(数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)

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 ロシアウクライナに侵攻を開始して10日以上が経過しました。開戦前、私を含む軍事専門家の誰もが、ウクライナ上空の航空優勢はロシアのものになると予測していました。ウクライナの航空活動はもって数日、早ければ数時間で終了するだろうと予想されていたのです。ところが、ウクライナ空軍は、現在でも活動を継続しています。

 もちろん、状況は苦しいようです。ウクライナ政府はNATOに飛行禁止空域の設定を求め、MANPADS(携帯式防空ミサイルシステム)より強力な対空兵器の供与も求めています。真偽の怪しい「キエフの幽霊」(防空戦で多数のロシア軍機を撃墜したとされるウクライナ空軍のパイロット)の噂を否定しないのも、戦意高揚のためでしょう。

 それでも現在までのところ、ウクライナ航空戦は、ウクライナ側にとって奇跡と呼んでいい状況が続いています。そこで以下では、これまでのウクライナ航空戦を概括し、ウクライナ軍善戦の理由を考察することで、今後の展望を提示したいと思います。

ロシア空軍の活動は低調

 3月6日現在、ウクライナ側の発表によるロシア軍の航空、防空戦力の損失は次の通りです。

・航空機:44機
・ヘリ:48機
・UAV(無人航空機):4機
・防空システム:21台

 ロシア軍は、ウクライナ周辺に500機の戦闘機/戦闘爆撃機、50機の戦略爆撃機を集めていました。損耗率としては、地上で侵攻しているロシア軍と同程度の損害を受けていると考えて良さそうですが、航空戦力は高価です。かなりのダメージを受けていると言ってよいでしょう。

 しかし、ロシア軍の思考に立てば、航空優勢の確保は、地上での戦局を有利にするために必須のはずです。損害が出ても、ウクライナ空軍を排除するOCA(Offensive counter air:攻勢対航空)、中でも防空網を破壊するSEAD/DEAD(Suppression/Destruction of Enemy Air Defence)は、最優先で完遂すべき作戦だったはずです。それができていれば、UAVの「バイラクタルTB2」によって多数の車両を破壊されることはなかったに違いありません。実際、上記戦果の内、航空機6機、ヘリ3機は、最新データが更新された24時間以内の数字です。無理を押して攻撃をしかけた結果です。

 しかしロシア軍の航空活動は、成功していないだけでなく、実施しようとする動きも見られません。これは、湾岸戦争以降の航空作戦の常識からかけ離れています。

 戦闘の開始から、つぶさに状況を見守っていた私は、開戦当日の時点で、このことを奇妙だと感じ、以下のようにツイートしていました。

 海外の専門家も同様に感じたようで「ミステリアスだ」と報じる記事もありました。それくらい、異常なことなのです。ウクライナ空軍の抵抗が頑強だというだけでなく、まるでロシア空軍に積極的な攻撃の意思がないようにさえ見えました。

活動が低調な理由、5つの可能性

 なぜロシア軍の航空活動は低調なのか。その原因として、いくつかの可能性が指摘されています。ここでは以下の5つの可能性を取り上げます。どれも、短期間に改善できる見込みは低く、ロシア軍が活動を活発化させればさらに被害が拡大し、撃墜される可能性が高まるでしょう。

(1)精密誘導兵器の不足

 ロシア軍に「PGM」(precision guided munition、精密誘導兵器)が不足しているのはほぼ間違いありません。特に、防空システムを破壊するための「ARM」(anti-radiation missile:対レーダーミサイル)は、撃ち尽くしてでも投入し、ウクライナの防空網を破壊するために使用するべき弾種ですが、2月24日に首都キーウで「S-300」防空ミサイルに迎撃されてからは、確実な投入実績の確認はされていません。ウクライナ側は「SAM」(地対空ミサイル)用のレーダーだけでなく、警戒管制レーダーさえ運用しているようです。

 そうした状況から、ロシア空軍はウクライナ国内に侵攻しても、中高高度を攻撃できるSAMによる迎撃を恐れ、低高度を飛行せざるをえなくなっています。結果的に、欧米諸国が多数供給した安価なMANPADSに撃墜されることさえ多発しています。

