プロローグ:
ウクライナ危機を煽る日系マスコミ

 筆者は1月26日、JBpressにロシア軍ウクライナ侵攻はあり得ない旨の論考を発表しました(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68584)。

JBpressですべての写真や図表を見る

 皆様ご承知の通り、日系マスコミは、今にでもロシア軍が戦車を先頭にウクライナ国境を越えて、首都キエフに進軍して占領するかのごとき報道を毎日朝から晩まで流しています。

 テレビには識者や軍事専門家と称する人たちが登場して、喜々として危機を煽っています。

 ロシア黒海艦隊がウクライナオデッサ港沖合に集結して、揚陸艦で戦車や海軍歩兵を上陸させてオデッサ占領を目指しているかのような解説をしている人もいます。

 軍事評論家集団は最近さらにエスカレートして、ロシア軍ウクライナ侵攻日まで予言するようになりました。

 しかし、ロシア正規軍のウクライナ侵攻キエフ占領は現実問題としてあり得るのでしょうか?

 結論から先に書きます。筆者の結論は前回と同じく、あり得ないと考えます。今後も、米露双方が妥協点を探る外交交渉が続くことでしょう。

 もちろん、ロシア側が要求する東西ドイツ統一後のNATO(北大西洋条約機構)境界線まで戻すことは不可能であり、非現実的あることはロシアのV.プーチン大統領は百も承知のはず。

 落としどころは、米国はウクライナのNATO加盟阻止を約束(密約?)して、ロシアは通常の部隊配置に戻すことだと筆者は考えます。

 ただし、一つだけ懸念される事態はウクライナにおける“盧溝橋事件”を誰かが演出することです。

 ウクライナゼレンスキー大統領は元々喜劇俳優です。テレビコメディー番組の中で高校教師から大統領になり、その後本物の大統領になりました。

 行政能力・指導力もなく、既に国民は愛想を尽かし、次回2024年の大統領選挙では当選もおぼつかない人物です。

 この意味では、今最大のリスク要因はウクライナゼレンスキー大統領その人かもしれません(後述)。

暴走団

 ウクライナ問題を巡り、日系テレビ報道では意図的偽情報(ディスインフォメーション)や誤報が垂れ流し状態です。

 話している本人や識者は気づいていない様子なので、もはや悲劇を通り越して喜劇とも言えましょう。

 本稿では、日系テレビ報道では具体的にどのような誤報が流れているのか、順次検証していきたいと思います(後述)。

 2月4日テレビ朝日は中国の“暴走団”を特集しておりました。“走る暴走族”ではなく、“歩く暴走団”です。

 元々は健康志向の歩け歩け運動だったようですが、今では集団となって町中やショッピングモールの中をわが物顔で歩き、車道も集団歩行しているのが中国の“歩く暴走団”です。

 最近イヤハヤと思うことが多いのですが、テレビでロシアウクライナ侵攻を煽る一連の軍事評論家集団は、差し詰め日本版“喋る暴走団”といったところでしょうか。

戦争は欺瞞作戦の宝庫

 最近テレビには「ロシア軍は偽旗作戦を発動してウクライナに侵攻するだろう」などというオカルト報道まで出てきたので、笑ってしまいました。

 なぜテレビで、こんな昔からある話がもて囃されたり、取り上げられているのか筆者には理解できません。

 偽旗作戦というのは要するに欺瞞作戦の一種で、欺瞞作戦は大昔からある戦法です。

 三国志の中でも数多くの欺瞞作戦が出てきます。三国志演義の「死せる孔明、生ける仲達を走らす」などは筆者の好きな場面の一つです。

『孫子』の兵法にも、宮本武蔵の『五輪の書』にも出てきます。

 ナチス・ドイツドイツ兵にポーランド兵の軍服を着せてドイツ軍陣地の方向に射撃して、それを合図にドイツ軍ポーランドに侵攻開始しました。

 日本陸軍は盧溝橋事件を演出しました。

 開戦前には数多くの欺瞞作戦が開始されます。恐らく、現地では既に各国の諜報機関員が暗躍しており、ロシア軍ウクライナ軍・米軍、誰がウクライナの“盧溝橋事件”を仕掛けてもおかしくない状況です。

