過去1年続いた主要通貨におけるドル高トレンドは今年も変わりそうもない。金融市場の関心事はウクライナ情勢だが、ウクライナ情勢が落ち着けば、ドルに対する主要通貨の強弱がよりクローズアップされるだろう。その中で、世界の流れにあらがって金融緩和路線を続ける日本と円はどうなるだろうか。みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏が解説する。

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(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト

 金融市場はウクライナ情勢が最大の関心事となり、現状では米連邦準備理事会(FRB)の正常化プロセスすら取引材料から外れているようにも感じられている。しかし、主要通貨の強弱関係を説明するのは、相変わらず金融政策にほかならない。

 図表1に示されるように、年明けから2カ月が経過したところでは、2021年の流れ(≒ドル高)が反転する雰囲気はない。ほとんどの通貨は過去1年に関して対ドルで下落しており、その流れを引き継いでいる。

 対ドルではっきりと上昇に転じている通貨には、ブラジルレアル南アフリカランドが挙げられる。これらの通貨はインフレ高進に対して複数回の利上げで対応している通貨である。メキシコペソもわずかながら上昇しているが、これも利上げ路線にある通貨だ。この3通貨は政策金利水準も高く、本稿執筆(2月24日)時点でブラジルは10.75%、南アフリカは4.00%、メキシコは6.00%である。

 なお、図に示すように、今のところ過去1年に関し、対ドルで最も上昇している通貨は利下げをしている人民元という点に違和感が抱かれる。理由は一つではないだろうが、貿易黒字拡大や対内投資増加が理由として挙げられるものの、通貨当局の恣意性も排除できない以上、他通貨との単純比較は難しい。今回は敢えて深追いはしない。

 G7通貨に目を移せば、カナダドルや英ポンドはドルと拮抗しており、ほとんど動いていない。利上げ間近のドルに対し、英ポンドは既に2回利上げをして、カナダも近々に利上げする方針にある。その背景はどうあれ、「利上げできる通貨」に限ってドルと戦うことができているという側面は大いにありそうに見える。

 そのほか、台湾ドルもドルと拮抗する通貨だが、これは利上げ通貨ではない。半導体を筆頭に、ハイテク産業を得意とする台湾は中国や米国からの受注が活況を呈しており、2021年は11年ぶりの高成長を記録している。高い経済成長率にベットした買いと理解すべきだろうか。

対ドルで負けている通貨の特徴

 一方、2022年に入ってから目に見えて下落幅を拡げている通貨として、スウェーデンクローナやロシアルーブルがある。利上げに着手し、高金利通貨でもあるロシアルーブルが売られている理由はもはや説明を要しないとして、スウェーデンクローナ売りをどう考えるべきか。これも金融政策を反映したものと考えるのが自然であろう。

 金融政策の正常化に邁進する上述の中央銀行とは対照的に、スウェーデン国立銀行(リクスバンク)は年内の債券保有維持を明言し、現在ゼロの政策金利を2024年下期まで維持する方針を掲げている。

 そのスウェーデンクローナに匹敵する下落幅の円も、緩和路線の堅持を対外的に示していることは周知の通りだ。「指値オペ」はその姿勢を改めて印象付けたと言える。昨年来、大きく売られている通貨はやはり利上げの遠い通貨だ。

【参考記事】
コロナ対策で減退する経済、円安は岸田政権へのアラームになるか
(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68807)

 これはこの2通貨以外にも当てはまる。

 資源高が追い風になりそうなオーストラリアドルの動きも冴えない。この点、オーストラリア準備銀行(RBA)は量的緩和の終了を年前半に予定しているものの、インフレ率の基調や賃金が抑制されていることを理由に利上げに対しては消極的であり、2023年以降に利上げ着手との見通しが多い。

 隣国のニュージーランド準備銀行(RBNZ)は既に利上げに着手しているが、常にオーストラリアドルとの連動性が着目されるニュージーランドドルはやはり連れ安となっている。

 そのほか、スイスフランも年初来でまとまった幅で下落しているが、これも明らかに金融政策の影響だろう。スイス国立銀行(SNB)は▲0.75%の深いマイナス金利を据え置きつつ、スイスフラン高を抑制する為替介入を従前より継続している。SNBはスイスフランに関し「高く評価されている」と言明し、「拡張的な金融政策を維持する」と言い切っていることから、どうしても通貨は下げやすい。

ウクライナ危機に揺れるユーロが「買い」なのはなぜか?

 なお、下落しているが反転の期待できる通貨もある。例えば、ノルウェークローナは利上げ通貨の一角であるが、冴えない地合いが続いている。原油価格の趨勢を踏まえれば、産油国通貨であるノルウェークローナはもっと評価されても良いように思える。

 ユーロも反転が期待できる通貨の一つに思える。目下、ウクライナ危機という最大のリスク材料の当事者でもあるため、ユーロは手を出しにくい通貨となっており、やはり下落幅の大きな通貨となっている。

 しかし、3月の欧州中央銀行(ECB)政策理事会で量的緩和終了と利上げ着手の全容が見えてきそうであり、元より「世界最大の経常・貿易黒字」という最強の実需環境も備えていることを思えば、今後期待したい通貨の一つと考える。下げている通貨の中でも光明を見出せる存在だ。

 もちろん、為替市場におけるあらゆる通貨ペアの変動を一つの論点で説明するのは難しい。しかし、上述のような強弱関係を見る限り、(1)利上げできそうな通貨は買われる、(2)利上げに遠い通貨は売られる、というシンプルな事実はある程度はっきりしているように見受けられる。

 ブラジルや南アフリカメキシコといった国々は利上げしているからといって決してファンダメンタルズが良好とは言えないが、「利上げをしていて金利水準が高い」ということは、現状において大きな買い材料と見なされやすい。他方、利上げをしていてもロシアルーブルのように地政学リスクが突出している通貨はやはり敬遠されるし、ノルウェークローナのように動きの冴えない通貨もある。片や、利上げをしていなくても人民元や台湾ドルのように買われる通貨もある。

 ちなみに、図表2で示すように、市場でイメージが抱かれるほど実際の政策金利が主要国間で開いているわけではない(ブラジルや南アなどは水準が高過ぎるので図表からは敢えて外している)。政策金利相場と言えるような状況が本格化するとしたら、これからが本番ではないか。

次の円キャリーは日本にとって吉か凶か

 この際、既に一部で注目する向きが出始めている円キャリー取引の可能性などは気にしたい。流動性の高い円やスイスフランだけが突出した低金利で据え置かれれば、必然的に調達通貨としての役割を強めるはずであり、通貨安圧力の増大に直結する。

 地政学リスクが高い中、そうした投機性の高い取引は盛り上がりにくいはずであり、「調達通貨化による円安進行」はあくまでウクライナ危機終息が前提のシナリオである。だが、円以外の通貨がすべからく利上げに動く状況は、円安バブルと言われた2006~2007年に直面した構図と酷似している。そのことは、今後の見通し策定上は大いに考慮すべきであろう。当時は円キャリー取引ないしスイスフランキャリー取引というフレーズが跋扈したことを思い返したい。

 もっとも、当時とは異なり、日本にはもはや国内の生産設備が大分乏しくなっている。円安になっても、それが輸出数量を押し上げ、国内経済にバブルと形容できるほどの過熱感をもたらすことはないだろう。むしろ、資源が高止まりする中で、海外への所得流出が最大の懸念事項として浮上するだけだと思われる。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です

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