(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
ロシアがウクライナに軍事侵攻する気配が濃厚となってきた。バイデン政権下の米国はその抑止に懸命だが、ロシアのプーチン大統領の強硬な態度に比べて断固とした姿勢がみえてこない。その米国側の弱気な対応がさらにロシアの軍事攻勢を煽っているともいえそうだ。
ウクライナをめぐり万が一にもロシアと米国が本格的な軍事衝突となれば、世界大戦にもつながりかねない。だがロシアの一方的な軍事侵略を許せば、国際情勢全体がさらに重大な危機を迎えることにもなる。ロシアの侵略を止める方法はないのか。
軍事行動と経済措置による抑止
バイデン政権は当面、ロシアの軍事動向に対して直接的な軍事抑止の措置はとらず、経済制裁を強める範囲に留まる姿勢を保とうとしている。
こうした状況下で2月初め、米国・ワシントンの大手シンクタンク「ハドソン研究所」が、軍事措置を含む「ロシアの侵略に対抗する12の政策選択肢」を発表した。同シンクタンクがこの1月から2月にかけて開催してきた研究会、討論会などで歴代政権の専門家たちが提案した政策や戦略をまとめた発表である。
具体的にどのような抑止の措置が提案されているのか。「12の政策選択肢」の内容を紹介しよう。
(1)黒海への米国海軍部隊派遣
ウクライナとロシアの両国が地理上、直面する黒海は、両国にとって軍事面での重要な海港を提供している。ロシアはウクライナへの軍事行動の際には、その黒海の制圧を目指す。そのため黒海で米国の海軍艦艇が活動することは、ロシアへの大きな圧力や抑止となる。
黒海に対しては、その沿岸国のルーマニアとブルガリアの役割も大きい。米国にとって北大西洋条約機構(NATO)加盟国のルーマニアとブルガリアの協力は、ロシアのウクライナへの野望追求の阻止のためにも有益となる。
(3)日本との戦略協力
ロシアの極東での軍事行動を制約するために、日本と協力して、ロシアの軍事拠点ウラジオストクへの海上封鎖的な措置をとる。ロシアは最近、中国との合同軍事演習などで日本に対して威圧的な行動をとっている。その動きに対抗するという趣旨においても、日本が米軍と連携してロシアへの抑制手段がとれることを明示する。
(4)ロシアの北部軍管区への圧力
ロシア軍は近年、北部軍管区でも軍事態勢を強化して、近接するフィンランドやスウェーデンに脅威を与えている。この地域で米軍が存在を示して、ロシアへ側面から軍事的圧力をかける。その結果、ロシアのウクライナ侵攻への側面からの抑止効果を期待できる。
米軍のサイバー軍が、ウクライナ東部に近い地域のロシア軍部隊への電磁波作戦を実行する。ロシア軍の通信や情報収集機能を妨害して、純粋な軍事攻撃にはいたらないグレーゾーンでの作戦とする。同時に極東地域のロシア軍へサイバー・電磁波攻勢をかけて、ウクライナ侵攻に備えるロシア軍の注意を攪乱する。
(6)ウクライナ軍の情報収集能力などの強化
米軍がウクライナ領内に出動することなく、ウクライナ軍の情報収集・監視・偵察(ISR)能力強化のための支援をする。そのための無人偵察機などをウクライナ軍に新たに提供する。同時にロシア軍のISR能力を阻害するウクライナ軍の能力も強化する。
(7)ウクライナ軍への防空システムの供与
米軍の短距離防空システムをウクライナ軍に追加供与する。米国はウクライナにすでに防空ミサイル・システムを供与してきたが、さらに追加の同種システムを提供する。その稼働のための米軍の軍事要員の派遣もありうる。
(8) ロシア市場攪乱のための制裁
ロシア軍のウクライナ侵攻と同時に、米国はロシアの経済や市場に混乱や打撃を与える経済制裁措置をとる。そのための準備を明示する。とくにロシアの木材輸出、銅生産、ニッケル生産、金融・財政分野に大きな打撃を与える制裁措置をとる。
ロシアではなお構造的な腐敗が存在し、国政も犯罪的な汚職や横領に影響されている。米国はロシアの腐敗システムの取り締まりや制裁によって国家運営機能を弱体化させ、ロシアの国政を混乱・衰退させることが可能となる。腐敗への攻撃が国政を一時的にせよ弱くして、ウクライナ侵攻への抑止ともなりうる。
(10)米軍増強策の明示
バイデン大統領が近い将来の米軍の増強政策を発表する。とくに陸軍や海兵隊の展開能力の増強、中距離ミサイル網の強化、ヨーロッパでの米軍基地拡大の計画などを公表する。同時にロシアとの軍備管理・軍縮交渉の延期も示唆する。
(11)米国による制裁への欧州の協力確保
2014年のロシアのクリミア併合に対する米国による制裁は、欧州各国の協力によって効果を増した。今回もロシアの侵略の前から米国の制裁は欧州連合(EU)と一体になってこそ、威力を発揮することが明白である。だがEUのシステムでは加盟国のうち一国でも反対すると全体の支持は得られない。そのため米側の制裁への事前準備は、周到をきわめねばならない。
(12)ロシアの軍備管理への責任追及
米国とロシアは「欧州通常戦力交渉」など軍備管理・軍縮の交渉に再着手してきたが、ロシアのウクライナ侵略などの行動はこの軍備管理交渉の大前提に違反することを提起し続ける。ロシアのジョージア侵攻、モルドバの一部占拠も同様の違反行為であることを、今後の軍備交渉の観点から追及する。
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以上が、ハドソン研究所の一連の討論や研究で提起された、具体的なロシアのウクライナ侵略抑止政策である。そのなかには日本との軍事面での協力を新たに始めるという案も含まれていた。やはりウクライナ問題への関与が日本にとっても不可避であることの例証だといえようか。
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