橋下徹大阪市長アントニオ猪木議員といった政治家から福原愛浅田真央といった国民的アスリートまで、多くの日本人のスピーチ外国人記者に向け、流暢な英語に変換する一人の女性。報道に興味がある人ならば、一度は彼女の姿を見かけたことがあるのではないだろうか。日本外国特派員協会(FCCJ)での会見でおなじみの高松珠子氏は、数多くの国際会議などで活躍するフリー通訳者だ。

先日のオバマ大統領の訪日をめぐる報道でも見られたように、異なる言語での発言は誤解やミスリードを生みやすい。だからこそ、通訳の仕事は重要であり、重圧も大きい。今回は、高松氏に通訳という仕事の中身や苦労について語ってもらった。(取材・執筆:永田 正行【BLOGOS編集部】)

同時通訳は事前に “予測”できないと実践できない技術
-高松さんは、どのようなきっかけで通訳になったのでしょうか?

高松珠子氏(以下、高松):私は日本生まれなのですが、教育はすべてアメリカで受けました。大学を少し早めに卒業して大学院に行く前に、やはり自分のルーツを知りたいということで、1年程度のつもりで日本に戻ってきたのがそもそもです。

その際に、私の遠い親戚にあたる指揮者の小澤征爾さんからお電話をいただいて、「自分のマネージャーが日本に来るので、ちょっと通訳してもらえないか」と。不安でしたが、「せっかくだから」ということで引き受けました。

その方はニューヨークにあるクラッシック音楽のマネジメント会社の社長で、様々なコンサートホールでのイベントに関わり、サントリーホールの杮落としなども手がけたのですが、私はそういう仕事の日本駐在員のような役回りをやっていたんです。とても楽しかったのですが、子どもが生まれて、夫が関西に赴任することになったのを機に一度仕事をやめて10年ぐらい子育てをしていました。

下の子が小学校にあがったら、また仕事を始めたいと思っていたのですが、ちょうどその頃に阪神大震災が起こりました。それが原因で家を空けるのが少し怖くなってしまい、いろいろ悩んでるいるうちに、「結局フリーの通訳ぐらいしかできないのかなぁ」と思って、この仕事を始めたんです。

-私たちもよく外国特派員協会の会見に参加させていただくのですが、政治家の会見などは、内容がデリケートなもの多いですし、周辺知識についても相当の勉強が必要だと思うのですが。

高松:通訳はよく「料金が高い」と言われるのですが、拘束時間が30分でも3時間でも、勉強する時間はまったく変わりません。ものによっては準備に何十時間も掛けて、何冊も本を読みます。今はインターネットで様々な情報を集められますから、皆、可能な限りの周辺情報をインプットして臨みます。

今ちょうど同時通訳(※話者とほぼ同時に訳出を行う通訳)の起源について様々な本を読んでいるのですが、いつかご存知でしょうか?ニュルンベルクの国際裁判(第二次世界大戦時にドイツによって行われた戦争犯罪を裁く国際軍事裁判)の時だというんですね。

この時に初めて4ヶ国語(英語・フランス語ドイツ語ロシア語)で裁判をやるということになったのですが、これを逐次通訳(※相手の話を数十秒~数分ごとに区切って順次通訳していく)で進めていると、もう大変なことになるということで始まったそうです。

それまでの通訳は、基本的には全部逐次だったので、「それは無理だ」とか「フェアな裁判にはならない」といった声もあり、非常に論争にもなったそうです。同時通訳で、どこまでできたのかというのは、(編集された速記官の記録がありますが)当時の通訳の音声が残っていないのでわからないのですが、おそらく被告の取り調べに立ち会うなど、事前にある程度周辺知識を勉強していたと思うんです。

日本における同時通訳については、西山千さん(※アポロ11号月面着陸の際に、テレビ中継の交信を通訳したことで知られる同時通訳者)の存在が大きいと伺っています。日英は構文が逆なので、「同時通訳には適さない」と長く言われてきたそうですが、ある会議が延々と続いたため、西山さんが「無理かもしれないけどやろう」と提案して始まったようです。この辺りの話は私自身、まだ勉強中なのですが、西山さんはGHQや米国大使館に勤めた経験から、日常的に外交の話題に触れていたそうで、そういう事前知識があったからこそ対応できたと思うんです。

