ロシアウクライナ侵攻後、国際的ハッカー集団「アノニマス」がロシア国営テレビなどにハッキングを行い、ウクライナでの戦闘の映像を流した、との報道がありました。ハッキング行為自体には問題があるものの、ロシアでは報道規制が厳しく、ウクライナの状況を政府が国民に正しく伝えていないとみられることから、SNS上では「アノニマスってすごい」「かっこよすぎる」「ウクライナを助けてあげて」とアノニマスの行為を称賛する声も上がっています。「正義のハッキング行為」の法的問題について、佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

量刑には影響も、犯罪は犯罪

Q.一般的にハッキング行為には、どのような法的問題があるのでしょうか。

佐藤さん「ハッキングについて、日本は、不正アクセス禁止法(正式名称:不正アクセス行為の禁止等に関する法律)によって罰則を定め、規制しています。具体的には、一定の条件のもと、他人のIDやパスワードを使って不正にログインする行為や、セキュリティーの欠陥を突いてシステムに侵入する行為が『不正アクセス』として禁じられ(同法3条)、違反すれば、3年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられる可能性があります(同法11条)。

不正アクセスに対する考え方は、各国により異なります。例えば、アメリカでは、善意で、企業のプログラムに潜むセキュリティーの弱い部分を暴き、その点を企業に報告する行為について、法律上問題としない方針を打ち出すなどしています。

サイバー空間における攻撃は、地理的な制約を受けず、一国のみによる規制には限界があることから、国際的なルール作りも進められています。2001年には『サイバー犯罪条約』が策定され、不正アクセスなど一定の行為を犯罪化し、犯罪人引き渡しなどに関する国際協力の手続きについても定められました。また、日本や欧米諸国は、サイバー空間においても国連憲章などの既存の国際法が適用されるという立場を取っています」
 
Q.ロシア国外からハッキング行為があったとしたら、適用されるのはロシアの法律になるのでしょうか。それともハッキングを行った国の法律になるのでしょうか。

佐藤さん「先述したように、国境をまたいで行われるサイバー行動については、国際法が適用される可能性もあります。国際法がどのように適用されるかについては、国際的な議論がなされているところです。

日本の場合、日本国内で行われた犯罪について、日本の法律を適用するという原則があります(刑法1条)。サイバー攻撃のように、国境を越えて犯罪行為が行われる場合、適用範囲を決めるのは容易ではありませんが、一つの考え方として、被害を受けた場所には犯罪の重要な一部分が存在するとして、日本で被害を受けたのであれば、日本の裁判所が判断できるというものがあります。

ロシアの事情は定かではないものの、こうした考え方によれば、ロシアが国外からハッキング行為をされた場合、ロシアの法律を適用して裁く可能性はあるでしょう」

Q.今回行われたとみられるハッキング行為は、ロシア国民が知らされていないであろう情報を流すものだったと思われます。目的が正しい(正義の)場合、行為自体に法的問題があっても、赦免されたり、罪を減じられたりする可能性はあるのでしょうか。それとも、行為自体の違法性をもって処罰されるのでしょうか。

佐藤さん「日本では、善意であれ悪意であれ、不正アクセスを行えば、不正アクセス禁止法に違反し、有罪とされています。実際、ある協会のウェブサイトの脆弱(ぜいじゃく)性を伝えるため、協会のウェブサイトに不正アクセスし、個人情報を抜き取り、抜き取った個人情報を脆弱性の証拠として添付し、協会側にウェブサイトの問題性を伝えた事件で、有罪判決が確定しています。

悪意がなかったことや、抜き取った個人情報を悪用しなかったことなどの事情は、量刑には影響を与えるでしょう。しかし、正義心から行ったことであったとしても、犯罪自体は成立してしまうため、法律で定められたルールを守ることが大切です」

Q.テレビドラマの世界に限らず、豊田商事会長刺殺事件1985年)のように、「悪人を倒すのは正義」と思う人も世の中にはいます。そうした行為の法的問題点は。

佐藤さん「個人が『悪を倒す』ことを許せば、社会は混乱します。何が『悪』で、何が『正義』かは明確に決まっているものではなく、個人の主観に基づくものです。仮に、個人が『悪を倒す』ことを許せば、民主的に定められた法律に違反していない行為についてまで、『悪』だとして、制裁を加えようとする人も現れるでしょう。

また、法に触れる行為をした者に対しても、個人的な制裁を加えることを許せば、勘違いによって別人に危害を加えたり、報復の繰り返しが起こって平穏な暮らしが害されたり、さまざまな問題が生じます。

法で定められた犯罪行為(悪)を行えば、国が、適切な手続きを経て裁き、刑罰を科します。私的に制裁を加えることはやめましょう」

Q.アノニマスの行為に称賛の声も上がっています。こうした行為を支持することに問題はありますか。それとも称賛しても問題ないでしょうか。

佐藤さん「ハッキング行為は、先述したように、各国の法律や国際法に違反する場合があります。そうした行為について称賛することは、平時であれば、順法精神に欠ける発言として、社会にあまりよく受け取られないでしょう。しかし、戦争が始まってしまった今、平時とは異なる状況があり、今回のハッキングを称賛することは、法秩序を軽視することと、必ずしも直結しないようにも思います。

私たちには表現の自由があり、どんな意見であっても自由に発言できるのが原則です。世の中のいろんな意見に耳を傾け、今回のアノニマスの行動について自分はどう思うか、考えるきっかけにするのもよいのではないでしょうか」

Q.ロシアウクライナ侵攻に憤りを感じる人が、合法的にできるロシアへの対抗、抗議としては、どういう行為が考えられるでしょうか。

佐藤さん「私たちがウクライナに赴いて、一緒に戦ったり、救助活動をしたりすることは、日本の法律や方針上、難しいです。しかし、SNSなどを通じて戦争反対の声を上げたり、平和の尊さを訴えたりすることはできます。デモや署名活動などに参加することも可能です。また、ウクライナを支援するための寄付などをすることもできるでしょう。

平和を願いながら、それぞれの立場でできることに取り組むことが、大切だと思います」

オトナンサー編集部

「アノニマス」のハッキング、法的問題は?