(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

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 ウクライナ戦争で、世界のエネルギーが大混乱に陥っている。ドイツフランスイタリアの電気料金は、2020年まで法人の年間契約料金が1メガワット時あたり50ユーロ前後だったが、直近では300ユーロ超になった。日本でも法人契約料金は6割ぐらい上がった。

 日本でも卸電力料金の値上げで、新電力の倒産が相次いでいる。3月21日には、初めての「電力逼迫警報」が出た。幸い大停電という最悪の事態はまぬがれたが、今後もこういう事態は起こる。これから日本も停電が当たり前の時代になるが、問題はそこではない。

電力自由化で停電が当たり前になる

 わが家の使っている「エルピオでんき」という新電力が、4月30日でサービスを停止する。資本主義の社会で会社がつぶれるのは珍しいことではないが、電力が止まるのは初めてだ。

 新電力の倒産は、2021年度は過去最多の14件に上った。直近1年以内に電力小売事業から撤退した事業者を含めると31社に上り、2020年度の2件から急増した。電力小売事業からの撤退も増え、新電力約700社のうち31社が撤退した。

 電力会社が倒産するというと、発電が止まると思う人がいるだろうが、こうした新電力のほとんどは自前の発電所を持たないリセール業者である。卸電力市場から電力を仕入れ、一定の小売価格で顧客に売る。

 したがって卸し値が高くなると、小売値と逆鞘になって赤字になるのは当然だ。エルピオでんきのホームページには、こんな図がある(図1)。

ロシア軍ウクライナ侵攻が勃発。ヨーロッパの天然ガス市場の大暴騰を受けて日本の電力卸売価格が、昨年より一段と高値をつけてしまいました」と、まるでウクライナ戦争のおかげでサービスが止まるみたいだが、これは責任転嫁である。

 図を見ればわかるように、卸電力価格が上がり始めたのは、昨年(2021年)10月である。戦争が始まる半年前から、電力価格は上がっていたのだ。なぜそれが止められなかったのか。

自由化で電気料金が上がったのはなぜか

 どこの国でも、電力自由化した直後には大停電が起こった。問題は停電することではない。電力は需要の振幅が大きく、「同時同量」の制約があるため、需要のピーク時に合わせて設備投資をすると、過剰投資になりがちだ。その過剰投資を価格メカニズムで抑えるのが自由化の目的だから、停電のリスクは増える。

 問題は自由化で電気料金が上がったことだ。図2のように電力自由化の行われた2010年代に、日本の電気料金は産業用で15%上がっている。なぜこんなことになったのか。

 その最大の原因は、2011年の福島第一原発事故のあと、民主党政権がすべての原発を止めたことだ。これは法的根拠のない「お願い」であり、日本の法体系で想定していなかったので供給が混乱し、電気料金は2014年までに25%上昇した。その後は原油価格の暴落という幸運に恵まれて電気料金は下がったが、原油価格が上がると、また上がった。

 第2の原因は、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)の賦課金である。2021年度の賦課金は約2.7兆円。電気料金に上乗せされるコストはキロワット時あたり3.4円で、これが産業用では電気料金の20%に上る。

 第3の原因は、古い火力発電所が廃止されたことだ。電力自由化は、規模の経済の大きい送電部門と小規模でも経営できる発電部門を分離し、発電部門を市場原理に委ねて設備投資を効率化するものだから、採算の合わない火力が廃止されるのは当然だ。

 FITでは送電会社(大手電力会社)はすべての再エネ電力を固定価格で買い取る義務を負う。火力発電はその残りの電力を発電するだけなので、太陽光発電量の多い昼間は操業率が落ちるため、古い火力発電所が廃止された。

 特に石炭火力発電所が目の敵にされ、資源エネルギー庁は「2030年までに非効率な石炭火力を100基減らせ」という行政指導を行ったので、今の150基から1/3程度に減るだろう。

 しかし天気まかせの再エネで石炭の穴を埋めることはできないので、その分はLNG(液化天然ガス)で埋めることになる。結果的には、日本の電力業界のガス依存度は大きく高まった。これはウクライナ戦争で供給が脅かされているドイツと同じである。

エネルギー政策の優先順位の転換を

 日本の化石燃料比率(熱量ベース)は88.6%とドイツより高く、そのうち22.4%が液化天然ガス(LNG)である。LNGの単価はパイプラインの5倍以上なので、価格ベースのガス依存度はドイツより高い。

 このうちロシアからの輸入は8%程度だが、それが経済制裁でゼロになり、LNG価格が上がると、さらにエネルギー供給は不安定になる。LNGへの依存度を下げるために考えられる対策は次の3つである。

 1.原発の再稼動を進める
 2.石炭火力をできる限り延命する
 3.脱炭素化目標を修正する

 現在もっとも安価な非化石エネルギーは原発の再稼動である。特に5年前に原子力規制委員会が設置変更許可を出した後も地元の反対で止まったままの柏崎刈羽6・7号機を早急に再稼動すべきだ。

 また原発を運転開始から40年で廃炉にする「40年ルール」を改正し、長期的には既存サイトの中で新たな原子炉を建設するリプレースを進めるべきだ。

 2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロにするという日本政府の目標は見直す必要がある。2030年CO2排出46%削減という目標は実現不可能であり、エネルギー基本計画を現実的な数値に修正する必要がある。

 最優先すべき目的は、安価なエネルギーの安定供給によって生活や産業を守るエネルギー安全保障である。100年後の地球の平均気温を1℃下げるという問題は、このような生命・財産の安全にかかわる問題とは緊急性も重要性も比較にならない。

 一般論としては電力自由化は悪いことではないが、日本の自由化は民主党政権によって政治利用され、それを安倍政権が追認して支離滅裂な政策になった。これを見直し、エネルギー政策の優先順位を考え直す必要がある。

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