(乃至 政彦:歴史家)

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 鋭い視点と丁寧な考察で話題を呼んだJBpressでの連載をまとめた書籍『謙信越山』。著者の歴史家、乃至政彦氏が大人気漫画『鬼滅の刃』を読み解くシリーズ第6弾は、「鬼舞辻無惨の千年史」の最終回、鬼の王千年史をお届けする。(JBpress)

※記事中『鬼滅の刃』のネタバレを含みます。閲覧にはご注意ください。

歴史家が考える鬼滅の刃④-1 十二鬼月のホーリーネーム(前編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68405
歴史家が考える鬼滅の刃④-2 十二鬼月のホーリーネーム(後編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68519
歴史家が考える鬼滅の刃⑤-1 鬼舞辻無惨の誕生秘話を探る(前編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68520
歴史家が考える鬼滅の刃⑤-2 鬼舞辻無惨の誕生秘話を探る(後編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68521

鬼舞辻無惨と産屋敷一族の始祖

 前回の記事で、産屋敷一族の始祖が無惨の弟と推定する見解を述べた。今回はその推定をベースにして、鬼舞辻無惨の千年史を見ていこう。

 人気漫画『鬼滅の刃』に登場する産屋敷耀哉は、一言でいうと異能の一族である。しかし耀哉の生命力はとても儚く、わずか23歳で命の灯火を消してしまう。「限りなく完璧に近い生物」(第14話)を自認する鬼舞辻無惨とは、その個体性能において隔絶していた。

 産屋敷一族は「我が一族の誰も……三十年と生きられない…」という虚弱体質であった(第137話)。無惨と「同じ血筋」であるというのに、どうしてここまでの実力差がついたのだろうか。

 すべては無惨の歴史に手がかりがある。

 初期の無惨と産屋敷の始祖に、まだ大きな力の差などなかっただろう。双子の兄弟は、どちらも難病に苦しむ人間で、「善良な医者」がその完治に向けて工夫を重ねていた(第127話)。

 きっと治療が順調に進めば、どちらも健全な肉体を取り戻し、ごく普通の一生を終えたことだろう。だが、無惨兄弟は薬の副作用で、とてつもない異能の力を授かった。しかも医者の説明が不足していたのか、病状が悪化することに腹を立てた無惨が、「怪物」のような衝動に駆られて善良な医者を殺害してしまう。

 事後に知ったことだが、無惨の体調は回復に向かっていた。「医者の薬が効いていた」のだ。それどころか無惨は強靭な不死身の肉体を得ていた。ただし日の光を浴びると焼け死んでしまい、跡形も残らなくなってしまうという副作用も受けてしまっていた。

 無惨が調べたところ、医者も暗中模索の最中で、投薬は「試作の段階」であり、やがて「青い彼岸花」という薬を使う予定でいたことが、医者の作った調合の記録から判明した。そしてその「青い彼岸花」に関する手がかりは何もなかった。

 ここに2人は、完治への道を絶たれたのである。

無惨が最初に得た異能

 無惨はこの時すでに複数の異能を手に入れていた。最初期に持っていた異能の1つで確実なのは日光で焼死することへの本能的察知である。無惨および無惨が作った鬼たちは「血の種類や病気 遺伝子など 人間に判らないこと」が判断できるという(第74話)。無惨は細胞単位の生物情報を判別する知覚能力があるのだ。自身が太陽の光を浴びると死ぬと察したのは、この異能を得ていたからだろう。

 それともう1つは、不死身の肉体である。無惨は日光を浴びない限り死なない身体を得ていた(当時は日輪刀もないので、ほかに恐れるものは何もなかった)。

 加えて重要なのが、鬼を増やす細胞能力である。

 その異能に無惨自身がいつ気づいたかわからないが、自分の血を人間に混ぜてやれば鬼になるなどという能力が、偶然見つかるものだろうか。確証はないものの、初期能力として初期から本能的に察知していたであろう。

 作中の無惨は「増やしたくもない同類を増やし続けた」と述べており、鬼の増産を好んではいなかった(第127話)。すると無惨は、この異能を積極活用しなかったのではと思うかもしれないが、初期の頃はむしろ逆に鬼を大量に増やしていたかもしれない。なぜなら初期の無惨には、鬼は作ってみなければ、自分の思い通りに動くかどうかわからない。わからないなら、やってみるしかないからだ。

 無惨には鬼がどこにいてもわかり、テレパシーができる。近くにいれば思考も読める。自分の名前を発すれば、自爆的に落命する仕掛けも加えられる。ここまで自分に都合のいい家来を作れるのだ。鬼を数千人ほど作れば、日本全土を統治することも夢ではない。新王朝の建国ができるのである。

 その上で人間たちを無惨ヒエラルキーの最下層に置くぐらいの構想は抱いただろう。そうすれば、行方知らずの「青い彼岸花」の探索も、より広範囲に実行可能となるはずだからだ。

産屋敷始祖の異能

 一方、産屋敷一族の始祖である双子の実弟はどうだろうか?

