最年少プロ入りで大フィーバーを起こした囲碁界のヒロイン

 将棋界で藤井聡太竜王が「王将」のタイトルを獲得し、史上最年少19歳で五冠を達成したことが大きな話題となっているが、囲碁界でも若き天才のタイトル獲得に期待が高まっている。2019年に史上最年少の10歳(小学5年生)でプロ入りして大フィーバーを起こした仲邑菫(なかむら・すみれ)二段だ。今年4月からは中学2年生になる。

JBpressですべての写真や図表を見る

 プロになって3年の菫二段の歩みを振り返りつつ、今後の展望を考察してみたい。

 プロ入り当時10歳だった少女も、この3月には13歳になり、125cmだった身長も20cm以上伸びた。今年2月10日まで、プロ入りしてからの菫二段の通算成績は86勝45敗と大きく勝ち越し、囲碁の力も順調に伸びていると評判だ。

 9歳でプロ入りが決まってからのフィーバーぶりは、囲碁界にとっても初めてというほど世間から注目された。直接取材を申し込むことができないなど報道規制が敷かれ、記者も情報をつかむのに苦労した。菫二段本人も、知らない人から急に声をかけられるようになって、気軽に外出できないほどだったという。

大阪から東京に「移籍」を決めたワケ

 プライベートは大変だったようだが、碁のほうは冷静に集中して取り組んできた。

 プロ入り前のテレビ番組の企画で、韓国のレジェンド、チョ・薫鉉(フンヒョン)九段や女性の世界チャンピオン崔精(チェ・ジョン)九段ら重鎮との記念対局では負けはしたが、能力の高さを示している。

 プロ入り初戦は黒星スタートだったものの、年間で17勝7敗と同期入段13人のなかでは最多勝利数のまずまずの成績で順調な滑り出しだった。だが、2年目は21勝17敗。悪くはないが突出した成績でもない。

 ここで菫二段(とご両親)は決断をする。昨年1月、中学入学を見据えたタイミングで、所属を日本棋院関西総本部から日本棋院東京本院に移し、大阪から東京に転居したのである。

 関西総本部は第一人者の井山裕太五冠が所属しているものの、他にタイトルホルダーリーグ入りする棋士はおらず、人数も少ない。

 一方、東京は人数が多く、トップ棋士はもちろんレジェンド棋士や若手の有望株など多彩な棋士がいる。予選を勝ち上がるのはより大変になるが、研究会が多くあるなど勉強する環境はやはりまさる。強くなるために“東京移籍”を決めたのだ。また、菫二段と同期入段の上野梨紗初段(菫二段の次に若い15歳)とは仲が良く、親しい友人が近くにいるというのも精神的にプラスになったのかもしれない。

二桁連勝を2回もマークした「驚異の快進撃」

 移籍してから、菫二段は覚醒した。

 まず、3月に二段に昇段した。これは通算30勝(女流棋戦を含まず)を挙げたことによる。そして「女流ティーンエージャー棋士トーナメント戦」で非公式戦ながらプロ棋戦初優勝。さらに女流立葵杯でベスト4、女流棋聖戦、女流本因坊戦、女流最強戦でベスト8入り。女流名人戦では8人で争われる挑戦者決定リーグにも入った。あと2、3勝で挑戦者、という位置までランクアップした。

 また、七大タイトルのひとつ棋聖戦(現タイトル保持者は井山裕太五冠)のCリーグ進出も最年少記録で果たす。女性棋士では歴代5人目で、女性のなかではトップ棋士の仲間入りをしたといっていいだろう。

 その結果、昨年は43勝(18敗)で、勝ち星ランキング(日本棋院所属全棋士中)で第3位となった。10連勝に13連勝と二桁連勝を2回もマークし驚異の快進撃を見せ、令和3年の棋道賞新人賞も受賞した。

 菫二段は若手棋戦や女流棋戦が打てるので対局数がベテラン男性棋士に比べて有利ではあるものの、それを差し引いても素晴らしい活躍となっている。

タイトル奪取に立ちはだかる2人の女性棋士

 棋士の間の評判も上々で、7大タイトル(棋聖・名人・本因坊・王座・天元・碁聖・十段)グランドスラムも達成している張栩九段がきらりと光る才能の持ち主として、菫二段の名を挙げた。日本棋院理事長の小林覚九段は「状況判断が正確。想像より成長が早い」と期待を膨らませる。

