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佐々木敦と南波一海によるアイドルをテーマにしたインタビュー連載「聴くなら聞かねば!」。前回に引き続き私立恵比寿中学のメンバー、柏木ひなた&小林歌穂と、彼女たちのボイストレーナーである“えみこ先生”こと西山恵美子をゲストに迎え、アイドルと歌唱についてディープに掘り下げていく。えみこ先生が考える、聴き手の心を震わせる本当の「歌のうまさ」とは?

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構成 / 望月哲 撮影 / 小財美香子 イラスト / ナカG

「人それぞれのうまさ」が受け入れられるような時代

佐々木敦 今日は「アイドルと歌唱」というテーマでいらしていただいているわけですが、そもそも「歌がうまい」ってどういうことなのか、考えれば考えるほど、わからなくなってしまうんです。先ほど柏木さんがおっしゃっていた、「歌をそろえる」というのは、つまり「歌がうまい」とされている人の歌唱モデルに全員が寄せていくということで。そうすることによって一定のクオリティに達することはできるんだけど、大人数のグループはそれぞれ歌声に個性があるわけだから、無理にそろえたら、その人じゃなくてもいいんじゃないか、ということになってしまいますよね。

えみこ先生 そうなんです。

佐々木 90年代あたりから、カラオケでいかに高得点を獲得するかみたいなところに歌のうまさの基準が置かれるようになって。それって要するに、いかに高い声が出るかとか、いかに正確なピッチで歌えるかということなんですけど、本来歌のうまさって、そういう画一的な数字で測れないものだと思うんです。90年代は同じような歌い方のシンガーがうまいとされるような時代でしたが、今は「人それぞれのうまさ」が受け入れられるような時代になっているような気がして。

えみこ先生 90年代に日本で売れていた曲は曲調も似ていたというか、だからこそみんな同じような歌い方をしていたのかなと思うんです。でも、ここ最近はヒット曲もバラエティ豊かになっていますよね。エビ中も、ここ数年で楽曲の幅が広がって、同じような歌い方で歌えないものも出てきて。そういう意味でいうと彼女たちはチャレンジャーではあるけど、楽曲のバリエーションが増えたことによって歌を成長させてもらっているわけだから、すごく恵まれていますよね。アイドルグループって、コンセプトに合わせて楽曲の傾向がある程度固まっていることが多いと思うんですけど、エビ中の場合そうじゃないから。

佐々木 曲ごとの振れ幅がすごいですよね(笑)。

えみこ先生 そうなんです。そして、それを歌いこなしているのがまた素晴らしい。

佐々木 でも歌う側からすると大変ですよね(笑)。ライブでもアレンジなり、いろんなことが変わっていくわけじゃないですか。

えみこ先生 それが歌えるようになりましたから。すごいなって思いますね。

南波一海 逆もあるんじゃないですか? 歌えるようになったから、こういう曲にチャレンジさせてみようみたいな。年末のライブを観て気付いたんですけど、以前に比べてオモシロ演出みたいなものが減って、より歌を聴かせる構成になっていますよね。ボイストレーニングを通じて歌に対するアプローチが変わっていったことに伴って、ライブの見せ方も変わっていったのかなって。

えみこ先生 それは確かにあるかもしれません。ただ、メンバーも年齢を重ねて大人になっていますし、あまり演出を入れすぎると、子供っぽくなってしまうというか。それが売りだった時期もあったと思うんですけど、彼女たちも大人になりましたから。そういう部分も含めたうえでの変化だと思います。

私立恵比寿中学を会社として考えたら?

柏木ひなた でも新メンバーの3人(桜木心菜小久保柚乃、風見和香)を見てると、すごく落ち着いてるなと思うんです。私たちが彼女たちくらいの年齢だった頃は、もっと子供だったんですよ。猿が8匹いる感じで(笑)。

小林歌穂 そう! 猿だったよね(笑)。

柏木 3人とも大人っぽいから、子供っぽさがステージ上で出ないのかなと思って。

佐々木 新メンバーに関しては、今後どのように指導しようと考えているんですか?

えみこ先生 結局教えるのは私なので、今までのやり方と似てしまうところはあると思うんです。そこは自分にとって勉強不足というか、戒めにしたい部分ではあるんですけど、どうしても同じ人間がやることなので。

佐々木 ベーシックな部分は変わらない?

えみこ先生 そうですね。まずは6人に教えてきたことを新メンバーにも教えて、そこから各自に合ったやり方を考えていこうと考えています。かほりこ(小林歌穂と中山莉子)が入ってきたときとは、また違う感じなんですよね。新メンバーの3人は、ある程度グループが完成したタイミングで入ってきたわけですけど、かほりこが加入した頃は、まだエビ中が固まっていない時期だったので。

南波 じゃあ今は9人体制になって、新たな方向性を模索している感じですかね?

