アドビの提供するサブスクリプション型クリエイティブツールAdobe Creative Cloud Express(以下、Creative Cloud Express)は、iOS・iPadOS/Android/WEBに対応しており、簡単な操作で誰でも手軽に高品質なコンテンツを作成できる。本連載ではこのツールで、各業界のクリエイティブにおける「課題」を解決していく。

 2020年8月、「カップルで営業するキッチンカーのチュロス屋さん」がSNSで話題になった。横浜で営業していたキッチンカー「CHURROS AVENUEチュロスアベニュー)」の投稿した動画は初投稿だったにもかかわらず、そのキャッチーさからまたたく間に拡散された。現在カップルは夫婦になり、静岡へと拠点を移すなど、店をめぐる状況にいくつかの変化はあったものの、変わらず人気を博している。

 今回はそんな「CHURROS AVENUE」の共同経営者である佐野雄一氏・佐野望氏へのインタビューを前後編にて掲載する。開業のきっかけ、コロナ禍が続く現在における店舗の状況、爆発的拡散の発端となったSNS投稿の経緯や今後の展望について話を伺っていくと、店舗の抱える「課題」も見えてきた。

ーーSNSでの拡散から現在の状況について、色々お話を伺っていければと思います。まずは自己紹介と、そもそもお店を始めようと思ったきっかけについてお聞かせください。

佐野雄一(以下、雄一):2人でキッチンカーのチュロス専門店「CHURROS AVENUE」を運営しています。2020年の夏、当時大学4年生のときに、オンライン授業を受けるかたわら、休日に出店したのが始まりです。

佐野望(以下、望):3年生の冬ごろに就活のことを考え始めて、卒業後のことを2人で話し合う中で、共同でなにか事業をやろうということになり、そこから徐々にキッチンカーや飲食のことを調べ始めました。

ーーキッチンカーというアイデアはどこから?

雄一:初めて経営をする上で、飲食店はお金の流れがわかりやすい業態だと思ったんです。店舗を持つ選択肢もありましたが、固定費がかかるのは怖くて。初期費用に加えて家賃に代表されるランニングコストが月々発生することは、当時の僕たちには不安がありました。その点、キッチンカーは維持コストも低く、退去費やそのほかの費用も比較的リーズナブルで、さらに辞めること、事業から撤退することも簡単だったので、心に余裕が持てると思いました。

ーーチュロスを取り扱った理由は?

雄一:決め手は「キッチンカーで販売しやすいこと」ですね。ほかにもカレーやタピオカなど候補はいろいろありましたが、調べたらカレーは仕込みが大変だということがわかり、まずはスイーツにしようと決めました。なかでもチュロスを選んだ理由は、持ち歩きやすいことと、ほかのスイーツに比べて単価を上げても割高感があまりなかったことです。あとは単純に珍しさもありますね。冷凍のものを仕入れて販売する方はたくさんいますが、僕たちのように生地を仕込むところからやっているキッチンカーは、なかなか珍しいと思います。

ーーパンやドーナツなど、ほかのスイーツも候補にはあったんですか?

雄一:実は彼女は、パン屋さんになりたかったらしいんです。

望:はい。パンはやってみたかったんですが……でも仕込みに時間がかかりますし、種類も用意しなければいけないので、管理が大変なんです。食材を仕入れて、作って、売るところまでを簡単に管理したいと思っていたので、やはり難しいかなと。その点チュロスなら、生地はすべて同じにして、あとから味を変えることができます。遊園地でも売られていますし、特別感が演出できるかなとも思いました。

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・ビジネス的への興味から低リスクなキッチンカーに挑戦

ーー在学時、ご自身の進路を考えるうえでは企業への就職も選択肢の1つにあったのでしょうか?