 一族はごく初期から「未来を見通す力」を授かっていたかもしれない。SF的に想像力を働かせれば、東野圭吾の『ラプラスの魔女』の主人公のように、少量の知覚情報からその後の物理的展開を高い精度で予測する能力なのだろう。産屋敷家はこの能力により「財をなし幾度もの危機を回避してきた」という(第139話)。

 そして、鎹鴉の開発と運用、階級を手の甲に示す能力の開発と授与がある。藤襲山や陽光山のような特殊ゾーンは自然発生するはずもないので、これらも産屋敷一族の異能によるのかもしれない。

 こうして産屋敷一族の当主は、無惨の滅殺に特化する武力集団として、鬼殺隊を組織してきた。それはあくまで隠密裡の活動で、初めは数人単位から開始されたであろう。それが、平安時代鎌倉時代室町時代戦国時代と継続され、そして江戸時代を経たあと、公権力たる明治政府と接触するに至る。

 広大にして異質な私有地に政府の目が向かないはずがなく、新政府との対話は不可避であった。佩刀令が発布されたあとも鬼殺隊を運用するには、非公式の組織として無惨滅殺まで黙認させる必要があった。しかし新政府もあまり長期間、鬼殺隊の活動を許容することはできない。そうした事情もあって耀哉は自分たちの代で無惨を滅殺する意気込みを強めたのだろう。

 このように無惨も産屋敷一族も、その異能をもって1000年の戦いと対峙してきた。無惨は個体として、産屋敷一族は代替わりを重ねて「想い」を伝え残すことで──。だがその間、産屋敷一族は特に新たな異能に目覚めることはなく、病弱な一族として始祖の力を継承しているだけだった。かたや無惨は長きに渡り、その異能をより増殖させてきたと思われる。

無惨の成長

 無惨には、自らの異能を増殖させる特殊能力がある。鬼を食べると、その異能を吸収できるのである。

 彼らが「血鬼術(けっきじゅつ)」と呼ぶ鬼の異能は、無惨の計画や意図と関係なく取得される。その好例が、竈門禰豆子の血鬼術「爆血(ばっけつ)」である。爆血は人間には無害だが、鬼に対しては有害で、その再生能力を著しく低下させる。また鬼から発せられた毒素を消し去る力もある。どう考えても鬼に不利益な異能である。禰豆子がどうしてこのような異能を修得したのか、憶測が許されるなら、鬼を警戒する無惨の遺伝子の影響であるのではないだろうか。

 鬼たちは、無惨の遺伝子情報から増産される。しかし無惨は時として、自身の分身たる鬼たちが邪魔になり、殺害することを繰り返した。その代表がパワハラ会議と呼ばれる下弦粛正事件である(第52話)。これはおそらく鬼殺隊の柱育成を抑止するため実行したのだと思うが(参考:歴史家が考える鬼滅の刃鬼舞辻無惨パワハラ会議は本当か? https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65675)、それはともかく本来なら日光か日輪刀でなければ死なないはずの鬼たちを、いとも簡単に殺害してしまっている。無惨には鬼を殺して喰らい、消化する特殊能力があるのだ(無惨以外の鬼は、鬼を殺害できない)。

 しかも鬼の禰豆子が、日光を浴びても死なない体質を獲得した。すると無惨は興奮して「この為に増やしたくもない同類を増やし続けたのだ/十二鬼月の中にすら現れなかった稀有な体質/選ばれし鬼」「あの娘を喰って取り込めば私も太陽を克服できる!!」(第127話)と希望の笑みを浮かべた。

 無惨は禰豆子を食べれば、その異能を取り込めると確信して歓喜したのだ。このセリフを見る限り、無惨はこれまで複数の鬼を食べ、その異能を吸収した経験を繰り返しているに違いない。中には響凱や魘夢のように人工の建造物と合体する異能の鬼もいただろう。もし無惨があと100年生きていたら、写メやインターネットと連動する異能の鬼を作ったかもしれない。

 ここまで、ある程度の情報を整理した。次回はこれを活用することで、作中でほとんど説明されていない平安時代後期から(戦国時代前期と重なる)室町時代までの無惨の動向を考えてみたい。

 飛び飛びで1年ほど続けてきた鬼滅の刃考証シリーズは、次回で最終回となる。少し早いが、ここまで続編希望のファンメールや葉書を送ってくださった方々にお礼申し上げます。

 

【乃至政彦】歴史家。1974年生まれ。高松市出身、相模原市在住。著書に『謙信越山』(JBpress)『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)、『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』(河出書房新社)など。書籍監修や講演でも活動中。昨年10月より新シリーズ『謙信と信長』や、戦国時代の文献や軍記をどのように読み解いているかを紹介するコンテンツ企画『歴史ノ部屋』を始めた。

【歴史の部屋】
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[もっと知りたい!続けてお読みください →]  『鬼滅の刃』「鬼舞辻無惨は平将門説」は本当か?徹底検証

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