(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)

JBpressですべての写真や図表を見る

 3月15日自民党公明党の幹事長、政調会長らが岸田文雄首相に、年金生活者らにコロナ対策の給付金を支給するよう要請した。このニュースを目にしたときは、心底あきれ果てた。私も妻も74歳の年金生活者であるが、2人とも激怒した。

「年金生活者臨時給付金」という名称が考えられているそうだが、理由は4月に引き下げられる年金の減額分の穴埋めということらしい。それをコロナ対策の名目で行うというのだ。対象は住民税非課税世帯を除く年金受給者2600万人である。ここに一律5000円を給付するというのだ。

こんな提案を「しっかり受け止める」必要などない

 年金が下がるというのは、受給者からすれば面白くはない。しかし、この制度が取り入れられたのは、年寄りをいじめるためにではない。現役世代の賃金水準が下がった時に、それに合わせて給付を抑制しないと、将来、若い世代受け取る年金の水準が下がってしまうからだ。6年前の法改正の際、野党は「年金カット法案」と批判した。だが自公の与党は、「将来世代の年金を守るため」などと説明していた。

 この説明に真っ向から反するやり方が、今回の給付金問題である。

 自公両党幹部は、物価高を見据えた生活支援、コロナ対策などという弁明をしているが、住民税非課税世帯、つまり低所得世帯を対象から除外しているのだ。また、わずか5000円程度で生活支援になるわけがない。しかも、わずか5000円であったとしても国の財源は1300億円も必要とするのだ。われわれ高齢者の多くはお金さえくれれば、あとは“野となれ山となれ”と思っているわけではない。こんな不合理な金の使い方をして、国の財政は大丈夫なのか心配しているのだ。

 今回の年金受給者だけへの支給というのは、どの世代の理解も得られないだろう。3月18日付の朝日新聞に、次のような記事が掲載されている。「社会保障制度に詳しい日本総合研究所の西沢和彦主席研究員は、『所得の高い高齢者から再分配する形で財源を生み出すこともなく、赤字国債を発行している予算を使って、将来世代の負担をさらに増やしながら今の高齢者にお金を配ることは到底理解できない』と手厳しい見方だ」。当然の指摘だ。

 岸田首相は、「5000円給付案」の申し入れに「しっかりと受け止め検討したい」と応じたというが、「しっかり」が得意技だとしても、こんな提案を「しっかり受け止める」必要などない。

バラマキにもなってない

 コロナ禍で現役世代の賃金が低下したことに伴って、今年(2022年)度の年金額は数千円下がる見込みである。今年度の4、5月分の年金は6月15日が支給日となっている。その1週間後の6月22日参院選の公示が見込まれている。こんなこともあって参院選目当てのバラマキだという批判が野党からなされている。

 昨年の衆院選公明党は「未来応援給付」という名目で18歳以下の子どもへの10万円給付を主張し、当初はこの主張に冷ややかだった自民党にも同意させ、多額の税金が投入されることになった。もちろん生活に困窮している世帯は助かったことだろう。それにしても10万円程度で「未来応援」とは大仰な物言いである。公明党所属だった遠山清彦衆議院議員なら、銀座で飲んで一晩か二晩でなくなってしまう金額だろう。

 だが今度はわずか5000円だ。私は、額が少ないから反対しているわけではない。1万円でも10万円でも反対だ。そこには何の哲学も、将来の財政再建見通しも、あるいは有効な経済対策の展望もない。コロナ収束の展望もない、そんな中で現金をばらまくだけの対策というのは、あまりにも空疎過ぎると批判しているのだ。

 今回の構想は与党でも不評だという。自民党のある閣僚経験者は、「低すぎる。1万円は必要だ」と増額を主張しているそうだ。一方、自民党長老は、バラマキ批判を念頭に、「恥ずかしい政策だ」と嘆いているという。

 やはり選挙対策のバラマキということだ。ただ、与党内からは5000円ではバラマキにもなっていないという声が挙がる。「恥ずかしい政策」というのが言い得て妙である。

自公両党の隙間も原因か・・・

 なぜこんな恥ずかしい政策を自民党の茂木敏充幹事長や高市早苗政調会長は、申し入れたのだろうか。「未来応援給付」の際にも高市政調会長は、当初は「自民党の考え方とは違う」と発言していたが、結果的には認めることになってしまった。

 もともとは、公明党に配慮した自民党側からの発案だったという(時事通信3月19日)。公明党関係者の「5000円だけとは、うちをばかにしているのか」という発言でもそのことは見当がつく。

 背景にあるのは、今年が参院選挙の年だということである。私も週刊誌の取材を受けたが、自民党公明党の選挙協力の関係がぎくしゃくし、両党間にすき間風が吹いているという見方が広がっている。

 以下は、NHK政治マガジンの特集記事2月16日)からの引用である。

 年明け間もない1月13日、問題は突然、表面化した。この日、議員会館の会議室で公明党の両院議員団会議が、メディアに非公開で開かれた。この場で公明党の石井啓一幹事長が夏の参院選について、次のように切り出した。
参院選は政権選択ではなく、多様な国民の意思に応える選挙だ。本来の意義に立ち返り、自民党へ推薦を求めず、公明党から自民党候補者への推薦を見送る」
 3年前と6年前の参院選では、自民党公明党が互いの候補者を推薦しあう「相互推薦」を行ったが、今回はそれを行わないと宣言したのだ。>

 石井は、自民党と選挙協力について協議を行ってきたものの、自民党内の調整が難航し進展がみられないことなどを理由に挙げたという。

 石井の発言は、「相互推薦」に向けた協議を止めることを意味した。なかなか強烈な自民党への脅しとも言える。公明党の推薦見送りの決定に驚いたのは自民党だった。遠藤利明選対委員長が慌てて兵庫など5県連を回り、公明党候補への推薦の了解を取り付けた。

 このように自民党側が「誠意」を見せたにもかかわらず、公明党は「自力で準備を進める」(山口那津男代表)と、方針を変える気配はない。創価学会1月27日、選挙の支援に関し、候補者の「所属政党」ではなく、「人物本位」で判断することを再確認し、翌28日の機関紙「聖教新聞」にその旨を発表した。

 公明党を支えている創価学会は、共産党同様に高齢化が進んでいる。「聖教新聞」の配達も自前を止め、読売新聞に依存しているという。労働組合の組織化が弱まり、選挙で組織的に動く運動体は、以前に比べて大きく低下している。保守的組織も同様だ。そんな中で弱まったとは言え、組織的に動くことができる創価学会の力は、自民党にとっても大きなよりどころとなる。この公明党の要求を無下にすることはできないというのが、自民党の本音だろう。そこから5000円給付という悪手が出てきたのではないかと私は見ている。

 こんな紆余曲折があったためか、3月10日に岸田、山口会談があり、翌11日には「相互推薦」に向け協議を進めることに合意した。いわば“5000円合意”である。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  【舛添直言】第6波ピークアウトの兆しも首相の指導力は未だナシ

[関連記事]

プーチンは錯乱している?その憶測は「正常性バイアス」かもしれない

遅きに失した水際対策の変更、亡国の「コロナ鎖国」が与える打撃

岸田文雄首相と公明党の山口那津男代表(2021年11月10日、写真:アフロ)