(2)ロシア軍防空システムから誤射を受ける可能性

 ロシア軍防空システムからの誤射の可能性ははっきりしませんが、捕虜となったロシア兵から得られた情報では、ロシア軍の通信が極めて貧弱で、部隊が混乱に陥っている様子です。防空システムからの誤射は、十分にありえる状態なのでしょう。

 ウクライナ側の事案ですが、キーウ上空でウクライナ軍のSu-27戦闘機ウクライナ側の防空システムによって撃墜されています。ロシア側で同様の事象が発生する可能性は高いと言えます。

(3)ロシア軍の練度不足

 練度不足自体は、ロシア軍の飛行訓練の少なさが確認されているため間違いありません。ですが、それがどれだけ航空作戦が低調な理由に結びついているかどうかは不明です。

 とはいえ、基本的な空戦機動などはできるとしても、組織的な防空が行われている空域に対して、多数機を協同させて侵攻する「ストライクパッケージ」の編成、運用ができないという可能性は高く、損害を受けるだけでなく、ロシア空軍の実力が露見することを恐れているとする分析も出ています。

(4)戦闘捜索救難が困難

 航空作戦は、基本的にウクライナ領内、それもウクライナ側支配地域内で発生しています。そのため、撃墜されたロシア軍パイロットが脱出に成功した場合でも、「CSAR」(Combat Search and Rescue:戦闘捜索救難)を行おうとすれば、ウクライナ側の迎撃、もっと言えば、MANPADSによる待ち伏せを受けることになります。

 実際、パイロットを救出するために強行侵入したヘリが、撃墜されています。救出される可能性が低いとなれば、パイロットが尻込みをしても不思議ではありません。

(5)アメリカによる情報提供

 アメリカは、今回の戦闘が始まる前から、ほぼリアルタイムの情報をウクライナ側に提供していることを明らかにしています。ポーランド上空を飛行するAWACS早期警戒管制機)が得た情報を、ウクライナの防空に活かしているようです。

 開戦初日の2月24日に、キーウ北西にあるホストメリ/アントノフ空港をヘリ部隊が急襲し、占拠しました。そこに、キーウゼレンスキー大統領を襲撃するため、18機もの大輸送機IL-76がロシア北方のプスコフから離陸し向かっていました。ウクライナ空軍は、これを迎撃し2機のIL-76を撃墜したため、首都キーウ急襲作戦は、ヘリで急襲した部隊だけで行う結果となり、最終的に全滅しています。これは、AWACSからの情報による迎撃だったと思われます。

 ただし、AWACSをはじめとした米軍機は、開戦後はウクライナ上空に入っておらず、ドニエプル川以東の監視能力は限定的です。

NATOに求める「飛行禁止空域」設定、武器供与

 ウクライナ側の損害は発表されていませんが、ロシア側の損害をはるかに上回っていることは確実です。ウクライナ側は飛行場の写真を何件か公開していますが、ロシアが強行奪取しようとしたホストメリを除けば、被害の少ない基地を広報の意図で公開したものばかりです。

 そのため、ウクライナ側の本当の被害程度はよく分かりませんが、EU諸国から航空機の機体供与を求めていることに加え、3月5日ウクライナ・NATO間の協議で焦点になった飛行禁止空域設定をウクライナ上空に求めていることから考えても、かなり苦しい状況が伺えます。さすがに余力はあまりないのでしょう。航空機自体はかなりの機数が残っているとの情報もありますが、損傷の修復ができず、ミサイル・弾薬や燃料が枯渇しかけているようです。

 この飛行禁止空域は、3月3日あたりからウクライナのクレーバ外相の発言に見られており、NATOがウクライナ上空に飛行禁止空域を設けるというものです。「禁止」と言葉で言うことは簡単ですが、NATOが禁止を唱え、ロシアがそれに違反すれば、NATOがそれを防ぐという措置になります。つまり、これは実質的にNATOの参戦となるもので、現状ではNATOが認めるはずのないものです。

