【本記事は「プレミアム会員」限定記事ですが、特別無料公開中です。プレミアム会員にご登録いただくとJBpressのほぼすべての過去記事をお読みいただけます。この機会にぜひご登録ください。】

JBpressですべての写真や図表を見る

(姫田 小夏:ジャーナリスト)

アストロガンガー』『UFOロボ グレンダイザー』『キャプテン翼』――これらは1970~80年代にかけて日本で放映されたテレビアニメ番組だ。ほぼ40~50年前の番組だが、これらを今なお愛してやまない熱狂的なファンベルギーで出会った。

 前回の当コラム(「激安ショップに売春宿、移民が集まる街ブリュッセルを訪れてみた」)で登場してもらったベルギー在住のエリックさん(仮名、45歳)がその人だ。シリアで生まれ育ち、その後カナダに移民したカナダ国籍の実業家である。

 エリックさんを含む仲間たちと欧州最長の「ルートE40」を車で走ったとき、彼は助手席のアメリカ人にスマホを操作させ、冒頭に挙げたアニメ番組の主題歌を、スマホから流れてくる曲に合わせてアラビア語で歌いまくった。

新聞で『アストロガンガー』最終話が議論に

 なぜ、シリア育ちのエリックさんが日本のアニソンを歌えるのか。実はシリアでは、1970~80年代生まれの世代が上記の日本のアニメを見て育ったという。1977年生まれのエリックさんもその1人というわけだ。

アストロガンガー』(日本での放送は1972~73年)はロボットアニメの先駆けといわれる。主人公のカンタローとロボットのガンガーが合体して、地球を標的にするブラスター星人と戦うストーリーだ。

 エリックさんは懐かしそうに子供の頃を振り返る。

「夕日が沈む頃、決まって聞こえてくる歌がありました。『アストロガンガー』の主題歌です。その時間になるとあちこちの家のテレビからこの曲が聞こえてきたものです。この曲が耳に入ると、僕たちは遊びをやめて家に猛ダッシュで帰りました」

 シリアの子どもたちはみんなアストロガンガーに夢中になっていたという。子どもだけではなく大人たちも熱心に見ていたようだ。

「『アストロガンガー』の最終話には、ほぼ全国民が号泣しました。正義のために戦ったガンガーがついに滅んでしまうんです。翌日の新聞には、政治、経済を差し置いて『アストロガンガー』の最終話をめぐる議論が大きく載っていました」

シリアの人々の心を鷲掴みにした理由

アストロガンガー』がこれほどまでにシリアの人々の心を鷲掴みにした理由は何か。エリックさんは米国のアニメと比較し、日本のアニメをこう評価した。

「当時はディズニーなど米国のアニメも放送されていましたが、それらは単純に面白かったという記憶しかありません。しかし、日本のアニメはまったく違いました。正義と勇気、そして愛がありました。宗教色の強いシリアで政府も日本のアニメの放送に前向きだったのは、子どもの教育に有効だと考えたからではないでしょうか」

 日本貿易振興機構(JETRO)の海外地域戦略主幹として中東のアニメコンテンツ市場の開拓を手掛ける西浦克さんは、こうコメントする。

「最後に主役のロボットが死んでしまうという『アストロガンガー』は、強い者が勝ってハッピーエンドという欧米コンテンツとは真逆の設定です。そんな意外性も反響を呼んだのだと思います」

秋葉原に直行してフィギュアをゲット

 中東で『アストロガンガー』を上回る人気を博したのが、「マジンガーシリーズ」の第3作に当たる『UFOロボ グレンダイザー』(日本での放送は1975~77年)だった。

 レバノンテレビ局での放映をきっかけに中東一帯に広まったようだ。エリックさんによれば、シリア以外にヨルダンイラクエジプトクウェートでも放送されていて、彼自身も夢中で見ていたという。

 レバノン第1次世界大戦後にフランスの委任統治下にあったことから、『グレンダイザー』がレバノンに入ったのはフランス経由だったという。そのため『ゴルドラック』と仏版タイトルがつけられ、フランスアニメだと思われていたそうだ。

 前出の西浦さんは2014~2017年のドバイ駐在中、カフェの扉や旧市街地の壁などに描かれた“グレンダイザーアート”や、アラビア語吹き替えを歌った声優のサイン会などを目撃している。中東の人々のグレンダイザー愛について西浦さんは次のように語る。

「ベガ星連合軍に追われて地球にやってきた主人公が、ロボットに乗って地球を守るために闘うというストーリーはとてもわかりやすく、また紛争が多い中東の国民の愛国心に刺さるものがあったのかもしれません。しかも主人公はフリード星の王子です。“王様の国”のアラブの国情とも合致しています」

 2011年に仕事で初めて日本を訪れたエリックさんは秋葉原に直行。「『グレンダイザー』のフィギュアを探し回りました。ようやく見つけたフィギュアはガラスケースに納められていました。店員が白い手袋をはめ、カギをあけ、ほこりを落としながら取り出してくれたときは感無量でした。迷うことなく私は5万円を払ってこれを買いました」。

給水車に『キャプテン翼』のステッカー

 中東では『キャプテン翼』も高い人気を博した。サッカーは言うまでもなく中東で人気のスポーツ。『キャプテン・マージド』(中東での番組名)は世代を問わず多くの人に受け入れられた。

 西浦さんによると、中東で受け入れられた一因は、その“発想”だ。周辺で紛争が続く環境の中で、「ライバルとの切磋琢磨や『ボールは友達』などという、中東の人々にとってはそれまでにない斬新な発想とストーリー性が歓迎された」という。

 イラク戦争後の2004年、イラクのムサンナー県に復興支援の一環として日本政府から給水車が供与されたが、26台の給水車には縦1.5m×横2mの『キャプテン翼』のステッカーが貼られていたそうだ。外務省が「現地の子どもをワクワクさせたい」と思い立ち、キャラクター使用の許可を得て、“走る「キャプテン翼」”を実現させたのだという。

「次なる市場」に向けられる熱い視線

 保守的なお国柄と言われるサウジアラビアでも、日本のアニメが熱い。エンターテインメント産業はこれまで「堕落につながる」として禁じられてきたが、「脱石油依存経済」を掲げるサウジアラビア王室が、日本アニメを受け入れる姿勢に転じた。現在、サウジアラビアでは「ShufuTV(シュフティービー)」が日本のコンテンツに絞った放映を行っている。

 西浦さんが駐在していたドバイには、通称「ドバイ・コミコン」と呼ばれる中東のアニメファンの集まりがあるという。年1回開催されており、多い時には来場者が4万人を超え、クウェートからチャーター便で乗り込んでくる人たちもいるそうだ。

 一般社団法人日本動画協会によれば、日本のアニメの海外における売上は、この10年で4倍以上に成長した。2010年に2867億円だった海外市場は2020年には1兆2394億円となり、国内市場の1兆1867億円を上回った。中東と北アフリカを併せた地域は、違法ダウンロード問題の解消が急がれつつも、次なる市場として熱い視線が送られている。

 2022年は、日本とUAEオマーンバーレーンの外交樹立50周年、日本とイスラエルの外交樹立70周年を迎える。そんな特別な年に、日本のアニメは中東との距離をぐっと縮めてくれそうだ。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「中国人が最も愛した日本人」蒼井そらの功罪

[関連記事]

上坂すみれさんが語る「ポンコツを愛でる日本文化の素晴らしさ」

本音は「日本大好き」、韓国のノージャパン運動は終息したのか

コロナ前まで東京・秋葉原には世界のアニメファンが集まってきていた(筆者撮影、以下同)