(桃田 健史:自動車ジャーナリスト)

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 韓国の現代自動車は2020年、グローバルでの呼称をそれまでの「ヒュンダイ」から韓国語の発音により近い「ヒョンデ」に改めている。そのヒョンデが12年ぶりに日本で新車販売事業を再開する。

 ヒョンデ モビリティ ジャパンは2022年2月8日、オンラインで記者会見を実施し、日本国内事業の詳しい内容を公表した。なぜ、ヒョンデはこのタイミングで日本市場への再参入を決めたのか?

日本市場撤退の原因は?

 ヒョンデは2001年に日本での乗用車事業を開始した。全国各地の自動車関連事業者と連携して販売と修理のネットワークを構築し、累計約1万5000台を販売していた。だが、収益面から事業の継続が難しいとの判断に至り、2009年に日本市場から撤退した。

 撤退の最大の原因について、ヒョンデ モーター カンパニーの最高経営責任者(CEO)の張在勲(チャンジェフン)氏は、「当時の私たちヒョンデが、一人ひとりの大切なお客様の声にしっかりと耳を傾けることができていなかったと考えている」と反省の弁を述べた。

 さらに「日本市場からの撤退は、ヒョンデにとって大きな痛みを伴うものだった。そこから12年間、私たちヒョンデは様々な形でその痛みと向き合い、真摯に受けとめてきた」と振り返り、その上でヒョンデが日本市場への再参入を決めた背景として、撤退後でも約600台のヒョンデ車の無償修理などを通じた「日本の顧客との絆」があることを挙げた。

 張CEOは再参入に対する企業姿勢を、“一度道を誤った後、正しい道に戻って改める”という意味のことわざ「迷途知返」で表現し、「原点に立ち戻り、真摯に顧客一人ひとりと向き合い続けることを決意した。日本市場は、私たちにとって多くのことを学ぶべき場所であると同時に挑戦すべき場所である」という前向きな姿勢を示した。

「ZEV」に特化して差別化

 ヒョンデは今回、どのような形で日本市場に挑戦するのだろうか?

 2010年代中盤以降、自動車産業は100年に一度の変革期と言われてきた。その中で、「CASE」(通信によるコネクテッド技術/自動運転/シェアリングなどの新しい事業/電動化)が自動車産業界でのゲームチェンジャーになると指摘されている。このCASEを念頭に置いて、自動車メーカーとIT系企業などとの連携による業界再編が急速に進んでいる状況だ。

 今回、ヒョンデが日本市場に再参入することの背景には、CASE領域で大きな勝負に出ようという戦略があるのだろう。同社はCASEに注力することでグローバル事業全体の転換に弾みをつけようとしており、日本市場再参入もその一環とみられる。

 では、ヒュンデはCASE領域で他ブランドとどのように差別化を図るのか。まず、販売するモデルをZEV(ゼロエミッションヴィークル)に絞った。BEV(電気自動車)の「IONIQ5(アイオニックファイブ)」と、FCV(燃料電池車)の「Nexo(ネッソ)」である。今後追加するモデルもZEVになる可能性が高いとみられる。

 近年、欧州委員会が推進する欧州グリーンディール政策の影響から、欧州を基点に急激なBEVシフトが進んでいる。英国ジャガーは2025年までに、スウェーデンボルボ2030年までに、また大御所のドイツメルセデス・ベンツも“市場環境か整えば”という条件付きだが2030年までに、それぞれ新車100%をBEV化する方針を明らかにしている。こうした欧州での動きを受けて、日本市場でも欧州車を中心にBEVモデルが増加している。加えて、テスラが2021年にエントリーモデルの「モデル3」を最大で150万円値下げしたこともあり販売が好調である。2022年2月時点で、日本市場においてBEVを専門に発売するメーカーはアメリカのテスラのみである。

 日系メーカーを見ると、トヨタ「bZ4X」とその兄弟車であるスバル「ソルテラ」、日産「アリア」など、2022年中に注目度の高いBEVの販売が始まる。ただし当面は、欧州メーカーや、グローバルで人気の高いテスラが、日系メーカーよりもBEV市場での存在感を高めていきそうだ。

 このタイミングで、ヒョンデはFCVも含めたZEVに特化することで一気にブランド力を高めたいという思惑があるのだろう。

完全オンライン販売という秘策

 とはいえ単なるBEVでは他ブランドに対する差別化要因としては少し弱いと言わざるを得ない。FCVにしても日本市場ではトヨタMIRAI」のみであり、市場はまだまだ形成されていない。

 そこで、ヒョンデが秘策として繰り出したのが、完全オンライン販売だ。スマホやパーソナルコンピューターから、ヒョンデ専用ホームページにアクセスし、情報の検索、専用カスタマーサービスセンターでの各種相談、契約、決済、自宅までのデリバリー、そして協力修理工場でのメインテナンスなど、ユーザーとヒョンデとのアクセスを一貫してオンラインで行う。

 新車のオンライン販売といえば、ボルボ・カー・ジャパンがBEV「C40 Recharge」の販売で2021年からすでに導入しているが、同社のマーティンパーソン社長は筆者の質問に対して「オンライン販売といっても、最終的な売買契約と決済は既存ディーラーで行う。ディーラーマンが顧客のサポート役を続ける」と説明している。またテスラも、オンラインで契約手続きを行えるが、決済を含めたトータル業務で見ると完全オンライン化とまでは言い切れない状況だ。

 ヒョンデはこうした日本市場の現状を踏まえて、徹底したオンライン事業化を進めることになる。

 同時にオフラインでのリアルワールドで、ユーザーがヒョンデのクルマと触れ合う機会も増やす。例えば、カスタマーエクスペリエンスセンターを2022年夏に横浜市内に開設し、その後は全国の主要都市でも展開する予定だという。

 また、カーシェア事業を進める「DeNA SOMPO Mobility」と連携し、カーシェアサービス「Anyca(エニカ)」を活用した試乗体験プログラムも2022年2月末から東京と神奈川を皮切りに始める。2022年5月末までは期間限定キャンペーンとしてAnycaの1時間利用を無償とし、より多くの人にヒョンデの実車体験を促す仕組みを構築する。

 ZEVオンリー、オンライン販売オンリー、そしてカーシェアとの融合など、他ブランドに対する様々な差別化戦略は日本のユーザーの心に響くのか? 今後のヒョンデ事業の動向を注視していきたい。

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ヒョンデ モビリティ ジャパンのマネージングディレクターの加藤成昭氏。ヒョンデの日本市場再参入の記者会見の様子(出所:ヒョンデ モビリティ ジャパン)