悠仁さまが“偏差値の高い学校”に進学される理由と秋篠宮ご夫妻の方針〈眞子さん結婚と進学先の問題は切り離す〉 から続く

文藝春秋2022年3月号より、皇室ジャーナリスト・佐藤あさ子氏の「秋篠宮家『取材日記』」を全文転載します。(全3回の3回目/#1#2から続く)

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姉妹の個性の違い

 眞子さんの私服は、身体の線が隠れるオーバーサイズのものが多い印象がある。昨年11月14日羽田空港から小室さんと一緒にNYに発つときに着ていたのは、ネイビーのゆるっとしたニットトップスと、柔らかそうな素材の黒いワイドパンツの組み合わせ。手にはモスグリーンのコートを持たれていて、全体的に濃い目の色合いだった。

 ノルディック調のカーディガンSTAR WARSダース・ベイダーが入ったデザインTシャツを着ていた小室さんとは対照的だ。長旅を意識して、楽なファッションを選ばれたのかもしれない。ただ、この「濃い目の色」と「ゆるっとした服装」を眞子さんは一貫して好まれているように思う。

 2018年6月、眞子さんが学習院時代の友人3人と箱根へ1泊2日の“女子旅”を楽しまれたことを「女性セブン」がスクープした。この時も眞子さんは黒いフレンチスリーブカットソーと、裾にゴールドラインが入り、グラデーションがかった布地を多く使ったロングスカート。それに黒いサンダルをあわせていた。

 友人たちが白色のデザインTシャツデニム、スニーカーを履き、動きやすいカジュアルスタイルだったのとは対照的だった。眞子さん1人だけが、歩くたびに裾がふわっふわっと浮き上がっていたという。

 私服ではオシャレ重視の佳子さま、それに対して着心地重視の眞子さん。姉妹ではっきりと個性の違いが出ている。しかし打って変わって公務でお召しになる服は、どの年代の人からも好感が持たれるようなオーソドックスなもの。ある宮内庁関係者によれば、「公務の服装は微に入り細を穿って紀子さまがアドバイスをされている」という。

姉妹の絆を印象付けたスーツの継承

 2019年9月30日、27歳だった眞子さんは、都内のホテルで行われた「日本中近東アフリカ婦人会(NCAF)」主催のチャリティバザーを訪問された。このときの装いは、薄い桜色の振袖と若緑色の帯揚げの組み合わせ。若い女性ならではの明るい色使いだった。

 会場は、お国自慢の特産品や民芸品が並び、食欲をそそるロースチキンや各種スパイスの香りに満ちていた。中東やアフリカ各国の大使夫人が民族衣装で出迎えた。

 このバザーにはかつて、美智子さまや雅子さまも和服で足を運ばれていたのでそれに倣ったのかもしれないが、会場の雰囲気を考えると桜色の振袖はやや場違いにも思えた。

 ファッションは皇族の心境や意図を言葉以上に伝えることがある。昨年11月、佳子さまは「みどりの『わ』交流のつどい」に緑色のスーツを召され、オンラインで出席された。これは眞子さんが出席を重ねてきたイベントであり、緑色のスーツは眞子さんが前回出席した際に着ていたものだ。姉妹の絆と仕事の引継ぎを印象付けたスーツの継承は心憎い演出だった。

眞子さんが皇族の立場で撮った最後の家族写真

2021年10月22日 眞子さんの誕生日前日

 この日、宮内庁は1枚の写真を公表した。翌23日の眞子さんの誕生日に合わせて公表されたご一家の写真だが、これが皇族の立場で撮る最後のものとなった。

 目に留まったのは、ご家族そろって服装に青い色を取り入れた、リンクコーディネイト(共通の色や柄を取り入れる)だ。眞子さんと佳子さまはスカート、悠仁さまはシャツ、秋篠宮ご夫妻はジャケットが青色だった。

 眞子さんのスカートをよく見ると、2018年10月福井県で行われた国体にあわせ、市内を視察されたときに着ていたものと同じ、青が基調の柄物のラップスカートだった。

 撮影したのは昨年7月。2022年の皇室カレンダー用に撮ったものだが、この時、異例の事態が起きていたという。

「実はこの撮影は数回、延期されています。後に発表されることになる眞子さんの複雑性PTSDの症状となにか関係があったのかもしれません」(宮内庁関係者)

 たしかに昨年7月というと、ちょうど小室さんが米国の司法試験を控えていた頃であり、結婚に向けた動きが慌ただしかった時期にあたる。

ニコリと笑みを浮かべるリンクコーデ写真

 秋篠宮家のリンクコーデが顕著に表れたのは、2020年11月30日の秋篠宮さまのお誕生日の写真からだ。私は毎朝、皇室の新しい写真が公開されていないかチェックしているが、この日公開された家族写真にはあっと驚き、一瞬にして眠気が吹き飛んだ。