えみこ先生 昨年末の「大学芸会」 のときも彼女たちに伝えたんですけど、今まではメンバー同士、横一列のイーブンな関係でやってきたと思うんです。でもこのタイミングで新メンバーも入ってきたことだし、これからは私立恵比寿中学というグループを横一列の集団ではなく“会社”だと考えてみようと言ったんです。

佐々木 それぞれの役割分担をより明確にするというか。

えみこ先生 そうですね。真山(りか)さんや星名(美怜)さんみたいな上司がいて、その下に柏木さんや安本(彩花)さんという営業マンがいて、その間を取り持つ中間管理職にかほりこがいて、そこに新入社員の3人が入ってきたというイメージです。部署ごとに仕事の内容も違うから、それぞれのやり方でいいんだけど、いい会社にするためには全員信念をもって仕事に取り組まないとねって。

南波 もはやグループ名を変えるくらいの勢いですね(笑)。

柏木 グループ名の頭に(株)を付ける感じです(笑)。

えみこ先生 今まで通り横一列の関係性を今の彼女たちに求めるのは歌的に難しいというか、ちょっと違うかなと思うので。みんなそれぞれ大人になっているので。あと、そういうイメージで考えてもらったら新メンバーも気楽にできるんじゃないかなと思ったんです。横一列だと、どうしても追いつかなきゃいけないと思ってしまうので。自分たちは自分たちのやり方でやればいいんだと思ってもらえるのかなって。

「うまいと言われるんじゃなくて、すごいと言われる人になりなさい」

佐々木 10代の頃って成長に伴って、声もどんどん変わっていきますよね。それに伴って指導の仕方も当然変わってくると思うんですけど、エビ中に関しては、いかがでしたか?

えみこ先生 それでいうと昔よりも楽をさせてもらっていて。それぞれのキャラクターがわかっているから、ちょっと違うニュアンスが出ていたら「それは違うんじゃない?」って指摘するくらいなので。逆にいえば技術的な部分を教えるだけいいんです。そういう意味で、今は本来の意味でのボイストレーニングができているので、すごく楽なんです。

南波 柏木さんは10代の頃、歌いにくい時期はありましたか?

柏木 ありましたね。むしろ昔のほうが歌いにくかったです。それこそ難聴になってからのほうが楽しいと思えるようになったというか(2015年12月に突発性難聴を発症)。えみちゃんに言われた「うまいと言われるんじゃなくて、すごいと言われる人になりなさい」という言葉にもすごく背中を押されました。その言葉がきっかけになって歌に対する意識がはっきり変わったので。

佐々木 「歌がうまい」と言われ続けていると、常にうまくなきゃいけないみたいなプレッシャーを背負わされてしまいますよね。

柏木 そうなんですよ。大変ありがたいことに、ずっと歌の部分を評価していただくことが多かったんですけど、それをプレッシャーに感じていた部分もあったんです。(廣田)あいかが抜けた直後のツアーで、プレッシャーのあまり思うように歌えなくなってしまったことがあって。そのツアー中に「イート・ザ・大目玉」という曲のレコーディングがあったんですよ。あの曲には、高い声で張って歌うパートがあって、なかなかうまく歌えなかったんですけど、ある瞬間に自分の中で何かが吹っ切れて、パーンと高音が出たんです。レコーディングが終わったあと、えみちゃんと2人で泣きました。覚えてる?

えみこ先生 もちろん!

柏木 ようやく何かから解放された感覚があって。それ以降、また歌うのが楽しくなりました。

えみこ先生 ひなたは難聴のこともありますし、すごく大変だったと思います。こんなに歌うのが大好きな子なのに。歌穂も同じようにバセドウ病であることを公表していて、みんな大変な中がんばってるなと思います。これはいつも思うんですけど、エビ中の歌って本当に嘘がないんですよ。

佐々木 それは聴く側にも伝わってきます。あの、今日どうしても皆さんにお伝えしたいことがあって。僕がアイドルに本格的に興味を持つようになったのって、エビ中さんの歌がきっかけだったんですよ。

柏木小林 そうだったんですか!

佐々木 僕は大学で教えたりもしてるんですけど、以前「ポピュラー音楽論」という講義を担当していて、40人の学生にそれぞれ「魂の1曲」を挙げてプレゼンしてもらうということをやっていたんです。楽曲との出会いから魅力までを語ってもらってから、全員でミュージックビデオを観たりするっていう。その講義で、ある女子学生が挙げたのがエビ中さんの「大人はわかってくれない」だったんです。そのときは「メンバー全員、まだ中学生なのかな?」くらいの認識しかなかったんだけど(笑)、その学生の話が記憶に残っていて、後日「感情電車」のMVを観たらひどく揺さぶられてしまった。

柏木小林 おー!

