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(宮前 耕也:SMBC日興証券 日本担当シニアエコノミスト

 ロシアウクライナ侵攻に対し、米欧日は強力な経済制裁へ踏み切った。国家の役割として、安全保障が経済活動に優先することを明確に示した。今回のロシアの行動を失敗に終わらせるため、そして軍事力により国境線変更など現状の変更を試みる勢力を牽制するため、米欧日による今回の措置は必要不可欠と言える。

 一方で、グローバル経済には、やむを得ないことだがダメージが生じる。仮に早期停戦に至っても、双方が納得する落としどころを確保するまで、経済制裁は長引きそうだ。特に、ロシアからの原油、天然ガスの供給縮小による影響が大きいだろう。仮にロシアからの供給が途絶えればどの程度のインパクトを与えるか、整理してみる。

【原油市場:石油生産シェア】

 ロシアの石油生産量は、旧ソ連崩壊後の混乱や原油安により1990年代に低迷したが、2000年代前半に回復した。ロシア危機後のルーブル安により輸出競争力が増す中、原油価格の上昇も相まって、生産の回復につながった。また、シベリアサハリンなどロシア東方の開発、インフラ整備が進み、2010年代も石油生産は拡大基調を続けた。

 ロシアの石油生産量は2019年に日量1168万バレルへ達し、コロナ禍後、OPECプラスの枠組みで協調減産に踏み切った2020年も日量1067万バレルと大台を超えた。

 2000年代後半以降、シェール革命で台頭した米国の生産量には及ばないものの、サウジアラビアの生産量には近接しており、近年2位争いを繰り広げている。世界に占めるロシアの石油生産シェアを見れば、米国の18%台には及ばないものの、サウジアラビアと同様に近年12%台で安定している。

原油供給者としてサウジに匹敵する規模のロシア

【原油市場:石油輸出シェア】

 原油市場における国際的な影響度を見る上では、生産量もさることながら輸出量がより重要となる。2000年代前半まで石油の輸出量が最も大きかったのはサウジアラビアだが、2000年代後半にロシアが追い付いた。また、シェール革命による生産能力拡大により、米国の輸出量が2010年代に急増、2020年には協調減産に踏み切った両国をわずかながら追い抜いた。

 2020年時点の輸出シェアは、米国が12.5%、サウジアラビアが12.3%、ロシアが11.4%である。ただし、米国は輸出シェアが首位であるものの、国内消費量が大きく、純輸入国だ。輸出入をネットしてみれば、原油市場におけるロシアの供給者としての影響度は、サウジアラビアに匹敵する大きさになる。

ロシアは輸出量の6割程度を失う可能性

 貿易金融の制限や外資撤退を含め、ロシアからの石油調達を回避する動きが広がりつつある。ロシアからの供給停滞で、世界の石油輸出量がどの程度、縮小するであろうか。

 ロシアの主要輸出先のうち、ベラルーシなどの独立国家共同体CIS)や中国に加え、安全保障面で近年ロシアへの依存度を高めているインドが調達を継続する可能性がある。一方、欧州、日本、米国、豪州等は調達を回避しよう。

 CIS、中国、インド以外が調達を回避すると仮定すれば、ロシアは輸出量の61%程度を失うことになる。短期の時間軸で見れば、欧州や米国を中心にロシア産原油の輸入をストップし、需給逼迫そして価格上昇へ至ることになるだろう。

 ただ、中期的には原油貿易のリバランスにより需給逼迫が緩和すると考えられる。中国やインドが非ロシア産原油からロシア産原油へシフトする一方、欧州や米国、日本が非ロシア産原油の輸入を拡大する構造変化が想定される。

