(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト

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 連日、ウクライナ危機関連の照会を受けるが、足許で増えているのが「ロシアデフォルトが騒がれているが、破綻の連鎖に至る心配はないか」といった金融システムへの影響である。

 2月28日、国際金融協会(IIF)が一連の金融制裁により、ロシア経済がデフォルトに陥る可能性が「極めて高い」とする見解を発表している。外貨準備の過半が凍結されている以上、ロシアルーブル下落を止める手段は実質的に封じられており、対外(外貨建て)債務の返済可能性は絶望的である(以下の記事を参照のこと)。

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◎「実は、ロシア中銀資産を大量に保管する日銀が踏み切った取引禁止措置の奥の手」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69069)

 結論から言えば、ウクライナ危機に伴うロシアデフォルトが世界的なシステミックリスクに発展する可能性は低い。ロシアは軍事大国だが経済大国ではない。

 ロシアの名目GDP規模(約1.5兆ドル)に対する倍率で比較した場合、米国は14倍、中国は10倍、日本は3.4倍、ドイツは2.6倍、英国は1.8倍と大きな開きがある(図表1)。

【図表1】

 広大な国土と豊富な資源、強固な軍事力のイメージを背景に経済大国のイメージも抱かれやすいが、ロシアの経済規模はブラジル、カナダ、韓国、スペインと近い。

 もちろん、小さな国ではないが、「大国」との形容が付きやすい同国のイメージに照らせば、見劣りするものだろう。いずれにせよ、この程度の経済規模ならば、必然的にシステミックリスクに直結するクロスボーダー与信の規模も限定的なものが想像される。

クリミア侵攻後、世界が進めたロシア離れ

 具体的に数字を見てみよう。

 国際決済銀行BIS)のデータによれば、2021年9月末時点でロシア向けの対外与信残高は世界全体で1047億ドル存在する。これは世界全体の対外与信残高の0.3%でしかない。

 国別に見ても、最も大きい部類に入るフランスでもロシア向け与信残高は240億ドル程度であり、同国の対外与信残高全体の0.5%にとどまる。対外与信残高に占める割合が最も大きなオーストリアでも3.6%である(図表2)。

【図表2】

 ロシアの対外債務がデフォルトしても、それにより国際金融システムが瓦解するような話にはなりそうにない規模である。

 そもそも2014年のクリミア侵攻以降、西側陣営は貿易面のみならず、金融面でもロシアから距離を取るようになっていた。

 これは、ロシアとの貿易関係が分かりやすい。

 図表3に示されるように、2014年以降、最大の貿易相手国であったEUは明らかにロシア依存度を下げており、その代わりに中国の存在感が増している。これは2017年以降、ロシアの外貨準備運用において非ドル化が進んできたことと無関係ではないのだろう(詳しくは「実は、ロシア中銀資産を大量に保管する日銀が踏み切った取引禁止措置の奥の手」をご参照)。

【図表3】

 思い返せば、2014年当時もロシアに対するSWIFT遮断を求める声はあった。

 結果論だが、来るべき衝突を見越して西側陣営・ロシアの双方共にお互いから距離を取ってきたという構図に見える。2014年のクリミア侵攻という事前の暴挙が、足許の経済・金融面でのショックを緩和する契機になったと考えられる。

SWIFT遮断の「骨抜き」批判は誤り

 なお、金融関連では3月2日、欧州委員会が追加制裁としてロシア大手7行に対してSWIFTを遮断すると発表したことが注目されている。ただ、最大手行のズベルバンクと、エネルギー調達にとって重要なガスプロムバンクを対象外としたことで、「骨抜き」という批判が散見される。しかし、現在起きていることを客観的に見る限り、そのような批判は正しくない。

 もちろん、最大手行などを対象外とする措置はロシアから欧州への天然ガス供給を温存するための西側陣営の保身的な措置という側面もある。EUの使用する天然ガスの4割がロシア産であり、この売上高(つまり外貨)はロシアに流れることになる。

 ロシアの世界向け輸出の半分が鉱物性燃料(つまりエネルギー)ということを踏まえれば、ここを断たれればロシアは外貨を稼ぐ手段の大半を失うことになる(SWIFTは送金を効率化する手段であって、外貨を稼ぐ手段そのものではない。それはあくまで資源輸出である)。

 同時に、鉱物性燃料輸出はロシア政府の主たる財源(4割弱)なので、最大手行も含めて制裁対象とすれば、ほぼ確実にロシアの国庫は払底するだろう。

 そもそもSWIFT遮断の一報に対して、欧州に対する天然ガス供給停止というロシアにとっては「最強の(西側陣営にとっては最悪の)カード」を切れないのは、それをやれば収入が断たれるからだと推測される。このような事情を踏まえると、今回の欧州委員会決定を受けてロシアが安堵している可能性は高い。

 しかし、だからと言って、SWIFT遮断が無意味という話にはならない。

 周知の通り、SWIFT遮断は実施前からロシアルーブルの暴落を引き起こしており、もはや反転の目途は立たない。

 本来はロシア中銀が外貨売り・ロシアルーブル買い介入で支えたいところだが、その原資である外貨準備も大方が凍結されて使用できない。ロシアに物資を輸出する国の企業は暴落するロシアルーブルで売り上げを受け取ることを拒み、ドルやユーロ、円などを要求するだろう。しかし、それも塞がれている。

 つまり、現時点でロシア企業との貿易取引が禁じられているわけではないが、SWIFT遮断によってロシアルーブルが暴落したことで、多くの企業はロシアとの貿易取引を忌避したい状況に直面している。これがSWFIT遮断の現時点で発生している効果であり、「骨抜き」批判は全く正しくない。

「ロシア抜きの世界」が意味するもの

 BISデータも示す通り、ロシアの金融システムが瓦解しても国際金融システムが揺らぐことはない。むしろ、ロシアの金融システムが国際金融システムから切り離されることで、ロシアルーブルが暴落し、これを楔として、ロシアの実体経済が壊れていくというのがこれから起きようとしていることだろう。

 もちろん、これから到来する「ロシア抜きの世界」では、資源供給が今までよりは細るため、資源調達の多様化などが模索されるだろうが、物価上昇圧力は残存する可能性が高い。プーチン政権が存続する限り、この状況は続くのだろう。

 だとすれば、「ディスインフレの時代」から「インフレの時代」への過渡期に我々は立たされていると考え、経済・金融情勢、ひいては資産価格の見通しを作る時代に入ったということになる。歴史のパラダイムシフトと言っても大げさではない。

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