長塚圭史が初めてミュージカルに挑んだ『夜の女たち』が9月3日(土)~19日(月・祝)にかけて、KAAT神奈川芸術劇場<ホール>で上演される。

猛スピードで進む現在に立ちつつ、忘れてはならないことを見つめ、これまで日本人が歩んで来た歴史を見つめることで、生きている今を考える。KAATの2022年度メインシーズン「忘」の幕開けは、溝口健二監督映画『夜の女たち』の初の舞台化となる本作だ。

1948年、戦後すぐに公開された『夜の女たち』は、戦後間もない大阪釜ヶ崎を舞台に、生活苦から夜の闇に堕ちていった女性たちが、必死に生き抜こうとした姿を描いた作品です。敗戦により価値観全てがひっくり返り、何が間違っていて何が正しいのかを見失ってしまった迷える人々。

怒涛のように流れ込んできた自由の象徴であるアメリカ音楽と、心の奥底にだらりと横たわる勝利を確信したはずの軍歌…。思想を、家族を、生きていく術を、全てを失った日本人。

長塚は、芸術監督2年目のシーズンタイトルを「忘」にしたことについて、「忘れてはならないことに思いをはせる、自分たちの国の歴史を見つめ、自分たちの歩みを知り、私たちは今、歴史のどこに立っているかを認識することができる」と語った。

映画の脚本をもとに長塚が上演台本・作詞を手掛け、ミュージカルとして描くことで、混沌とした時代を生きた日本人の生命力を描く。私たちが忘れ去ろうとしている時代を生きた3人の女性の壮絶な人生。忘れてはならない時代に改めて向き合うことで、我々は何を思うのか。

出演は、夫を戦争で失い「闇の女」へと堕ちていく主人公・大和田房子に、個性あふれる演技と存在感で長塚からの信頼も厚い江口のりこ。戦争で全てを失い、自暴自棄になり進駐軍が駐屯するホールでダンサーとして生きる房子の妹・君島夏子には、昨年『フェイクスピア』(2021年、作・演出:野田秀樹))出演など、舞台でもコンスタントに活動する前田敦子

女たちを夜の「闇」から救い出そうとする病院長・来生に個性あふれる実力派・北村有起哉。戦後の闇ブローカーのような仕事をし、行き場を失った房子を雇い、また愛人とする栗山商会社長・栗山謙三には映像、ドラマで幅広く活動する大東駿介。

さらに時代に翻弄される若者、房子の義妹・久美子に『ロミオジュリエット』(2021年、小池修一郎演出)のジュリエット役の新鮮な演技が記憶に新しい伊原六花、久美子を騙す学生・川北に『彼女が好きなものは』(2021年、草野翔吾監督)をはじめとする映画、舞台で活躍する前田旺志郎。

ほかにも房子の戦死した夫、大和田健作に『王将』シリーズ(2021 年、構成台本・演出:長塚圭史)の坂田三吉役も好評を博した福田転球、古着屋の女主人・富田きくには劇団四季出身のベテラン北村岳子など、実力派俳優が揃った。

音楽は日本のミュージカル界をけん引する荻野清子。長塚とは井上ひさし作『十一ぴきのネコ』(2012年)以来、多くの作品でタッグを組んでいる。

振付はダンサーとしての活躍はもちろん『キレイ』、『キャバレー』、『業音』(松尾スズキ演出)、『幻蝶』(白井晃演出)など多くの舞台作品の振付を手がける康本雅子。

この布陣でどんなミュージカルに仕上がるのか、上演に期待したい。

長塚からのコメントは以下の通り。

<上演にあたって (長塚圭史・コメント)>
『夜の女たち』は溝口健二監督の1948年の映画です。戦後間もない大阪釜ヶ崎(今のあいりん地区)を舞台に、空腹と、全く新しい価値観の中で、必死に生き抜く女性たちとその時代を描いていました。この映画はまだ占領下にあった実際のその時その場所で撮影しています。まるでドキュメンタリーフィルムのようです。

占領下。敗戦で一夜にして日本の価値観が真っ逆さまになった時代です。呆然とするもの、戦争孤児、身寄りが誰ひとりいなくなって生きる術がなくなったもの、自暴自棄になるものもいます。そういう中で連合軍、特に圧倒的多数だったアメリカ兵、いわゆる進駐軍が押し寄せてきます。禁止されていた音楽がなだれ込んでくる。敵性音楽が自由の象徴として聞こえてくる。それは、目を背けたくなるような貧困や孤独、欺瞞や憤りと矛盾に溢れた時代であると同時に、人間の権利が改めて問われる時代の始まりでもありました。

戦後急増したパンパンと呼ばれた街娼は、社会現象として捉えられました。しかしこれは貧困からのみ生じただけではなかったと言われています。全体主義と封建制度から突然解放された自由の中、女性たちがその権利を掴み始めた時、あらぬ方向へ膨張して弾けた現象でもあったのではないでしょうか。

今、また再び世界は戦時下におかれました。壊れゆく街をまざまざと目にするたびに、人間の恐ろしさを痛感します。未だにやめられずにいるのです。忘れてはいけない、知らなくてはいけないという思いで立ち上げるこの作品が、なぜ今我々はここにこうしてあるのかという近代を冷静に見つめる一助となると同時に、どんな悲惨の中でも生きていく人間のポジティブな底力を感じていただけたらと思います。

初めてのミュージカルです。俳優陣も主にミュージカル界からではなく、ストレートプレイを中心に活動する方々に集まっていただきました。新しい時代を描く時、未開の領域へ触れるパワーが作品の核心に近づくものになるだろうと考えたからです。そして私が心より信頼する荻野清子さんが音楽・作曲、振付は以前からご一緒したいと切望しておりました康本雅子さん。他にもチャレンジ精神に満ちた素晴らしい仲間たちが集まってくれました。

時代に真摯に向き合って、お客さまも共に歌い出したくなるようなミュージカルを(本当に初めてですが)作り上げていきたいと思います。

長塚圭史

■公演情報
KAAT 神奈川芸術劇場プロデュース『夜の女たち』
9月3日(土)~19日(月・祝)
KAAT神奈川芸術劇場<ホール>で上演
以降、全国ツアーあり

KAAT 神奈川芸術劇場プロデュース『夜の女たち』