 ですから、ロシアが欺瞞作戦を発動して首都キエフで騒乱を起こす可能性がある、ということはあり得ます。

 ただしそれは可能性の一つであり、同じことをウクライナ特殊部隊が演出して、ロシア軍がやったと主張することも可能です。

ノストラダムスの大予言

 筆者が入社した年、『ノストラダムスの大予言』(祥伝社五島勉1973年 刊)と題する本が出版され、ミリオンセラーになりました。

 娯楽本として読む分には面白い内容で、世界は1999年7月に滅びることになっていました。

 ただし内容に一点、看過できない記述がありました。

「世界は1999年7月に滅びることになっている。気に入らない上司が居たら殴ってしまえ。会社を首になっても構わない、どうせ世界は滅びるのだから」といった趣旨のことが書かれていたのです。

 この本を信じて実践した人は大いに後悔していることでしょう。

 世界は1999年7月に滅びることになっていました。しかし、この本の著者の没年はその20年後、ノートルダム寺院消失も20年後でした(現在再建中)。

 ノストラダムスとノートルダムに何の関係あるのかと思われるかもしれませんが、ノストラダムスペンネーム、本名ノートルダムです。

軍事評論家の大予言

 日本では、軍事評論家集団によるロシアウクライナ侵攻報道がますます過熱しています。

 2月3日には、「2008年8月8日北京五輪では、開会式当日にロシア軍グルジアに侵攻した。だから、明日4日の開会日が危ない」とあるテレビ局の解説員が話していました。

 民間テレビは「ロシア悪玉論」を流すことで安易に視聴率を稼いでいる感じです。

 では2月4日ロシア軍ウクライナに侵攻したのでしょうか?

 結果は皆様ご存じの通りです。

 北京五輪開会日の2月4日ロシア軍によるウクライナ侵攻などは妄想の類ですが、軍事評論家集団による大予言は以下の3つに大別されます。

2月20日北京オリンピック閉会日侵攻説

② 2月中の侵攻説(戦車走行可能は2月末まで)

3月14日パラリンピック閉会日侵攻説

 上記以外に、この原稿を書いている2月7日には、2月6日付・米WP(ワシントン・ポスト)紙(電子版)は「ロシア軍ウクライナに侵攻すれば、キエフは2日間で陥落するだろう」と報じています。

 2月7日付・ロイター電によれば、「今後数日以内にロシア軍ウクライナに侵攻開始する可能性大」とのことです。

 本文にご関心ある方は、下記URLで原文をお読みください。

WP紙:https://www.washingtonpost.com/world/2022/02/06/ukraine-russia-military-putin/

ロイター電:https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-idJPKBN2KB0KS

 ロシアベラルーシ軍の共同演習が2月10~20日実施予定です。

 この共同演習に参加する部隊もウクライナ侵攻に加担して、キエフを占領。その際の死傷者5万人、避難民500万人にのぼるだろうとのこと。米報道は「ロシア悪玉論」の典型と言えましょう。

 本稿が公開される頃には、この大予言が当たっているのか外れているか結論が出ているはずです。

 ではここで、上記3つの大予言の内容を概観したいと思います。

 大予言①は軍事評論家の説です。北京五輪閉会日とロシアベラルーシ軍事演習終了日が2月20日なので、この日にロシア軍ウクライナに軍事侵攻する可能性大とテレビで解説しています。

 大予言②はある大学教授の説です。2月中のロシア軍ウクライナ侵攻説は、3月に入ると雪が融けて泥濘となり戦車の走行が不可能・困難になるので、2月末までにウクライナに侵攻するそうです。

 大予言③はある国際政治学者の説です。

 大予言②の戦車走行可能期限と大予言③の3月14日北京パラリンピック閉会日侵攻説は矛盾します。

 もし②が正しければ、③はあり得ません。

 もし③が正しければ、②は間違っていることになります。

 軍事評論家の間で統一見解を出してほしいところです。

 軍事予言者が2月20日ロシア軍ウクライナに侵攻すると予言して、世界中が注視する中、仮にその日ロシア軍が戦闘旗を掲げて戦車を先頭に進軍して首都キエフ占領を目指せば、プーチン大統領は喜劇役者になり、天下の笑い者になるでしょう。

