デイリーNKの現地情報筋によれば、平壌・平川(ピョンチョン)区域で昨年12月22日、のマンションの外壁に「金正恩の犬野郎、人民がお前のせいで餓死している」とする落書きが見つかったという。

北朝鮮では、最高指導者の権威は神聖不可侵であり、それを傷つける行為は何よりも重大な政治的事件として扱われる。処刑や政治犯収容所送りなどの厳罰が下されるのは言うまでもない。

2018年に発生した落書き事件では、犯人の朝鮮人民軍北朝鮮軍)の作戦局上級参謀の大佐ら2人が、自動小銃で公開処刑された。また、李雪主(リ・ソルチュ)夫人のスキャンダルについて噂話をした芸能人たちも、公開処刑されている。

当局はもちろん、総力を挙げて犯人を追跡している。しかし現在に至るも、犯人が逮捕されたとの情報はない。

こうした事件が起きると、当局は住民らに特定の文章を紙に書かせて提出させ、筆跡の対照を行う。利き手だけでなく、逆の手で書いたものも提出させる。それと同時に、落書き発見直前の、近隣住民の動線を探る。今回の事件でも、平川区域保衛部は区域内の工場、企業所の労働者、学生に至るまで、筆跡とアリバイを徹底的に調べたという。

また、平壌市内ではこの10年で、街頭の監視カメラが増えたため、遠からず犯人が捕まるのではないかとの見方もあった。しかし現実は、そのような展開になってはいない。

そもそも、こうした「落書き事件」の犯人が捕まるのは、非常に稀だとも言われる。

当局としては、発生地域の外に「最高指導者を非難する落書きが見つかった」という情報が拡散するのを防ぐことも重要であるため、捜査の範囲を一定以上に広げることができないのだ。つまり当局が最も避けたいのは、最高指導者と体制の権威を軽んじる空気がまん延してしまうことなのである。

また、北朝鮮では一般的に、このような体制批判の落書きやビラを目撃しても、ほとんどの人が通報しない。「これは重大犯罪なので、下手に通報などすれば自分が疑われ、最悪の場合は首が飛びかねない」と思うからだ。「触らぬ最高指導者に祟りなし」というわけで、スルーするのである。

かつて、こうした落書きが発見されれば、当局が大々的な政治講演会を開き、「体制を転覆させるための反党、反革命分子の策動が露骨なものとなっている、革命的警覚性(警戒心)をさらに高めよう」と統制を強める機会としていた時代もあったという。しかし今や、そのようなことは誰も考えられない。そんな現実こそが、北朝鮮社会の内部がじわじわと変化してきたことを表している。

金正恩氏が和盛地区1万世帯住宅建設着工式で演説を行った(2022年2月13日付朝鮮中央通信)