佐々木 この人たちの歌には本当に心がこもっているなと思ったんです。それ以来、エビ中さんの動画をたくさん観るようになって、ほかのアイドルもチェックするようになり、気付いてみたらこんな連載を持つまでに至っていたという(笑)。特に「ちゅうおん」は、何度動画を観ても感動してしまう。画面越しでも「歌を歌うのが楽しい、この曲を歌えることがうれしい!」というメンバーの気持ちが伝わってきて。残念ながら、僕はまだ現場に直接足を運んだことがないから、いまいち説得力に欠けるんですけど(笑)。

小林 いえ、うれしいです。

柏木 ありがとうございます。

えみこ先生 ライブではなく、動画を通じてでも彼女たちの歌のよさを感じ取っていただけたわけですから、それはすごくうれしいですよね。

佐々木 だから今でもエビ中を教えてくれた女子学生には感謝してるんです。

人前に出るのはそんなに簡単なことじゃない

えみこ先生 私が歌を通して一番伝えたいのが人間性なんです。歌のうまさって正確な音程で歌ったり、リズムをキープしたりとか、いろんな要素が関係してくるんですけど、人前で歌う人間だったら、最低限それはできて当たり前のことで。私なりに「歌のうまさ」の基準を決めるとしたら、歌っている人の人間性がちゃんと出ているかどうかなんですよね。そういう意味でいうと、エビ中の歌からはメンバーの人間性があふれまくっていて。だからこそ苦しんでいるのを見るとつらいし、なんとかしてやれないかっていうとおこがましいですけど、何かしら力になりたいんですよね。

南波 長い間、苦楽を共にしてきたわけですもんね。

えみこ先生 やっぱり人前に出ることって、そんなに簡単なことじゃないと最近改めて思うんです。今は星の数ほどアイドルグループがいますけど、バイト感覚で始めて、すぐ辞めちゃう子も多いじゃないですか。以前に比べて簡単にアイドルになれる半面、厳しい状況に直面して傷付いてしまう子も多いと思うんです。人前に出るのって一見華々しいように見えるけど、つらいことも多いので。

佐々木 ヘビーな部分もありますよね。

えみこ先生 でも人前に出るのが好きだからこういう仕事をやるわけで、やっぱり多くの人に認知されたら何にも代えがたい喜びもあって。ただ、ある程度の枠を超える人数から認知されるのは精神的にやっぱりしんどいですよね。私自身、メジャーレーベルに所属して活動していた頃は、そうしたつらさを味わいました。エビ中ほど売れていなかった私でさえそういう悩みを抱えていたわけですから、彼女たちには同じような苦労をなるべく味わわせたくないなと思うんです。それはエビ中に限らず、自分が携わったすべてのアーティストに思うことなんですけど。

南波 今日のお話を聞いて、エビ中はつくづく素晴らしい先生に巡り合えたんだなということがよくわかりました。

えみこ先生 すごい! これぞプロのまとめ方ですね(笑)。

南波 ははは。

柏木 でも実際、私たちの歌に対する意識を変えてくれたのはえみちゃんなので。えみちゃんに出会わなかったら、歌うことやステージに立つことを続けられていなかったかもしれないし。

えみこ先生 ひなたも最後にそういうこと言ってくれるんだ! すごいね!

柏木 すごいとかやめてほしい(笑)。本当のことじゃん。

佐々木 新メンバーも入ったことだし、えみこ先生には、今後もメンバーともどもエビ中の新たな歴史を作り上げていってほしいですね。

えみこ先生 はい。体力が続く限り(笑)。

柏木 まだ大丈夫ですよ。

小林 私と同期だし(笑)。

佐々木 今のエビ中にとって、かけがえのない存在ですもんね。

私立恵比寿中学

2009年夏に結成された、スターダストプロモーションのアイドルセクション・スターダストプラネットに所属するアイドルグループ。2012年5月にシングル「仮契約のシンデレラ」でメジャーデビュー。“転校”(脱退)と“転入”(加入)を繰り返し、2018年1月に真山りか、安本彩花、星名美怜、柏木ひなた、小林歌穂、中山莉子の6人体制となる。“開校”10周年を迎えた2019年は、3月に5枚目のアルバム「MUSiC」、6月にメジャー通算13枚目のシングル「トレンディガール」、12月には6枚目のアルバム「playlist」をリリースした。2020年10月より安本が悪性リンパ腫の治療のため休養するが、翌2021年4月に寛解を発表し活動を再開。また同年1月からは7年ぶりの新メンバーを募集するオーディションが行われ、5月に桜木心菜小久保柚乃、風見和香が新メンバーとして転入。9人体制での活動をスタートさせた。同年8月、9人体制初のオリジナル楽曲「イヤフォンライオット」を含むニューアルバム「FAMIEN'21 L.P.」を発表。2022年3月には通算7枚目となるオリジナルアルバム「私立恵比寿中学」をリリースし、4月より全国ツアー「私立恵比寿中学10th Anniversary Tour 2022~drawer~」を行う。

西山恵美子

3歳からピアノを習い始め、小学生で新聞社主催の作曲コンクールに優勝。小学生でピアノ講師の資格を取得する。高校在学中にボーカリストとしてバンド活動を始め、卒業後本格的に歌のレッスンを受ける。19歳で桑原茂一プロデュースによるコンピレーションアルバムにてボーカルリストとしてCDデビュー。1997年にアーバンソウルをコンセプトとしたボーカル、ベース、トランペット編成による3人組ユニットwild flowerのボーカリストとしてFUN HOUSEよりメジャーデビューを果たす。ソロ活動以降さまざまなアーティストのレコーディング、ツアー、ライブに参加。現在はボイストレーナーとしても精力的に活動している。

佐々木敦

1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。同年8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。

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