最近、私ががんサバイバーであり、がん治療を取材テーマの一つにしていることを知っている友人から、こんな相談を受けた。

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「地方に住む若い親戚ががんと診断されて手術を受けることになったので、なにか助言がほしい」

 私はすぐに「緩和ケア」の必要性を感じた。聞いてみると、入院した病院には緩和ケア科がないことが分かったので、<早期からの緩和ケア外来Web>のリンクと共に「患者さんにはがんばるだけじゃなくて、つらいことや悲しい時には緩和ケアにも相談してほしい。ご家族も診察の同行だけではなくて不安や悩みを相談できますよ」と伝えた。

 もしかしたら順序がおかしいのではないかと思われた読者もいるかも知れない。がんと診断されただけでまだ進行具合も詳しく聞いていないのに、すぐに緩和ケアだなんて――。そんなふうに感じた人のほうが多いのではないだろうか。

 だが現在、「緩和ケアはがんの初期段階から」が医療界の標準になりつつあるのだ。

早期からの緩和ケアで生存期間が長くなる可能性も指摘

 厚生労働省が発表している「平成30年 全国がん登録 罹患数・率 報告2018によれば、2018年のがんの罹患数は、98万856人だった(上皮内がんを除く)。100万人近くが何らかのがんで治療を受ける。その中で、なかなか進んでこなかったのが「早期からの緩和ケア」だ。

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000794199.pdf

 やはりこれは緩和ケアのことを「がんの終末期になって積極的な治療方法が無くなってから、苦痛を取り除くための治療」と思っている人が多いからだろう。だが、実はそうではない。実際は診断されたその時から受けることができるのだ。

 2010年にアメリカで「早期からの緩和ケアによって患者の生存期間が延長する可能性がある」との研究成果(Temelら、New England Journal of Medicine)が出たこともあり、世界的に「がんと診断された時から緩和ケアを受ける方がよい」という流れが医療界に生まれた。その流れを受け、日本でもがん対策推進基本計画(第2期、2012)に「患者とその家族などががんと診断された時から身体的・精神心理的・社会的苦痛などに対して適切に緩和ケアを受け、こうした苦痛が緩和されることを目標とする」と盛り込まれ、平成十八年法律第九十八号がん対策基本法第十七条において「国及び地方公共団体は、がん患者の状況に応じて緩和ケアが診断の時から適切に提供されるようにすること」と定められた。

 早期からの緩和ケアには、診断された時から病気や治療に対する不安、治療に伴う心身の苦痛を和らげることはもちろん、家族等のケアもカバーすることによって患者の生活の質を高めてうつ症状などを減らすことで、がん治療の効果を高めたり、寿命をも伸ばしたりする効果があるとされている。

 私はそれを知っていたから、冒頭の友人にも迷わず「早期からの緩和ケア」を勧めたのだ。

 だたし、早期からの緩和ケアを求める患者は増えつつある現在、課題もある。治療を受けている病院に専門の緩和ケア科等がない場合には、どこで緩和ケアをうけたらいいのかわからないのが現実なのだ。

「どの施設に外来が設置されているのかわからない」し「探しにくい」というのが患者本人や家族の本音だろう。

 その課題をクリアするために誕生したのが、前述したウェブサイト<早期からの緩和ケア外来Web>(https://pluscarekanwa.jimdofree.com/)だ。

 このサイトの作成者で、「他院での抗がん治療中に専門的緩和ケアに継続して通院できる外来窓口」についての情報を集約・公開した緩和ケア医で一般社団法人プラスケア代表理事の西智弘氏に、サイトの狙いについて話を聞いた。

 まずはこのような専門サイトを作成するに至った問題意識について聞いてみた。

 西氏は、

「早期からの緩和ケアをどこで受けられるかという情報がなかったために、患者さんはありそうな病院のウェブサイトをいちいち調べなければならず、医療者側も緩和ケアを勧めた際に『それはどこで受けられるのですか?』と聞かれても答えられませんでした。早期からの緩和ケア外来を実施している施設の情報を集約すれば、患者さんがより緩和ケアにつながることができると考えました」

 と話す。

緩和ケア病棟のある施設の46%に緩和ケア外来がある

 情報収集は手作業で行われた。

 西氏は全国の緩和ケア病棟もつ457施設に早期からの緩和ケア外来を設置しているかどうかについて調査票を送り、2022年1月段階で約5割からの回答を得た結果、167施設で外来が設置されており、457施設のウェブサイト情報も加えたところ計209施設で実施されていることがわかった。

<早期からの緩和ケア外来Web>では、患者が各病院に問い合わせなければならなかった申込方法、紹介状の必要性、予約待ち時間、平均的な通院頻度、通院可能範囲、予約外・救急受診の可否、オピオイドなどの処方方法などの情報が病院ごとに掲載されており、患者側の手間を大きく省き、より緩和ケアにつながりやすくなるよう工夫されている。

外来で早期からの緩和ケアを受ける意義は

 基本的な早期からの緩和ケアは、治療医や腫瘍内科医、看護師などからも受けていることが多い。しかし、診断されたことによる精神的なショック抗がん剤治療などにともなう副作用の苦痛や、患者を支える家族が感じる苦労などをじっくりと聞いてもらう時間や機会は少ない。