 もうすぐ2月20日ですから、結果は早晩判明します。

 繰り返します。筆者はロシア軍によるウクライナ侵攻はあり得ないし、軍事侵攻してはいけないと考えております。ただし、懸念事項はウクライナの“盧溝橋事件”発生にて、この点は要注意と思います。

ロシア軍とウクライナ軍の戦力比較

 ロシア軍ウクライナ軍の戦力比較が発表されています。

 以下のURLからダウンロード可能です。ご関心ある方はこのURLをご参照ください(https://www.rferl.org/a/russia-vs-ukraine-military/31664931.html)。

 ロシア総兵力85万人、ウクライナ総兵力20万人、予備役は共に25万人です。軍用車両や軍用機では大差ありますが、兵士数は人口比とほぼ拮抗している感じです。

 旧ソ連邦解体前、ソ連邦には16軍管区が存在しました。モスクワレニングラード防衛用に最強部隊が配備されており、その次の精鋭部隊は東ドイツに駐屯していました。

 当時、東西ドイツの国境は文字通り、西側陣営と東側陣営の最前線でした。

 私事に亘り恐縮ながら筆者は50年前、ハンブルク郊外に駐留するNATO米軍の演習風景を現場で見たことがあります。

 我々はおんぼろビートルカブト虫)ででこぼこ道をゆっくり走っていましたら、その横の畑をものすごいスピードで大きな物体が砂埃を巻き上げて追い越していきました。

 この時の風景は今でも瞼に焼き付いています。

 筆者は驚いて、運転している友人に「Was ist das(何、あれ)?」と訊きましたら、「戦車」との返答。戦車が自動車より早く走るのを見て、腰を抜かした次第です(これは余談)。

 ソ連邦解体後、新生ロシア連邦には8軍管区が残り、新生ロシア連邦のB.エリツィン初代大統領はザ・バイカル軍管区をシベリア軍管区に統合して、8軍管区を7軍管区に再編成しました。

 V.プーチン大統領は2000年5月、ロシア連邦2代目の大統領に就任。就任後ただちに彼は強いロシアを標榜。中央集権制の確立に務め、7軍管区に合わせて7連邦管区制度を導入。7人の侍をお目付け役の大統領全権代表として任命しました。

 軍管区と連邦管区は実質同じ領域なので(唯一の例外が飛び地カリーニングラード州)、7人の侍のうち5人は軍人。民間人はキリエンコ元首相とドラチェフスキー元CIS相でした。

 現在のロシア連邦は4軍管区に再編されています。

 ロシア軍の総兵力は約85万人。旧東欧地域と国境を接し、首都モスクワを擁する西部軍管区には最大規模となる25万~30万人程度の精鋭部隊が配属されているものと推測されます。

 日系テレビではウクライナ国境にロシア軍約10万人が集結していると報じられており、ロシア軍の大半がウクライナ国境に配備されているかような印象を与える報道ぶりですが、事実は85万人のうちの10万人です。

 仮に西部軍管区の陣容が25万人だとすると、10万人規模の部隊集結であれば、同じ軍管区内部での部隊移動で済みます。

 一方、2月10~20日のロシアベラルーシ軍の共同演習には、東部軍管区から1万人程度の規模の部隊が演習に参加する模様です。

 しかし、東部軍管区の兵士にはウクライナの土地勘がないはずで、そのような部隊がウクライナ侵攻・首都キエフ占領に投入されることはないのではと筆者は愚考します。

 仮に総兵力が20万人でそのうち10万人が集結しているのであれば、他の戦線ががら空きになることを意味しますので、この場合は全く別の意味合いになります。

 しかし85万人のうちの10万人であれば、小規模部隊の移動で済みますので、他の戦線が手薄になることもないでしょう。

ウクライナ国境付近のロシア軍の部隊配置

 従来、ロシア軍の部隊配置はエリニャ以外報じられていなかったのですが、ついに1月27日付・ロイター電が報じました。URLは以下のとおりです。ご関心ある方はこのURLを覗いてみてください。