 ロシアの輸出量の61%程度は、世界全体の輸出量の約7%に相当する。短期の時間軸では、日量450万バレル程度の供給が消失する可能性がある。

 国際エネルギー機関(IEA)は3月1日、加盟国が有する15億バレルの備蓄のうち、4%に相当する6000万バレルの放出を決定した。期間は30日間とすれば、日量200万バレルの供給が補われる。また、OECD加盟国の商業用在庫は、2022年1月末時点で26億7600万バレルある。

 国家および民間の備蓄を合計すれば、世界全体の消費量の47日分、ロシアからの供給消失の約2年半分を賄うことができる。サウジアラビアなど供給余力のある国が増産を図る可能性もあり、先進国の備蓄がただちに枯渇するような事態には至らないとみられる。

 ただし、商業用在庫水準が、原油1バレル140ドル台を記録した2008年7月の水準(26億5100万バレル)まで落ち込むのは時間の問題であろう。

 特に、現局面では、気候変動に対処するため脱炭素の歩みを止めるわけにもいかず、原油高が中期的に生産能力増強を促すメカニズムが機能しづらい。原油相場は1バレル100ドル台を突破したが、さらに上昇する可能性もありそうだ。

天然ガスの輸出シェアでトップを走るロシア

【天然ガス市場:天然ガス生産シェア】

 ロシアの天然ガス生産量は、旧ソ連崩壊後の混乱により1990年代に低迷したが、2000年代に回復した。ロシア2000年代まで最大の天然ガス生産国であったが、2010年代にはシェール革命により復活した米国が最大の生産国となった。

 2020年の天然ガス生産シェアは、首位の米国が23.7%、第2位のロシアが16.6%だ。第3位はイランで6.5%、第4位は中国で5.0%、第5位はカタールで4.4%と続く。

【天然ガス市場:天然ガス輸出シェア】

 天然ガス市場における国際的な影響度を測る上で、より重要となる輸出量を見ると、最も大きいのはロシアで、2020年のシェアは25.3%に上る。米国は生産量が最も大きいが、国内の消費量も大きいため、輸出シェアは14.6%で2位だ。シェール革命の恩恵で、2010年代後半以降に増加ペースを速めたが、まだロシアとは差がある。

 なお、中東地域の輸出シェアは全体で合わせてみても、米国にわずか及ばず14.3%だ。

ロシアが今回の一件で失う天然ガス輸出量は?

 ロシアからの天然ガス調達を回避する動きが広がれば、世界の天然ガス輸出量はどの程度縮小するであろうか。2020年のロシアの天然ガス輸出の内訳を見ると、欧州向けが77.0%と圧倒的に大きい。欧州向けのうち、パイプライン経由が90.6%を占める(輸出量全体に対する比率は70.4%)。

 石油と同様、CIS、中国、インド以外がロシアからの天然ガス調達を回避すると仮定すれば、ロシアは輸出量の84%程度を失うことになる。世界全体の輸出量との対比では約21%に相当する、年換算2000億m3の供給が消失する可能性がある。天然ガス市場ではロシアの供給者としての役割が大きいこともあり、原油市場と比べて需給へのインパクトは大きい。

 ただし、現実問題としては、パイプライン経由の依存度が大きい分、ロシアからの調達を完全に回避することができるかは疑問だ。欧州は天然ガス輸入の79.6%をパイプライン経由で賄っており、うち37.5%(全体の輸入量に対する比率では29.8%)をロシアから調達している。

 天然ガスの供給に際しては、パイプライン網が一定の圧力を維持する必要があるが、例えば、事前通告なしにロシアからの供給が遮断されれば、安定供給に支障が生じ得る。仮にLNGによって代替調達できても、パイプライン網の圧力をうまく調整できるか否か不透明だ。

 すなわち、石油と異なり、天然ガスについては、ロシアからの調達を回避したくとも、難しいのではないか。言い換えれば、天然ガス輸出はロシアにとって欧州に対する交渉材料となり、事態を複雑にする。元来、欧州にとって天然ガスのロシア依存はエネルギー安全保障上の問題とされてきたが、現実のリスクとなっている。

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