 顔つきもプロ入り当時のあの可愛らしい少女の面影は残ってはいるが、だいぶ大人びてきた。

 プロになったとき、菫二段が目標として挙げたのが、「中学生のうちに女流タイトルを獲ること」だ。そのためには、中学2年になる今年は、最低でも1つの棋戦でトーナメントを勝ち抜き挑戦者になっておきたいところだ。

 しかし、現在の女性棋士トップのレベルは、男性棋士に混ざっても遜色ないというレベルの高さ。現在、女性棋士のツートップが藤沢里菜女流四冠(女流本因坊、女流名人、女流立葵杯、女流最強)と上野愛咲美女流棋聖だ。女流タイトルはここ数年、このふたりと鈴木歩七段で分け合っている。

 藤沢女流四冠は23歳の若さで獲得タイトル数はすでに20。2年前には名人戦挑戦者決定リーグ戦で、女性初のリーグ入りまであと1勝まで迫った。さらに若手棋戦の広島アルミ杯・若鯉戦で優勝(公式戦の男女混合棋戦で女性の優勝は史上初)。ここ数カ月でも、趙治勲名誉名人や元本因坊王銘エン(王へんに宛)九段らレジェンド棋士を次々なぎ倒している。もう、トップ棋士と互角以上にわたりあえる実力の持ち主なのだ。

 20歳の上野女流棋聖も2019年に全棋士参加の「竜星戦」で、許家元十段や高尾紳路九段らを破って準優勝し、昨年は広島アルミ杯・若鯉戦で優勝した。

 トップの数人で戦う棋聖戦名人戦本因坊戦の挑戦者決定リーグ戦。予選トーナメントに勝ち抜いて入れば一流棋士と呼ばれる。プロは皆、まずそこを目指すのだが、ここに名を連ねた女性棋士はまだいない。しかし「いつでも入れる力はすでにある」「時間の問題」とみられているほど、ふたりは女流の枠を越えて期待されている。

年下の「サラブレッド棋士」の追い上げも

 そんな中、菫二段が中学生でタイトルホルダーになる可能性について、井山裕太五冠は「藤沢さん、上野さんは男女関係なくトップ棋士で、頭抜けていますからね。ふたりに勝つのは並大抵のことではありません。努力次第ですが」と話していた。今年、最低でもほかの女性棋士の中で勝ち抜いて、藤沢女流四冠、上野女流棋聖に挑戦できるところまで到達できるかどうかが、今後を占う注目点だ。

 最年少記録を次々出している菫二段だが、それを脅かすニュースも飛び込んできた。今年4月にプロ入りが内定している張心治(ちょう・こはる)さんは小学6年生。最年少棋士の座が、菫二段から心治さんに移るのだ。

 心治さんは、両親が張栩九段、小林泉美七段。祖父が小林光一名誉三冠、祖母が小林禮子七段。曾祖父は木谷實九段と、全員がレジェンドである棋士家系四代目サラブレッド

 さらに心治さんに負けて今年はプロ入りできなかったが、栁原咲輝さん(小学5年)も、将来を嘱望されている。こちらもプロになったらすぐの活躍が期待できる人材だ。

 次々と年下が追い上げてきており、菫二段もうかうかしていられないだろう。お互い良い刺激を与え合って、切磋琢磨して欲しい。

 菫二段が無試験の「英才特別採用」でプロになれたのは、世界で戦える棋士を育てるためである。女性日本一の座は通過点で世界チャンピオンを目指しているはずだ。その姿が見られるのはいつか。期待してやまない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  藤井聡太、羽生善治…一流棋士が将棋の道に進んだ意外な理由

[関連記事]

AIが人間を監視する「ウイグル」の現在

「王手をかける」「成金」…日常で使われる将棋用語の本当の意味

2019年4月、史上最年少のプロ棋士として公式戦デビューを果たした仲邑菫初段(写真:西村尚己/アフロ)