雄一:ありました。大学3年の夏にはインターンに行き、冬には面接も受けました。ただなかなか就活の雰囲気に馴染めなかったこともあり、できれば自分でやってみたいなと感じていました。

ーー経営のおもしろさに興味があったんですね。開業当時、ビジネス的な”勝算”はありましたか?。

雄一:もちろん、頭の中ではうまくいくなとは思っていたとは思うんですけど、わからない部分が多すぎて、不確定要素ばかりだったので、最初は不安だらけでした。営業を続けながら、だんだん自信がついていった感じではありますね。

ーーコロナが流行している中でのキッチンカーの開業は、時代のニーズに合っているようにも思います。

雄一:偶然タイミングが重なった結果なのですが、いまキッチンカーが流行っていますね。僕たちが始めようと思ったのが2019年の冬なので、そのころはまだコロナの流行もなく、キッチンカーはまったく注目されていなかったんです。本当にたまたま良いタイミングでスタートすることができました。

ーーそんな経緯で2020年に横浜で営業を始めて、現在は静岡へと拠点を移していますね。

雄一:僕の地元が静岡で、彼女は京都出身なんですが、当時は2人で横浜の大学に通っていたんです。卒業をきっかけに僕の地元の静岡に帰ってきて、昨年の10月に結婚しました。

ーー始めてからの約2年間を振り返ってみて、いかがですか?

雄一:あっという間でしたね。日々の営業には慣れてきました。ただ、お店に立って販売をするときの店舗スタッフ的な視点と、経営者としてお店の戦略を考えるときの視点を切り替えないといけないのが大変です。

ーー日々の業務の役割分担はどのように行っていますか?

雄一:日々の業務はどちらもできるので、一人でもお店の業務は全部回せるようにしています。経営者としては、僕が大きな方針を決めて、彼女は撮影や文章がうまいので、デザインや広報を担当しています。

望:戦略担当と広報担当、というような形で一応分けてはいますが、実際には割とどんなことでも2人で話し合って決めていますね。

ーーいまはお2人だけで運営されているんですね。今後、スタッフ増員の予定は?

雄一:2人だけでやっていると,一緒に住んでいることもあり管理が楽なんですが、でも今年はスタッフを追加しようと思っているんです。人員が1人増えるだけでも体制を根本から変えないといけないので大変ですが、あえてそこにチャレンジしようと思っています。

ーー開業当時、SNSで大きく話題になった件について、投稿したお二人の目線からお話をお聞かせください。

雄一:最初に動画を投稿した日のことはすごくよく覚えています。初めて営業したのは横浜のスーパーだったんですが、1日目は忙しすぎて宣伝も何もできなかったんですけど、その翌週、営業2日目のときに、「ちょっとSNSで宣伝を試してみたいな」と思って。TikTokにログインして、チュロスを絞っている動画を投稿したら、すごい伸びてしまって。

ーー初投稿でいきなり。

雄一:そうですね。まさかと思って。営業中は調理や接客があるのでスマートフォンを見る暇がなくて、投稿して1~2時間後ぐらいにもう一度スマートフォンを見たら、通知がめちゃくちゃきていて。最初はすごい怖かったんです。小さなスーパーで営業しているだけなのに、「何が起こってるんだ!」みたいな。

ーーいま振り返ってみて、なぜ大きく話題になったのだと思いますか?

雄一:たまたまウケただけだとも思いますが、強いて言えばSNSの色に合った投稿をするようにはしていました。例えばTikTokではビジネスや企業の姿を出すよりも、人っぽさというか「こういう人がやってます」っていう感じが親しみをもたれやすい。あとは動画メディアなので動きがわかりやすいものだったり、普段見れない様子が写っているといいだろうと。人がチュロスを絞る姿ってあまり見かけないものだし、それをカップルがやっている、みたいなわかりやすいストーリーもあったから、「フォローしてこの人たちのことを見続けていきたい」って思ってもらえるように、人柄やストーリーを全面に出して投稿したんです。

ーーいきなり話題になって、望さんはいかがでしたか。

望:私は当時からSNSが苦手で、正直、お店のことはいいけど、自分のこと……人柄やストーリーを載せたくはなかったんです。だからTikTokでバズが起きた時にはびっくりしました。最初は正直イヤでしたけど、「カップルのチュロス屋さん」っていうキャッチーさはウケて、出店場所を紹介していただいたり、取材していただくこともたくさんありましたから、それは本当にありがたいことでした。もう結婚しましたし、「カップル」って感じでもないので、いまは笑って語れる思い出ですね。

