生物の体内に存在するタンパク質「ミオシン」は、動植物の様々な運動の原動力となっています。千葉大学大学院理学研究院(膜タンパク質研究センター・分子キラリティ研究センター・植物分子科学研究センター兼務)伊藤光二教授、村田武士教授らは早稲田大学神戸大学金沢大学の研究グループと共同で、生物界最速のミオシンの遺伝子(シャジクモ ミオシンCbXI-1)を発見しました。さらに、最速のミオシンのクラスであるミオシンXI(シロイヌナズナ ミオシンAtXI-2)の高解像度結晶構造解析に世界で初めて成功しました。得られたAtXI-2の立体構造情報から最速ミオシンCbXI-1の3次元立体構造モデルを作成したところ、最速ミオシンの秘密はアクチンとの結合領域にあることを明らかにしました。
 これにより、作物などの私たちの生活に必要な植物である資源植物の大型化が期待でき、効率よく植物を栽培することが可能になります。
 この研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に2022年2月22日(日本時間2月21日)に掲載されました。

  • 研究の背景
 ミオシンは真核生物に普遍的に存在するATP(アデノシン三リン酸)の加水分解で生じた化学エネルギーを、アクチン繊維に沿った運動という運動エネルギーに変換する代表的なモータータンパク質(注1)で、動物の筋収縮を引き起こすタンパク質として約80年前に発見されました。ミオシンは動物だけでなく、植物を含め、ほぼすべての真核生物に存在し、そのアミノ酸配列から79のクラスに分けられるスーパーファミリー(注2)を構成しています。
 植物・藻類の細胞の中では原形質流動と呼ばれる細胞内流動が起きています。これは、動物細胞より細胞サイズが数倍~数千倍以上大きい植物・藻類の細胞で細胞外から取り入れた酸素や栄養分を効率よく細胞全体に行き渡らせるためと考えられています(図1a)。原形質流動は、小胞体などの細胞小器官(オルガネラ)に結合したクラスXIのミオシン(ミオシンXI)がアクチン繊維に沿って動くことで生ずる流体力学的効果により生じるため(図1b)、原形質流動の速度はそれを引き起こしている植物・藻類のミオシンXIの速度と等しくなると考えられています。
 50年以上前から、数センチメートルにもおよぶ桁違いの細胞サイズと最速の原形質流動速度を持つ淡水産の藻類のシャジクモ類(Chara corallina, Chara braunii)に、被子植物のミオシンXIの10倍の速度を持つ生物界最速の超高速ミオシンが存在することが、その原形質流動速度から予想されていました。
 研究グループは以前、被子植物のミオシンXIをオオシャジクモ(Chara corallina)のミオシンXIの CcXI(被子植物のミオシンXIの3倍の速度をもつミオシンXI)に分子生物学的手法により置き換えた際、原形質流動速度の上昇とともに植物体の大きさが増大することを示しました(注3)。しかしながら、10倍の速度を持つ超高速ミオシンの実体は謎でした。超高速ミオシン遺伝子の単離および超高速運動を可能にする分子機構が明らかになれば、資源植物の原形質流動速度の上昇を通じて、植物体の大型化が期待できます(図1c)。
  • 研究の成果
 本研究では、金沢大学の西山助教、神戸大学の坂山准教授らにより最近おこなわれたシャジクモ(Chara braunii)(図2a)のゲノム解読(注4)から予測されていた4種のミオシンXI遺伝子を単離し、CbXI-1,2,3,4と名付けました。これらの4つのモーター領域のアミノ酸配列から系統樹を作成したところ、2つのサブクラスに分かれ、先に報告された24 µm/sのオオシャジクモ(Chara corallina)のCcXI(注5)はサブクラス2のCbXI-4のオルソログ(注6)であることがわかりました(図2b)。
 そこで、これら4つのミオシンXIを昆虫培養細胞で発現させ、精製し、in vitro運動アッセイ(注7)でアクチン繊維を動かす運動速度を測定したところ、サブクラス1のCbXI-1とCbXI-2は約70 µm/sの超高速ミオシンであり、CbXI-1が73 µm/sの生物界最速のミオシンであることがわかりました(図2c)。
 さらに、ミオシンXIの初めての結晶構造解析としてシロイヌナズナのミオシンAtXI-2の高分解能構造解析に成功しました。得られたAtXI-2の立体構造情報からCbXI-1の3次元立体構造モデルを作製しました。この立体構造モデルと遺伝子変異実験からCbXI-1の超高速運動の秘密はアクチン繊維との結合様式にあることを明らかにしました(図2d)。