https://graphics.reuters.com/RUSSIA-UKRAINE/LJA/akvezngkxpr/

https://jp.reuters.com/article/russia-ukraine-graphics-idJPKBN2K2064

 この部隊配置をみると新規に配備された部隊は5か所にすぎず、しかも国境に近い位置に布陣する新部隊は2か所のみです。

 この5か所以外の他部隊は従来から西部軍管区に駐屯している部隊と推測されます。

 日本のテレビでは露全土から部隊が集結しているかのごとく報じられていましたが、これで事実関係がある程度判明したことになります。

 これは筆者の推測ですが、ウクライナ周辺に新規に配備された部隊も、恐らく同じ軍管区内部での部隊移動ではないでしょうか?

 すなわち、10万人規模の軍隊が動員されていると言っても、実は元々そこに駐屯する軍隊であり、露国内での軍管区を跨ぐ部隊間の移動はほとんどないのではと推測します。

 換言すれば、もともとそこに駐屯する軍隊の演習映像を流したからと言って、それが即ウクライナ侵攻作戦にはならないということです。

 ロシア国防省が自国軍隊の演習風景を公開するのは、それが対米外交交渉への圧力になるからだと推測します。

 前回も書きましたが、戦争とはその国の政治的意思を実現するための一つの手段にすぎないのですから、軍事的圧力を背景に外交交渉に臨むのは軍事大国の常套手段です。

 もし本当にウクライナに侵攻する意図であれば、自国軍隊の演習風景の映像をわざわざ公開することはないと考えます。

 ロシア軍演習報道を受け筆者は即座に、「関東軍特種演習」(関特演)を想起しました。

 関東軍は特種演習と称して満州100万人の軍隊を集結(実際には70万人程度)。満蒙国境の赤軍がいなくなれば(半減すれば)、シベリアに侵攻する計画でした。

 これは1941年7月のシベリア侵攻作戦です。すなわち、日ソ中立条約締結後の話になり(註:日ソ中立条約の署名・発効は1941年4月)、日本軍シベリア侵攻を主張したのは、なんと日ソ中立条約を締結した松岡洋右外相でした。

 関東軍の見立てでは、満蒙国境の赤軍精鋭部隊はドイツ軍のバルバロッサ(赤髭)作戦発動後、枢軸軍のモスクワ攻略を阻止すべくモスクワに移動して、満蒙国境は手薄になるはずでした。

 ところが、手薄になるはずの満蒙国境に赤軍守備隊がいたので(註:精鋭部隊はモスクワに転進済み/赤軍の欺瞞作戦)、シベリア侵攻作戦は発動されませんでした。

 今回、ウクライナ軍の国境守備部隊にはロシア軍の侵攻を阻止すべく、英米の最新兵器も配備されています。

 世界のマスコミが注視し、ウクライナ軍が防衛体制を強化している中で、ロシア正規軍が戦闘旗を掲げて戦車を先頭に、首都キエフに侵攻するのでしょうか?

 ロシアが何のためにキエフを占領するのかを分析した記事は一つもありません。当方は、ロシア軍キエフを占領する必要性も必然性も大義名分もないと考えております。

 キエフを占領しても、何の意味も意義もありません。

 ロシアキエフを占領しても、あとはゲリラ戦が始まるのみ。日本の軍事評論家は喜々として危機を煽っているのみです。

 ここである種の誤解を避けるために明記しておきます。筆者はロシアを擁護する義理も義務もありません。真実は何か、いろいろな角度・情報源から分析しているだけです。

 その結果として、「ロシア軍によるウクライナ侵攻はあり得ない」というのが筆者の現段階での暫定結論だということです。

 ロシア軍ウクライナに侵攻して、首都キエフを占領する意味も意義もありません。軍事評論家集団もなぜ首都キエフを占領するのか、その意義を解説した人は(筆者が知るかぎり)いません。