 ご家族そろってソファに座られ、服の色を茶系であわせ、眞子さんと佳子さまはインナーに、秋篠宮さまと悠仁さまはネクタイに、紀子さまはスカーフにボルドーを差し色にしている。

 皆がニコリと笑みを浮かべ、紀子さまが殿下と腕を組むなど、ご家族全員が密着されて結束感が漂う一枚だ。これまでと醸し出す雰囲気も大きく異なっていた。

 この頃、眞子さんの結婚をめぐり、ご家族の不仲がしきりに週刊誌で報じられていた。世間の雰囲気を察知して、家族仲の良さをアピールする意図があったのかもしれないが、少々やりすぎではないかと感じてしまった。

 リンクコーデといえば、御本家は天皇ご一家。皇后さまと愛子さまがお召し物の色をあわせ、陛下がネクタイの色をお2人の服装にあわせるという“手法”が最近の定番だ。

 両陛下と愛子さまのリンクコーデ歴は長く、愛子さまが9歳になられた2010年12月に撮影された写真が最初ではないかと思う。陛下と皇后さまが水色のニットで揃え、愛子さまがグレージャンパースカートだった。水色のニットをお召しになったご両親に囲まれて、愛子さまが楽しそうにニコニコされている。ご家族仲がいいことが自然と伝わり、作り込んだ感じがしないのが天皇ご一家だ。

 実はこんな話を宮内庁関係者から聞いたことがある。

「秋篠宮家は誕生日など、プライベートの写真を撮る“専属カメラマン”を依頼しているようです。その方と紀子さまが服装や構図を細かく打ち合わせしていると聞いています」

 天皇ご一家の仲睦まじいリンクコーデを、紀子さまが参考にされたのかもしれないと思った。

「皇嗣」と「父親」、秋篠宮さまの苦悩

2021年11月30日  秋篠宮さまお誕生日

 この日公表された秋篠宮さま56歳のお誕生日会見は、眞子さんの結婚に関する質疑応答一色の様相だった。

 秋篠宮さまは、〈長女の結婚が公になって以降、様々な媒体で、私たちの家、秋篠宮家以外の皇室にも影響が出たということを感じた〉と眞子さんの結婚を総括された。青いネクタイを締められた秋篠宮さまは苦悩の表情を浮かべられ、ずいぶんと痩せられたように見えた。

 秋篠宮さまは、公と私の境界をきっちり線引きする方針をお持ちだと言われている。だが、ある宮内庁関係者は「皇族は存在自体が公だと思います。仕事をしているときだけが公で、プライベートは何をしてもいいというわけにはいかない。大変なお立場なのです」と語っていた。

 報道を見ていると、今回の眞子さんの結婚は、「皇族としての公」よりも、「一個人としての私」を優先させたという論調が目立った。それを受けてか、秋篠宮さまは会見で、

〈彼女は結婚するまでの間、皇族でいる間、公的なものと私的なものとの場合には、常に公的なものを優先してきていると私は思います〉

 と述べられ、眞子さんをかばわれた。「皇嗣」と「父親」、秋篠宮さまが両者の間で苦悩したことがにじみ出ているご発言だった。

 長年上皇さまに仕え、礼宮時代からの秋篠宮さまを知る元侍従職の1人が明かした話を思い出した。

「上皇ご夫妻はお子さまがおさいころ、陛下を“ひろちゃん”、秋篠宮さまを“あやちゃん”と呼ばれていました。陛下は小さい頃から礼儀正しい方でしたが、秋篠宮さまは、とてもお茶目で、夜、事務室に入ってきてお話ししてくれたり、コピーを手伝ってくださった。ご兄弟の性格の違いはテニスにも出ていました。陛下は教わった通りだけど、秋篠宮さまは技巧派。スピンをかけたりして相手を翻弄する、独特のスタイルでした」

自由や個性を尊びづらくなった

 皇族でありながら、型にとらわれず、自由で個性的な振舞いをされるのが秋篠宮さまだった。私服のファッションもそう。赤と紺色のチェックのシャツを召されたり、都内の有名百貨店からイタリアブランド服を取り寄せたりしていた。

 10年以上前になるが、偶然、秋篠宮さまが半蔵門からお車で出てこられる場面に遭遇したことがある。その時はサッと手を挙げて、沿道の私たちに笑顔を見せられた。悠仁さまが誕生されて、その存在感が高まっていた頃だ。本誌でも、保阪正康さんの「秋篠宮が天皇になる日」が掲載されるなど、周囲からの評価は鰻登りだった。

