現代の戦争における、いわゆる「定石」といえるもののひとつが「航空優勢の確保」です。しかしウクライナに侵攻したロシア軍は、これを軽視あるいは無視したかのような不可解な作戦行動をとりました。どう読み解けるのでしょうか。

ウクライナの徹底抗戦とロシア軍の不可解行動

2022年2月24日ロシアによるウクライナ侵攻を契機とする戦争も、同3月3日でいよいよ第2週目に入りました。

この1週間の動きや錯綜するさまざまな情報などから、ロシアプーチン大統領は、早ければ開戦から2日のうちに勝利しウクライナを併合、大ロシアを再興するという甘い見積もりで戦争に踏み切ったのではないか、という見方が強まりつつあります。

プーチン大統領の思惑はどうあれ、実際にロシア軍は「土台の腐った納屋などひと蹴りで倒壊させられる」と言わんばかりの速攻作戦を実行しました。ところがウクライナ軍による頑強な抵抗にあい、わずか1週間で自軍に2000人とも6000人ともされる死傷者を出してしまう大失敗を招いてしまいました。

両国の軍事力は防衛費で比較すると、ロシア10に対しウクライナは1。単純に考えれば勝負にさえならない差があるにもかかわらず、なぜロシアは多数の犠牲者を出しつつ、当初の作戦を遂行できていないのでしょうか。

その理由のひとつは、戦争の常識を無視したロシア軍の不可解な作戦行動にありそうです。

ロシア軍が大損害を被った主要な原因のひとつに、航空優勢を得られなかったという点が挙げられます。「航空優勢」とは「ある空間において、ある時間内、味方の航空活動において大規模な妨害を受けることがなく、また敵国の航空活動を困難とさせた状態」を意味し、「制空権」という言葉でも知られます。

航空機は非常に速く、山や海にもさえぎられることがなく、爆弾や物資、人間を好きな場所へ即座に運ぶことができます。よって航空機を自由に使える場合は非常に有利に作戦を行うことができ、また逆に相手に使われると大変な不利となります。

航空優勢の確保が戦争の勝敗を決めてしまうことも珍しくなく、開戦時は航空優勢を確保するための作戦がほぼ必ず実施されます。より具体的に言うならば、敵航空機を離陸させないための飛行場への爆撃、そしてレーダー地対空ミサイルなど敵防空システムの破壊です。

航空優勢を確保しないとどうなるか ロシア軍の実例

ところがロシアによるウクライナ侵攻では、不思議なことが起こります。ロシア軍は航空優勢確保のための爆撃をひと通り実施しただけで、なぜか全く不徹底なまま「航空優勢を確保した」と判断、なんとまだ地対空ミサイルなどがたくさん残っているウクライナ本土に対し、ヘリコプター輸送機を突っ込ませ陸軍を送り込む「空挺降下作戦」を実行してしまったのです。

その結末は大変、無残なものでした。ウクライナ軍は最初の5日間で、ロシア空軍の飛行機29機、ヘリコプター29機を撃墜したと発表。この数字にはエンジン4基を搭載し兵員輸送にも使われるイリューシンIl-76大型輸送機が2機含まれており、最悪この2機だけで200人から400人のロシア兵が死亡した可能性があります。また、降下した空挺部隊が敵中に孤立したまま撃破されるといった事態も、少なからずあったようです。

ウクライナが巧妙に地対空ミサイルを隠蔽し、見事な「死んだふり」にロシア空軍がまんまと引っかかったという点はほぼ間違いないと思われますが、なぜロシア空軍の作戦がここまで杜撰だったのかは、さらなる調査が必要となるでしょう。

これはあくまでも筆者(関 賢太郎:航空軍事評論家)の推測ですが、ウクライナ軍が保有する地対空ミサイルはほぼ旧ソ連製のものであり、ロシア空軍は旧ソ連地対空ミサイルの怖さを甘く見ていたのではないでしょうか。

旧ソ連地対空ミサイルベトナム戦争で、中東戦争で、湾岸戦争で、ユーゴスラビア戦争で、常に西側諸国空軍を苦しめてきました。これが恐ろしくて仕方がないアメリカ空軍などは、地対空ミサイルを破壊するための専門部隊まで保有しており、たとえば三沢基地(青森県)に駐留する第35戦闘航空団がそれです。アメリカは戦争において徹底的に航空優勢の確保を行ってきましたが、それでもなおユーゴスラビア戦争では、ステルス戦闘機F-117旧ソ連地対空ミサイルに待ち伏せされ落とされています。

身をもって知る 実は優秀だった自国ロシアの対空火器

一方ロシア空軍は旧ソ連崩壊後、比較的小規模な武装組織や、比較的小国のジョージアを相手に戦ってきたものの、組織だった高度な防空システムを有する相手との戦いはウクライナが初めてです。

ウクライナでは地対空ミサイルを避けるため、非常に低い高度を飛んでいるロシア空軍機が多く目撃されています。低い高度はたしかに長射程の地対空ミサイルに狙われにくくなる利点がありますが、その一方で地上の機関砲や携帯型地対空ミサイルの射程に入ってしまう欠点があり、これもまた非常に危険です。

機関砲弾は、命中しても即座に墜落とは限らないので地対空ミサイルよりは脅威ではないものの、被弾すれば何かが壊れ修理が必要ですから、整備に時間を要し部品在庫も消費、稼働率を確実に下げるので、すでにかなりの機が飛行不可能になっている可能性もあります。

高く飛ぶと長射程地対空ミサイルでほぼ撃墜される、低空を飛ぶと消耗を強いられる。この厳しい状況にあってロシア空軍は7日目までに、さらに飛行機2機、ヘリコプター2機を失いました。最初の5日間に比べると損害が激減しており、ほとんど活動していないという見方もできます。

そうだとして、「活動していない」のか「活動できない」のかは不明ですが、いずれにせよ今後ロシア空軍は大きな変革が必要となるはずです。しかも間違いなくやってくる経済制裁の影響下にあって、それは苦難の道のりとなるでしょう。

ロシア空軍のイリューシンIl-76大型輸送機。生産数は1000機。ロシア空軍はウクライナにて、この無防備な機体をなぜか自殺的な作戦に投入し2機を失った(関 賢太郎撮影)。