 彼らはただ、「狼(熊?)が来る」と煽っているだけです。

誤報を垂れ流す日系テレビ報道

 上記は1月26日に発表した拙稿のアップデート版であり、ここから本題に入ります。

 筆者は1月26日に私論を述べたので後は高みの見物を決め込んでいましたが、今回のウクライナ報道を巡っては、ここぞとばかり誤報が日系マスコミ報道にあふれています。

 米ブルームバーグ通信も2月4日、「ロシア軍ウクライナ侵攻」の誤報を流しています。よほど、ロシア軍ウクライナ侵攻を望んでいるのでしょう。

 日系テレビ誤報の中には、筆者が言わなければ恐らく誰も言わないであろうことも含まれていましたので、心ならずも再度筆を執ることにしました。

 筆者は個人攻撃をするつもりは毛頭ありませんが、報道番組の実名は明記します。

NHK/BS-1世界のトップニュース(2022年1月31日

 マスコミは相変わらず、「欧州天然ガス高騰ロシア悪玉論」を煽っています。

 皆様は1月31日朝8時のNHK/BS-1世界のトップニュースをご覧になられましたでしょうか?

 冒頭トップニュースは欧州天然ガス価格高騰の話題でした。解説員のコメントが揮っています。

「欧州天然ガス価格高騰は輸入の40%をロシアからの輸入に頼っているからです」

 40%をロシアからの輸入に頼っているので、欧州の天然ガス価格が高騰しているそうです。

 輸入の40%をロシアからの輸入に頼っていることは事実です。しかし真実は、「ロシアから40%輸入を頼っていることは、欧州ガス価格高騰の抑制要因になっている」ということです。

 日本は90%以上の原油を中東産原油に頼っています。では、NHK/BS-1は「日本の原油高騰は輸入の90%以上を中東産原油に頼っているからです」と言うのでしょうか?

 もしそのような解説をするのであれば、論理的整合性はあります。

 ところが、90%以上の原油輸入を一地域に頼っていることには言及せず(知らない?)、「40%の天然ガスをロシアに頼っているから欧州ガス価格が上がる」と天下の公共放送で解説することは、NHK全体の取材能力低下を物語っているのではないでしょうか?

 これでは、受信料拒否運動が拡がるのもムベなるかなと言わざるを得ません。

 欧州天然ガス地下貯蔵率が1月27日、ついに4割を切りました。この調子で減少すると2月には2割以下となり、心理的パニック状態となり、欧州天然ガス価格はますます高騰するかもしれません。

 昨年の欧州ガス価格高騰の際、欧米マスコミや日本の一部ガス専門家が「ロシアが欧州向け天然ガス供給を制限したので欧州ガス価格は高騰した」と、盛んに「ロシア悪玉論」を流していました。

 しかし、これは事実に反すると筆者は当初よりJBpressで孤高の論陣を張ってきましたこと、ご異存ないことと思います。

 欧州ガス価格高騰の背景は、バルト海で風が吹かず風力発電量が激減したこと/水不足で北欧水力発電量が減少したこと/欧州域内での天然ガス生産量が減少したこと/コロナ禍からの回復でガス需要が伸びたこと/厳冬により地下貯蔵施設からの天然ガス採取量が多くなる一方、圧入量は少なく、貯蔵率が例年より20ポイント以上も低下したことなどです。

 天然ガスは地下貯蔵施設に貯蔵します。ご参考までに、過去3年間のEU(欧州連合)天然ガス地下貯蔵率(%)の推移は以下のとおりです(EU貯蔵能力計105.4bcm/bcm=10億立米)。

 ではロシアからの天然ガス供給はどうであったかと申せば、欧州顧客との供給契約は順守しました。

 すなわち、契約通り、およびそれ以上の天然ガスを供給しています。例えば、2021年のウクライナ経由欧州向けトランジット量は契約40bcmに対し、41.6bcm輸送しました。

 ウクライナはトランジット輸送量が減少したと喧伝していますが、当然です。2020年の契約量は65bcm、21年40bcmですから、絶対値としての輸送量が減少することは当たり前です。