 だがここ数年、ご一家が注目されるにつれて、秋篠宮さまは以前のように自由や個性を尊ぶことがしづらくなったようだ。最近のご様子からも、秋篠宮さまの苦悩は深まっているように見える。

切ない気持ちになる秋篠宮さまの歌

2022年1月18日 皇居半蔵門前・歌会始の儀

 今年の歌会始当日は、なぜか半蔵門の周辺には、いつもよりも多くの警察官がいた。一般人は奉迎する際、緑と白のバーで区切られた所定のブースに入るのだが、ここにも3人ほど私服警官が入っていた。辺り一帯には私服警官だけでも、ざっと20人近くはいたと思う。3日前に東大で受験生を狙った刺傷事件が起きていたので警戒したのだろうか。

 今年のお題は「窓」。秋篠宮さまは、

〈窓越しに子ら駆け回る姿を見心和みてくるを確かむ〉

 と詠まれた。毎年講義を行う大学の建物から児童生徒が見え、元気に走り回る姿に安心感を覚えられたことを歌に詠まれたという。

 もしかしたら、ご自分の3人のお子さま方がまだ小さかった時代を振り返り、仲良く赤坂御用地内で遊ばれるお姿を重ね合わせたのかと思い、切ない気持ちになった。

 昨年、「実」というお題に合わせて眞子さんは、

〈烏瓜その実は冴ゆる朱の色に染まりてゆけり深まる秋に〉

 と詠まれた。まるで秋に小室さんとの10年におよぶ恋が成就すると予言しているかのようで、その内容が話題になった。

 そして昨年10月23日。眞子さんの誕生日にあわせて宮内庁が公表した写真の中に、眞子さんが朱に色づいた烏瓜を手にする1枚があった。烏瓜の花言葉は「よき便り」だ。やはり眞子さんは自身の結婚を“予告”したのだろう。眞子さんの和歌を読むと、この5年間の取材の過程が鮮明に思い出される。

小室圭さんは一般感覚とちがう“ニュータイプ

 それにしても、小室さんの行動はいつも予想を超えていて、驚かされることばかり。初めからそうだった。2017年5月17日。東京・京橋にある奥野総合法律事務所(当時の勤務先)で記者の取材に応じた。スーツ姿の小室さんは、人生で初めて多くの記者やカメラに囲まれたと思うのだが、堂々としていて落ち着いていた。

 どんな質問をされても「時期が来たらお話しします」の一点張り。だが最後に、その日の朝、眞子さんと「行ってきます」「行ってらっしゃい」と、電話で会話したことを笑顔で明かしたのだ。皇族とのプライベートな会話を躊躇なく話す姿に接して、一般感覚とちがう“ニュータイプ”が現れたと軽いショックを受けた。

強い違和感を抱いた葬儀の一幕

 その後も、白いニットカジュアルスタイルで秋篠宮邸を訪ねたり、NYでちょんまげ姿がカメラに捉えられたりと、小室さんの装いは何度か物議を醸している。私がとくに違和感を抱いたのは、ごく最近のことだ。それは紀子さまの父・川嶋辰彦氏の家族葬での一幕だった。

 昨年11月6日午後、小室夫妻はタクシーで駆け付け、その直後、秋篠宮ご一家が川嶋氏の自宅マンションを訪問された。このとき、眞子さんも、紀子さまも、佳子さまも喪服だったが、ネックレスの色だけが違っていた。眞子さんはホワイトパール、紀子さまと佳子さまは黒いアクセサリーだった。

「喪服にホワイトパールの準喪服が一般的ですが、皇室の方々の場合、喪服に黒いアクセサリーの正喪服をお召しになります。眞子さんは、自分が民間人になったことを示されたかったのかもしれません」(皇室担当記者)

 帰り際、毅然と前を向く眞子さんの後ろを、小室さんは白い紙袋を手に持って、ズボンの裾がダブダブの喪服姿で続いた。しきりに左右に頭を揺らして、目にかかる前髪を払っていたのが印象的で、同時に違和感を抱いた。

 11月12日、母親・佳代さんの金銭トラブルの相手である、元婚約者と再会を果たした後の小室さんも同様だった。代理人弁護士事務所から出てきて、タクシーに乗り込んだ小室さんに夥しい数のカメラフラッシュがたかれる中、小室さんはしきりに前髪を払うために頭を振り、手でかき分けていた。

 皇族である眞子さんの結婚相手として、落ち着いて礼儀正しく振舞おうとする小室さん。しかしふとした瞬間に、彼ならではの独特の動作が見えると、強烈な違和感を覚えるのも確かだ。

(佐藤 あさ子/文藝春秋 2022年3月号)

NYに発つ小室圭さんと眞子さん ©共同通信社