  • 今後の展望
 今回発見された生物界最速の超高速ミオシンCbXI-1遺伝子により、資源植物増産への応用が期待でき、植物体の大型化による食糧増産が可能となれば、自然災害や人口増加による食料不足への対応が期待できます。また超高速ミオシンXI遺伝子を使うことにより、超高速運動するナノマシンの開発も期待できます。
  • 謝辞
 本研究は、JPPS科研費JP 20K06583, 17K07436, 15H01309(伊藤光二)、18H05425(村田武士)、15K07185, 16H05764, 18K06382(坂山英俊)、15H04413(西山智明)20001009, 25221103 (富永基樹)、JST ALCA, JPMJAL1401(富永基樹、伊藤光二)、AMED BINDS JP20am0101083(村田武士)の助成を受けたものです。
  • 語句解説等
(注1)モータータンパク質:ATP加水分解のエネルギーを使って運動するタンパク質。並進運動するモータータンパク質としてミオシン、ダイニン、キネシン、回転運動するモータータンパク質としてF型ATPase, V型ATPaseなどがある。
(注2)ミオシンスーパーファミリー:進化上の共通祖先に由来し、同じドメイン構造やモチーフを持つタンパク質の一群をスーパーファミリーと呼ぶ。ミオシンスーパーファミリーは79のミオシンクラスで構成されている。ミオシンのクラスはローマ数字で表記されている。ミオシンはクラスが異なれば、運動速度、ATP加水分解活性などミオシンの性質が大きく異なる。さらに同じクラスでも生物種が異なればミオシンの性質が異なる。
(注3)Cytoplasmic streaming velocity as a plant size determinant.
http://first.lifesciencedb.jp/archives/7953
(注4)The Chara genome: secondary complexity and implications for plant terrestrialization.
http://first.lifesciencedb.jp/archives/18459
(注5)Kinetic Mechanism of the Fastest Motor Protein, Chara Myosin*
https://www.jbc.org/article/S0021-9258(17)47334-0/fulltext
(注6)オルソログ:二つの異なる生物において共通祖先の一つの遺伝子から種分化に伴って分岐した遺伝子の組、また対応する遺伝子。
(注7)in vitro運動アッセイ:カバーグラスに固定したミオシンが動かす蛍光標識したアクチン繊維の運動を蛍光顕微鏡により観察、記録、解析し、ミオシンが駆動するアクチン繊維の運動速度を測定する方法。
  • 発表者
原口武士* (千葉大学 大学院理学研究院 研究員)
玉那覇正典* (千葉大学 大学院融合理工学府 博士課程学生)
鈴木花野* (千葉大学 大学院理学研究院 研究員)
吉村考平 (千葉大学 大学院融合理工学府 博士課程学生)
伊美拓真 (千葉大学 大学院融合理工学府 修士課程学生)
富永基樹 (早稲田大学 教育・総合科学学術院 准教授)
坂山英俊(神戸大学大学院 理学研究科 准教授)
西山智明(金沢大学 疾患モデル総合研究センター 助教)
村田武士+ (千葉大学 大学院理学研究院 教授)
伊藤光二+ (千葉大学 大学院理学研究院 教授)
(*筆頭著者, +責任著者)
  • 論文情報
タイトル: Discovery of ultrafast myosin, its amino acid sequence, and structural features
著者: Takeshi Haraguchi, Masanori Tamanaha, Kano Suzuki, Kohei Yoshimura, Takuma Imi, Motoki Tominaga, Hidetoshi Sakayama, Tomoaki Nishiyama, Takeshi Murata, and Kohji Ito
掲載誌: Proc. Natl. Acad. Sci. USA
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2120962119

配信元企業:国立大学法人千葉大学

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