名作と言われる物語は、様々な変遷をたどり、スタイルを変えて受け継がれる…。例えば、シェイクスピア。「ロミオとジュリエット」が基となって、ミュージカルの傑作『ウエスト・サイド物語』が誕生し、そこから最新作『ウエスト・サイド・ストーリー』へと進化を遂げた。

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「シラノ・ド・ベルジュラック」の物語も、そんな名作の一つだと誰もが認めることだろう。剣豪であり、詩作の才能に秀でたシラノだが、大きな鼻をコンプレックスに感じて、愛する女性、ロクサーヌへの想いは打ち明けられない。ロクサーヌは別の男性に恋心を抱き、その男性に文才がなかったことから、シラノは恋文を代筆することに。自身の想いを別の男性の手紙として書き続けるせつなさ、愛する女性を幸せにするための自己犠牲の精神。多くのポイントが物語に触れた人の心をかきむしる。

実在の人物をヒントに、17世紀フランスで劇作家のエドモン・ロスタンが世に送りだした「シラノ・ド・ベルジュラック」は、まず舞台劇として人々を魅了。そこから現代に至るまで、世界中で舞台化、映画化がなされてきた。日本では「白野弁十郎」と名前をもじったタイトルで舞台やテレビドラマになったし、ブロードウェイではミュージカルとしても上演されている。

その最新バージョンとして公開されたのが、『プライドと偏見』(05)、『つぐない』(07)などのジョー・ライト監督による映画『シラノ』で、主人公シラノを演じたのは「ゲーム・オブ・スローンズ」などでおなじみのピーター・ディンクレイジ。これまでの多くの作品で重要な要素となってきたシラノの「大きな鼻」をなくし、身長が低いことをコンプレックスに感じる男に変更した。しかもオリジナルは、舞台ミュージカルである。究極の「進化」と言っていい作品だが、基本のストーリーは原作にほぼ忠実。改めてこの作品の普遍性が証明された。

今回の『シラノ』と同じく、映画化された作品には、オリジナルに大きなアレンジを加えたものや、基本設定だけをモチーフにした、まったく異なるドラマも数多く見受けられる。

オリジナルに最も近く、最も有名な映画化作品と言えば、1990年の『シラノ・ド・ベルジュラック』だろう。シラノを演じたのはジェラール・ドパルデュー。もともと大きめの鼻が個性である彼が、メイクでさらに鼻を大きく見せて挑んだ。背景の時代設定はもちろん、ロクサーヌへの秘めた愛や、彼女が恋するクリスチャンとの関係など、オリジナルの魅力が最大限に生かされた作品。今回の『シラノ』のピーター・ディンクレイジもインタビューで「ドパルデューの作品はセリフもフランス語であり、エドモン・ロスタンの原作の完璧な再現」と語っていた。またジョー・ライト監督も「10代の時に観て、ガールフレンドができない自分とぴったり重なり合った」と、共感度の高さを告白。ドパルデューはこの役でカンヌ国際映画祭の男優賞を受賞。アカデミー賞の主演男優賞にもノミネートされている。

やはり17世紀のフランスを背景にした、1950年のアメリカ映画『シラノ・ド・ベルジュラック』もオリジナルに忠実で、シラノ役のホセ・ファーラーは、アカデミー賞主演男優賞を受賞。この役を演じることで、俳優の真の実力も証明される。

■多彩なアレンジの作品に浮かび上がる名作の偉大さ

ハリウッド映画として有名なのは、1987年の『愛しのロクサーヌ』。ピーター・ディンクレイジも、この作品をシラノ映画の「ナンバー2」に挙げた。タイトルにあるとおりヒロインの名前は同じだが、主人公の名前はC・D・ベイルズ。舞台も同時代(80年代後半)のアメリカへ移ったので、職業は消防団長に変更された。人々の“英雄”になる存在として、オリジナルの騎士にも通じる役どころではある。主演はスティーヴマーティンで、基本はコメディ。しかし彼の持ち味であるドタバタ&おふざけ系のムードではなく、ロマンチックな味わいが濃厚な作風となった。シラノの映画として、今作を記憶に焼きつけている人も多いだろう。

ちょっと異色なのは、日本映画での翻案。なんと戦国時代に置き換えた時代劇で、あの三船敏郎がシラノに相当する武士の兵八郎役を演じたのが、1959年の『或る剣豪の生涯』だ。主人公は当時のキャッチコピーで“獅子っ鼻”と形容され、他のシラノ映画と違って、その鼻は横幅の大きさが特徴。幼い頃から仲の良かった姫と、その恋の相手を巡る三角関係の構図や、手紙を代筆する行為など、基本ドラマはほぼ同じ。日本の戦国時代でも通用する、シラノの物語のポテンシャルに驚くばかりだ。

そのほかにも基本設定を使った作品は、近年まで何本も作られており、2012年のディズニー・チャンネルのテレビムービー『レット・イット・シャイン』は、手紙の代筆ではなく、主人公の“作曲”の才能を生かした青春ドラマへと変貌。そしてNetflixの『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』は、アメリカの片田舎を舞台にした高校生の三角関係が展開。主人公がラブレターの代筆を頼まれるのだが、この作品の特徴は、シラノとロクサーヌに相当する役がともに女性という点。しかも主人公がアジア系。2020年らしくダイバーシティを体現したような作風で、しかも観た人の評価がことごとく高い、青春ムービーの傑作となっている。

また別パターンの映画として、エドモン・ロスタンが原作の戯曲を書いた日々を再現した、2018年の『シラノ・ド・ベルジュラック会いたい!』もある。エンドロールでは、これまで映画でシラノを演じた俳優が紹介されたりするので、シラノの世界の“まとめ”としても必見だ。

一つの原作からここまで多岐にわたる作品が誕生し続けるのは、ほかにもあまり例がない。最新作の『シラノ』は、17世紀フランスという物語の原点に戻りつつ、重要ポイントの大胆な変更、そして舞台でも何度も作られたミュージカルというジャンルで、これまでのシラノの世界の集大成といった印象も強い。過去にこの名作の映画化、舞台化を観てきた人は確実に感動が甦るだろうし、初めてこの物語に接する人は、名作の偉大さを素直に実感するはずである。

文/斉藤博昭

コメディ俳優スティーヴ・マーティンが巨大な鼻をコンプレックスの消防署長役を好演!『愛しのロクサーヌ』/写真:EVERETT/アフロ