 3月5日にNATOが明確に拒絶したため、今後、ウクライナ側の要望は航空機や防空システムの供与を求める方向にシフトするでしょう。4日の時点で、この話題は現在協議のテーブル上にあり、クレーバ外相がMANPADSではなくもっと強力な防空システムを要求していることが明らかになっています。ただし、アメリカ世論では飛行禁止空域設定に対する賛成が多く、今後事態を急変させる決定が行われる可能性は否定できません。

必要とされる高度な防空システム

 しかし強力な防空システムの供与を受けても、ウクライナ側が使用できなくては意味がありません。そのため、ウクライナが使用した経験のあるロシア系の防空システムを、東欧のNATO諸国から供与を受ける形となるでしょう。

 MANPADSよりも強力な防空システムと言っても多種多様です。ウクライナ側は、「パンツィーリ」などの近距離用防空システムを多数鹵獲(ろかく)していますが、ウクライナ側の兵器として使用を試みている形跡は多くありません。「ブーク」などの中距離に対応できる防空システムは軍の基地に運び込み、使用準備をしているようです。その原因は、恐らくSAM運用経験のある兵が不足していることにあると思われます。

 ウクライナ側の防空システムは最大限稼働させているはずですし、被害を受けた部隊では、兵が死傷してしまっています。兵器が高度化しているため、民間人を動員した郷土防空隊などではMANPADS以外の高度な対空兵器は運用できません。この点を考えれば、筆者は、S-300のようななるべく高度な防空システムの供与を受けるべきだと考えています。

 もちろん、高度な防空システムは東欧諸国にとっても虎の子であり、供与を渋る可能性が高いですが、高度な防空システムほど、一度戦闘準備を整えてしまえば、コンソールについて操作する人員の他は装備に給油だけすれば運用を継続できます。特にS-300は弾道ミサイルARMさえ迎撃できるため、ほぼ固定のままでも運用継続が可能です。

 または、ブークのような、車両1両でも戦闘ができる自己完結性の高いシステムでも良いかもしれません。予備弾の搭載車両などは郷土防衛隊でも支援することができます。

ウクライナ航空戦の今後の展開は?

 ウクライナ航空戦は今後どうなるのでしょうか。現時点ではまだウクライナ中央部でも、ウクライナの航空機が活動できているようです。また、SAMが防空火網を敷いているため、バイラクタルTB2の運用も可能になっています。

 しかし、各地の飛行場で燃料タンクや弾薬庫の破壊されており、継戦能力は徐々に低下しています。航空機も機体故障が多いのか、稼働機数は低下しているようです。ウクライナ中央部ではSAMに防空を頼ることになり、エアカバーの届かない場所では、ロシア軍航空攻撃の被害が増えるでしょう。EU諸国からどれだけの防空火器が供与されるかにかかっています。

 最新情報では、ウクライナが運用可能なロシア戦闘機を東欧諸国が供与し、その補填として、アメリカが東欧諸国にF-16などの米国製戦闘機を供与する、言わば玉突き供与案も出ています。これが実現すれば、航空優勢はさらにウクライナ側に有利となる可能性があります。

 ウクライナ西部では、少々状況が違います。かなり機微な情報だったので、その後の情報が途絶え、真偽がいまだに怪しい状態ですが、ポーランドが機体をウクライナに供与するだけでなく基地をウクライナに提供するという情報が流れています。ポーランド領内基地での供与されたウクライナ機が活動しているとしたら、ポーランドからの義勇兵が、供与機を運用している可能性もあります。またこれが実現していなかったとしても、ロシア側は警戒を強いられているはずです。

 結果的に、ポーランドに近いウクライナ西部は、今後もロシア側の航空活動は少なく、航空優勢はウクライナにある状態が続くでしょう。

 なお、このポーランド側が実態的にウクライナ西部にエアカバーを敷き、ロシアの航空活動からリヴィウなどの都市を守っているという事実が、ウクライナ側が飛行禁止空域設置をNATOに要望している背景にあると思われます。「ウクライナ西部だけでなく全土の空域を守ってくれ」ということなのでしょう。

 しかし残念ながら、アメリカ世論に賛同が多くともNATOにそれはできないでしょう。ロシアが核の使用に踏み切れば、対抗策として出てくるかもしれませんが、そのような事態は想像することさえ辛いものです。

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