
(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)
ロシアのプーチン大統領は2月27日、ウクライナをめぐってロシア軍の「核抑止部隊」に戦闘のための特別態勢をとるよう命じた。これが具体的に何を意味するのかは不明だが、世界は広島・長崎以来初めての核戦争の脅威に直面している。
そんな中で、安倍晋三元首相が「核シェアリング」に言及し、これに呼応して日本維新の会も「核共有に関する議論を開始すべきだ」という提言を発表したことが論議を呼んでいる。これには非核三原則の見直しが必要になるからだ。
非核三原則はなぜ閣議決定されなかったのか
安倍氏はフジテレビの番組でこう発言した。
NATO(北大西洋条約機構)において「たとえばドイツやベルギーやオランダ、イタリアまで核シェアリングをしてるんですね。自国にアメリカの核兵器を置いていて、落としに行くのはそれぞれの国が行うというデュアリティ・システム(二重システム)なんです。
日本はもちろんNPT(核拡散防止条約)の加盟国でもありますし、非核三原則がありますが、世界はどのように安全が守られているかという現実について、議論していくことをタブー視してはならないと思います。
ここにはちょっと誤解がある。NATOに配備されている戦術核兵器は地上戦用の対戦車ミサイルであり、「落としに行くのはそれぞれの国が行う」わけではない。核兵器の指揮権はアメリカにあり、その同意なしで配備された国が使うことはできない。
非核三原則は、1971年に行われた核兵器を持たず、作らず、持ち込まさずという国会決議である。日本はNPTを批准した非核保有国なので、条約を脱退しない限り、核兵器を保有も製造もできない。問題は第3原則(持ち込まさず)である。
安倍氏も指摘するように、ドイツなどの非核保有国も、米軍の核兵器を配備しているが、日本だけは非核三原則で持ち込みを禁止している。これは国会が内閣に要請する形をとっていたが、佐藤栄作内閣は閣議決定しなかった。それはなぜだろうか?
非核三原則は沖縄返還協定と矛盾する
日米安保条約では、核兵器の持ち込みには事前協議が必要だったが、その対象になっていたのは「日本国内」だから、沖縄返還までアメリカの施政権下にあった沖縄は対象外だった。沖縄には、最大1300発の核兵器が陸上配備されていた。
これは日米双方の了解事項だったが、沖縄返還のとき佐藤首相は「核抜き・本土並み」による返還を求め、アメリカはそんな約束はできないので交渉は難航した。その結果、1969年の佐藤=ニクソン会談で、核持ち込みの密約が結ばれた。民主党政権が公開したその議事録には、こう書かれている。
日本を含む極東諸国の防衛のため米国が負っている国際的義務を効果的に遂行するために、米国政府は、極めて重大な緊急事態が生じた際、日本政府との事前協議を経て、核兵器の沖縄への再持ち込みと、沖縄を通過させる権利を必要とするであろう。米国政府は、その場合に好意的な回答を期待する。
この密約には重要な含意がある。非核三原則の第3原則(持ち込まさず)は嘘だということである。アメリカ政府は有事には(事前協議の上で)核兵器の沖縄への再持ち込みができ、そのとき日本政府は「持ち込ませない」という約束はしていない。
1978年に内閣法制局は「核兵器であると通常兵器であるとを問わず、これを保有することは同項(憲法9条2項)の禁ずるところではない」と正式に解釈した。したがって非核三原則の第3原則は、「有事の持ち込み」を認める沖縄返還協定と矛盾する。それが今に至るも、閣議決定さえできない原因である。
安倍氏も指摘するように、非核保有国であるドイツなどにも米軍の核兵器が配備されている。ドイツは核兵器の国内配備を認め、共同管理する二重の鍵(dual key)と呼ばれる方針をとった。ここでは核の存在を公然と認め、米軍がドイツ国内で指揮権を行使することを認める一方、ドイツもそれに対する拒否権をもった。
これは安保条約で事前協議なしで米軍が核兵器を使用できないと定めたのと同じであり、沖縄では「核共有」が行われていたのだ。違うのは日本の「二重の鍵」が密約で決められ、非核三原則という嘘の封印で使えなくなっていることである。
密約では「核抑止力」にならない
沖縄返還協定の「有事の核持ち込み」の密約は今も生きているが、米軍は今は沖縄に核を配備していない。核兵器の性能が上がり、戦術核を沖縄に配備するよりICBM(大陸間弾道ミサイル)やSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)などの戦略核兵器をアメリカ領土内に配備したほうが効率がいいからだ。
では日本側にアメリカの核兵器を再持ち込みする意味はあるだろうか。日本国内に、ドイツのような戦術核兵器(地上戦用の対戦車ミサイル)を配備する意味はない。配備するなら台湾や韓国だろう。
戦略核兵器はどうだろうか。これについては、専門家の中でも意見がわかれている。ICBMは戦術核とは違って核抑止兵器なので、在日米軍基地に配備するのは危険である。その基地が敵国の攻撃対象になるからだ。今は戦略核兵器の主力はSLBMだが、それがどこに配備されているかは軍事機密で、バイデン大統領さえ知らないので、日本政府がその情報を共有することはできない。
巡航ミサイルはどうだろうか。かつて太平洋の第7艦隊は巡航ミサイル「トマホーク」に核弾頭を搭載していたが、今は搭載していない。だがグアムに配備されている戦略爆撃機を日本国内の基地に配備し、核弾頭を搭載した巡航ミサイルを搭載することはできる。
要するに核共有といっても、今までとまったく違う核戦力を日本がもつわけではなく、アメリカの「核の傘」の下に入っている状況は変わらない。違うのは、それを抑止力にするには密約ではなく、日本国内に核を持ち込んだと対外的に発表する必要があることだ。
この点で「核共有を議論するが非核三原則は議論しない」という維新の提言は逆である。非核三原則がある限り、核共有は意味がない。核ミサイルを戦略爆撃機に搭載して国内に持ち込むことは技術的にはむずかしくないが、それをこっそりやっても意味がない。条約で正式に認め、対外的に発表する必要があるのだ。
プーチン大統領が核兵器の使用を示唆したことは重大である。核抑止力をもたないウクライナのような国は、通常兵器で攻撃されても戦術核で反撃できない。NATOの戦略核は、それに対するロシアの反撃を誘発して第3次世界大戦の引き金を引く可能性があるので、容易に使えない。
今後、台湾や朝鮮半島がウクライナのような状況になり、沖縄返還協定にいう「極めて重大な緊急事態」になったとき、あわてて事前協議しても間に合わない。国会で「非核三原則に違反する」という議論が出てきて紛糾するだけだ。
国防の根幹にかかわる問題が、このような矛盾した密約で決まっているのは危険である。日本には「核を持ち込ませない」という原則は存在しない。国会で非核三原則を議論し、第3原則を破棄する国会決議を出すべきだ。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] 提言:国家安全保障戦略の改定で非核三原則の見直しを
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