例えば、自分の夫や妻が原子力政策について話すというならば、だいたい何を言うかわかるじゃないですか。そんな風にある程度予測できないと実践できない技術なんです。同時通訳は特にそうですし、逐次でもスピーカーの考えをある程度事前に把握してないと苦しくなります。

通訳はその場の流れや雰囲気を壊してはならない

-国際会議などは専門的なものが多いので、“知的体力”の消耗というのは凄まじいでしょうね。

高松:同時通訳は30分もちません。10~15分が限界です。例えば、プレゼンテーション資料を事前にもらって、だいたいそれに沿ってということであれば20分くらいできるかもしれませんが、それ以上は集中力が落ちてしまいます。

詳しくはわからないのですが、日本では同時通訳のほうが、レベルが高いというイメージがあるようですが、ヨーロッパでは逐次通訳の方が、料金が高いそうです。同時通訳は流れもありますから、ある程度意訳が許される部分もあるのですが、逐次は100%の通訳が求められますし、チェックされる方も多いので、非常に緊張します。また、記憶力も必要になりますから。

-どうしても伝えるのが難しい表現もあると思います。例えば、アントニオ猪木議員の「元気ですかー」といったフレーズは、どのように伝えているのでしょうか?

高松:猪木議員の「元気ですかー」みたいなフレーズであれば、決まっている意訳があるのかということを事前に調べます。あの時は、意訳は見つからなかったのですが、英語の記事でもローマ字でそのまま表記した上で、カッコ書きで説明していたりしたものですから、訳さずにそのまま言って貰って、私が意味をつけくわえるみたいな対応をさせて頂きました。

このように時と場合、その場の雰囲気といった要素を考慮してベストなやり方を決めていきます。例えば、本人が立って力をこめて発言しているからといって、通訳まで立ち上がったりしたらおかしい場合もあります。その方特有のフレーズが出てきそうになったら、「どうぞ!」といった感じで発言を促して、その後に今何をいったのかを簡単に付け足したりします。相手がそこにいて、聞いている人たちは、みんな笑っているわけですから、やっぱり通訳はその流れとか雰囲気を壊しちゃいけないと思います。

流れの読み間違い、聞き間違い、勘違いが一番怖いので、それを避けるためにも事前に大量に勉強して、「この方はどういうお考えをもっているのか」「どういうときに決め台詞を使うのか」「どういう意味があって、そういうことをいうのか」といったことをインプットしておきます。

-それこそ政治家の発言の通訳は国際問題にもなりかねないリスクがありますよね。

高松:確かに、プレッシャーは感じますよね。ただ、そこは最終的にはすべてチリに戻ると思ってやらないと(笑)

緊張すると、相手にもそれが伝わります。通訳が緊張していると、「通訳は政治家の話している内容がおかしいから緊張しているんじゃないか」と勘ぐられてしまったりするんです。よくコミュニケーションにおいて、話している内容自体がどの程度相手に影響を与えるかという研究があります。私は専門家ではないですが、話の内容は、実は10%ぐらいで、非言語的コミュニケーション、つまり、ジェスチャーなどほかの要素が非常に重要だという話です。相手が一生懸命何かを訴えているのであれば、通訳は変な緊張や自我を捨て、、その方の熱意が伝わることだけを考えないといけないと思います。ダボス会議の安倍首相ピーチは何故誤解されたのか?
-今年行われたダボス会議では安倍首相の発言が通訳の間違いによって、「現在の日中関係を第一次大戦前の英独関係に例えた」と報道されて話題になりました。

高松:語順や日本の方特有の文章の作り方にも多少関係があると思います。有名な通訳の方も書いているのですが、日本の方の場合、起承転結というのか最初は少し関係ない話から始める方が、エレガントだというイメージを持っているのではないでしょうか。例えば、レストランにいって「スープあるいはサラダはいかがですか」と聞かれているのに「いや、人間の食事って面白いんですよ」みたいなところから話を始めてしまうようなイメージです。

