(羽田 真代:在韓ビジネスライター)

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 韓国の大統領選挙に出馬した野党第一党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補が3月1日に新たな公約を発表した。

 内容は「市民団体の不法利益を全額回収し、苦しい状況にある自営業者や弱者のために使う」というもので、彼は自身のSNSを通して、以下のように公約の内容を説明した。

「与党(共に民主党)で性的暴行事件が起こった際、女性団体は沈黙を貫き、全国に太陽光パネルが設置されても環境団体は知らぬ存ぜぬであった。それどころか、利益を得ていた」
「全国民から指弾された正義連(正義記憶連帯/旧:挺対協)や光復会のように、税金と寄付金を横領する事態まで起こった。彼らは、韓国歴史の悲劇を自分たちの着服と出世の手段にした」
「私は市民団体の不法な利益を全額回収する。市民団体の公金流用と会計不正を防止できる“尹美香(ユン・ミヒャン/挺対協前代表)防止法”通過も推進する」

 ここで述べられている与党の性的暴行事件とは、2020年に自殺した朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長によるセクハラ事件のことを指していると思われる。また、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補の兄嫁に対する性的暴言や甥が起こした殺人事件も連想される。

“全国民から指弾された正義連”とは、尹美香前代表による不当な不動産売買や横領などの容疑について指し、“光復会”とは先月(2月)発覚した金元雄(キム・ウォンウン)会長による横領のことを指している。

 尹候補は自身が大統領に就任して市民団体の不法利益を全額回収できれば「苦痛に強いられている自営業者と貧しい弱者のために使う」とも公言した。

【著者の参考記事】
◎「ロシアのウクライナ侵攻であり得ないコメントを出した李在明候補の大統領の器」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69058)

廃業する自営業者を無視できない大統領候補

 日本と同様に、韓国も新型コロナウイルスによる感染者が急増し、飲食店などが休業もしくは時短営業せざるを得ない状態となっている。韓国では自営業を営む人の割合が高く、2020年のデータには75万1008人いるとある。

 これら自営業者が収入源によって廃業を余儀なくされるケースも多く、2月23日に公表されたデータによると、飲食店廃業率はついに18.1%に達したそうだ。これは全産業平均10.9%よりも7.2%高い。先ほどの2020年のデータを基に廃業に追い込まれた自営業者の人数を算出すれば、13万5926人という数字がはじき出される。

 廃業者の多くは大統領選挙の投票権を持っており、そのことを鑑みると決して蔑ろにできない数字だ。

 少々余談にはなるが、「“雷乞食ではなく、本物の乞食だった” 文政府5年、下位10%悲鳴(2022.03.02)」という興味深い記事が中央日報から出された。

“雷乞食”とは、住宅価格がいつか下がるだろうという見通しを信じ、住宅を購入するチャンスを逃した人のことをいう。表題を読んだだけで記事の内容は理解されたのではないだろうか。

 韓国では上昇し続ける住宅価格が深刻な社会問題となっている。

 最近になって、「ソウル市内のマンションが1年ぶりに落札価格が鑑定価格を下回った」と発表されたが、それでも尹候補の言う“貧しい弱者”たちにとって住宅購入は高嶺の花だ。

 中央日報の記事にはこうも書かれていた。「韓国資産上位10%(総資産約1億7000万円以上?)は急激に増加している反面、下位10%は資産よりも負債の方が多かった(約マイナス80万円)」

 韓国ではここ数年で貧富の差がますます広がって、下位10%は資産すらない。やはり社会的“弱者”に住宅など購入できるはずがないのだ。

「先進国」を自認する韓国の裏側

 この状況に腹を立てる韓国人は、以下のように現政権を指弾する声を上げている。

「これが、現政権が望んでいたことだ」
文在寅ムン・ジェイン)政権は目的を遂行しており、次期政権が共に民主党で5年維持されれば韓国は没落させられる。悪いのは共産主義政権!民主党はその名を捨てろ!!」
「これが文在寅の言った、過去に経験したことのない国だ。退任後、過去に経験したことのない国民審判を受けろ」

 文大統領は事あるごとに、「韓国は先進国になった」「世界10位の経済大国だ」と自身の政策を正当化してきたが、これらは表面上のことであって、実際は、“貧しい弱者”を生きづらくさせただけであった。

 正義連や光復会のように、団体に属して不正を働き私腹を肥やす韓国人がいる反面、懸命に働いても日々の暮らしがやっとという韓国人もいる。彼らが怒りを露わにするのも無理はない。

 話を尹候補に戻そう。今回の大統領選挙に出馬している候補は皆、大統領に相応しい人物だと言い難い。だが、筆者はその中でも尹候補が最もマシだと考えている。理由は、不適切な発言や行動は他の候補者同様に度々見られるものの、彼自身の大きな不正や疑惑は今のところ発覚していないからだ。また、人のために働くという姿勢も感じられる。

 今回彼が掲げた「市民団体の不法利益を全額回収し、苦しい状況にある自営業者や弱者のために使う」という公約は、多くの韓国人が以前より指摘してきたことであった。だが、大統領候補たちはこれまで挙って目を背けてきたほど、できることなら関わりたくない厄介な問題でもある。

尹候補は明確なビジョンを持っているか?

 韓国の市民団体数は非常に多く、主務省庁である行安部に登録されている非営利民間団体数は1万5336団体あるとされている(2021年6月30日のデータ)。尹候補が新たな公約を掲げたことによって自営業者や弱者の票を得られる一方、これら団体に所属する多くの人々を敵に回す可能性も懸念される。

 それでも投票前に彼がわざわざ公約としてこの問題について言及したのは、やはり彼が正義感の強い人物だからにほかならず、また、明確な政治ビジョンを持っているからだろう。

 かつて、曺国(チョ・グク)前法相の起訴をきっかけに文在寅政権と対立した時のように、彼は再び大きな不正に立ち向かおうと決めたようだ。

 尹候補は、3日(3月)未明に「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)候補と一本化することを発表した。安候補の票は与野党で分散されることが予想されるが、一本化によって尹候補の勝利が一歩近づいたと見られている。

 彼が大統領に就任して5年の在任期間中一度も不正に手を出さなければ、不正にまみれた韓国情勢は少し改善されるかもしれない。

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市民団体の不正利益を改修すると公約した尹錫悦候補(写真:新華社/アフロ)