(北村 淳:軍事社会学者)

JBpressですべての写真や図表を見る

 アメリカ海軍情報筋では、現代の軍事情報の9割以上はオープンソースから得られるとされている。そのため世界中の多言語メディアによる膨大なデータを整理し、分析し、評価し、統合して、有用と思われる情報を生み出す作業が不可欠となっている。

 もちろん同盟国とはいえ日本のオープンソースの分析も欠かせない。とりわけ沖縄を中心に日本各地に駐留している在日アメリカ軍に関して、あるいは日本周辺のみならず世界中で活動するアメリカ軍の動きなどに対する日本国内での広範囲なレベルの反応には大いに注意が払われている。

 そのような日本のオープンソース分析に関係する人々の間で「米軍に関する情報をかなり正確に(日本の読者に対して)提示している」と評価されているメディアがある。それは、興味深いことに日本共産党の「しんぶん赤旗」だ。

 言うまでもなくアメリカは反共国家である。軍内部では中華人民共和国のことを日本ではほとんど使われなくなった「中共(ChiComm)」(Chinese Communists)と呼ぶ場合も少なくない。そのような反共意識の強い軍関係者たちに共産党の機関紙が評価(?)されているのだから皮肉なものだ。

米軍は日本を守ってくれるのか?

 その日本共産党が最近公表したパンフレット(「あなたの『?(はてな)』におこたえします―日本共産党綱領の話」)に、アメリカ軍にとっては「口にしてほしくない」内容が列記されている。そのうちの1つが「米軍は日本を守ってくれる?」という疑問である。

 この疑問に対して日本共産党は、日本を本拠地にしている海兵隊、海軍そして空軍の諸部隊は日本防衛のために存在するのではなく米軍が日本を守るというのは“神話”にすぎない、といった趣旨の主張を唱えている。

 この種の主張はかねてより反在日米軍基地勢力などによって唱えられてきた、取り立てて目新しくない指摘である。数年前までは米軍側による反駁も可能な、ある意味では陳腐な議論であった。

 とはいっても、沖縄を中心として日本各地に駐留する地上移動軍である海兵隊部隊に関しては、米軍関係者からも日本防衛戦における存在意義に関して疑義が寄せられなかったわけではない(拙著『沖縄のアメリカ海兵隊は抑止力にはならない』参照)。しかしながら、中国やロシアなどの強力な正規軍と対決する米国の戦力が弱体化してしまった今となっては、「外敵による日本への軍事侵攻」といった有事が勃発した場合に米軍は果たして核兵器を使わないで日本を防衛できるのか? という命題は、米側にとってまさに好ましからざる話題となっている。

戦略大転換で海兵隊部隊や遠征打撃群の有用性が低下

 実際に、上記パンフレットが具体的に名指ししている海兵遠征軍(注1)、空母打撃群(注2)、遠征打撃群(注3)などは、数年前までのように東アジア海域において「泣く子も黙る」存在ではなくなってしまった。

(注1)厳密には日本には第3海兵遠征軍の司令部と大部分の構成部隊が駐留しており、一部の構成部隊はハワイを本拠地としている。

(注2)横須賀に旗艦を常駐させる第7艦隊の主力戦闘艦隊と位置づけられており、現在は空母ロナルド・レーガンを旗艦として編成されている。

(注3)第7艦隊の一部隊で、海兵隊出動部隊を積載して作戦行動をする強襲揚陸艦「アメリカ」を旗艦として編成される戦闘部隊。

 たとえば空母打撃群の場合、1996年の第3次台湾海峡危機に際してアメリカは2組の空母艦隊(当時は空母戦闘群と呼ばれていた)を台湾周辺海域に展開させたところ、中国側は台湾に対する軍事的威嚇をすら撤回せざるを得なくなってしまった。しかし、メンツを完全に潰され、臥薪嘗胆とばかりに、米艦隊が中国沿海域に侵攻してくるのを阻むための接近阻止戦力の強化に励んだ中国軍は、四半世紀を経た現在、各種対艦ミサイル、対艦弾道ミサイル、極超音速ミサイルなどによってフィリピン海や東シナ海や南シナ海で米軍の空母打撃群を撃破する戦力を身につけている。このような強力な接近阻止戦力については、米軍当局も公刊文書で認めざるを得ない状況に立ち至ってしまった。

 空母打撃群同様に海兵隊部隊を積載して出動する遠征打撃群も、中国接近阻止戦力にとっては格好の撃破目標となっている。そのため、アメリカ地上戦力の先鋒部隊として敵地に上陸を敢行する海兵隊は、中国接近阻止戦力が警戒している地域へ上陸を試みる以前に遠征打撃群艦艇とともに海底に叩き込まれてしまいかねないのが実情だ。

 そこで海兵隊総司令官バーガー大将は、手強い中国軍との対決を前提として海兵隊の戦略を抜本的に転換し、海兵隊ではそのための組織改編、装備調達、教育訓練が急ピッチで推し進められている。

 すなわち、第2次世界大戦期に太平洋の島々に立てこもっていた日本軍守備隊を撃破するために生み出され、その後も海兵隊の“表芸”とみなされてきた強襲上陸作戦(敵が守備する海岸線に上陸用舟艇や水陸両用戦闘車などで上陸する決死的作戦)を、少なくとも中国のような強力な接近阻止戦力を有する相手に対しては捨て去ることにしたのである。

 こちらから“殴り込み”をかける上陸作戦に代えて、中国軍の戦略を裏返しにした戦略を実施する。つまり、地対艦ミサイル地対空ミサイルを装備した海兵隊部隊を島嶼や海岸線に急展開させて、侵攻してくる中国艦隊を地上から攻撃して接近を阻止しようという戦略である。

 このように、海兵隊が着手した抜本的戦略転換と実施体制が完成するまでの5~10年ほどの間は、日本に陣取っている海兵隊部隊や遠征打撃群は、少なくとも日本防衛にとっては有用とは見なしえない。そのため、上記の日本共産党のパンフレットのごとき主張は、アメリカ側にとってはまさに「口にしてほしくない」話題なのである。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  核放棄から始まったウクライナ危機、力なき外交の現実

[関連記事]

原潜がロシア領海から逃走?バイデン政権でさらに弱体化の米海軍

F-35Cが着艦失敗、「世界最強」の米空母打撃群がさらした醜態

沖縄周辺の島々で遠征前進基地作戦(EABO)の訓練を行う海兵隊員(2021年6月、出所:米海軍)