としてロシア主導の集団安全保障条約機構(CSTO)に部隊派遣を要請、治安部隊に発砲を命じて暴動を鎮圧することに成功、大統領として国家安全保障会議議長も含め全権を掌握するという事案も発生している。

 いずれも中国の影響力拡大を阻止しロシアの背後を固める動きとみることができる。

 このようなプーチン大統領の実際の行動から判断して、ロシアの戦略的利益に反して、いまウクライナとの戦争というリスクを冒すとは判断しがたい。

 また経済面でのリスクも大きい。ロシアの戦略的な継戦能力にも限界がある。

 ロシアは輸入の約38.2%、輸出の45.8%をEUに依存しているが、米国には輸入の6%、輸出の0.76%を依存しているに過ぎない。

 このようにEUとロシアの経済関係は緊密であり、双方にとり安定的な関係の維持が利益になることは明らかである。米国にはこのような相互依存関係はないため、ロシアに対してフリーハンドを持てる。

 もしロシアがウクライナに侵攻し、米国主導でNATOがロシアに対して、一部に言われているようにSWIFT(国際銀行間金融通信協会)と呼ばれる、世界各国の金融機関などに高度に安全化された金融メッセージサービスを提供する金融業界の標準化団体から排除し、さらに貿易関係も全面停止するようなことになれば、ロシアは欧米との貿易も金融取引も全面停止されることになる。

 その場合には、ロシアは中国との貿易拡大、金融面での対中依存を強めざるを得なくなるであろう。

 しかし中国自身もロシアを支援すれば、欧米から厳しい貿易の停止、香港ドルとドルの交換停止など、経済・金融面での封鎖を強いられることになるであろう。

 また中露共に、先端半導体などの最新鋭兵器の製造・維持整備に不可欠の部品、材料、製造機械も途絶することになるとみられ、戦闘機、ミサイルなどの先端兵器の稼働率低下、生産停滞を招くことになる。

 いずれにしても、ロシアの長期継戦は困難とみられる。

 EUも特に天然ガスの輸入が途絶するなどの困難に当面直面することになるが、長期的には米国のシェールオイルの増産、豪からの石炭の輸入などにより、代替することは可能とみられる。

 天然ガスのEUへの転用については、バイデン政権から日本に対して早くも要請が来ている。

 以上の諸要因から見て、プーチン大統領がウクライナとの戦争を決断する可能性は低い。また欧米にとってもロシアとウクライナの全面戦争は望ましいとはみられない。仮に起きたとしても、いずれにも決定的な勝利はなく、長期の泥沼の戦いとなるであろう。

 結局は現状に近い、東部ウクライナでのロシア軍の支援を受けた親ロ武装勢力とウクライナ軍の限定的な代理戦争になるとみられる。

バイデン政権の思惑と日本の対応

 逆にバイデン政権がさらに挑発をエスカレートさせロシアを戦争に追い込むことが可能かといえば、それも困難であろう。

 地政学的な距離の非対称性が大きすぎる。ウクライナはNATOに加盟しておらずバイデン政権にはウクライナに直接派兵し軍事支援する条約上の義務はない。実際にバイデン政権も、直接ウクライナに軍を増派することは否定している。

 NATO同盟国の主要国である独仏両国ともウクライナ支援には消極的である。ドイツはウクライナに武器・弾薬の支援はしていない。

 NATOがウクライナに送り込んでいる装備は、対空・対戦車ミサイル、小火器など防衛的な装備に限られている。EUとしても、経済、エネルギー面でのロシアとの依存関係の維持を望んでおり、ウクライナ紛争の激化は望んではいない。

 米国は上で述べたように、経済や貿易、エネルギー面での対ロ依存は少なく、欧州諸国よりもフリーハンドをもっている。

 しかし、米軍にとっても、遠隔地の内陸国ウクライナに継続的に武器などの支援をするためには、基地の提供や後方支援など欧州のNATO同盟諸国の支援が必要不可欠である。

 もしドイツや東欧のNATO加盟国が対米協力を渋れば、米軍の長期的なウクライナ支援も困難になるとみられる。

 これまでの経緯から見て、ドイツも一部の東欧諸国も対ロ戦争支援には消極的であり、米軍が長期安定的に全面的支援を受けられる保証はない。

 バイデン政権がこのようにウクライナでロシアに対し挑発的な姿勢をとっている内政上の理由の一つして、バイデン大統領への支持率が約4割とも言われる不人気の中、今年秋の米中間選挙を控え、対外強硬姿勢を示すことで国内での支持率を回復したいとの思惑もあるとみられる。

 また、バイデン政権の背後には、民主党左派を資金面から支えている国際金融資本勢力がいる。

 彼らの間には、ソ連崩壊後の混乱期にロシアの石油その他の資源をミハイル・ホドルコフスキーなどの国際金融資本を背景とする勢力が支配しようとしたのを実力で阻止し排除したプーチン大統領に対する反感がある。

 今回のウクライナ危機も、ブーチン政権を戦争に引きずり込み、あわよくばプーチン体制を打倒して再度ロシアの資源を支配しようとする目的もあるのかもしれない。

 いずれにしても日本としては、軽々にロシアに対する制裁に同調することなく、情勢の推移を見極め、バイデン政権の反ロ・反プーチン姿勢とは一線を画するのが賢明であろう。

 むしろウクライナ情勢に米国が関心を向けている間に、その隙をついて、あるいはロシアの要請を受けて連射しているとみられる、北朝鮮のミサイル発射試験や、台湾の防空識別圏や領空に侵入を繰り返する中国の動向に注意を払わなければならない。

 プーチン大統領は北京冬季オリンピックの開会式に参加し、習近平主席と会談した。

 会談後の共同声明には、ウクライナ情勢ではNATOの東方拡大に反対し、台湾情勢については、ロシアは台湾の独立を支持しないことが謳われた。

 他方では欧米のIOC本部前で、ウイグル人、チベット人、香港人などが、北京五輪反対の抗議デモが繰り広げられ、世界が中露の権威主義体制と欧米の自由民主主義体制に分断されていることを印象付けた。

 今回の五輪外交では、中露はともに戦略的パートナーシップを欧米に見せつけた形になっているが、上述したように、中露は他面では、中央アジアやインドをめぐり影響力拡大を競い合う関係にある。

 またプーチン政権は、中国と一体になり反NATO連携態勢を強化しているとみなされ、NATOとの対決路線に追い込まれるのを望んではいないとみられる。

 また中国も、北京冬季オリンピックが終わるまでは、当面ウクライナでの緊張激化は望まないであろう。

 その後も2022年3月の全人代、秋の党大会を控え、習近平派と反習近平派の権力闘争はますます激化するとみられ、仮にウクライナとロシアの戦争が起きても、ロシアに対して積極的に支援することは内政上、困難とみられる。

 半面、一部で憂慮されているように、米軍主力がウクライナ正面に拘束されている隙を突いて、中国が、台湾あるいは尖閣諸島などの島嶼奪取に出る可能性もないとは言えない。

 日本としては、中朝の動向に警戒し、万一に備えることを優先すべきである。

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