韓国・中道野党「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)候補が、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補との一本化を投票直前の土壇場で決定した。大統領選挙の投票日は3月9日だが、事前投票が4日から開始されている。そのため、前日の3日が一本化する最終期限とみられていた。

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「国民の力」と「国民の党」の一本化案は、2月13日大統領選挙公示直後、安候補が尹候補に持ち掛けたことから始まった。しかし、尹候補は安候補が提案する一本化案にすぐに応じようとしなかった。それどころか、2月24日には安候補が取材陣からの「一本化の可能性はあるのか」との質問に対し、「尹陣営から何の連絡もなかった」と述べ、一本化の決裂宣言をしたほどであった。

 2月27日には、安候補から尹候補宛に交渉決裂通知も出されており、この日の取材にも、「今朝、尹候補側から伝えられた内容について考慮する価値がないと決断を下した」と、決裂の背景を報道陣に説明していた。その後も両候補者間で交渉は進められてきたものの、一向に内容が纏まる気配もなく、動向を見守る専門家や国民からは悲観的な見方が強まっていた。

 その間、有力候補者らによる討論会は全4回にわたって開催され、すべての討論会で両者は対立候補者として参加。激しい意見のやり取りがみられた。

 このような状況下、一本化の実現を的中させた専門家がどれほどいただろう。実際、筆者も一本化は実現しないものとみていた。

選挙のたびに撤退していた“哲秀”

 選挙活動開始後、安候補が有権者の挨拶回りに出歩くと、「今回は撤退しないのですか」と声をかけられる場面が度々登場する。有権者らがこのように声をかける理由は、安哲秀の“哲秀(チョルス)”と“撤退(チョルス)”が同じ発音で、選挙のたびに撤退する彼を皮肉っているのだ。

 彼は2012年の大統領選挙で、左派の文在寅ムン・ジェイン)候補と一本化し撤退したことがあった(結局は文候補と折り合いがつかず出馬断念した。この時は保守の朴槿恵パク・クネ>候補が当選)。

 また、2021年のソウル市長選挙時には、現ソウル市長の呉世勲(オ・セフン)候補と一本化、統一候補決定世論調査で呉候補に大敗したことにより彼は撤退した。これらのことから、国民にはすっかり“安哲秀=選挙に出馬すれば必ず撤退する”というイメージができあがっていた。

「今回は撤退しないのですか」と有権者から問われるたび、彼は「撤退しません」と最後まで戦い抜くことを宣言していたが、またしても彼は支持者を裏切る決断をした。特に今回は、在外韓国人らに対する裏切りが大きい。彼を信じ、彼の名前欄に判を押して投票した在外有権者らは、彼への失望感に今頃苛まれていることだろう。自身の票が死票へと変わったのだ。

 野党統一候補となった尹候補は、3月4日釜山での演説で、「安候補はこの一本化のために辞退されたが、これは撤回ではなく政権を交代してより良い国を作るための進撃だ。安哲秀の進撃だ!」と支持者らに訴えた。

左派活動家が支配する韓国MBS

 一方、彼らの一本化が進められるにつれ、左派の息がかかったメディアは李候補が優勢であるかのような報道をますます行うようになった。特にMBCの報道が酷く、李候補の街頭演説にはテレビ画面にあふれるほどの聴衆が写し出されたのに対し、野党候補の演説画面には聴衆がいないと、実際に大勢の聴衆が集まっているにも関わらず悪質な編集を行って歪曲報道した。

 また、MBCユーチューブ公式チャンネルには「李在明、永登浦(ヨンドゥンポ)優勢」「李在明、京義・南楊州(ナムヤンジュ)優勢」と、尹候補とは比べ物にならないほどの優勢報道が連日配信されている。支持率は尹候補の方が上回っている点を鑑みれば、意図的だと言わざるを得ない。

 実際、MBCは文政権下で経営理事会の保守派を追放した。社長も解任され、過去のストライキでクビになった組合活動家の社員を後任の社長に据えている。彼らが左派政権に有利になるよう歪曲報道を支持しているのだろう。MBC内のある労働組合が「偏向的な構成だ」と反発するほどだ。

 李候補の所属する「共に民主党」は、3月4日に米国の有名雑誌のタイムが「李候補のインタビュー記事を掲載した」「タイム誌は過去に、盧武鉉(ノ・ムヒョン)、李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵文在寅候補の単独インタビューを掲載し、韓国大統領当選者の予測をすべて的中させてきた」「李候補を大統領当選者とみている」と伝えた。

 この内容について、韓国メディア各社も一斉に報道しているが、タイム誌は米国の左派系メディアとして有名な報道機関である。この雑誌が李候補を取り上げたからと言って、彼が大統領選挙に当選する保証はない。むしろ、疑い深い筆者は「共に民主党」がタイム誌に費用を支払ってインタビュー記事を掲載してもらったのではないかと勘繰ったくらいだ。

安候補が撤退した本当の理由

 安候補は今回の撤退の理由を、「多くの方たちを説得できなかった。政権交代を熱望する声の方が多く、私はそれを超えることができなかった」「5年間、国民が分断された状態だ。国民を統合させるため、私はその牽引役となりたい」と述べた。

 彼は自身の力不足を認めた。支持率が二桁台ぎりぎりのところを推移しているのだから、これ以上の言い逃れはできなかったようだ。

 読売新聞の記事によると、韓国では投票率が10%以下だった場合、約1000億ウォン(約9億7000万円)の選挙資金はそのまま負債となる。党を合併させれば、彼の選挙費用は「国民の力」が負担してくれる。

 安候補がこのまま撤退せずに投票日を迎えていれば、選挙資金を「国民の党」が負担するだけでなく、次回以降の大統領選挙出馬すら危ぶまれる。彼は、今後自身に降りかかるであろう災難を回避したわけだ。それどころか、尹候補が大統領に就任すれば有力ポストに就けるだろうし、次期大統領選挙にも出馬しやすくなる。

 今回の撤退は彼にとって決して撤退に値しない。安候補の進撃が新たに始まっただけだ。ただ毎度、世間を引っ掻き回す朴槿恵氏と争った大統領選の撤退と、今回の撤退を国民が忘れていればの話だが。

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野党候補の一本化に成功した尹錫悦氏と安哲秀氏(提供:The People Power Party/Lee Jae-Won/アフロ)