(髙山 亜紀:映画ライター)
2018年に劇場公開され、動員数20万人を超える大ヒットを記録したドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』。
85歳で認知症を発症した母親と93歳の耳の遠い父親の老老介護の日々を一人娘である信友直子監督が丁寧に記録し続けた映像を、多くの人たちが自分たちのことのように、あるいは家族の一員となったような気持ちで見守った。
『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』はその『ぼけますから、よろしくお願いします。』のまさに続編。信友家のあれからが映し出される。
前作公開前に脳梗塞で倒れていた母
『ぼけますから、よろしくお願いします。』の公開を楽しみに待っていた両親。劇場公開の日、98歳になった父親は娘に手を引かれ、壇上で舞台挨拶をする。
「私はもう長くありませんが、娘はこれからの人生ですので、よろしく応援いただきたいと思います」
その隣にお母さんの姿はない。映画のチラシを毎日、眺めながら、公開を楽しみにしていた母親はその日を待たず、脳梗塞で倒れたのだ。そんな事情にお構いなく、映画は大反響を呼ぶ。「お父さん、映画、観ましたよ」「いい映画ですね」。周りの人に声をかけられ、にこにこと対応する父親。その頃、お父さんは毎日、お母さんを見舞っていた。
妻を支えるため97歳にしてトレーニングに
呉市に住む老いた両親。たびたび帰郷していた監督はある日、母の変化に気づく。父に「お父さん、お母さん、なんかおかしいね」と問いかけて始まる『ぼけますから、よろしくお願いします。』。裁縫と料理が得意で社交的、監督の自慢だった母親。監督が乳がんになった時は献身的なサポートで救ってくれた。
あれから、まだ数年しか経っていない。晩婚だった両親はやっと授かった一人娘の監督を大切に育てた。戦争によって、大学で学びたいという夢を断念した父は娘に「やりたいことをやってほしい」と願い、介護のために帰ろうかという提案を拒否。男子厨房に入らずの信念で、これまで趣味の珈琲こそ淹れ、「お母さん、カップは?」と食器すら動かさなかった父親が95歳で家事を始める。
いいことばかりではない。「家族の面倒を見てきたはずの自分が、家族のお荷物になるなんて」と自分自身にいら立つ母親が「死にたい」と泣き叫び、「お前なんて死んでしまえ」とお父さんがすごい剣幕で黙らせる場面もある。それでも最後は食卓に並んで、みんな仲良くコーヒーを飲み、微笑み合う……。
前作で、お母さんの介護だった父親の生きがいは今回、お母さんのお見舞いに変わっている。手押し車を押して、片道1時間半かけて、毎日、病院にいる母親に会いに行く。
「おっかあ。はよう、よくなって」。麻痺が残るかもしれない母を支えようと、97歳にしてマシンを使って運動をするお父さん。そんな夫に「ごめんね。手がかかって」と申し訳なさそうな母。ベッドの上で呼吸もままならないのに、帰郷して顔を見せた娘には「何もしてあげられない」とこの期に及んでもまだ世話を焼こうとする。
老老介護から終活へ
監督はいよいよ自分が帰った方がいいのではないかと父親に相談する。それでも父親は頑として、「親のことは心配せんでもええ」と断るのだった。東京で自分のやりたい仕事をやっている自慢の娘。自分が倒れ、母親が残されたら、娘の重荷になってしまう。けがをしようと、病気をしようと、手術をしようと父親は気力で立ち上がる。親というものはどんな姿になろうと、子どもの前では最後の瞬間まで、親であろうとする。
けれど母親の脳梗塞が再発。次第に反応が失われ、寝たきりになっていく。
療養型の施設に転院する前に娘と父は母を自宅に連れ帰る。ほとんど反応がなくなっていた母親が庭を見た途端、顔が崩れる。いつも庭木の手入れをしてたのだろうか。食卓が見える席では声をあげて泣き始めた。認知症となり、料理ができなくなってからも磨き上げていた大事な大事な台所やいつもみんなで囲んでいた食卓が目に入ったのだろう。家のにおいもあったかもしれない。
入院した多くの老人たちは家に帰りたいと願う。そのほとんどが無言の帰宅となるところ、お母さんは娘と父の機転で一瞬でも、家に帰ることができた。やっと帰ってこれたね。また帰ってこようね。母親にとってどんなに励みになったことだろうか。この家族はやはり3人でなくてはと思う。
転院してから、病状は悪くなる一方だった。コロナで面会がままならなかったことも原因の一つだろう。いよいよかもしれない。やっと許された面会で、それまで「おっかあ」「お母さん」と呼びかけていたお父さんは、最後の最後で「文子さん」と母親を名前で呼んだ。もう親として、頑張らなくていいんだよと伝えたかったのだろうか。
それでもお父さんは最後まで母親の復帰をあきらめていなかった。
「100歳になるけん。待っとれや。一緒にごちそうでも食おうかい」
「二人家族になっちゃったね」と父親に話しかける監督。画面には二人しか映っていなくても、彼らはいつまでも三人家族だ。
私たちに多くのことを伝え、気づかせ、学ばせてくれるドキュメンタリー『ぼけますから、よろしくお願いします。』と『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』(『ぼけますから、よろしくお願いします。』は現在、動画配信中)。
テーマは「老老介護」から「終活」へ。そのエンディングはほろ苦いが、決して悲しいだけでは終わらない。
『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』
2022年3月25日(金)より全国順次公開
©2022「ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~」製作委員会
監督・撮影・語り:信友直子
プロデューサー:濱潤、大島新、堀治樹
配給・宣伝:アンプラグド
2022年/日本/ドキュメンタリー/101分/ビスタ/2.0
公式サイト:www.bokemasu.com
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