 このトランジット契約は2019年末、露・EU・ウクライナ3者間で協議・合意して、露とウクライナが契約調印したものです。

 付言すれば、米バイデン大統領は日本に対し、「日本で輸入するLNGを欧州に廻してほしい」と依頼したと報じられています。これは、経済に政治が介入している典型例です。

 米国は世界一の産油国・産ガス国であり、LNG生産大国です。もしロシアから欧州向け天然ガス供給停止の懸念があるのであれば、自国産LNGをアジア市場向けから欧州市場向けに輸出先を変更するように、まずは自国LNG生産会社・輸出業者に依頼するのが筋です。

 どうやら、自国のLNG会社に拒否されたので、日本に依頼してきた模様です。

 米国のLNGはスポット契約が多く、「仕向け地条項」(供給先制限条項)はついていません。米国のLNG生産会社は民間会社ですから、市場価格が高いところに商品は流れます。

 ですから、LNGがより価格の高い欧州市場に向かうことは、当然のビジネス行為です。

 米LNGの生産者・輸出者は民間企業ですから、企業は利益最大を目指します。そうしなければ、株主訴訟で経営陣は訴えられてしまいます。

 実際問題として、既に米国産LNGは大挙してガス価格のより高い欧州市場に向かっており、その反動で日本のLNG価格も急騰しています。

テレビ朝日(2022年2月3日放映)/グルジア(現ジョージア)侵攻問題(2008年8月8日

 2月3日テレビ朝日『グッドモーニング』には軍事評論家が登場して、「露・ベラルーシ合同演習の2月10~20日が危ない」と説明。

 テレビアナウンサーはその際、「ロシアは過去、北京五輪の開催日にグルジアに侵攻しました」と解説して、当時の映像を流しました。

 これは事実ですが、真実ではありません。恐らくアナウンサーは知らないで話したものと推測します。

 当時、筆者は隣国アゼルバイジャンの首都バクーに駐在しておりました。

 グルジア(ここでは当時の名称を使用します)の首都トビリシ郊外には、カスピ海産原油を輸送する2本の原油パイプラインが敷設されています。

 1本はカスピ海からグルジアの黒海沿岸スプサ出荷基地までの原油パイプライン、もう1本はトルコ地中海沿岸ジェイハン出荷基地までの原油パイプラインです。

 前者はトビリシの北側を、後者はトビリシの南側を通過しています。

 北京夏季五輪は2008年8月8日午後8時8分に開幕しました。なぜこのような8がつく数字かと申せば、中国では八は末広がりの縁起の良い数字だからです。

 北京五輪開会式には、ロシアプーチン首相と米ブッシュ大統領が臨席していました。

 この日、前日までに部隊展開を完了したグルジア正規軍は2008年8月8日未明(現地時間)、満を持してグルジア南オセチア自治州の州都ツヒンバリに総攻撃開始。

 市街戦にはグルジア特殊部隊が投入され、8日昼頃にはツヒンバリの大半がグルジア軍に制圧されました。

 しかし、あっという間に陥落するはずのツヒンバリでは現地軍の頑強な抵抗が続いており、その後戦闘は膠着状態に陥りました。

 その時、想定外の事態が発生。

 グルジアのサーカシビリ大統領は米軍の支援を期待していましたが、米軍は参戦せず、代りに現地守備隊の支援要請に応じ北オセチアに駐屯するロシア第58軍が国境を越え南進して来たのです。

 北側ロシアの北オセチアと南側グルジア南オセチアの国境を接続する幹線道路はトンネルを通過しなければなりません。

 グルジア軍は露軍の本格的参戦を想定していなかったのですが、作戦上の選択肢の一つとして、ロシア軍の南進を阻止すべくトンネル出口付近にグルジア特殊部隊を配備していました。