「私の緩和ケア外来では、治療してくれている医師に弱音を吐けないというお話をよく聞きます。治療や検査に前向きな姿勢でいないと見捨てられるんじゃないかという恐怖を感じる方が少なくないのですね。たとえば抗がん剤がつらくて止めたい気持ちと長く生きたいという葛藤など話しづらいそうです。

 患者さんは家族とも後ろ向きな話はしづらくて、心が弱っている時の話を誰も聞いてくれない、相談できない、医療的なアドバイスも治療医から受けられないということになります。家族は家族で気を遣いすぎてヘトヘトになっていたりします。

 そういった時に、緩和ケアの外来では専門医や看護師が悩みを一緒に考えてくれたり、苦痛を和らげる治療を受けたりすることができる。そこから治療医に言いたいこと、聞きたいことを整理できるようになる方もいます」

 治療医が緩和ケアについて十分な知識を持っていないこともある。患者が早期からの緩和ケアを受けたいと申し出たところ、「緩和ケアは終末期のものだから、あなたはまだその段階ではありませんよ」と言われるケースもあるそうだ。患者側が緩和ケア外来の存在を知っていれば「この病院に紹介状を書いてほしい」と治療医に求めることができると西氏は言う。

「どこで緩和ケア外来が開設しているかという情報があれば、具体的な要望を伝えられますから患者がイニシアチブをとることができますし、そうなればたいていの医師が紹介状を書いてくれるでしょう。また、自院に早期からの緩和ケアの体制がない治療医もこのサイトの情報で患者に提案することができるので、医療者にもメリットは大きいはずです」

全国地図を見ると空白地帯も

 がんそのものの治療には多少遠くても通える患者でも、抱えている苦痛を和らげるための緩和ケアが遠方では気軽に受診できず、いざという時に頼ることも難しくなってしまう。西氏は、緩和ケアは患者の地元など通いやすい範囲にあるのが望ましいと考えている。

「例えば、痛みがひどい、気になる症状があるなどすぐに診てほしいという時に、遠方のがん治療を受けている病院に行く前に地元の緩和ケア外来で診察してもらえれば、患者の大きな安心にもなります。緩和ケア外来で応急処置ができるケースもありますし、治療病院と連絡を取って判断できることもありますから、通いやすい地元で緩和ケアを受けるメリットは大きいと考えています。サイトの病院情報には24時間対応かどうかなど予約外・救急受診についても記載してあります」

<早期からの緩和ケア外来Web>にあるgoogleマップを見ると、人口分布との関連もあるだろうが、空白地帯があることがわかる。地方ではいまだに緩和ケアは終末期に受けるもの、ホスピスのことだといったイメージを持つ人が多いが、地元に該当する施設がないことも影響していると考えられるだろう。緩和ケアは早期から受けるものという知識が広まったとしても、肝心の施設がなければ絵に描いた餅になってしまう。現時点の調査で掲載されているのは緩和ケア病棟を持っている病院のみだが、今後はそれ以外の病院や診療所などで早期からの緩和ケアを実施している施設を追加していく予定だ(訪問診療は除く)。

「今回の調査対象以外に早期からの緩和ケアを実施している、外来を設置しているという施設の方は、ぜひご連絡いただきたいと思います。それによって空白地帯が少なくなることも考えられますし、より患者さんが緩和ケアとつながりやすくなるでしょう。自分の施設でも外来を設置してはどうかなど病院側への刺激になるという期待もあります」

早期からの緩和ケアは医療者にもメリットがある

 早期からの緩和ケアは、医療者にもメリットがある。各がんの専門医や腫瘍内科医も基本的に緩和ケアを担っているが、患者一人ひとりの事情にきめ細かく寄り添うには時間も幅広い知見も必要になるために負担が大きくなってしまう。早い段階から緩和ケアのチームが入ることで、彼らが治療や検査に専念でき、患者の苦痛全般により対応することができるようになるという。

 そして、緩和ケア医にもメリットがあると、西氏は自身の経験を語った。

「終末期から緩和ケアに来られる患者さんは、余命あと2週間ほどというところで初診ということもあります。その2週間で患者さんと関係性を築き、その方の人生観ややりたいことを聞こうと努めるのですが、『一度、自宅に帰りたかった』などもっと早ければ叶ったはずの要望があったりします。余命いくばくもない患者さんに『初めまして』から緩和ケアを始める精神的なストレスは、ものすごく大きいものです。もちろん人の死はすべからず悲しいのだけれど、最期の一押しだけに関わるのは、本当につらいんです。自分は専門家なのに、この人やご家族に対して何もできなかったと感じてしまいます」

「早い段階から患者さんやご家族と一緒に未来を見据えたロードマップを考えて、長い経過で付き合っていれば患者さんの最期に『やりきりましたね』と心から言えますし、緩和ケア医としての納得感もあります。早期からの緩和ケアは、患者さん、治療医、緩和ケア医それぞれにとってメリットが大きいものですから、多くの方にこのサイトの情報を活用していただきたいと思っています」

【関連リンク】
緩和ケアについて(国立がん研究センター がん情報サービス)
https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/relaxation/index.html

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