先日も特許専門の日本の弁護士アメリカの会社のCEOの商談に、通訳として参加した際、CEOが「これは日本の会社が特許を侵害していると思う。裁判を起こしても良いか」とイエス・ノーの質問をしたのに対し、弁護士が延々と「特許というのは国によっていろんな違いがあるんですよ」という話を続けました。通訳していると、だんだんCEOがイライラしてきているのがわかりました。同席していたバイリンガルのスタッフが「先生、お願いだから結論をいってください」と割り込んだぐらいでした。

ダボス会議の発言の模様については、すべての音声が公開されていないのでよくわかりません。ただ、一般論をいうと、起承転結的な、日本人的なあいまいな答えを同時通訳でそのまま訳して、「通訳が元の質問をちゃんと訳してないから、全然関係ないことを答えてるじゃないか」と思われてしまうことが頻繁にあります。そのため、「これは全然違うように聞こえるかもしれませんが、最終的に今のご質問と関係があるんですよ」と一言いっておかないと、聞いている外国の方がイライラしてしまうんですね。そのような話法の違いが今回起こったのでしょうか。。。通訳は皆、このニュースを聞いて落ち込んでいると思います。

-「これはさすがに訳せない」とか、あえて訳さないといったケースはあるのでしょうか?

高松:通訳は、あまり“編集”してはいけないと思っています。よく、逐次通訳をする際に、「ほとんどの方が英語をわかっているので、適当に要約して」といったリクエストを受けるのですが、基本的にはお断りしています。何を省いていいのか、は我々外部から来ている人間には判断できないからです。その分、早くしゃべるといった形で対応しています!

もちろん明らかに「訳さないで」と言われた場合、つまり商談中に内輪で日本語で相談したいという場合があれば尊重しますが、例えばお客様が半分外国人、半分日本人という中で、日本人だけにわかることをいって、「訳さないでね」といわれるとそれはフェアじゃないと思います。それだけでなく、理解している人だけ笑って、理解できない人は笑えないといった状況は、相手に疎外感や不信感を与え、発言者のマイナスイメージに繋がってしまうと思います。全体的に、通訳において「省く」というのはよい対応じゃないと思います。聞いている人たちの中でも、あの通訳はは全部訳さなかった、と怒る人も出てくるでしょうし。

だから、逆に加えることを考えるんです。例えば、橋下大阪市長の会見の時の慰安婦の英訳である“COMFORT WOMAN”と“SEX SLAVE”という言葉。これには賛否両論ありますから、とりあえずCOMFORT WOMAN”といった後に、さらに訳を付け足していきます。「これは欧米では“SEX SLAVE”などと訳されていますが、日本ではこういわれています」みたいなイメージです。そうやって聞いている方々の理解を全体的にレベルアップさせようとするわけです。

COMFORT WOMAN”という訳が正しいかどうかは皆様で議論すればいい話です。何が問題点なのか、何が争点なのかというのは聞いている側に預けるべきで、通訳が自分で整理するものではないと思います。

-省くのではなくて、足していくわけですね。

高松:“Paraphrase”(パラフレーズ)とよく言うのですが、ひとつの訳がぴったりじゃなければ、できるだけたくさん訳します。聞いた人たちが「わかった」という顔をしてくださったら、そこでストップするという感じなんですね。だから、通訳はみんな早口です。ときどき「どうして訳が長くなるのか」と聞かれるのですが、こういう背景があるんですね。

これは通訳の間では有名な昔話なのですが、会議でアメリカ人が非常に長くて複雑なジョークを言ったんですね。複雑だから、どうやって通訳が訳すのかなと心配していたのですが、通訳が一言チラッと言ったら、みんなドッと笑ったというんです。

後で、「君はどうやってあの複雑で長いジョークをこんなに簡潔にまとめたのか?」と聞いたら、「いや難しすぎて説明していたら、延々と時間がかかるので、『アメリカ人がジョークをいったので笑ってください』」と。そういうのも1回ぐらいは許されるかもしれませんけどね(笑)

後編に続く

プロフィール
高松珠子(たかまつ たまこ):オーバリン大学卒業後、クラシック音楽関係の米系企業の日本駐在などを経て、フリーランス通訳者。日本外国特派員協会(FCCJ)の記者会見通訳を数多く手がけている。FCCJ名誉会員。

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