 8日午後ロシア軍がこのトンネルを通過した場所で、グルジア特殊部隊の待ち伏せ攻撃に遭い、支援部隊の総司令官(中将)は負傷し後送されました。

 このように、グルジア軍は準備万端の上、8日未明にツヒンバリ総攻撃開始。戦車を先頭に、特殊部隊を市内に突入させしたのです。

 このとき筆者は隣国アゼルバイジャンのバクーに駐在しており、我々のパイプラインが被害に遭うことを懸念して、テレビ実況放送を基に戦闘詳報をまとめていました。

 ご参考までに8月8日の戦闘経緯(要旨のみ)は以下の通りです。

2008年8月8日(時間はすべて、現地時間)

00:00 グルジア軍は8月7日深夜までに、南オセチアの州都ツヒンバリ包囲網構築。

00:05 グルジア軍、ロケット弾と重火器により、ツヒンバリ総攻撃開始。

03:50 グルジア空軍ツヒンバリ空襲。スホーイ25対地支援攻撃機にて空爆。グルジア陸軍戦車部隊、ツヒンバリ侵攻開始。

04:20 グルジア特殊部隊、ツヒンバリ市内潜入。グルジア軍は午後、同市制圧。

11:10 サーカシビリ大統領、「総動員令」発動。予備役10万人非常招集態勢整備。

15:14 北オセチア駐屯露第58軍に出動命令下り移動開始、夕方戦闘開始。

 露第58軍はグルジア軍と交戦。グルジア軍と激戦が続き、戦線は膠着状態に。

21:00 露側、南オセチア市民1400人死亡と発表。

(この時期、プーチン首相とブッシュ大統領は北京にてグルジア情勢協議中)

 上記のとおり、グルジア軍は現地時間8日未明総攻撃開始しました。しかし、グルジア側発表の戦闘詳報は8日午後ロシア軍が南進したところから始まっているのです。

 8日未明戦闘開始と発表すれば、「では誰が戦闘開始したのか?」という疑問が生じるので、それを避けるために8日午後ロシア軍が南進開始したことにしているのです。

 これは情報操作の一環であり、意図的偽情報(ディスインフォメーション)の典型例です。

 しかしウソも100回繰り返すと、信じる人が出てきます。

 この日は北京五輪の開会日。この時、露プーチン首相と米ブッシュ大統領は並んで五輪開会式を観賞しておりましたが、あっと言う間に陥落するはずのツヒンバリでは激戦が展開中でした。

 上述の通り、2月3日朝のテレビ朝日『グッドモーニング』は「北京五輪開会日にロシア軍グルジアに侵攻しました」と解説。これは事実ですが、真実ではありません。

 侵攻開始したのはグルジア正規軍です。解説員は、自分は事実を述べているが、それが真実ではないことを知らないまま話していると思います。

 否、そのような意識もなく、ただ台本に沿って喋っているだけかもしれません。

テレビ朝日(2022年2月3日放映)/カザフ暴動鎮圧報道

 驚いたことに、同日のテレビ朝日昼のワイドショーでも、「2008年8月8日北京五輪開会式当日、ロシア軍グルジアに侵攻した」と報じました。この番組も結構間違い多いのです。

 これは事実に反すると思ってワイドショーを観ていましたら、話は急にカザフスタンになり、「ロシア軍を中心とするCSTO(集団安保条約機構)軍が1月6日に2500人投入され、デモ隊は鎮圧されました」と解説していました。

 これも事実に反するのですが、ここまでくると高度な情報操作たる「意図的偽情報(ディスインフォメーション)」ではなく、単なる「誤報」の類と言えましょう。

 カザフスタンのトカエフ大統領の要請によりCSTO軍が投入されたことは事実です。

 しかし、このCSTO軍はデモ隊鎮圧には加わっていません。デモ隊を鎮圧したのは、あくまでもカザフスタンの警察と治安部隊です。CSTO軍はカザフスタンの重要施設警備任務を負い、デモ隊鎮圧には参加していないのです。

 付言すれば、2022年1月2日のカザフ西部のデモは自動車燃料LPG(液化石油ガス=プロパン・ブタン)値上げに対する自然発生的なデモでしたが、同国最大都市アルマトイでの暴動は西部のデモ隊とは異なり、よく訓練された暴徒集団でした。

