マツダが欧米で展開する新SUV、CX-60にFR(後輪駆動)を採用します。日本ではFF(前輪駆動)が主流になるなか、FRにはどのようなメリットがあるのでしょうか。実はマツダの挑戦と見ることもできます。

マツダCX-60発表 ラージ商品群は「FR」でいく!

マツダが欧州において新型クロスオーバーSUV「CX-60」を発表しました。かねてマツダがアナウンスしていた新しい「ラージ商品群」の第一弾、2022年3月から生産が始まり、4月上旬には日本向けモデルも公開されるそうです。

この「ラージ商品群」には、エンジン縦置きの後輪駆動ベース、つまり日本では少数派となった「FR」が採用されます。日本の主流ではなくなったFRをなぜ新しい商品群に選択したのか、そこにはマツダのこれからを見据えたビジョンがあるようです。

クルマは、いろいろなエンジンの配置と駆動の組み合わせがあります。その代表格が、エンジンをクルマの前へ縦に置いて、後輪を駆動する方式のFR(フロントエンジン・リアドライブ)と、エンジンを前へ横向きに置いて、前輪を駆動するFF(フロントエンジン・フロントドライブ)のふたつです。

このうち先に普及したのはFRでした。その理由は簡単です。前輪を操舵のため左右に動かしながら、駆動まで行うFFは、技術的に難しかったから。そのため、日本でも先にFRのクルマが生まれ、1980年代まで主流を占めました。今ではFFのトヨタの「カローラ」も、最初はFRだったのです。

一方で、FFには、「室内を広くとれる」というメリットがあります。このメリットは、クルマのサイズが小さいほど効きます。そのため小型車を中心とする日本車は、1980年代以降どんどんとFFが増え、気が付けば、現在の日本車でFRなのはトヨタセンチュリー」「クラウン」、レクサス「LS」「IS」、日産「スカイライン」などの大型セダンと、トヨタGRスープラ」「GR86」、スバルBRZ」、マツダロードスター」、日産「フェアレディZ」といったスポーツカーだけになっています。ちなみに、4WDの日産「GT-R」もFRベースです。

その他は、ほとんどFF、もしくはFFベースの4WDです。軽自動車からミニバン、SUVまで、日本車の大多数はFFになってしまっているのです。

FF王国は日本だけ?

そんな状況なのに、マツダがわざわざCX-60にFRを採用したことを不思議に思う人もいるかもしれませんが、「世界市場では、まだまだFRは大人気」ということが理由に挙げられます。

実のところ、FFばかりになったのは、日本だけ。なぜかといえば、FFには「大馬力が苦手」という弱点があるのです。一方、FRは「大馬力が得意」です。

その違いは、加速するときのクルマの姿勢を考えれば理解できるでしょう。クルマは加速の際、前上がり・後ろ下がりという姿勢になります。FFの場合、前輪が浮き上がると、結果的に前輪がスリップしやすくなります。一方、FRは後ろのタイヤに体重がかかり、力が逃げません。だから、欧米の大馬力のクルマは、みんなFRになっています。

メルセデス・ベンツBMWキャデラックの大きくパワフルなモデルは、どれもFRか、FRを基本とした4WDとなっています。例外はポルシェの「911」くらいですが、それでもセダンポルシェパナメーラ」はFRです。また、そんなFRセダンをベースとしている欧米の大型SUVも、当然、FRベースが主流。エンジン・ルームを覗けば、みなエンジンは縦向きに配置されています。

また、アメリカは、ラダーフレーム(はしご状の車体フレーム。耐久性に定評がある)を使う巨大なピックアップトラックや、そのSUV版が数多く売れるという特殊な市場。過去何十年にわたって、乗用車よりもピックアップトラックの方が数多く売れているのです。そんなラダーフレームのクルマは、当然、エンジン縦置きのFRとなっています。

狙うはアメリカ! SUVだけでなく

そして、マツダが今、狙っている市場はアメリカです。トヨタホンダと比べると、マツダのアメリカ市場での販売は微々たるもの。逆に言えば、アメリカ市場は伸びしろのある新天地です。ここで販売を伸ばすことができれば、マツダの成長に直結します。

そこで必要となるのが、新たな商品です。マツダは、すでにアメリカ市場で「CX-5」や「CX-9」といったSUVを販売してきました。2022年1月からは、新しく作ったアラバマの工場で新型「CX-50」の生産も始まりました。しかし、これらはすべてFFベース。日本では立派に見えますが、アメリカでは“小さなクルマ”になってしまいます。

そこで欲しいのは、アメリカの売れ筋となる、より大きなSUV。それがマツダの言うところの新しい「ラージ商品群」となるわけです。当然、大きいクルマですから、大馬力を受け止めるFRの必要があるでしょう。ちなみに、新型CX-60は、日本と欧州向けのモデルは車幅が若干狭いナローボディとなります。本命のアメリカ向けは、もっと幅広いワイドボディの「CX-70」と「CX-90」の2つです。近く、その2モデルも発表されることでしょう。

また、ラージ商品群の量産化は、マツダにとって、ただ「SUVが増えた」だけではなく、別の価値もマツダにもたらします。それは、より大きく、大馬力のセダンにも挑戦できる資格です。

これまでのマツダフラッグシップセダンはFFの「マツダ6」でした。車格的には、トヨタの「カムリ」、ホンダの「アコード」クラスに該当します。ところが、それよりも上の車格、メルセデス・ベンツの「Cクラス」「Eクラス」、BMWの「3シリーズ」「5シリーズ」、レクサス「IS」「LS」といったFRのアッパーミドルセダンには届きません。しかし、FRのプラットフォームがあれば、マツダにも挑戦する権利があります。

正直、FRプラットフォームさえあれば売れる! というほど、市場は甘くはないでしょう。しかし、スタートラインに立つ権利を得たというだけでも、マツダにとっては大きな一歩。これからのマツダの挑戦に期待しましょう。

FRを採用したマツダCX-60(画像:Mazda Motor Europe)。