ーーSNSでの集客について思うところや、今後の課題についてお聞かせください。

雄一:現在もTikTokとInstagramは更新していますが、Instagramはそういう「人柄」みたいなものよりも「新製品」とか「営業日のお知らせ」とかがよく読まれるので、やっぱりSNSによって読まれる投稿は全く違うのだな、と思います。SNSについては一つ悔しい思いをしたことがあり……というのもTikTokがバズったときに売れるものがなかったんですよね。当時は店舗業務、リアルビジネスしかしていなかったので、SNSで話題になっても直ちに売れるものがなかった。また、せっかくお店に足を運んでもらっても集客が上回ってしまい、回転率がすごく悪くなってしまったのも反省点でした。なので今はチュロスの生産数を増やしつつ、冷凍チュロスのオンライン販売を準備しています。あともう一つの課題としては、二人でそういった準備に追われているので、SNSの更新まで手が回っていないのが現状なんです。僕はTikTok担当で、最近更新できていないんですが、続けていきたいですね。

望:SNSでいうと私はInstagramの担当です。先程の話にもありましたがInstagramでは「情報」が読まれるので、お店の出店情報やメニューなどの写真を更新しているんですが、やっぱり毎回作って、編集して……となると難しいなあと思います。画像などの制作に手が回らないんですよね。

ーーそういったInstagramの投稿画像やポスターなどのクリエイティブは、どのように作っていますか?

雄一:Adobe Creative Cloudを契約していて、Adobe PhotoshopAdobe Illustratorを使って制作しています。ポスターなどを制作するときに印刷所の指定ファイルがAdobe Creative Cloudの形式だったので、導入しました。ただ、あまりパソコンを使い慣れていないのでファイルの管理が煩雑になってしまったり、たとえば背景を透過した画像を作るのにも手順が難しくて、苦戦していました。

ーー「新しいサービスのCreative Cloud Express」はモバイルデバイスやWEBで簡単に使えるクリエイターツールですが、使ってみていかがでしたか。

雄一:いままでアドビに持っていた印象とは全く違ったソフトで驚きました。

望:これまではPhotoshopで投稿画像を作っていたんですが、画像を編集して保存するとファイルがどんどん溜まってしまって、コンピュータのことがよくわからないので、「このファイルが作りたいわけじゃない」というような状況になっていたんです。Creative Cloud Expressを使ったら、たとえばメニューやチラシを作るにしてもテンプレートがたくさんあって、しかも日本語のフォントが入ってて驚きました。

望:こういうデザインテンプレートって「英語のみ」の場合が多くて、せっかく格好いいテンプレを見つけても、日本語を入れると無骨なゴシック体が配置されて「あれ、思ったのと違う……」となりがちだったのですが、Creative Cloud Expressのテンプレはフォントも反映してくれるからすごく便利ですね。写真もスッと入るし、本当に感覚的に使えました。

ーーCreative Cloud Expressは起動すると「チラシ」「Instagram投稿」など、いま作りたい制作物のテンプレートが一番上部に出てくる設計で、即・クリエイティブに取りかかれるのが魅力の一つだと思います。フォントについても「Adobe Font」という、日本語を含めた多数のフォントが商用利用可能な形で使えるので、すぐに制作を始められるんです。

雄一:スマートフォンで完結できるのもとても嬉しいです。コンピュータが苦手なのはあるんですが、キッチンカー特有の事情でスマートフォンを多用せざるを得ないので……。

 「CHURROS AVENUE」の活動を追うと、SNSに掲載するクリエイティブの制作に課題感を持っていることがわかってきた。後半では制作にスマートフォンを多用せざるを得ないという、キッチンカー特有の”事情と課題”について話を掘り下げていく。(文:リアルサウンド編集部)

「CHURROS AVENUE」を運営する佐野夫妻