 この暴徒集団は武器を所有しており、カザフ治安部隊と銃撃戦となり、死傷者が出ています。

 ロシア関連の短時間報道番組の中で2つも誤報があり、出席している解説員含め誰も気が付かないことは、日本における旧ソ連圏諸国に対する知見がいかに低水準であるかを如実に物語っています。

 要するに、「ロシア悪玉論」を垂れ流すのが日系マスコミの視聴率稼ぎの常套手段となり、それが事実・真実なのかなどはどうでもいいことなのでしょう。

 筆者は親露でも反露でもありませんが、このようなマスコミの報道姿勢には嫌悪感を覚えます。

NATO東進問題

 最近よく話題になるプーチン大統領の「米国は1インチたりともNATO東進しないと約束した」との発言ですが、実際にそのような発言があったことは文書で確認されています。

 米ベーカー国務長官とソ連邦ゴルバチョフ大統領の間で、「1インチたりともNATOは東進しない」との会話が1990年2月9日に実際にあったことが記録されているのです。

 ですから、「そのような会話は実際にあった。ゴルバチョフ書記長はそれを信じた。ただし、正式合意事項として、双方が署名する文書に残さなかった」ということになると思います。

 米ベーカー国務長官の口約束が正式合意事項として双方が署名していれば現在の問題は起こらなかったはずですが、あくまでも交渉過程におけるやり取りの中で発言という位置づけになります。

 この意味では「法的拘束力はない」と言えましょう。

 しかし、口頭では約束しているのですから、この文書の意味・意義は大きいと思います。

 プーチン大統領は「米国は1インチたりともNATO東進しないと約束した」と昨年末の恒例記者会見でも述べていますが、この文書を公開しながら発言すれば、もっと大きなインパクトを世界に発することができたかもしれません。

エピローグ/米国の真意は?

 ロシアが米国を交渉に引き摺り出す政治的意図は「NATO東進阻止」を米国に約束させることであり、ウクライナのNATO加盟がロシアのレッドラインです。

 東西ドイツ統一後のNATO境界線までの欧州安全保障を求めていますが、これは不可能であることはプーチン大統領自身先刻承知のはず。

 米国が「ウクライナNATO加盟せず」を約束すれば、プーチン大統領ロシアベラルーシ演習終了後、部隊配置を元の駐屯地に帰隊させると推測します。

 では、米国の真意は何でしょうか?

 筆者は、米国の本心はロシアウクライナ侵攻を望んでいるのではないかと愚考します。

 米国はウクライナに混乱状態を作り出せば作戦成功。ウクライナ軍事支援により、米軍需産業は武器在庫一掃販売が可能になります。

 ロシアウクライナに侵攻して首都キエフを占領すればあとはゲリラ戦になり、ロシア軍アフガン同様泥沼状態に陥り、ロシア経済は疲弊することでしょう。

 この場合、故エリツィン大統領任期末期と同様、ロシアは国家分裂の危機に瀕することになり、米国の敵は中国一国となります。

 ここでロシアが自制して、中国と経済・外交・軍事関係を強化すれば、それは米国にとり悪夢となりましょう。

 既にその兆候は出ています。

 プーチン大統領2月4日訪中の際、第2の中国向け天然ガス長期供給契約を締結。これはサハリンオホーツクサハリン-3鉱区の天然ガスを供給源に想定しています(シベリアの力③)。

 西シベリア産天然ガスをモンゴル経由中国に供給する構想も進展しています(シベリアの力②)。

 米国が対露経済制裁措置を強化すればするほど、ロシアは中国に接近します。

 米バイデン大統領ブレブレ外交がウクライナ情勢を不安定化させているとも言えましょうか。

 戦争の犠牲者は常に国民です。ロシア軍が侵攻すれば、犠牲者はウクライナ国民です。

 ロシアウクライナも欧米諸国も、自国民が戦争に巻き込まれることは望んでいないはずです。

 米露はまず、双方武力に訴えないことを合意・確認した上で、妥協点を探る外交交渉を継続すべきと考えます。

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ウクライナ東部ルハーンシク近くの塹壕でマシンガンを構えるウクライナ兵士(2月7日、写真:AP/アフロ)