ロシアウクライナに侵攻を開始してから1か月以上経ちますが、いまだロシアは完全な航空優勢を確立できずにいます。なぜロシアは手こずるのか、そこには旧ソ連式とNATO式の両方を習得したウクライナ防空部隊の強さがあるようです。

制空権とれないなら防空能力高めよう

2022年2月24日から始まったロシア軍ウクライナ侵攻ですが、両国の軍事力の格差を考慮すると、ウクライナ軍は1か月以上もの期間、よく善戦しているといえそうです。

特にロシア軍は侵攻初期に航空優勢を獲得し、地上部隊に空から強力な支援を与えて戦いを有利に展開すると予想されていただけに、いまだウクライナ軍に対する完全な航空優勢を得ていないことが解せません。なぜそのような状況が続いているのでしょうか。

かつて、東西冷戦のさなか、旧ソ連が主導するワルシャワ条約機構軍は、戦車や兵員数といった地上兵力でも、作戦機の総機数でも、アメリカ主導のNATO(北大西洋条約機構)軍を凌いでいました。しかし、旧ソ連西側諸国の航空テクノロジーの優秀性を理解しており、単に「機数の勝負」だけで、NATO軍から航空優勢を奪えるとは考えていませんでした。加えて、敵であるNATO側も航空兵力を対地攻撃に投入してくるのは当然なので、防空にも力を注ぐ必要がありました。

第2次世界大戦中、旧ソ連の巨大な戦車軍団は「赤いスチームローラー」と表現されるほど強大なものであり、それは東西冷戦の時代にも継承されていました。この「赤いスチームローラー」を食い止めるため、かつてのナチス・ドイツ軍や、大戦後に生まれたNATO軍が、航空兵力に大きく頼ったのは必然だったといえるでしょう。

そこで旧ソ連は、「赤いスチームローラー」の要である戦車軍団(機甲部隊)を、空の脅威から守るための方法を編み出します。本来、制空権や航空優勢を獲得するには味方戦闘機による制空が最良の方法ですが、既述のように旧ソ連は西側の航空機の優秀性を認識しており、自軍の戦闘機の力だけでは、制空権や航空優勢を確保するのは難しいと理解していました。

ソ連式とNATO式、両方を体得したウクライナ軍

ただ、旧ソ連にとって幸いなことに、当時はミサイルの誘導技術が急速に進歩していた時期でした。そこで、味方の戦闘機による防空に加えて、機甲部隊に移動式地対空ミサイルを随伴させることで、防空能力をいっそう強化しようと考えます。

こうして旧ソ連は、この「移動式防空の傘」を、高・中高度防空ミサイルによる「最も大きくカバーできる傘」、その傘の内側を守る短距離防空ミサイルの「中ぐらいの大きさの傘」、そしてさらに内側を守る自走対空機関砲などによる「個別にさす傘」という、念入りな防空システムを構築。実戦下における「赤いスチームローラー」は、この幾重にもカバーする「移動式防空の傘」をさした状態で行動するようにしたのです。

東西冷戦の時代、ウクライナ旧ソ連邦を構成する15の共和国のなかでも屈指の主要国であり、軍需産業も盛んでした。ゆえに、同国が旧ソ連の軍事ドクトリンに精通しているのは当然といえます。また、ソ連崩壊後もウクライナは新生ロシアと近しい関係にあったため、技術的進歩によって徐々に変化する「ロシア型移動式防空の傘」の内容について、比較的新しい情報まで把握することができていました。

しかし2014(平成26)年にロシアウクライナの一部であるクリミアに侵攻したことで、外交関係は悪化します。そのうえ国力の差からロシアに屈せざるを得なかったウクライナは、以降、NATO加盟国を中心とした西側諸国との連携を強化。防空に関しても「NATO方式」に接するようになりました。

その結果、ウクライナは熟知する「ロシア方式」に加えて、それとは異なるドクトリンに依存する「NATO方式」の防空への理解も深めたのです。

だからこそ、今回のロシア軍の侵攻に際して、ウクライナロシア式とNATO式双方の装備や戦術を駆使して防空戦闘を有利に展開できたのではないでしょうか。筆者(白石 光:戦史研究家)個人の意見としては、これがウクライナ善戦のひとつの要因だと考えます。

訓練で実弾を射撃するウクライナ陸軍の9K35「ストレラ-10」(SA-13「ゴーファー」)地対空ミサイルシステム(画像:ウクライナ国防省)。